指切りもキスもいらない、
ベットの上に横たわるさんの指が微かに動いた気配に僕は伏せていた顔を勢いよく上げた。
先程まで閉じられていた瞼は少しだけ開かれていて、そこからさんの瞳が姿を見せていた。
視界が明瞭ではないのか、ぼんやりとした瞳は焦点が定まっていないようで、
遠くの何かを見つめているようだった。
「さん…?」
僕がさんの顔を覗き込めば、定まらないさんの瞳が僕に向けられた。
「…フゥ…太?」
絞り出された声は何とか僕に聞き取れる程度だったけれど確かに反応が返って来た。
その声を聞くなり思わず僕は泣き出しそうになってしまった。
先程まで意識がなかったさんの意識が戻ったことを、良かったと一心にそう思うばかりだった。
「わた、し、生きて…る」
僕がさんの左手を取り自分の両手で包み込めば、さんは天井に目をやってぽつりと呟いた。
「そうだよ、生きてる、ちゃんと生きてるよ」
「ふ、うた」
「生きてる、んだ」
さんに言い聞かせるように、僕はそう言った。
まるで自分にも言い聞かせるように何度も何度も。
そんな僕の様子にさんが困ったように笑うから、思わず一筋の涙が僕の瞳から零れ落ちた。
さんが生きていたことの喜びが多くを占める中に、彼女が傷を負ってしまったことへの悲しみも混じっていたけれど、
それでもそれは安堵の涙だった。
「ごめん、ね、フゥ太、心配した、よね?」
そうだよ、僕は心配した。
これでもかってぐらいに心配した。
未だ嘗てこんなに何かを心配したことなんてなかったんじゃないかっていう程に。
任務に向かったさんが傷を負って重症になったと聞いた時、僕は我を忘れて病院に向かった。
ただ心配で。何があったのかって気になって。心配で心配で死ぬかと思った。
でもそれは同じファミリーを庇って負った傷だと知ったとき、
さんらしいなと思うと共に、なんて馬鹿なんだとも思った。
自分の命は大切じゃないのかと思った。
確かに自分の命を捨ててまで仲間を守ることは簡単に出来ることではない。
それでも今、さんが目覚めたばかりのこの状態の中でも、僕はさんに言いたい。
もっと自分の命を大切にして欲しいと。
でもきっとさんはこう答えるだろう。
それはわかっていると。
でも確かに自分の命も大切だけれど、もっともっとファミリーの仲間の命の方が大切なんだって。
そんなの自分の命は大切じゃないって言っているようなものなのに。
さんはいつも他人が優先で自分のことなんて後回し。
だから僕はいつも彼女のことが心配だった。
いつも僕に心配ばかり掛けるから、その気苦労で僕を殺すつもりなのかとさえ思ってしまう。
「馬鹿だよ、さんは、」
「はは、そうかな?」
「そうだよ、本当に馬鹿…!」
そう言いながらも僕の涙は溢れるばかりだ。
さんはそんな僕の様子にもう一度困ったように笑ってから、僕の目元に指を伸ばして涙を拭ってくれた。
「ごめん、ね、フゥ太」
「許さないよ」
「う、わ、フゥ太のケチ」
こんな弱弱しい状態でも、弱弱しい笑顔で憎まれ口を叩くさんに愛しさを感じて。
未だ僕に伸ばされたままの彼女の手に自分の手を重ねた。
「今度またこんなことがあったら許さないから」
「うん、わかってる」
「さんがいなくなったら、僕は一体どうすればいいんだよ」
そう言い終えてから唇を噛んで震える僕に、もう一度困ったようにさんが笑う。
「フゥ太」
不意に名前を呼ばれて、僕は唇を噛み締め俯いていた顔を上げた。
「心配してくれて、ありがとう」
何もいらないから、他には何もいらないから。そんな感謝の言葉もいらないから。
いなくならないでよ、それしか望まないから。
ねえ、お願いだからずっと僕の、
となりにいて。
タイトル配布元様 /
PINN
(20080312)
(20210318)修正