「い、た・・・っ」


掴まれた手首の痛みに顔を歪めているのは、他の誰でもなくさんだ。僕の目の前にいるさん。つまりはさんの手首をつかんでいるのは紛れもない僕で。 ギリと彼女の両手首を掴んで壁に縫い留めている。 乱暴なんてするつもりは無かったけど、さんが抵抗して僕から逃げようとしたからそうする他なかった。さんが手首の痛みに顔を歪める度に僕の心は痛むし、 まさか自分がさんに苦痛を与えることになるだなんて本当は嫌だったけれど、 全部仕方のないことなんだ。だってさんが悪いんだから。


「離して、よ」


それでもさんは勇敢にも僕にそう告げた。 でも僕の答えなんてわかってるくせに。答えは否。 離すわけないに決まってるでしょ。 僕の言葉を信じてくれない人のお願いなんて聞くわけがないじゃないか。 自分の願いだけ通そうと思ったってそんなの駄目だよ。 だからもちろん、僕の口から出た言葉は。


「いやだ」


その言葉を聞くなり、さんが顔を顰める。 それは僕に掴まれた手首の痛みの所為なのか、それとも僕に両腕を開放して欲しくて仕方がないからなのか、 その瞳には涙まで滲ませている。 駄目だよ、そんな顔したって駄目。離して欲しいならちゃんと答えてよ。さんは僕の返答を聞いたあと再び僕から逃れようと僅かながら抵抗を試みた。 でもそれを僕が許すはずもなく先程よりも更に手首を掴む力を強めれば、 さんは『痛い、っ』と声を漏らす。


「なんで…っ、なんで駄目、なの…!」


何でだって?いやだな、そんなこともわからないの? どうして僕がこんなことをするのかわからないの? ねえ、さん。貴女はどうして僕の気持ちをわかってくれないんだ。 いや、違う。わかってくれないんじゃなくて、理解しようとしてくれないんだ。ねえ、どうして。


さんが答えてくれないから、だよ」
「っ…だって、そんなの…っ」


そう、すべてはさんの所為だ。僕がいつもさんに好きだとこの気持ちを伝えているのに彼女はそれを信じようとしなかった。 いつも『冗談やめてよ』と笑って誤魔化すんだ。 今まで僕はそれを『冗談なんかじゃないよ』と笑って、さんがそれを信じてくれなくても今はまだそれでもいいやと思って許していた。 でももう駄目なんだ。もう、さんが好き過ぎて駄目なんだよ。 もう耐えられないんだ。『冗談やめてよ』なんてはぐらかした言葉じゃなくて、 はっきりとした返事が欲しいんだ。


「そんなの、信じられるわけない、でしょ…?」


痛みに顔を歪ませながらもさんは真っ直ぐ僕を見てそう言った。 僕と彼女の身長差のため、さんは僕を見上げる形になる。 潤んだ瞳が僕を見つめて、僕はその瞳から目を離せなくなった。 綺麗な涙が一筋零れた。 ねえ、どうして信じられるわけがないの?僕が年下だから? それとも僕はさんのそういう対象には入らないから?ねえ、どうして。


「だって信じたくても、そんなの…っ、本当のはずがないって…ちゃんとわかってる、から」


ほら、やっぱりさんは何もわかってない。僕の気持ちも、僕が今欲しいものも。 僕がさんを好きなのは本当のことなのに、さんは本当だとは思っていない。 でもその言葉を聞いてそれはさんの気持ちが僕には向いていないということではなく、さんが僕の言葉を信じていないだけだとわかった。 その答え、僕にとってはいい答えだって、そう思っていいんだよね? 本当はさんも僕と同じ気持ちだけれど、 僕の言葉を信じられないから、逃げようとするだけなんだって。 でも僕が今欲しい言葉はそんなものじゃなくてイエスかノーか、なんだよ。 つまりは僕が好きかそうじゃないか、どちらなのかということ。 信じられる、信じられないなんて遠回しな言葉じゃない。 ねえ、だからはっきり言って。僕が今欲しい答えを。


Believe or No believe
(そんなことはもう、どうだっていい
僕が欲しいのは、貴方の本当の気持ち)


タイトル配布元 / 美しい猫が終焉を告げる、
(20090302)
(20210318)修正

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