「さんって口笛が上手なんだね」
自室の窓を開けて気分転換に外を眺めながらお気に入りの曲を口笛で奏でていると、背後から声を掛けられた。
その優しい声色と聞き慣れた声の調子に、私は即座にその人物を認識し振り向いた。
「いつからいたの?フゥ太」
「さんが口笛を吹き始めてすぐかな?」
「やだ、じゃあ最初から聞いてたの?」
「うん、まあね」
恥ずかしさのあまり視線を窓の外に戻した私の様子に、
フゥ太は優しい笑みを浮かべつつ、私と肩を並べ同じように外の世界に視線を投げた。
「何見てたの?」
「ううん、別に何を見てたってわけじゃなくて、ただ気分転換してただけ」
「そうなんだ、まあ確かに今日は天気が良いし風も気持ち良いもんね」
隣りで笑うフゥ太の優しい微笑みに私はついドキドキしてしまう。
その微笑みに見惚れるあまり、思わず赤くなってしまいそうな頬を抑えながら、
私はなんとか平静を装って「そうね」と返した。
「そう言えば、さっきの歌何ていう歌?」
頬の火照りが治まり始めた頃、思い出したようにフゥ太にそう尋ねられる。
「昔聞いたことあるような無いような…」と付け加えてから一人考え込んでいるフゥ太に微笑む。
「大分昔の曲よ」
「昔ってどのくらい?」
「えーっと、あれかな、多分もう10年ぐらい前の曲だよ」
「あ、そうだ!ツナ兄の家にいた頃に聞いたことがあった曲だ」
「良い曲だよね、懐かしいな」と曲だけでなく10年前の思い出を懐かしむようにフゥ太が笑うので、
それにつられても思わず私も笑みが零れた。
フゥ太と出会ったのも今から10年ほど前のことになる。
あの頃はまさか自分がマフィアの関係者になるなんて思いもしなかったし、
弟のように可愛がっていたフゥ太が自分の恋人になる日が来るとは夢にも思わなかった。
未来というものはわからないものだなあとつくづく思うし、
だからこそ面白いとも思う。
マフィアの関係者になったことも、フゥ太の恋人になったことも、
もしかしたら定められた運命だったのかもしれない。
そんなことを一人考えていると、ふと隣から視線を感じて視線を向けた。
「なに、フゥ太?」
私が首を傾げればフゥ太は恍惚とした表情を浮かべる。
その表情の意味を分かりかねていると、続けてフゥ太はとんでもない言葉を発した。
「口笛を吹いてる時のさんの唇って、なんだかエッチだよね」
笑顔でそう言い放ったフゥ太に私は一瞬呆然としたあと、すぐに頬に染めた。
「ちょ、ちょっと…!フゥ太、何言ってるの?!」
「さっき見てた時にそう思ったんだ」
「もう!変な事言わないで!」
「変な事じゃないよ、本当にすごく魅力的だったんだ」
「確かその曲って恋の歌だったよね」相変わらずにこにこと人の良い笑みを浮かべながら、
とんでもない言葉を並べ続けるフゥ太に眩暈がした。
普段は爽やかなくせに時々とんでもない事を言い出す。
今までもフゥ太の言葉には時々動揺させられていて、からかわれているのかとすら思ってしまう。
「すごく魅力的だったのは事実だけど、僕以外の前でそんな姿されたら…困っちゃうな」
そう言いながらどさくさに紛れてフゥ太の腕が腰に回される。
突然のスキンシップに思わず身を震わせ再び頬を朱に染めた私の様子を面白がるように、
腰に回した腕の力を強める彼の手を懸命に剥がそうと抵抗を試みてみたけれど、所詮男と女の力の差。
到底彼には敵わなくて、口角を上げたフゥ太に一瞬にしてぐいと引き寄せられて、
あっという間に私は彼の腕の中に納まってしまった。
近くなった距離に直ぐ傍にあるフゥ太の顔をまともに見られず俯いていると、
いつの間にか顎に掛けられていた指に上を向かされる。
「だから僕以外の前では口笛なんて吹いちゃ駄目だよ?」
言葉を返す前に塞がれた唇は優しいのに何処か熱くて心地が良くて、
抵抗する気も失せた私はそのままゆっくりと目を閉じた。
音の魅惑にご用心!
(20080327)
(20210318)修正