この人はあまりにも無防備すぎる。 男ばかりのこんな世界では尚更気を付けるべきだし、 そうでなくともこの整った容姿と人を引き付ける魅力を持っているのだから、 もっと自分の身の安全を考えて欲しい。 部屋の鍵はかかっていないし、入ろうと思えば誰でも入れてしまうこの部屋の中で、 さんはすやすやと眠っている。 自分の部屋なんだから好きに眠ってもいいじゃないかと言われればその通りなのだが、 せめて鍵を掛ける習慣を身につけて欲しいと常々お願いしているのに、彼女は一向に聞く耳を持たない。 もしかしたら何か用事があってさんの部屋に誰かが訪ねてくるかもしれないというこの真昼間に、無防備にも程がある。 その客人が男の人だったならば こんなにも魅力的な人が自分の目の前に無防備な姿を晒していたら、 出来心というものも芽生えてしまうかもしれない。 そういうことを考えるとやはり彼女はあまりにも無防備過ぎるのだ。 さんのこういう無防備な姿を目にする度に、僕は溜め息を吐いて軽い頭痛を覚える。 僕の気持ちも考えて欲しい。 やっとさんが自分の恋人になったというのに彼女がこんなにも無防備では、 いつ誰に何をされるかわかったもんじゃない。 お願いだからもう少しその無防備さや不用心さをどうにかして欲しいと思う。 いつもそう思うけれど僕の心配をさんが気付くわけもなく。 今日もまた安定して僕を悩ませてくれている。


「まったく、もー・・・」


ドアノブから手を離してそっとドアを閉める。 それからさんの部屋に足を踏み入れて彼女が眠るソファに近づく。 膝の上には一冊の本。 開いたままの状態からして読んでいる最中に眠ってしまったのだろう。 僕自身、本を読んでいると眠くなってしまう時があるからそれを怒ることはできないけれど、 やはりそれが無防備すぎることには違いないと僕は思う。


「これって…図鑑?」


さんの膝の上に開かれた本に僕は視線を落とした。 そこには文字という文字はあまり書かれておらず、 その代わりに写真が何枚も掲載されていた。 本を覗き込んでその写真をよく見れば、そこには星達が輝いていた。


「もしかして、これ…」


以前にたまたま部屋で一人、夜空を眺めていたことがあった。 フゥ太何してるの?と言う聞き慣れた声が背後から聞こえたと思ったら、 そこにはさんがいた。 星を見てるんだよと笑顔で答えれば、彼女は僕の隣に並んで同じように夜空を見上げた。


「星のことは全然詳しくはないけど、こうやって眺めるのは私も好きだなあ」


嬉しそうに僕の横で笑うさんに僕も思わず笑みが零れた。 僕も博士じゃないしそこまでは詳しくないよと返事を返せば、さんは『じゃあ今度二人で勉強しよっか』 と笑って再び空を見上げたのだった。


そんなことがあったのはこの前、と言ってもそんなにも最近のことでもなかったから、 てっきりさんは忘れているだろうと思っていた。 でもこの星の図鑑を証拠にちゃんと覚えていてくれたんだと知って、僕は嬉しくなってしまった。 さんの寝顔を見つめていた視線を本へと戻して、再びまじまじと眺めた。 ふと視界の中に入ってきたのは、ある星の写真。 この前さんに『あの星、何ていう名前だろう?』と聞かれた星だ。 こういう名前だったんだ、と一人勉強しながら次のページを捲ろうとした時、彼女の口から声が漏れた。


「・・・ん、」


その声に僕は思わずびくりと反応してしまった。 突然聞こえたせいもあるけど、鼻にかかったその声。 寝顔だけではなくてこういう色気のある声も、僕以外の他の男に聞かれたら困るのだ。 今隣にいるのが僕じゃなかったらと考えると今度はさんに苛立ちさえ覚えた。 そんな僕の気持ちに気付くこともなく彼女はすやすやと眠っていて、 僕の耳にはまた規則正しい寝息が聞こえてくる。 はあと一つため息をついて彼女に視線を送る。 さんが目覚めたら言いたいお小言は山程あるけれど、今日はそれを言うのはやめておこう。 さんが僕と見た星のこと、一緒に勉強しようと約束したこと、ちゃんと覚えていてくれたから。 だから目覚めたさんに真っ先に伝えたいのはこの言葉。

また一緒に星を見ませんか?

幸運なことに今日の天気は快晴だから、きっと夜も晴れるだろう。 それに彼女は僕の誘いに良い返事をくれるはずだ。 だからさんが寝ている今のうちに、もっといろんな星について勉強しておこう。 一緒に勉強しようって約束したから、抜け駆けになってしまうかもしれないけれど。


開いたままの本


タイトル配布元様 : PINN

(20080312)
(20210307)修正

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