僕はよくさんに『子供扱いしないでよ』と言うことがあるけれど、 それはそうされることで自分が彼女より年下だということを痛感するからだ。 僕がそう言うとさんはいつも『ごめんね?』と謝ってくれるけれど、 その謝罪の言葉にさえ、必要以上の気遣いが含まれているような気がしてならない。 さんは僕が言うことは何でも聞いてくれるし、いつだって僕に対して誰よりも優しい。 でもきっとそれは、僕がさんの恋人だからということだけではないと思う。 やっぱり僕が彼女よりも年下だから、大人の余裕というものを見せられている気がする。 でもそうは言っても、僕は僕で結局いつも彼女の優しさやその大人の余裕とやらにつけ込んでいるのだ。 意地の悪いことに僕は時折、さんが返答に困るようなことをお願いしては彼女を困らせている。 僕のお願いならば彼女が断るはずがないだろうことを知っているからこそ、わざとである。 別にさんを困らせたい訳ではない。 ただ、それが大人の余裕なのならば存分に甘えてしまおうと思っているだけ。 彼女に自分を子供扱いするなと言っておきながらそんなことをしている僕は十分に子供で、 言っていることとやっていることが矛盾していることは自分でもよくわかってる。 でもさんが僕のお願いを聞いてくれることで、 彼女の僕への気持ちを確認出来る気がして、つい我儘と言う名の無理を言ってしまう。

さんが僕に対して凄く優しいというのは、僕に対して怒ったりすることが滅多にないがゆえにそう判断している。 怒らないというか、口調がキツくなったり、僕の言動に対して機嫌を損ねることが無いのだ。 そんな僕らの関係に比べて、さんは隼人兄と凄く仲が良くて、それゆえに口争いをしていることがよくある。 喧嘩するほど仲が良いとは言ったもので、口論が出来るほどにそうやって本当の気持ちを気兼ねなく口に出せるのは、 二人が同い年だからだと思う。 そう考えるとやっぱり年下の僕はさんに必要以上に気遣われているような気がする。 いくら年が離れているからと言っても恋人同士なのにそんなのは嫌だ。 僕が一人そんなことを考えている今も、 さんは隼人兄と次の仕事に関して打ち合わせをしている。 仲が良いだけあって仕事の相性も良いらしい。 二人は仕事のパートナーになることが多いと前に武兄から聞いたことがある。 だからきっと今回もそうなのだろう。 ……ちぇ。 僕も一度くらいさんと仕事してみたいのに、隼人兄はいいなあ。 そう思い始めて結構時が経つけれど、未だに彼女と同じ現場になったことがない。 きっといろいろ事情があるんだろうけれど、 それでもいつかその願いが叶う日が来ることを密かに願っている。 だって隼人兄ばっかり、ずるいよ。 いくら仕事だからって二人きりだなんて、いつ何が起こるかわからないじゃないか。 これも武兄から聞いた話だけど、現に隼人兄は中学生の頃からさんのことが好きだったらしい。 あの女嫌いの隼人兄が、だ。 さんは僕の恋人だということを隼人兄も知っているし、皆に公表した時には祝福してくれたけど、 いつ彼にさんを取られてしまうか不安で仕方がない。 隼人兄は格好良くてモテモテで、それは昔からずっとそうで、 そんな彼の近くにさんは昔からいたのに、彼ではなく僕を選んでくれた。 それはすごく嬉しかったけれど、いつかさんの心が変わってしまうのではないかと思うと気が気でない。 隼人兄とさんの仲の良いところを見てしまうと、尚更不安になる。 だから僕の視界に入る所なんかで二人仲良く談笑なんてしないで欲しい。 厳密には談笑じゃなくて仕事の話をしているんだけれど、 所々でさんは隼人兄から帰ってくる言葉や一つ一つの反応に笑っていて、それに対して隼人兄は顔を赤くしたりなんかして、 傍から見ると僕ら何かより余程お似合いの恋人同士に見えてしまう。 むっとした表情を浮かべてみても二人のいる場所からでは僕の表情は見えない。 いや、見えなくていい。 こんなのただの嫉妬だ。 さんには子供扱いしないでと言っておきながら、 勝手な被害妄想で機嫌を悪くしたりして、こんなことは子供のすることだ。 なんとか気持ちを落ちつけようとするけれど、 二人の仲の良さをこんなにも見せつけられるような場所では当然落ち着けるわけがなかった。 一層のこと、この場からいなくなってしまおうか。 そうだ、それがいい。 わざわざ見たくないものをここで見続けている必要はない。 今は隼人兄と仲良くしていようが何だろうが、 さんは僕の恋人なのだ。 何を心配することがある? 僕がさんの気持ちを信じなかったら、今確かにあるこの関係も無くなってしまうかもしれない。 僕が信じないでどうするんだ。落ちつけ。 そう言い聞かせるけれどやっぱり落ち着けそうもなくて、 僕は座っていたソファから腰を上げ、部屋を出て行こうとした。 未だ次の仕事について話し合っている二人を残して。


「フゥ太?どこ行くの?」


気付かれないように姿を消すつもりが、さすがさん。 僕の気配が動くのを感じ取ったらしい。 てっきり僕のことなんて忘れて隼人兄との会話に集中していると思っていたのに、 ちゃんと僕のことを気に留めてくれていたことが嬉しくて、思わず頬が緩みそうになった。 けれど今まで散々隼人兄との仲の良さを恋人の僕に見せつけてくれていたのだから、 少しくらい彼女を困らせてみようかという、子供染みた浅はかな考えがまた思い浮かんでしまった。 だから僕は至って冷静に緩みそうになった頬を何とか抑えて、 あくまで不機嫌であるかのように振る舞った。


「別に、」


隼人兄の横で僕を見つめているさんに、僕は目も合わせずに冷たくそう言い放った。 一瞬にして部屋の中の空気が悪くなった気がした。 さんは何も言わなかった。 少しやりすぎたかと思ったけれど、やってしまったものはもう仕方がない。


「おい、フゥ太お前、そんな言い方はねえだろうが」


やはりここでさんを気遣った隼人兄が口を挟んだ。 隼人兄の口調からすると彼は少し怒っているようだった。 これ以上この雰囲気が悪くなるとまずいと思った僕は、何も言わずに部屋を出た。 隼人兄が「お、おい、フゥ太!」と叫ぶ声が背を追って来たのを振り払い、 部屋のドアを閉めてからそれに寄りかかってため息を吐く。 それから当てもなく廊下を歩き始めた。 あんなつまらない悪戯は、やはり子供のすることだっただろう。 きっと今頃優しいさんは訳もわからずあの場に立ち尽くし、 冷たい態度を取った僕のことを心配しているかもしれない。 さんの不安そうな悲しそうな顔を思い出すと胸が痛んだ。 あんなことしなければよかった。


「フゥ太!」


溜息をつきながらそのまま廊下を進み続けていると、不意に聞こえた声。 愛しい人の声。さんの声。 驚いて振り返れば、さんが息を切らして僕の方へ走って来る姿が見えた。 まもなく僕のところまで辿り着いたさんは息を整えながら僕を見上げた。 まさか追いかけてきてくれると思っていなかった僕は、心底驚いていた。 その反面、やっぱりさんはいつだって、隼人兄じゃなく僕を選んでくれるのだと改めて思い知らされて嬉しくなった。


「ごめん、何かフゥ太の気分を悪くするようなことしたなら謝るから」
さん…」
「だから、怒らないで」


悲しそうな顔をしながらさんは僕を見つめてそう言った。 どうして。どうしてこんなに優しいんだ。 何もしてないさんがどうして我儘で子供な僕に謝る必要があるんだ。 ごめん。ごめんね、さん。僕がいけないんだよ。 僕がいけないんだ、全部僕が。 だからさ。そんな顔しないでよ。


「謝るから、機嫌直し…きゃあ!」


そう言いかけたさんを僕は強い力で抱き寄せた。 嗚呼、やっぱりこの人は大人だ。そして僕は子供。 でももうそんなのいい。そんなのどうだっていい。 だって年が離れていようが何だろうが、僕はこんなにもさんが。


「好きなんだ、もうどうしようもないくらい。全部僕がいけないんだよ。だから…お願いだから、謝らないで」


そう言ってさんを思い切り抱きしめて、彼女の肩に顔を埋めた。 突然こんなことをきっとまたさんは困っているに違いない。 ごめんなさい、でも甘えさせて。 いつも甘えてばかりだけど、きっとさんはいつもみたいに許してくれるから。 だってほら、僕の髪を撫でるさんの掌がいつもみたいにすごく優しい。


だから、わざと不機嫌


タイトル配布元様:リライト

(20080328)
(20210225)修正

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