ピンポーン、と来客を知らせるチャイムが鳴る。 テレビを見ながら寛いでいた私は、めんどくさいと思いながらも出ないわけにはいかず、 渋々腰を上げて玄関へと向かった。 どうせ宅配便か何かだろう、それ以外家を訪れる客が予想出来なかったのでそんなことを考えながら、 がちゃりとドアを開けた。


「はーい」
姉!」


ドアを開けても自分の目線の高さには人影がなく、少し目線を下げれば見慣れた姿をそこに見付ける。 愛想の良い笑みを浮かべた、自分より幾分か背の低い少年の姿を。


「フゥ太?どうしたの?」


突然の訪問に驚いてそう尋ねれば、 彼は上目遣いで私を見上げ困ったように笑った。


「あのね、ランボとイーピンが僕の知らないうちに遊びに行っちゃって、 家にツナ兄のママンしかいなくて」
「え、ツナは?」
「ツナ兄は、朝から学校に行っちゃったんだ」
「学校?あー、また補習かな」
「だからツナ兄のママンが、姉に遊んでもらったら?って」


だから来ちゃった、そう続けるフゥ太の笑顔はいつもと変わらず無邪気だった。 こんな夏休みの真っ最中に学校へ向かったという、自分の隣人兼幼馴染を哀れに思う。 どうせ山本の姿もそこにあるのだろう、彼等は補習の常連組だ。


姉?」
「あ、ご、ごめん!なに?」
「その…僕が来たこと、迷惑だった?」


まるで両耳を垂れた子犬が目を潤ませ強請るようなその姿に、誰がそんなことを言えようか。 暇潰しにぐうたら過ごしていた自分にとっては、迷惑どころかとても良い遊び相手だろう。 ドアを大きく開いて家の中に招き入れれば、 お邪魔します、と口にしてフゥ太は玄関に足を踏み入れた。しっかりしてるなあ。


「外暑かったでしょ、アイスでも食べる?」
「うん!」


外は夏真っ盛りの暑さだ。いくらすぐ隣から来たとは言えこんな暑さの中を歩いてきたのだから、 フゥ太もさぞ暑かったろうと思って冷凍庫を開く。何が良いかな?氷かそれともクリームか。


「はい、どうぞ」
「ありがとう、姉!」
「どういたしまして。あ、良かったら縁側で食べよっか、風が入るから少しは涼しいだろうし」


可愛い笑顔でアイスを受け取ったフゥ太にそう言えば、嬉しそうに頷いて、 縁側へと歩き始めた私の後をついてくる。 (なんでこんなに可愛いんだ!) 二人でそこに腰を下ろして、アイスの包みを開けた。 嬉しそうに食べ始めたフゥ太を見つめながら、ふと、ツナは良いなあ、と思ってしまった。 詳しい事情は知らないけれど、しばらく家で彼の面倒を見ることになったと聞いている。 いくらフゥ太はツナの本当の弟ではないとはいえ、自分にもこんな可愛い弟がいたらいいのにと、 アイスを頬張り始めたこの可愛らしい少年を見て、自分の幼馴染を羨んだ。 ジリジリと照りつける太陽が地面に反射して暑い。 エアコンを付ければ一気に部屋は冷えるが、 敢えて暑さを感じながら、こうやって縁側でアイスを食べるのが好きだった。


「暑い、なあ」


思わずぽつりとそう呟けばフゥ太は頬張っていたアイスから口を離して、顔を上げた。 アイスが少しだけ口元についてしまっている。 あどけなさに思わず笑みが零れてしまう。 その汚れを拭ってあげるべく手を伸ばそうとすると、それより先にフゥ太が動いた。


姉」
「ん?」
「これも食べる?」


自分の目の前に差し出されたのはフゥ太が食べていたアイスだった。 暑さにやられてカップの中でそれが形を崩し始める。


「ううん、それはフゥ太のだからフゥ太が食べて?」
「でも僕のは氷のアイスだからすごく冷たいし、食べたら姉ももっと涼しくなると思うんだ」
「だ、ダメだよ、それはフゥ太にあげたやつなんだから!それに言うほど暑くないから大丈夫!気にしないで?」


必死でお断りをすればフゥ太は『それならいいけど…』と再び自分のアイスを口に入れた。 自分よりもまだまだ子供の彼に気を遣わせるわけにはいかないと、 ほっとしたのも束の間、そのあとのフゥ太の行動に思わず固まってしまうことになる。


姉、あーん」
「え、えっ?」
「これ美味しいから食べてみて?」
「で、でも」
「僕が食べて欲しいんだ、それでもだめ?」


いくつも年下の彼がどう考えても自分を気遣っているその優しさに、思わず涙が出そうになる。 ここで断るのもまた酷だと思い、それじゃあ御言葉に甘えてと口にすればフゥ太は満面の笑みを浮かべた。


「はい、あーん!」


サマーシンプルスカイ






「ってことがあったの、さんは覚えてる?」
「そういえば、そんなこともあったねー」


あれはもう、今から10年も前のことだ。 あの頃はまさか自分が10年後もまだフゥ太の隣にいるとは思っていなかった。 隣にいる、の意味があの頃とは少し違うけれど。


「また夏が来てしまった…はあ、今年も暑いね」
「ふふ、そうだね。あ、ねえ、さん」
「なに?」
「今年もまた二人でアイス食べよっか」


見上げた先は偶然にも、あの日と同じ青い夏空。


タイトル配布元様 / 美しい猫が終焉を告げる、
(20080304)
(20201005)修正

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