「ごめんね、フゥ太」
はっきりとそう紡がれた言葉に、僕はただ呆然と立ち尽くしていた。
その謝罪の言葉が意味するところがわからなかったのもあるけれど、
何か良くないことが起こりそうな、そんな嫌な予感がしていた。
「ちょ、さん、それってどういう――――」
ことなの、そう続けるつもりだったのにさんが寂しそうなどこか切なそうな顔をしたから、思わず口籠ってしまい、
その続きが僕の口から発せられることはなかった。
「ごめんね、さよなら」
別れを告げる言葉に僕は再び呆然とした。
そんな僕の様子にも構わず背を向けたさんへ僕は咄嗟に手を伸ばしたけれど、その手が彼女に届くことは無かった。
「さん!」
必死に呼びかけても遠ざかっていくさんは立ち止まってはくれなくて、僕はその背中をひたすら、ただ呆然と見つめていた。
「っ」
瞼を上げれば暗い世界が視界を満たす。
そこには自分に背を向けていたさんのその姿はなくて、代わりに規則正しい寝息が隣から聞こえてくる。
「(夢、か)」
その寝息はさんのものだった。
自分に別れを告げた張本人が、隣で何事もなく穏やかに眠りに就いていることを知って、
やっとそこで今まで自分が目にしたものは夢だったのだと気がつく。
僕はなんて夢を見ていたんだろう。思わず左手を自分の頭に突っ込んで額を押さえた。
ハァ、とため息が出る。
大切なものを失う夢を見た。大切で大切で今最も僕が失いたくないものを失う夢。
もちろん昔からずっと僕を大切にしてくれているボンゴレファミリーの皆も大切だ。
今やボスとなったツナ兄も、隼人兄も武兄も、ここに挙げきれないけれど
他にも沢山の人が僕の大切な存在になった。
だけどその人達以上にかけがえのない人ができた。もちろんそれはさんのことだ。さんはツナ兄達と同い年で、小さい頃から僕の面倒を見てくれていた人だ。
もちろんその頃から僕はさんが大好きで、昔はさん、じゃなくて姉と呼んでいた。
それがいつの間にかさん、になってただの憧れから恋になって、信じられないことにそれが成就して。
僕にとって今一番失いたくない人になった。
そんな人を失う夢を見て例えそれが夢だとしも、誰が平然としていられよう。少なくとも僕には無理だ。
再度小さく息をついて、隣に眠る大切な人に視線を移す。
彼女は穏やかな表情ですやすやと眠っていた。
僕の動揺も露知らずこんな穏やかな寝顔で、一体どんな夢を見ているのだろう。
「、さん」
彼女の存在を確認するように、名を呼んだ。
それでも本人には聞こえないように、起こしてしまわないように極力小さな声で。
幸いなことに彼女には聞こえなかったようだ。身動き一つせず眠り続けている。
そんな様子にほっとして思わず笑みが零れた。
たださっき見たあの夢の所為で無性に寂しくなってしまって、
今ここにいるさんの存在を確かめたくなって、ついさんに手を伸ばしてしまった。
そのまま彼女を腕の中に閉じ込めれば、目を覚ましたさんがゆっくりと瞼を上げた。
「ん…ふう、た?」
目覚めたばかりの頭では視界がはっきりしないのだろう。
視点の合わない瞳が僕を見つめる。
そんな無防備な姿が愛おしくて、僕はますます抱きしめた腕に力を込めた。
「そうだよ、さん」
「んん、どうしたの?」
徐々に視界がはっきりしてきたようだ。
眠たげに目を擦ったさんの瞳が、次第に僕をしっかりと捉え始める。
「ちょっと変な夢見ちゃって」
「変な夢?」
「そう、さんがいなくなる夢」
僕どうかしちゃってるよね、そう言って苦笑すれば、
シャツの襟元が軽く引き寄せられてさんが僕の胸に顔を埋めた。
「だったら」
「え?」
「そうなるのが嫌なら……ずっと離さないで」
さんはそう言ってから恥ずかしくなったのか、
赤くなっているだろう顔を隠すように僕に背を向けた。
ますます愛しさが込み上げる。もう我慢など出来るものか、これまで以上に強く抱きしめた。
「ふ、フゥ太!いたいいたい!息できない!」
「さん、どうしよう僕、どうしようもないくらいさんのことが好きみたい」
「わ、わかったから、離して!息が!できなくて!死ぬ!」
「んー、まだ駄目」
「だったらせめて加減して、本当に苦しくて死にそう…うっ…」
「いやだな、さんへの愛の加減なんてできるわけないよ、こんなに大好きなのに」
「ばっ!……ばか」
目覚める前の世界で
きみがいなくても、ほら、今ここには、君がいるタイトル配布元 /
Seacret words
(20080304)
(20200920)修正