「、舌出せ」
端正な顔立ちにそう囁かれておぼろげな意識のまま、は緩く口を開いた。
自分から差し出すよりも先に侵入してきた薄い舌にすべてを絡め取られる。
頬を支えられ固定されてしまった彼女の顔は、獄寺に与えられる熱い口付けから逃れる術を持たなかった。
しばらくの間互いの熱を交わし合った後、名残惜しげに離れた唇からは熱い吐息が零れた。
「はは、何つー顔してんだよ」
身長差のせいでを見下ろす獄寺は、彼女の目元を優しく撫でながらそう呟いた。
きっと自分は随分と惚けた顔をしているに違いない。
はそう思ったが、それは一体誰のせいだ、そう言い返したかった悪態すら、
久しぶりに見る恋人である獄寺の切羽詰まった様な表情を見れば自然と飲み込んでしまう。
「…隼人って」
「何だよ」
「…ううん、やっぱり何でもない」
「は?」
悪態を吐く代わりにの口をついて出たのは別の言葉だった。
だが言い出した良いもののそれを最後まで言い切ってしまうのは何だか気が引けて、彼女は途中で口を噤んでしまった。
「なんだよ、言えって」
「何でもないってば」
「…気になるだろ」
の両肩を掴み怪訝そうに眉根を寄せる獄寺からは、諦める素振りが全く見えない。
元よりそれを言い出したのはなのだ。
言葉は口にしてしまったが最後、皆まで言わなければ獄寺は納得しないだろう。
「そんなに気になるなら全部言うけど…最後まで言っても引かないでね」
「…おう、わかった」
何か自分に非があると思っているのだろうか、
真剣なまなざしで自分を見詰めて来る獄寺に、余計なことを口走ってしまったと今更ながらは後悔した。
「ほら、隼人ってゴツめのアクセサリーが好きだったり喧嘩っ早かったり、血の気が多くて一見乱暴そうなのに」
「…それが何だよ」
決して褒め言葉とは言えない言葉が続き、この後何を言われるのかと不安に思った獄寺の眉間には深い皺が刻まれている。
「それなのに…キスは優しくて甘いから、いつもすっごくドキドキする」
そう言って切ってから恥ずかしそうには顔を反らした。
予想していた言葉とは正反対とも取れる言葉が返って来たせいか、獄寺は呆気に取られてしまう。
「…煽ってんのか」
「ちっ!違うよ…っ!そう言われると思ったから言うのやめたの!」
思ったことをついそのまま口にしてしまった浅はかさが、獄寺のみならず自身にまでも羞恥をもたらしてしまった。
彼が着ているシャツを掴み赤くなった顔をがそこに押し付けると、獄寺が彼女を抱きかかえる。
ベッドまで運ばれ優しくそこに沈められるとふわりと彼女の髪が散った。
ネクタイを緩めながら覆い被さってくる恋人の姿にがドキドキしていると、それに気付いたのか優しい笑みが落とされる。
切なさを滲ませたような獄寺のその笑みに、昔からが弱いことを彼は知っているのだろうか。
「そんなに見詰められたら照れんだろうが」
「だって…やっぱり隼人って格好良いなって思って…つい見惚れただけ」
「…っ、お前な…」
「ふふ、自分が格好良いって自覚あるくせに、実際に言われると照れるよね隼人って」
顔を赤らめた獄寺をからかうようにがそう言えば、彼は呆れたように小さく息を吐いた。
「もう黙れ」
「、っん」
互いの鼻が付くほどの距離で獄寺はを制し、彼女が反論するより先に再びその唇を塞ぐ。
数度彼女の下唇を食んだそれが口内に侵入し、の弱いところを刺激するたびに彼女の鼻から喘ぎが抜ける。
心から好きだと思える人から与えられる口付けはこんなにも気持ちが良いものなのだろうか。
が強請るように獄寺の首に自分の腕を回すと、
それに応えるように彼女の背に回った彼の腕がを抱きしめる。
愛する恋人の柔らかなそれを堪能した獄寺が少しだけ顔を話すと、その隙を狙って再びが口を開いた。
「ねえ、隼人」
「なんだよ?まだ何か言いたいことがあるのか?」
の体を離しブラウスのボタンを外している獄寺の指先を見詰めながらが言葉を続ける。
「一見隼人は乱暴そうに見えるって、さっき言ったでしょ?」
「それが何だよ」
「うん、でもね」
見詰めていた彼の指から視線を外したの瞳は自分を見下ろす獄寺のそれに焦点を合わせ、ふっと微笑む。
「本当の隼人は人一倍繊細で優しい人なんだって、私ちゃんと知ってるから…どんな隼人も大好きだよ」
自分を見上げて呟かれたの言葉に獄寺が驚いたように目を見開く。
それから視線を外し、大きくため息を吐いた彼が込み上げる感情を抑えきれないのか、突然自分の髪を大きく書き乱した。
目元は赤く染まっている。
「あー!ったく、お前は人の気も知らねえで好き放題いろいろ言いやがって…今日は覚悟しとけよ」
「えっ」
反論するより前に塞がれた唇は常より荒くて、
はまた自分の胸が熱くなるのを感じていた。
獄寺は性格上、その胸に抱く好意を言葉にして彼女に伝えることはそれほど多くはなかったが、
普段の彼の表情や仕草、態度などその全てからは常々彼からの愛情を感じ取っていた。
言葉などなくても自然とそれを胸に感じる度に、胸が張り裂けそうな程の幸福を彼女は知るのだった。
壊れるわたしのガラス張り
お題配布元様:
ユリ柩
(20210215)