「ねえ、その爪どうしたの」


数日前まで紅が乗っていたはずの主の爪が別の色に彩られていることに気付き、 思わず眉を顰める。空色のそれはまるで俺の好きな赤とは真逆で、 情熱さとは無縁の澄み渡るような眩しさがあった。


「え?あ、これ?」


俺の言葉に自分の手を顔の前まで持ってきて、眺めるようにその爪に視線をやる主は、 はにかむように笑った。その色をいとおしむような表情を見て、なんとなく嫌な予感はした。 そしてその予感はきっと間違っていないのだろう、そんな気もしていた。


「この前ね、一期とね、あなたの髪はとても綺麗ね、って話したの。 特にこの色が好きってわけではないんだけど、青空みたいな綺麗な色でしょう? だから思わずそう言ってしまったの。そうしたら『主様がお好きなら』って言って この色の爪塗りをプレゼントしてくれたのよ」


たまには違う色もいいと思わない?嬉しそうなその言葉に ぎゅ、と胸が苦しくなる。 一期としてもきっと他意はなかったのだろう。下心で主に贈り物をしたのではないはずだった。 それでも本丸の刀剣たちは皆、主を慕っている。あからさまにその態度を出さないだけで、 恋慕しているものもいるに違いない。 もしかしたら一期もその気があって主の贈り物をしたのかもしれない、 そんなことを想うとふつふつと自分の胸に湧き上がる黒い感情を抑えることができなかった。
彼女を怒るつもりはなかった。けれど自然とその言葉が口をついて出た。


「もう赤は嫌い?」


俺のその言葉にはっとしたのは主だった。 まさか俺の機嫌を損ねるとは思わなかったのだろう、苦い表情をしている俺の顔を見るなり 「き、清光…!」と慌てだした主に畳み掛けるように続ける。


「もう赤は飽きたの?俺のことも飽きたってこと?」
「っ・・・清光!ちがう、ちがうの、そういう意味じゃなくて、」
「俺より一期の方が大事になったの?そういうこと?」
「だ、だからそういうことじゃなくて・・・!」


大事な主が他の色に飾られるのが気に食わない。 他の男の贈り物でなどなおのこと許せるわけがない。 俺の主、君は俺の、主。俺だけの主。 他の誰の色にも染まらず、俺の色にだけ染まっていて欲しい。 俺の大好きな赤。彼女のすべてを俺の色で塗りつぶしたい。 一寸の隙間も無いぐらいに、俺の色で染め上げてしまいたいのに。 でもそれは俺が刀剣である限り敵わない願いなのだ。 俺達刀剣が、主の刀剣であるように、主は皆の主なのだ。 もし俺が一人の男として主と出会っていたら、きっとそれは違ったのだろう。
少し手を伸ばせばすぐ届く距離に主はいるのに、この手の中に彼女を閉じ込めても 彼女の全てを手に入れた気になれない俺は、欲張り過ぎなのだろうか。


「清光・・・?」
「嫌いじゃないって言って」
「・・・うん?」
「赤も、俺のことも、嫌いじゃない、飽きてなんかないって、、言ってよ」


自分の情けない顔を見られなくなくて、主の肩口に顔を埋めてその華奢な体を抱きしめる。 まるで子供だ。一番になりたい気持ちはあるのに自信はなくて、どうせ自分なんて、 どうせ認めてもらえないのだと卑屈になり泣きだす子供。 わかっている、自分の情けなさはわかっている。 一番で有り続けられる自信はないけれど、でもきっと主はこう言ってくれると信じているから 試すようにそう訊ねてしまう。


「好き、大好きよ、清光」
「・・・っ・・・!・・・」
「赤もあなたのことも大好き」
「・・・うん」
「だからそんな顔しないで?ね?ごめんね」


主が俺の頭を撫でるその心地よさに思わず目を細める。 さっきとはまた違った意味で情けない顔をしているだろうことはわかっていた。 嬉しさで顔が緩む。切なさに眉が寄る。 今の顔を安定に見られた暁には『きも!!!ドブスいい加減にしろよ』と罵られるに違いない。 でも今この瞬間だけが、主を独占していると思えるこの時だけが、一番の幸福なのだ。 俺の頭を撫でる優しいその指先が 紅でないことだけが悔しいけれど、絶対に後で赤に塗り替えてやる、、、 そう思えば自然と心も軽くなるのだ。


君の全ては僕のもの


御題配布元様 / PINN
(20151013)

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