先程から草壁がこちらの様子を伺いつつ、そわそわしている。 どうやら落ち着かないらしい。 普段であれば目障りだと一言叱れば良いだけだが今回はそうもいかない。 彼が今、何故自分の前でそんな状態なのか、その理由を雲雀はわかっていた。

草壁に落ち着きが無いのは雲雀が今、不機嫌だからである。 ただそれは今日に限った話ではない。ここ一週間ほど日に日に雲雀の機嫌が悪くなっているからだった。


「草壁」
「は、はい、委員長」
「君は僕が今、というか最近、何故こんなにも機嫌が悪いのか、そしてそれが誰のせいなのかわかっているようだね」
「…はい」
「言ってみなよ」


応接室の自分の机に座った状態で顔の前で手を組み、そこに顎を乗せた雲雀が草壁に向かってそう言った。 落ち着きなく室内を動き回っていた草壁が、雲雀に声を掛けられるなり身を硬くする。 先程から雲雀が不機嫌度MAXの黒いオーラを発し続けていたせいで草壁の顔色は悪かったが、 声を掛けられたことで更に青くなってしまった。 例え雲雀に促されようとも草壁が簡単に口を開きそうに無いのは明らかだった。 何なら何も言いたくないと言わんばかりの表情で唇を固く結んでいる。 雲雀が鋭い視線をじっと送り続けていると、 草壁は雲雀のその瞳からの圧に耐えようと唇を噛み締める。 しばしの睨み合いが続いた。 珍しく自分に抵抗しようとする草壁の粘り強さに雲雀は少しばかり驚いたが、 もちろん彼とてここで譲るつもりなどなかった。 草壁の口を割り、自分の求めている答えを聞き出さなければならない。 目を細めこれ以上有無を言わせないと雲雀がより鋭い視線を草壁に送れば、 観念したように彼の部下は渋々口を開いた。


「……非常に申し上げにくいのですが」
「構わないよ」
「最近が応接室に来ないから、かと」


応接室内の空気がしん、と止まる。 冷や汗を流しつつ草壁は恐る恐るそう口にしたが、 対する雲雀からの返事は無く彼はしばらく黙ったままだった。 草壁にとっては風紀委員でもないが応接室に姿を現さないことは何の問題もなければ当たり前のことで、 正直彼女にしてみればそんな義理すらもないと草壁は思うのだが雲雀にとっては違う。 雲雀がを好いていて、何か理由を付けては彼女を応接室に呼び出すのは日常茶飯事だった。 恋人同士ではないが、自身も雲雀からの好意には薄々気付いているようだった。 何か言われるのも恐いが何も言われないのもそれはそれでまた恐い、 草壁がそう思っているとようやく雲雀が言葉を発した。


「でも僕の機嫌が悪いのはそれだけじゃない」
「…と、おっしゃいますと」
「君、何か僕に隠し事してるよね?」


雲雀からの言葉に草壁が息を呑む。 依然として悪いままだった顔色がますます蒼くなり、 核心を突かれた草壁はもうこれ以上は何も言うまいと再び唇を硬く横に結んだ。 その様子を見て取った雲雀が腰かけていた椅子から立ち上がると、 これは本格的にまずいと察した草壁がじりと一歩後ずさる。


「何隠してるの?言いなよ」
「こ、こればかりは言えません委員長…!」
「…噛み殺されたいの?」
「い、いえ、でも」
「でも、何なの」


草壁の首元にトンファーを押し当てると雲雀は彼を問い詰めた。 真っ青になった草壁が焦ったように唇を噛み締めている。 そこまで言い淀むと言うことは、彼の隠し事とはそれほどまでに言いづらいことなのか。 雲雀がトンファーをカチャリと鳴らして少しだけ力を込めれば草壁の喉仏に当たったのか、 彼が苦しそうに顔を歪めた。


「言わないと本気で噛み殺すよ」














廊下を進み、雲雀はある部屋の前に立った。 正直自分には馴染みが無い場所であり、わざわざこの場所まで足を運ぶことなど滅多にないことだった。 ゆっくりとドアを引き少々面倒ではあるが、 構内の風紀を守る風紀委員長としてルールは守るべく、なるべく静かに戸を閉めた。 そこは図書室である。 草壁が隠していたのはここ最近、放課後に応接室に姿を見せないの居場所であった。 何故そんなにも隠すのかと問い詰めれば、本人に内緒にしてくれと言われたらしい。 何故自分に内緒にして欲しいのかと更に草壁を問い詰めたが、そこまでは知らないと返されてしまった。 必死に首を横に振り青ざめる彼の顔を見れば、それ以上は何も隠してはいないようだった。 それならば理由は直接本人に尋ねるべきだと、雲雀はわざわざここへ足を運んで来たのだ。 静かな図書室の中には大机が幾つも並べられているが、部活動が行われている日の放課後の図書室など 利用者はまばらで、ほとんどが空席である。 辺りを見回すと雲雀は窓際の席に見知った姿を見つけた。である。 真面目な顔をして少し顔を俯け、本を読んでいるようだった。 膨らんだカーテンから溢れた風が彼女の髪を揺らした。 見付けたその姿に声を掛けようと数歩足を進めたところで、雲雀の視線の先を人影が横切った。 思わず彼が立ち止まればその影はの向かいの席に立ち、彼女が気付くより先に椅子を引いて腰を下ろした。

男だった。

その男の姿に気付くなりは『あれ、今日も来たの?』と彼に声を掛けた。 思わず自然と雲雀の眉間に皺が寄る。 親しげに話し始めた2人の姿を雲雀がじっと見つめても、彼等は雲雀に気付きもしなかった。 が雲雀に気付きもしないのは、まさか雲雀が図書室に来るはずなどないと思っているからだろうが、 男の方は違うのだろうと雲雀は思った。 彼の視界を埋めているのは、自分の向かいに座るのことだけだろう。 少し身を乗り出して必死に彼女に話しかけている彼のすぐ横には『私語厳禁』のプレートが置かれていると言うのに、 彼には少しもそれが視界に入っていなければ、気にも留めていないようだった。 にとってはここにいることの目的は本を読むことだろうが、彼にとっては明らかに違うように見える。 彼の目的は間違いなくだろう。 雲雀がそう気付いた瞬間、立ち止まっていた彼の足が歩を進め始める。 ふわりと靡いた彼の学ランに気付いた他の生徒達が、何故この人がここに…という表情を浮かべたが、 雲雀にとってはそんなことはどうでもよかった。


「ねえ、そこ、図書室では私語厳禁だよ」


雲雀は2人に近付き、の隣の席の椅子を引く。 引いたそこに腰を下ろしてから腕を組みそう注意すれば、驚いた2人が雲雀を見つめた。


「雲雀さん!?」
「声が大きい」


雲雀の姿を目にするなり心底驚いた表情を浮かべ声を荒げたを雲雀が窘める。


「ご、ごめんなさい、まさか雲雀さんがここに来るとは思わなかったのでびっくりしてしまって…つい」
「どうしてそんなに驚くの、僕が図書室にいたらいけない?」
「い、いえ、そうではないんですけど…どうして私がここにいるってわかったんですか…?」
「草壁を咬み殺して吐かせた」


物騒なことを平然と言い放つ雲雀を横目に見ながら、 自分のせいでそんな目に遭ってしまった哀れな草壁の無事をは祈った。 『読みたい本があって今後は図書室に通うので、しばらく応接室には顔は出しませんが、雲雀さんには私が図書室にいることは内緒にしてください』 とお願いしたばかりに、草壁はとのその約束を守ろうとして気の毒な目に遭ってしまったのだ。 が図書室にいることを雲雀に内密にした理由は、大した理由ではなかった。 ただ単に図書室でゆっくり本が読みたかっただけである。 雲雀に言えば、何でそんなところに行く必要があるの?だとか何とか難癖を付けられて、 そんなに本が読みたいならここで読めばいいと応接室に縛り付けられることになるだろうし、 どうしても行きたいと言うなら僕も行くと言い出して付き添われるのは避けたかった。 彼が図書室になど現われれば、他の生徒達が恐れ戦いて読書どころではなくなってしまうだろう。 実際に付いて来られたならば、自分の横であからさまに眠たげな欠伸を何度も零されるだろうことも目に見えている。 だからこそ雲雀には内密にと草壁に頼んでいたのだ。 ただまさか数日応接室に顔を出さないだけで、 草壁が守らされていた秘密を暴いてまで、風紀委員でもない自分を雲雀が探しに来るとはは思ってもみなかった。 が草壁の安否を心配している間に、雲雀は彼女の向かいに座る男を見つめていた。 正確にいえば見詰めていたという表現は正しくない。 雲雀にとってそれはただ視線を送っているだけに過ぎなかったかもしれないが、 どこからどう見てもその視線は彼を睨んでいた。 相手の男は雲雀の方を見てはいなかったが、自分を鋭く刺すその視線には気付いていた。 恐る恐るそちらに視線を移したが、雲雀と視線が交わるとヒッと息を飲んで、青ざめてしまった。 相手の男のその反応を見て『つまらない』雲雀はそう思った。


「ねえ、そこの君」
「え?あ、はい」
「君も本が好きでここに通ってるの?」
「えっと、俺は、その」
「違うの?まさかとは思うけど…君がここに来るのは本を読むためじゃなく他の理由だったりしないよね?」


わざわざ本人に聞かずとも答えなど分かっていたが、どのような反応が返ってくるか、 それを知りたいがためだけに雲雀は敢えて相手の男にそう尋ねた。 相手の男が少し頬を染めて身を硬くするのを見て、雲雀は小さくため息をついた。 やはり彼が好きなのは本でもなければ図書室でもなく、のことらしい。 雲雀が呆れたような視線を彼に送れば、自分の真意がばれてしまったことに羞恥を感じたのか、 男が悔しげに唇を噛む。 しばし睨み合いが続いた。 一しきり男の戦いが繰り広げられたが、雲雀が負けるはずがないのは言うまでも無い。 相手の男が小さく息を吐いて腰を上げれば、それは男達の静かな戦いの終了の合図だった。


、悪いけど用事思い出したから俺はもう帰るわ」
「え?でもまださっき来たばかりなのに…」
「用事があることすっかり忘れてたんだよ、じゃあ急ぐから…今日はこれで」
「そっか、じゃあまたね」
「…ああ」


空気を読んでこの場を去ろうとした彼に雲雀は感心したが、 立ち去る彼に対してが発した『またね』という言葉が気に入らなかったようで、 その言葉を聞くなり途端に雲雀の眉間に皺が寄った。 それに気付いたは良いがの言葉に応えてしまった男は、 再び自分に向けられた雲雀の鋭い視線から逃げるように背を向け、急いで図書室から出て行った。 彼の姿が見えなくなってから雲雀はまた一つ溜息を吐く。 それを聞いたが雲雀の隣で焦ったように息をのんだ。



「は、はい」
「何でそんなに気まずそうな顔してるの」
「だって雲雀さん怒ってますよね、草壁さんを巻き込んでまで逃げるように雲雀さんに内緒で図書館に通ってたこと」
「それについては君を咎めるつもりはないよ」
「…ごめんなさい」


やはり隠し事をしたことに後ろめたさがあったのか、 自分から謝罪の言葉を口にしたにざわついていた雲雀の気持ちが少しだけ和らいだ。


「きっと君なりの正当な理由があって僕には内緒にしておきたかったんだろう?」
「…はい」
「だったら君のやりたいことや好きなことを台無しにするつもりはないよ。ただ―――」
「…ただ?」
「何日も君の姿が見えないと、心配になる」


そう口にしたあと雲雀はふいとから顔を反らした。 素直な気持ちを言葉にしたはいいが照れているのか、 彼の目元が少しだけ朱に染まっていることには気が付いた。 数日彼の前に姿を現さなかった自分を雲雀がわざわざ探しに来た理由を知って、は少しだけ胸が苦しくなった。 彼からの好意には薄々勘付いてはいたが、どうやら気のせいではなかったらしい。 『好きだ』とは言ってくれないのに『傍にはいて欲しい』という雲雀の素直な想いが垣間見えた気がして、 思わずが小さく笑みを零せば、少し照れ臭そうなそれでいて罰が悪そうな表情をして雲雀がを見遣る。


「何笑ってるの」
「ふふふ、ごめんなさい、嬉しくて。――あの、雲雀さん」
「なに?」
「今度からはここに来る時はちゃんと雲雀さんに言いますね」
「ああ、そうして」
「雲雀さんは一緒には来ない、ですよね?絶対寝ますし」
「言うね、君」
「じゃあ付いて来ても良いですけど、絶対に寝ないでくださいね」
「…努力するよ」


テンポルバートで惑わせて


お題配布元様:誰花

(20210129)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -