惑溺パラライズ

ちょっと来てと突然声を掛けられると共に腕を掴まれ強引に引っ張られる形で、 雲雀さんの後ろを歩きながら、屋敷の廊下を足早に進む。 少しでもスピードを落とそうとすると、ぐいと強くまた腕を引かれる。


「雲雀さん腕が痛いです」
「ああ、わざと痛くしてるからね」


わざと?!わざとなの?! 雲雀さんは物騒な事を平然と言い切って私の抗議の声も虚しく、 掴んだ手にますます力を込めた。痛みに思わず足が止まる。止まればまた腕を引っ張られる。


「雲雀さん!だから!痛いです、ってば!」


半泣き状態で再び抗議する。離して欲しいとお願いしても嫌だよという残酷な言葉しか返ってこない。 いや、本当に、このままでは私の腕が折れます。


「何でこんなことするんですか!」
「怒ってるから」
「それは言われなくてもわかります!怒気と殺気がものすごい!」
「誰のせいだと思ってるの」
「え、私?私ですか?!」


このような乱暴を受けるほどのことをしてしまった覚えはなかった。 日頃から行ないは良い方だし、まあマフィアにいる時点で良いのかどうかという問題は置いておいて、 雲雀さんの機嫌を損ねるようなことを何かしてしまった自覚はなかった。


「本当に自覚無いの?」
「うう、ちょっと思い当たる節が全然…」


半泣き状態で必死に最近の自分の行いを思い出す。 いつも通りツナの書類仕事を手伝って、長期任務に出かけた隼人の部屋を掃除してやって、 山本の鍛錬手伝ってあげて、 お兄さんがまた極限に無茶してる日々の事を日本にいる京子に心配掛けない程度に教えてあげて、 フゥ太と一緒にランボの教育係をして、 出張のお土産ですと骸さんがプレゼントしてくれた良い香りの紅茶を休憩のときに 贈ってくれた本人と一緒にいただいて、それから ……あ、なんとなく全てが分かった気がした。


「もしかして骸さん、ですか?」


その言葉を発した瞬間、また腕を掴む力が強くなった。 だからあの、もう、腕が折れる一歩手前なんですけど。


「いたいいたいいたい!ごめんなさい!骸さんの名前出してごめんなさい!」
「わかってるなら僕の耳にその名前を入れないでくれる?」
「だって雲雀さんが自覚しろ、思い出せって言ったんじゃないですか!確信犯ですか!?」
「…うるさい、黙って」
「黙って欲しいならまずその腕を離して下さい!折れる!腕が!」


盛大に懇願すれば、仕方ないなとばかりにやっと雲雀さんは腕を解放してくれた。 痛い。掴まれた箇所がヒリヒリする。これでは骨にもヒビが入っているのではなかろうか。 雲雀さんが骸さんのことを嫌いなのは周知の事実だが、 だからと言って骸さんの名前を聞いただけで殺気立つのは勘弁して欲しい。 そしてその怒りの矛先を私に向けるのは尚更やめて欲しい。 未だ痛む自分の腕をさすりながら、雲雀さんが怒っている理由がわかったことだけは安堵した。


「骸さんとちょっとお茶したぐらいでどうしてそんなに怒るんですか…」
「あいつには近付くなっていつも言ってるだろ」
「別にもう敵じゃ無いんですからそんなに警戒しなくても」
「敵だよ。それに君は、お茶に何か変なものが入れられているかもしれないとは思わないの?」
「そんな物騒なこと思いつくの雲雀さんだけですよ…」


いくら相手が嫌いだとは言え、酷い言い様だ。さすがに骸さんが気の毒である。 とはいえ下手に骸さんを擁護するとまた雲雀さんの機嫌が悪くなることは言うまでもないので、 余計なことを言わない様に言葉を選んで口を開く。


「そもそも雲雀さんは心配し過ぎです」
「僕はただ君が男への警戒心が無さ過ぎるから心配してるだけ。あの男とお茶だなんて以ての外」
「仲間なんだから別にいいじゃ無いですか」
「そういう問題じゃない」


あまりに口答えをするとまた心配という名の暴力を奮われそうな気がして、 それ以上彼と言葉を交わすのはやめた。 綱吉や隼人、武なんかと一緒にいるのは構わないのに、 骸さんのこととなると雲雀さんは自棄にムキになる。 中学生の頃から因縁の仲らしいがもういい年なのだから少し大人になって欲しいと思う。 ただ不思議なのは、骸さん自身も雲雀さんのこととなると少し顔色が変わるのだ。 二人とも相手に対して同じ思いを抱いているのかもしれない。


「雲雀さんが骸さんを嫌いなのは知ってますけど、だからって少し大人気なくないですか?」
「…何だって?」
「張り合うのは勝手ですけど、2人の争いに無関係な私を巻き込まないでください」


雲雀さんが強引なのは昔からのことでもう十分に慣れていることだったが、 先程あまりにも強く掴まれた腕が痛むせいで今日は私も少し気が立っていたのかもしれない。 普段なら少しばかり不満があっても、雲雀さんの機嫌を悪くすると分かっていることなどは決して言わないようにしているが、 今回ばかりは自分に向けられた彼の怒りが身勝手に思えてしまい、つい自分の不満が口から漏れてしまった。 少しばかり強く言い過ぎたかと思ったあとすぐに、キツく寄せられた眉を見て、一瞬にして雲雀さんの機嫌の悪さが悪化したのがわかった。


「へえ、無関係、ね。君の言いたいことは良くわかった」
「…わかってもらえたなら良かったです」
「でも結局君は何もわかっていないようだ」
「え?」


雲雀さんの発した言葉の意図する意味が理解できなかったが、 彼が一歩踏み出し私に近付いたので、思わず自分も逃げるように一歩後ずさる。


「元からあの男のことは嫌いだけど、今回怒っているのはそれだけが理由じゃない」
「それ以外に何があるんですか」
「僕があの男を嫌いなのは、彼が君を狙っているからだよ」
「…………はい?な、な、なに言って」


突然のことに驚きを隠せずにいると「知らなかったの?」と呆れた表情で、雲雀さんがまたぐっと前に歩みを進めた。 そして再び、腕を強く掴まれてしまう。


「い、いた、っ」
「だから本気になればいつだって、あの男もこうやって腕を掴んで、君をどうにでも出来るんだよ」


雲雀さんの真剣な目に心臓を射抜かれる。 所詮女は男に力では敵わない。だから何かが起きる前に注意しろ、それを雲雀さんはずっと言いたかったのだ。 そこまで言われてやっと雲雀さんの怒りの意味するところを知り、胸が震えた。


「雲雀さん、わかりましたからもう腕を…!」
「君には口で言うより身をもって教えた方が効くからね」
「や、もうわかりましたから、っ、んん!」


抵抗を封じ込めるように、強引に押し付けられた唇に呼吸が奪われる。 いつの間にか空き部屋に連れ込まれ、壁際に追いやられていた。 囲われるように顔の周りに腕を置かれて、密着するように体を押し付けられれば逃げ場がまるでない。 呼吸を奪われたまま、自分の首に雲雀さんの指が掛けられて身を固くすると、するりとネクタイを解かれる。 はらりと床に落とされた自分のネクタイを横目に、 先程雲雀さんが口にした『君には口で言うより身をもって教えた方が効く』の言葉の真の意味を悟る。 反論しようにも止まない口付けに息をすることさえ許してもらえなさそうだった。 恐らくこのまま、躾という名の快感の波に沈められるのだ。 ああ、骸さんのせいで何だかもう今日は、腕を折られそうになるだけでは済まされず、 息の根すら止められそうです、いろんな意味で。
泣きそう。


惑溺パラライズ


(20200915)
お題配布元様:誰花

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