「ふっ、はっ!とやぁっ」
奇怪な形をした街の小さな広場に、彼女の格闘する声が轟く。
「どぅりゃああ」とかもう女の子としてどうなのかと思う奇声をあげたって、出来ないものは出来ないようだ。
「もう、力が入り過ぎって言ってるだろ」
貸して、と強く握りしめられているそれをひったくり、手にしっくりと馴染むそれを軽く掬い上げる。
しなやかな軌道。
ひゅっという空気を切る音。
赤い玉が尖端に吸い込まれ、かちんとぶつかる小気味いい音が、技の成功を引き立てる。
「ほら、こうだよ」
と、その顔を窺えば、先程までの表情はどこへやら。「おおおぉぉ」なんていう歓喜の声は……やっぱり女の子とは思いにくい。
「さすがジーニアスけん玉の伝道師!!」
「当たり前だよ!…って伝道師って何」
「だって私ジーニアスに会うまでけん玉知らなかったもん、伝道師だよ」
ウィルガイア。
誰にも知られぬ町。だのに、誰からともなく空中都市と呼ばれた場所。
無数の人々が行き交う地上から切り離されたように漂うそこには、迫害から逃れ、追い出された種族がひっそりと住んでいた。
「ねー、ジーニアス」
彼女、キオノもその一人。
僕と同じ、ふたつの種族の狭間にいる者。
違うのは、キオノはこの切り離された街で生まれ育ち、そして
「エルフも人間も、けん玉するの?」
この空より下の世界を知らないということ。
「……するんじゃないかな?」
「ジーニアスみたいに戦いで使うの?」
「それはないかなぁ。これは元々おもちゃだから」
「え、これおもちゃなの?ジーニアス、魔物相手におもちゃで戦ってるの?」
「!…言っとくけど、詠唱の手助けに使ってるんだからね!集中力を高めるために使ってるんだからね!?」
大概馬鹿にされることしかないので早口にそう言えば、キオノはむしろ感心したような笑みを浮かべた。
「へぇぇー。確かに集中しないと出来ないもんね」
「……ま、まあ…ね」
馬鹿にされなかったことに思わず面食らった。キオノはこういうサバサバしたところがある。
でも、ボクの手から再度けん玉をかすめてぶんぶん振り回しながら言われたその台詞に、ボクは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「いつか行きたいなぁ」
不意に耳に飛び込んで来た言葉に、はっとする。
「いつかこの街を出て、ジーニアスが旅する地上に行ってみたい!そしたら私も地上を旅をするんだ」
彼女は会う度にこの言葉を口にする。
まるで願いを叶えるおまじないのように。
「土を踏んでみたい。海にも触ってみたい。それから、エルフや人間にも会っていっぱいいっぱいお話するんだ!」
「…………」
彼女はこの街で生まれ育ち、たぶんそうせざるを得なかった理由は知っているのだろう。
でも、彼女は「知らない」。
ボク達ハーフエルフが、地上でどんな思いをして生きなければいけないのか。
本当の意味じゃ「知らない」んだ。
「あっ、皆でけん玉して遊ぶのもきっと楽しいね!」
無邪気に笑うキオノを見て、一瞬、なんて言ったらいいかわからない気持ちがボクのなかでない交ぜになった。
キオノの細い手首が振るわれる。
―――かちん。
「あっ!」
「……!」
気持ちいい音。
キオノの手の中、確かに赤い玉は尖った棒に突き刺さっていた。
「じじっジーニアス、これ…これ成功、だよね?」
「うん…!勿論っ!やるじゃない!」
「ぃよっしゃあああっ!」
飛んで跳ねてガッツポーズ。くるくる回って決めポーズ。忙しなく喜びを全身で表現する彼女を見て、ふと考える。
もし今キオノが地上に降りたら、きっと様々なショックを受けてしまう。
いろんな悲しみを抱かなきゃいけなくなってしまう。
感受性が豊かなキオノだから、尚更。
その時キミがどんな顔をするのか、ボクは想像もしたくないんだ。
キミが泣かないような。
たくさんの種族が皆で笑って遊べるような。
そんな世界にしたいって、ボクがそんな世界にしなきゃって、ボクはあの時からそう思ってる。
でも何だか、キオノだったら。こんな風に全てを受け止められるような……全てをいつか乗り越えてくれるような、そんな気もして。
「キオノ」
「おしゃあああ!って、え?」
「それ、あげるよ」
「えっ!? ――い、いいの?」
「皆で遊ぶんだろ?練習しとかないと、笑われちゃうぞ」
「…そ、そっか!ありがとう!」
今の世界には、君が歩くためにはもう少しだけ時間が必要だと思うから。
キオノがけん玉の伝道師になるまでに、ほんの少しでもボク達が笑える世界になるのを夢見て、ボクはキミに笑いかけた。
朝日がくるまで