だだっ広い草原。

遥かなる透明な空。

鳥の戯れる囀ずり。



静けさが、温もりが、命が、ここにはある。


髪を撫でる朝の風を、踏みしめるア・ジュールの土の感触を噛み締めながら、そんなことを思った。



今僕達はア・ジュールの王に会うために、小さな集落を点々としながら、その中心部へと距離と縮めているところだ。

僕はずっとラ・シュガルで暮らしてきたので、この環境にまだ慣れていないらしい。目覚めは誰よりも早かった。
でも決して居心地が悪いわけでは無くて、不思議な感覚が僕を取り巻いた。




その中に、異音。


さっと身体に緊張が走る。



(―――…魔物?)



こちらでは決して珍しいことではない。現に昨日も、深夜に奇襲されかけたこともあった。
しかし今は太陽もあがっていない早朝……少し違和感を感じながら、僕は足を忍ばせる。


僅かに加速していく鼓動と、靴の下で踏まれる草の擦れる音とが、公倍数で重なり合う。


簡易テントを影に、気配を殺す。ゆっくりと裏を窺う、と――――




「!」




――――――数匹の魔物。



と、

ア・ジュール独特の民族衣装を身に纏った少女。

青白く朝靄に浮かぶその顔は穏やかに、ほっそりとした手は、なんと魔物の頭をゆっくりと撫でていた。






「―――………」






僕はその光景を、ただぼんやりと眺めていた。

魔物には、昨夜もみてきたような殺気のようなものが一切無かった。そのことに驚いたのもたぶんある。



でも…それよりも、僕の心を支配した感情は、






(――――なんて、なんて綺麗なんだろう――。)





朝日の色がちらりと混ざり始めた空。耳をすぐ側を切る風の音。

民族衣装をその風に靡かせた少女と周りの、柔らかな、それでいてどこか厳かな空気。




涙が出そうなぐらい、それは酷く優しい景色だった。

少女と知り合いなわけでは無い。魔物は、丁度昨夜戦った種類と同じものだろう。………あぁ、そうか。




これが、生命なんだ。

なんて綺麗なんだろう…

だから、何故か、それで、悲しいんだ。





いつの間にか魔物の群れは消えていて、少女の輪郭がようやく目を覚ました朝日に照らされる。





どうしてこんな感情を瞬時に抱いたのか、どうして視界が潤んだのか、理屈はよくわからない。わからない、けど。




先程までとは違う鼓動の内側。僕のなかに今までなかった何かが産声を上げたのを、僕はただ静かに受け入れていた。






Astration
新星誕生






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