「人間が嫌いなわけではない」
彼女はそう呟く。鮮やかに染み入る響きは、擦れ合う葉の音にも決して揺らぎを見せなかった。
「………だが、嫌いなところがないわけではない」
朝日に照らされた森の中。
広がる緑とか、その上の赤とか、転がる肌色とかを見下ろしながら、彼女はそう呟いた。
襲われたのだろうことは言わずもがなだが、傷跡や金品が全くないところを見ると、どう考えても魔物の襲撃ではないことがわかる。
「………人間は愚かだ」
風がまるで、彼女を労るように吹き付ける。ブロンドの長い髪がうねるが、その足はしっかりと地の上に立っていた。
「ミラ」
近づいても彼女が動く気配はない。俺は自らの両手を、その大きくて綺麗な瞳にそっと重ねた。
「――ありがとう」
何千年。何万年。彼女はたった一人の時から、俺達人間の影を繰り返し見せつけられてきた。
強くて優しい彼女は、その目も心も塞ぐことなく、この世界の全てを受け止めてきたのだ。
少しの間をもって、予想通りに両手をそっと外された。
白くてしなやかな手。一体この手は、どれだけ望まぬ誰かを…そして自分を、傷つけたのだろうか。
「出来ることなら私は、人間を好きになりたい」
「……人間の全てを好きになる必要は無い」
「―――そうだな。でも」
振り返った精霊の長を見て、俺は驚きを隠せなかった。
「私は人間を好きになるためにも、人間に好かれるような世界をつくりたいんだ」
それは、それは…酷く優しい表情だった。
彼女の白い温もりはまだ、濡れた俺の両手を掴んでいる。
Xanadu理想郷
あと5日!