「………止めないで」
辺りに広がる花達を眺めたまま言う。誰かなんて気配でわかる。予想通りの訪問だった。
明日、私はユリアシティを発つ。
このセレニアの花畑も、もしかすると二度と見られないかもしれない。
そして、彼の声を聞くことも出来ないかもしれなかった。
「……………ティア」
彼は他の言葉を吐かない。だけど、その私の名前を呼んだ一言に、全てが込められいるのがひしひしと伝わってきた。
複雑な気持ちなのはわかる。あなたは昔からずっと兄を慕っていたものね。
でも。あなたなら、兄をよく知っているあなたなら、私の気持ちも少なからず理解してくれるのではないだろうか。
間違った道をいく兄をこの手で止めたいという、私の気持ちを。
「私しかいないのよ、兄を……ヴァンを止められるのは。」
そうでしょう、と呟くと、しばらくの静けさが花達を包んだ。
刺さる視線が痛く感じるのは何故だろう。
こんな痛みに耐えられないようじゃ、今からなそうとしていることなど果たせないだろう、と思いながら、
(―――ごめんなさい)
心の中で呟いたのは、謝罪の一言だった。
「ティア」
草を踏み締める音と一緒に聞こえたその声は、さっきの響きと僅かに変わっていた。
「…止めないよ。ティアが案外頑固なの知ってるし」
笑みを含んだ、普段の彼らしい言葉。こんな時にでも自分のペースを守れるというのは凄いと思う。
…私は、あなたの親友を殺しにいこうとしているのに。
と、近づいてきた彼が、私の手を取りその上に転がしたのは、まっさらに透明なガラス玉。
「これ、やろうと思って」
「……ビー玉?」
「あぁ。まぁ、御守りみたいなものと思って。」
「……ありがとう」
「なぁ………ティア」
と、切なそうな声が私の心臓を突き刺した。
「―――死ぬなよ」
「……死んだりしないわ、目的を果たすまでは――…」
「違う。
――――お前自身で、お前を死なせないでくれ」
「―――――!!」
鋭く刺さったのは、本当は欲しかった言葉で、だからこそ欲しくなかった言葉で。
「頼むから、自分の気持ちを全部押し殺すようなこと、もうやめてくれ…」
じくじくと、ぐずぐずと、心臓を抉ってきた。
「………俺は、止めないよ。ティアがティア自身を守るために行くのなら。
――――止めないさ」
「………………」
掌の上のビー玉には、歪んだ私自身が映って、じっとこちらを見つめ返していた。
それをそっと瞳に近づけ、様々な色がぼやけ混ざり合った世界を覗き込む。
きっと。きっとこの痛みは、決して忘れてはいけない痛みなんだと、どこか落ち着いた気持ちでそう思った。
ビー玉の向こう
あと2日!