「全く…何がしたいんですか」
はぁはぁと息を切らしている少女の背中に問う。既に返事など期待していない。かれこれ何度、この一連の流れを繰り返しているだろうか。
こうして呆れている間にも、依然として彼女は浅い呼吸を繰り返すばかりである。無理もない。彼女はかなりの距離を常に全力、しかも休み無しで走っていることになる。そうすぐに息を整えられないだろう。
「……はぁ……はぁ………何で、そんな……余裕な…のよ………はぁっ」
やっと紡がれた言葉には、疲れと苛立ちとが垣間見えていて。
珍しいですね、貴女がこんなに素直な感情をぶつけてくるなんて。
「何言ってるんですか、節々が悲鳴をあげてますよ」
「…よく言うわ………」
「その様子だと、まだまだやめる気はなさそうですねぇ」
「…………………」
「おやおや、せっかくの美人が台無しですよ」
きっと私を睨み付ける彼女に言えば、予想通りその瞳が更に鋭くなった。やれやれ、何かした覚えは無いのですがねぇ。
「もう一度聞きますが、貴女は一体何がしたいのですか?」
「……別に」
彼女は丸まっていた背中を戻すと、今度は真っ直ぐに前を見据えて言った。
「ただの追いかけっこ」
「………はい?」
今度は予想を裏切られた。まぁ、そもそも予想が出来なかったのだが。久々に聞いた単語だった。
「ジェイドはずるい」
返ってきたのは、普段聞くことのない子供のような彼女の声。
「いつもいつも先に行っちゃうじゃない。追いかけるのは私ばかりだし、全っ然追いつかないし」
「――――…」
名前を呼ぼうとした喉は、突然振り向いた彼女に驚き固まった。
「たまには追いかけてよ」
瞬間、彼女はまた駆け出していってしまった。
いたずらでもするような、しかしどこか切ないような、そんな笑みに満ちたその表情が、私の脳裏に甦る。
「――やれやれ、もう少し年寄りをいたわってほしいものです」
眼鏡のズレを直し呟く。
そうだった、成長したとはいえ、彼女はまだ子供だった。
懸命に走る背中を、今度は本気で追うべく、地面を踏み締める。魔物と対峙した時以外で全力で走るなんて、いつぶりだろうか。
広がる青空が、遠ざかる背中とよく似合っていた。
Dash!
あと5日!