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………誰だ?お前… いや、誰かなんて知っている。俺はお前がキオノだと知っている。 けど…… お前は………誰だ? 医務室のベッドで寝たのなんて久しぶりだ。 ぼやけた天井が認識出来て、ああそうかと俺はあの時のことを思い出す。 修行に行ったらガキが襲われてて、俺はそいつを庇って――それで。 「………ルカ」 「で、でも……!」 「ルカ」 だるい頭をずらすと、見慣れた銀髪のお坊ちゃんが椅子に座っている。ピンクの長い裾も見えた。医務室にいつもいる、アニーの服。 その向こうから窺えたのは、レディアントを身に纏ったキオノ。 更に後ろにいるのは紅葉形の髪止めと、青髪と白い服のはっきりした論文野郎。
「も…もう少しだけ待てないの?そしたらスパーダだって」 「こうしている間だって、ルミナシアの侵食が着々と進んでいるのよ。そんな時間ない。 それにあと一日で治るような状態でもないんでしょ?アニー」 「………それは……」 ああ、そういうこと。 俺は部屋に漂う重っ苦しい空気を吸って、状況を飲み込んだ。 キオノの奴、行くのか。 ラザリスのところへ。 左腕にギプスがついている。体にも力が入らない。そういや毒をもってるモンスターもいたか? 医務室のベッドに転がされているのは、たぶん怪我というよりもそっちの方が重症だからだろう。 ―――で、俺が結局行けそうにないってんで、代わりにルカを誘いに来たわけか。 「……それに」
やけに響くキオノの声が、俺に向いたのがわかった。 「一人で修行に行ってボコボコにされて帰って来るような奴、いらない」 ぎん、と冷たい言葉が轟いた。医務室の温度が一気に下がる。 「――キオノ!!そんな言い方ないんじゃないのっ!?」 ヒステリックなカノンノの声。 「…まぁ、ぼくはキオノと同意見だな」 「! キール…!」 「子供が助けられたのはよかったけど、前からエラン・ヴィタールには今日行くって決まっていたわけだろ? だったら一人でシフノ湧泉洞に修行に行くなんて無謀過ぎる。そういう判断も出来ない奴は、どの道足手まといだろう?」 「そんな……!」
やけに落ち着いたキールと、反論しようとするルカとアニーの音。 そんなやりとりが、まるで額縁の向こうの出来事のように俺の世界を通り抜けていった。ような気がした。 俺の世界は、繋がったキオノとの視線に完全に支配されていて。 目をそらせない。そらさない。 だって、その目は。 「……もういい」 ふつ、とその糸を切ったのはキオノだった。 「ルカに行く気がないなら、別の人にお願いする」 「キオノ!」 「――――おい」 扉に向かった背中が止まる。 ルカとアニーの顔が振り返るよりも前に、俺は言葉を切り出した。 「お前は、誰だ?」 「…す、スパーダ?」
行き場を失った口をぱくぱくと動かして、ルカの情けない声が漏れ出た。 何も答えないキオノに、俺はもう一度繰り返す。 「お前は、誰だ」 静かな空間が生まれた。 振り返らないキオノがため息をついたのが聞こえるくらい、静かな。 ……あぁ、もうなんて言うかわかった。 「―――何を言ってるのかわからないけど。私はキオノ。ルミナシアのディセンダー、キオノ」 ダン! 「ふざっけんな!!」 壁を力一杯叩いて、俺は唾を撒き散らした。 カノンノとルカが驚いて身を縮め、キールが目を開く。アニーが何か咎めようと口を開く。 拳がじわりと痺れるのはその衝撃か毒のせいか、そんなことどうでもいい。
「お前は、使命なんざのためだけに、行くのかよ」 「…………」 「違うだろ?おい」 あの時、酷く長い一瞬、繋がれた目。 その目がちょうど夢で見かけた瞳と重なった。 俺は知らない。 そんな空っぽな目をするキオノは、俺の知っているキオノじゃない。 俺と初めて会った時も、 双剣士になるって言った時も、 教えてやった技がなかなか上手くいかなくても、 二人で敵を倒して、ハイタッチした時も。 お前の目はいつだって真っ直ぐで、あたたかくて、そんな光に満ちていて。 それが、お前だろ? 「ラザリスを止められるのがお前だけで、お前はディセンダーかもしんねェけど。そんなの関係ないだろ」 枕の傍らに置かれていた愛用の帽子を、何とか右手で掴む。
「お前はキオノだろ!アドリビトムの、俺の相棒のキオノだろ!」 その肩が、びくりと揺れた。 ――わかってる。 大事な戦いなのに、いつも傍にいた俺がいないから、不安をどう拭えばいいかわかんなかったんだろ? ……悪ィ。 今起きがろうとしてるんだけどよ、万一起き上がれたとしても、左腕が折れてるんじゃ双剣士として戦えねぇな。 ――悔しいけど。諦めたくないけど。一緒に戦いたいけど。今の俺じゃ、お前の力になれそうもない。 でも、お前がそんな状態で行ったって意味ねぇだろうが。……だから。 ぼふん。
ゲンコツ食らわす代わりに必死に投げた帽子が、未だ振り返らないキオノの背中に届いて、落ちた。 「…………だったら、連れてけよ」 「……………」 「お前がまた馬鹿なこと言い出さないように、ついてってやっから」 「……………」 口をつぐんだままのキオノは、それでも帽子を拾った。 「返せよ、絶対」 「!」 帰ってこい、絶対。 その意味を汲み取ったキオノの肩が、僅かに震えた。 それから立ち上がって、俺のベージュを目深に被ると、 「やだ」 「あァ?」 いたずらっぽいようなひねくれた返事と同時に、キオノは振り返った。
「一緒に戦うって約束破った代わりに、この帽子くれるのでチャラね!」 そうやって強がって笑った涙が、夢の白い縁にのまれて、溶けていった。 ―――――――……… あぁ、畜生。 またあの時の夢かよ。 何回見りゃいいんだよ、何回悔しがりゃいいんだよ畜生。 俺らしくねぇけど、これでもすっげぇ後悔してる。 キオノ…行ってやれなくて、本当に――――! (…………畜生) 思わず唇を噛み締める。押し寄せる感情を、顔に乗せた帽子ごと押さえつけた。 ―――一瞬気づかなかった。 そう、あのベージュの帽子に、触れたんだ。 「―――!」
がばっと起き上がると、確かに見慣れたあの帽子が、とっくに完治した左手に乗っていて。 「やーっと起きたぁ!こんの不良貴族!」 聞き慣れた、だからこそ欲しかった、懐かしい声が耳に響いて。 「それ、物凄い被りにくいから返しに来たっ!」 なんて歯を見せて笑ってみせる少女を捉えて、俺は漸くこれが夢ではないと気付く。 キオノが、帰ってきた。 俺らのもとに。 俺のもとに――――。 <font size="6"font color="99ffcc">それが、俺史上最悪の目覚め。</font>
(長くてごめんなさい…)
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