浮気の理屈 とある真夜中、男女が横に並んで歩いていた。 「今日も首尾良く行けたわね」 「ああ」 「おかげで仕事終わりのお酒最高だったわ!」 「声がデカいぞ。お前飲み過ぎだ」 「3軒目のお店の日本酒美味しくて止まらなくなっちゃったのよ」 「まったく…今タクシーを止めてやるからさっさと帰って寝ろ」 この男女…実は国際的犯罪組織の幹部なのである。 男のコードネームはライ。その正体はFBIからのスパイである。潜入するにあたって交際していた同僚のジョディ・スターリングに一方的に別れを告げ、末端構成員の宮野明美に近づき恋人として計画通りに潜入を果たしたのである。 女のコードネームはアマレット。その正体は公安からのスパイである。潜入するにあたって交際していた同僚の風見裕也に一方的に別れを告げ、末端構成員の前名洋介に近づき恋人として計画通りに潜入を果たしたのである。 似たような境遇にある2人は狙撃のパートナーであり互いの正体も恋愛事情も知っている。その為、任務が完了した後は一緒にお酒を飲む仲になったのだ。 ライがタクシーを止め後ろを振り向くとアマレットが吐いていた。 「あっ、すみません。やはり結構です」 ライがタクシー運転手に断りタクシーが去るとアマレットに駆け寄った。 「オイ!大丈夫…な訳ないな…そこで少し休もう」 「えっ?」 ライが指したのはラブホテルだった。 アマレットは一瞬戸惑ったが早く横になりたかった為承諾した。 *あと57分* 「ふう…ちょっとだけマシになってきたわ」 洗面所でうがいしたアマレットは部屋に戻り、ソファで読書をしているライに話しかけた。 「それは良かった。だがもう少し休んだ方がいいだろう」 「そうね。ライはもう帰っていいわよ」 「いや、お前が帰れるようになるまでここにいる」 「そう。どうぞご勝手に」 アマレットはベッドに横たわりライに背を向けた。 すぐに2人とも無言になりそれぞれ利用している恋人にアプリでメッセージを送信した。 「てゆうか大丈夫なの?」 「何がだ?」 「宮野明美。寂しがってるんじゃない?」 「問題ない。アイツなら今友人の結婚式で福岡にいる」 「そう」 「そっちこそ大丈夫なのか?」 「既読つかないから寝てるか何かに夢中になっているのね。しばらくはほっといても大丈夫だと思う」 「そうか」 「フフ…今更だけどここまで境遇が似てるのホント珍しいわよね」 「そうだな。お前の事を初めて聞いた時は正直驚いた」 「似すぎている境遇がきっかけで飲む仲になった訳だけど…私実はそういう事になるんじゃないかって期待してたんだけどなぁ…」 「ああ…俺も正直任務後であり酒が入っていることも相まってお前を誘おうと思っていた。だが最初の2、3回で誘えず諦めていた」 「まあ…お互いに同棲している訳だし…相手のことが脳内をよぎって本能より理性が優ってしまうのね」 *あと43分* 互いに少々気まずくなり無言になるとライの携帯電話が鳴った。 「すまない。明美からだ。ちょっと通話してくる」 「どうぞ。BGM消しておくわね」 「頼む」 ライがトイレで通話している間アマレットに前名からの返信があった。 少ししてライが戻ってきた。 「大丈夫だった?浮気疑われてない?」 「問題ない。ビデオ通話を求められたらどうしようかと思ったが俺の声を少し聞いただけでアイツは満足したらしくすぐに通話は終わった」 「そう。あなたが通話している間こっちも返信きたわよ。さっきキャンティの家に泊まるって言っといたんだけど、それに対して何も疑ってなかったわ。キャンティに協力を頼んだら、あんな男と常に一緒じゃ気が滅入るよな、って面白がりながら協力してくれたし」 「そうか。お前ももう大丈夫そうだからそろそろ帰るか」 「ちょっと待って!私キャンティの家に泊まるって言ったのよ!で洋介は家にいる訳。だから帰れないのよ!」 「ああ、そうだな…」 「そっちは明美が福岡だから帰れるのよね…」 「お前がここに泊まる気なら俺も泊まる。こんなところに1人でいては虚しいだろ?」 「ええ…」 「喉渇いたな」 ライが立ち上がって冷蔵庫を開け、アマレットも冷蔵庫の中を覗いた。 「ライ…」 「何だ…んむ」 アマレットの方からキスを仕掛けた。 互いに舌を絡ませ合い、やがて唇が離れるとアマレットが吐息混じりに囁いた。 「ねぇ…ライ…抱いて…」 誘い文句に一瞬目を見開いたライはアマレットを抱き寄せた。 「先にシャワー浴びてこい」 「分かった」 *あと25分* ついに彼を誘ってしまった! 彼は宮野明美への後ろめたさから断ると思ったから意外だった。 でも…自分から誘っておいてなんだけど本当にいいのかな? 洋介は利用する為に付き合っているだけだしそこは問題ないはず。どうせ組織の一員なわけだし。 でも洋介に近づくにあたって別れを告げた裕也に対しては罪悪感を感じているのかな? だって別れたくないと縋ってきた裕也を、器用に二股をかけるなんてできないからと冷たく突き離したわけだし… それに洋介にまったく情が移っていないのかと聞かれると正直返答に困ってしまう。洋介はどちらかと言うとクズの部類に入るけど幹部達ほど悪党ではないし… *あと15分* アマレットからの誘いを受けてしまった。 2人の女を同時に愛することなどできないとジョディをフっておきながら結局俺は浮気をしてしまうのだ。 これで明美が酷い女だったならば俺はここまで迷わなかったのだろうか? 明美はどこにでもいる普通の女だ。俺は無事に組織への潜入を果たし幹部になることができた。だから明美に別れを告げて同じ立場のアマレットを誘えばよかったではないか。 俺は何をここまで迷っている? *あと8分* 互いにシャワーを浴びながら葛藤した結果、結局事に及ぶ体勢に入った。 ベッドの上でライがアマレットのバスローブの紐を解くと赤いブラジャーが顔を出した。 するとアマレットは突然涙を流しライに背を向けた。 「まだ揺らいでいるのか?」 「うん」 「俺もまだ迷っている。一旦冷静に考えてみるか」 「そうね」 アマレットはバスローブを着直し、2人とも向き合って座った。 *あと5分* 「俺達は互いに組織に潜入するにあたって利用した恋人がいる」 「なのにもかかわらず今目の前にいる相手とセックスをしたいと思っている」 「だが互いに恋人そしてその恋人と付き合うにあたって別れを告げた前の恋人の事が気がかりとなり悩んでいる」 「ここで私達が関係を持てば恋人そして前の恋人への罪悪感でいっぱいになる」 「ここで思考が停止するな…」 「ええ…他の人達はこういう状況になった場合どう対処してるのかな?もう分からないよ…恋愛って…セックスって…こんなにも難問だったの?」 アマレットはまたもや涙を流した。 「こんな理屈はどうだ?セックスすれば、罪悪感を抱えて恋人にも一方的に別れを告げた同僚に対しても優しくできる…」 「何それ…でもなんとなく分かるかも。私達潜入捜査に辟易として頭おかしくなっちゃったのね…もう考えるの疲れた…」 *あと10秒* 2人とも何も纏わず唇を貪り合った。 「ちゃんとした答えを出せないまま結局…」 「続きは全てが終わってから考えよう、葉月…」 「秀一…」 互いに初めて本名で呼び合いそのまま… [しおり/もどる] |