人生幸福論 | ナノ


29:新たな家  








ちりちりと肌を焼く灼熱。


風が吹くたびに灰が舞い上がり、空高く黒い雲をた登らせている。


目の前の光景が信じられず、茫然と立ち尽くしていた。当たり前だ。だって俺はつい昨日、日本につき、一日かけてようやく俺が育った孤児院へたどり着いたのだ。


そう。たどりついたはずなのだ。


なのに、なぜ目の前の建物はごうごうと燃え盛っているのだろう。


誰だこんなところでキャンプファイヤーなんてやったのは。


「あー…、夢、じゃないかな」


思わずつぶやいたのは仕方がないだろう。


『祐希兄ちゃん!』


かけよってきたのはランドセルを背負った同じ孤児院の子供だった。久しぶりに聞いた日本語だが、その感動に浸る暇もなく、泣いているその子に駆け寄り抱きしめる。


『おい、どうしてこんなことになってるんだ!?』

『わからないんだ。僕も学校から帰ってきたらもう燃えていて』

『中に人は!?みんなはどうした?』

『みんな、あそこにいる』


指さした方を見ると、恰好はそれぞれだったが、昼間だったことが幸いしたのだろう。子供は全員いるようだった。しかし、見渡しても先生の姿はない。


とりあえず、みんなの元に近寄ると、俺が帰ってきていたことに驚いていた。


そして、事情を聞くと、どうやら経営が立ちいかなくなった先生たちが、子供とともに無理心中をしようと図ったらしい。灯油がばらまかれ、家にいた子供たちはその道ずれにされそうになったらしいが、最年長者が先生を押しのけ子供たちを外に連れ出したことで事なきをえたのだとか。


そして、今のように燃え上がってしまったらしい。


子供たちはこれからどうなるのかと不安でいっぱいなようだった。


火は一日かけて燃え続け、あとかたもなく家を焼きつくしたころになってようやく鎮火された。


まわりに被害がでなかっただけよかったと言えるのか。


とにかく今日は警察のところでお世話になることになり、みんなで狭い畳の部屋で雑魚寝をした。


次の日は、事情聴取をされ、俺が今までに居た場所などをバカ正直に答えるわけにもいかず、イギリスに留学に行っていたのだと話した。


その聴取が終わって、俺たちの身の振り方が決められる頃になって突然俺の元に一人の魔法使いが現れた。


あちこち穴の補強をしてあるのだろうつぎはぎが当てられたローブを着ていて、かなりみずぼらしい恰好の人だった。疲れ果て、やつれた顔をしている。鳶色の髪には白髪交じりだった。


「君が、祐希君かい?」


その人はなるべく怖がらせないようになのだろう。柔和な笑みを浮かべながら問いかけてきた。


それにうなずいて返すと、彼はほっとしたように息をついた。


「私はリーマス・J・ルーピンだ。ダンブルドア先生のお使いでね、君の家がなくなったから一度連れてきてほしいと言われたんだ。もちろん、君が日本がいいなら、拒否してくれて構わないんだよ」

「…つまり、イギリスで誰かの家に厄介になるってことか?」

「そうだね。それが誰なのかは僕にもわからないけれど、ダンブルドアは日本よりイギリスで過ごすように取り計らうつもりらしい。今から孤児院に行くにしても、ホグワーツの説明は難しいからね」


確かにそうだろう。俺の孤児院では俺に関して無関心だったからここまでなんともなくやってこれたのだし。これが新たな場所で、それも過保護なまともな大人が先生だったならおそらく構ってくる。


俺に、彼の提案を断るつもりなんてなかった。


他のみんなはすでに各地の孤児院へ送られることになっている。


「そうか。じゃあ、行こう。荷物は用意できているかい?」

「ホグワーツから戻ってきたときのままだ」

「それは良いね」


彼はそういって、少し微笑むと俺の荷物を持って姿現しをした。次に目を開けた時に居たのは漏れ鍋だった。


「ここでダンブルドアと落ち合う手筈になっているんだ」


そういいながら、リーマスは俺の手を取って一つの部屋に入っていった。今、リーマスが借りている部屋らしい。


「リーマス、さんはホグワーツの卒業生なんですか?」

「リーマスでいいよ。言葉も構わない。そう。私はホグワーツ卒業生だよ。祐希は次2年生だってね?優秀なグリフィンドール生だって聞いたよ。私もグリフィンドールだった」

「へえ。リーマスの学生の時って、ホグワーツはどんなのだった?」

「ホグワーツ自体は今もあまり変わらないんじゃないかな?ダンブルドアが校長だったし、森番にはハグリッドがいた」

「げ、ダンブルドアってそんな前から校長なのか」

「ハハッ、苦手なのかい?」

「苦手というか…。何を考えているかわからないだろう。掌の上で転がされるのは我慢ならない」

「なるほど。確かに、あの人の考えを読むことは至難の業だね」


苦笑するリーマスに、俺も苦笑を浮かべる。だからって、嫌いなわけではないのだ。考えが読めないうえに、こっちは秘密を抱えていて、それを知られないように細心の注意を払っている。


ただ、それだけなのだけれど、どうも怪しまれているきがしてならないのだ。


できれば、面と向かって話し合うような機会が設けられないといいなと思っている。俺はサラやアリィのように嘘を吐くことが上手くないから。


「なあ、リーマスの学生時代の話、聞かせてくれよ」

「私のかい?」

「ああ。どんな友達がいた?どんな授業があった?何か冒険したりしたか?」

「ははっ、まるで親みたいな質問だね」

「?そうか?」

「僕の学生時代は、そうだね…。いつも3人の仲間がいたんだ。自信家で突拍子もないことを言い出すプロングス、顔がよくて同じく自信家で俺様なパッドフット、反対に自信なんかまったくなくて、いつも背中に隠れているようなワームテール」

「プロングスにパットフットにワームテール?面白いあだ名だな」

「ふふ、そうだね。彼らと私だけの秘密の呼び名だった。とても、楽しかったよ。プロングスとパットフットはとても頭がよくてね。いろいろなことを思いつくんだ。それに私たち二人は巻き込まれていく」


そうして、語ってくれた様々なイタズラ劇に俺はお腹を抱えて笑っていた。


「ほっほっほ、楽しそうじゃのう」

「ダンブルドア校長!」

「リーマス。祐希を連れてきてくれてありがとう」

「いえ。私も楽しい時間を過ごせましたから」

「ほっほ。さて、祐希。君のこれからについてなのじゃがな?実は一人宛てがおったのじゃが、断られてしまってのう」

「俺なら、一人暮らしぐらいできますよ。貸家の契約に名前を貸していただけたら」

「そういうわけにもいかんのじゃよ。祐希」

「なら、やっぱりどこか孤児院に行きますか?」


うむ、と黙り込んでしまったダンブルドアを見つめる。俺としては、一人暮らしをさせてくれることが一番ありがたいのだが。1000年経っているとはいえ、精神年齢はすでに何歳になっているかわからないぐらい生きていることになるのだから、知識も知恵もたくさんある。


どうとでも生活ぐらいしていけるだろう自信はあった。しかし、やはり未成年魔法使いを一人にしておくのはいろいろと問題があるのだろう。


「なら、リーマスのところは?ダメか?」

「え!?」

「どうせ、これから数年はホグワーツで過ごすことになるんだから、帰ってくるのは少なくとも夏休みだけだ。その間泊まらせてもらう、みたいな形を取るだけでもいいと思ったんだけど…」

「おお、わしもいまそう考えていたところなのじゃよ。どうかね、リーマス」

「校長!困ります。私はっ」

「あ、恋人がいると子持ちになるのは困るか」

「祐希、そういう問題じゃないんだよ。私は…。とにかく恋人はいないけれど、祐希を受け入れるわけにはいかない」

「問題なかろうて。その間はセブルスに預ければよい」

「それなら、最初からセブルスの所の方がいいのでは?」

「それが、アヤツもいろいろ忙しくてのう。ほとんど家にはおらんと来た。それでは保護者となる意味がない」

「ですがっ」


参った。そんなに嫌がられるとは思っていなかった。


眉を八の字にさせ、とても困惑しているリーマスを目の前にして、これ以上ごり押しはできそうにない。ダンブルドアを待っている間の時間で、リーマスがどんな人間なのかもわかったし、気も合うみたいだったからいいなと思ったんだけど。


「じゃあ、こういうのはどうだ?リーマスの名前だけを借りて俺が一人暮らしをする」

「それはさっきもダンブルドア校長がダメだと言っていただろう?」

「でも、俺の保護者は決まらないじゃないか。リーマスがダメなら、俺はこのまま漏れ鍋かダンボールハウスが家になるよ」

「祐希。あー…、私は何も君を嫌って言っているんじゃないんだ。私と暮すのは、その…とにかく、危険なんだよ」


そのあまりにも真剣で、沈鬱な表情に閉口する。


何がそんなに躊躇わせるのだろう。


ダンブルドアを見ると柔和な笑みを浮かべているようだが、その目には少し同情の色が見て取れた。


リーマスはおそらくまだ30代半ばだ。しかし、彼の恰好やその髪に交じる白髪が彼の歳を少しばかり老けさせて見せている。その姿からも彼がとても苦労人であることは容易にわかる。


ふと、何かが頭に引っかかった。


それは本当にふわっとわいてきた直感としか言えないものであり、何がヒントになったのかも、何が糸口だったのかもわからない。空気や今までの会話や、そんなことから導き出されたのかもしれないし、はたまは、まるで見当違いなことなのかもしれなかった。


とにかく、俺の頭の中には一つの可能性がふわっと閃き、そしてなぜかそれが原因なのだと納得してしまった。


「もしかして、人狼なのか?」


それは小さなつぶやきだった。本当にふと、何のためらいもなく浮かんできた疑問だったせいで口をついて出てしまったのだ。


しかし、3人しかいない部屋の中では、その声が全員の耳に届くには十分すぎた。


リーマスは体をこわばらせ、その顔から血の気が失せて行った。ダンブルドアは目を見開き、俺を凝視している。


その二人の反応が何よりも雄弁に、俺の勘が正しかったことを告げていた。


「祐希、どうしてそう思う他のじゃ?」

「どうしてって…、勘?」

「まだDADAの授業では人狼については勉強していなかったかと思うがのう」


今の時代が人狼についてどういう認識なのかは知らないが、リーマスの反応を見る限りあまりいいものではないのだろう。つまり改善されていないということだ。


ゴドリックの時代にも人狼はいた。まだ人狼種の解明もされていなかったことから、満月の夜ではなくても人狼と判ると、火あぶりの刑にされていた。


しかし、俺たちはその扱いが不当だと思い始めていた。人狼は確かに満月の夜は凶暴になるかもしれないが、そのほかはなんら人間と変わりない生活ができる。当たり前だ。もとは人間なのだから。


だからこそ、俺たちは人狼も学校に受け入れるようになった。


満月の夜は可哀そうだが地下牢に閉じ込め、一夜を過ごさせていた。


そうやって対処させるため、他の子供たちにも理解させるためにしっかり人狼について説明し、普段は安全であることだけは理解させていた。


それにしても、ダンブルドアの反応を見る限り、一年生がそれを知っているというのは些か不自然だったのかもしれない。


「…以前、本で読んだんです。それが思い出されて、なんとなく」


ダンブルドアの目がきらりと光ったが、俺はそれ以上答えなかった。


俺とダンブルドアが会話をしているうちに、大分落ち着いてきたらしいリーマス。しかしその顔はいまだに土気色をしている。


「なら、わかるだろう?私が、どんなに危ない存在か」

「人狼については正しく理解しているつもりだけど、だからこそ、言わせてもらうけれど問題ないと思う。さっき先生が言ったみたいに、満月の夜だけ少し気を付ければいいだけだ」

「そんな簡単なことじゃないんだよ!」

「簡単なことだよ。そんなのは、この世界の理に比べたら小さく、些細な問題だ」


リーマスの顔がはっとなる。俺の顔を凝視するから何か変なことを言ったかと首をかしげる。


リーマスは泣きそうにくしゃりと顔をゆがめた。


「ふわふわした小さな問題、か…」


リーマスがつぶやいた言葉に首をかしげる。その言葉がとても暖かい響きを持って紡がれたことからしても、誰かに言われたことがある言葉なのだろう。


「それ、いい言葉だな。そうそう。人狼やドラキュラ、巨人や屋敷しもべ妖精。種族や体質なんかふわふわした小さな問題だ。ということで、一緒に暮らしてもいい?どうせ共に暮らすなら、気の合う大人の方がいい」

「まったく、君はジェームズに似ているよ」

「ジェームズ?」

「その話はまた今度してあげよう。私の家でね」

「それじゃあ」

「ああ。私の負けだよ」


リーマスは仕方なさそうに肩をすくめた。


「でも、約束してくれ。満月の日は必ず他の場所へ行くこと。それと、もし、万が一狼化した私と出くわしたなら、迷わず攻撃するか逃げるんだ。いいね?」

「わかった」

「話はまとまったようじゃの」


俺たちのやりとりをにこにこしながら見つめているだけだったダンブルドアはようやく口を開いた。


「それでは、わしはさっそく手続きをしにいくとしよう。祐希は疲れただろうから、今日はここでリーマスと泊まっていきなさい。リーマス、後は頼んだよ」

「はい」


苦笑を浮かべたリーマスを見て、数度うなずいたダンブルドアはパシンという音を立ててその場から消えた。


俺とリーマスは顔を見合わせ、どちらともなく手を握り合った。


「これから、よろしく。リーマス」

「こっちこそ。よろしくね。祐希」






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