人生幸福論 | ナノ


29:最後の追加  




学年末パーティーは、俺の記憶にあるよりもずっとずっと派手になっていた。天井のかざりには、スリザリンの横断幕が堂々と並び、どの寮が優勝したのか一目でわかる仕様になっている。


グリフィンドール生は、その横断幕が手の届く場所にあったなら、引き裂いてやりたいとでもいうように恨めしそうに横断幕のヘビの模様をにらんでいた。


あとで聞いた話、賢者の石は壊され、クィレルはかろうじて一命を取り留め今は聖マンゴ病院で集中治療室にいれられているらしい。意識が戻り次第裁判のあと、彼の身の振り方が決まるということだった。おそらくアズカバン行きは免れないだろうと言っていた。


ハリーが入って来ると、突然あたりは静まり返り、そして、全員がいっせいに大声で話しはじめた。おかげで、横断幕をにらんでいた者たちの目が輝き、好奇心でいっぱいになり、ハリーは少し鬱陶しそうだったが、そのこえを 無視して俺たちの方に来て座った。


「また一年が過ぎた!」


ダンブルドアがほがらかに言った。全員の視線が、ハリーからダンブルドアに移る。


そして、寮の点数が発表される。結果はグリフィンドールは巻き返すこともできずに4位。そして、スリザリンが堂々の一位だ。


歓声があがるスリザリン。あのスネイプですら、いつになく嬉しそうに見える。


彼の自寮贔屓は筋金入りだ。


しかし、そんなスリザリンの喜びに水を差すようにダンブルドアが最近の追加点を銜えはじめた。


「まずはロナウドウィーズリー君」


ロンの顔が真っ赤になった。グリフィンドール生の視線を一心に受け、目を丸くしたまま固まっている。


ロンにはチェス・ゲームの勝利を湛えられ40点加えられた。パーシーが珍しいほどに興奮気味に周りに自分の弟であることを自慢している。ロンは茫然としすぎて、ダンブルドアの言葉が右から左に流れて行っているのではないかと思えた。


次はハーマイオニーだった。スネイプの論理を説いたことを湛えられ40点を加点された。


「三番目は、祐希・赤司君。どんな状況でも他者の命の重さを考え、行動した慈悲深き心に、20点を与える」


わあっと歓声が上がる。隣に座っている奴や向かいに座っているやつから、手が伸びてきてあちこちを叩かれる。興奮している姓だろう手加減なしのそれに、喜びよりも痛さが勝る。


「4番目はハリー・ポッター君」


部屋中が水を打ったように静まり返った。


「その完璧な精神力と、並外れた勇気をたたえ、グリフィンドールに60点を与える」


耳をつんざくような大騒音だった。思わず耳をふさいだほどだ。これで、スリザリンとまったくの同点だと気づいたものは多い。


スリザリンを見ると、サラは呆れたようにダンブルドアを見ていた。当たり前だ。これではスリザリンに対して、あげて落とすという最悪な事態だ。その証拠に、スリザリンのみんなは顔をひきつらせている。


なぜなら、ダンブルドアの話がいまだに終わっていないからだ。


「勇気にもいろいろある」


ダンブルドアが微笑んだ。白髪しかない長い髪や、長い白ひげが彼の印象を柔らかいものに変えているのだろうが、その実彼はやはりとんでもないじいさんだったのだと確信する。まあ、それでないとこの学校の校長などやっていけないのだろう。


「敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトム君に十点を与えたい」


先ほどまでとは比にならないほどの大歓声だった。なぜならグリフィンドールだけではなくハッフルパフやレイブンクローからも歓声が上がったからだ。この異様な大逆転劇に、当事者であるスリザリン以外の寮生が一同に湧き上がっている。


この光景には正直、ちょっと引いた。グリフィンドールはわかるけど、なんで他の寮生も喜んでるんだよ。


興奮に包まれる生徒をよそに、ダンブルドアはひょうひょうと笑い、垂れ幕を真紅のそれに変えた。


とにかく、無事に一年が終わったことを喜ぶべきだろう。







「よっ、お疲れ」


創設者の部屋に行くと、すでにサラもアリィもいた。


「お疲れ様ですわ。祐希」

「大変だったな」

「お互いにな」


二人にはダンブルドアが来たときの対処法と、もし万が一俺のフォローが間に合わなかった時、さらにダンブルドアも間に合わなかった時のフォローをお願いしていたのだ。


まあ、必要はなかったようだが。


「それで、クィレルは結局聖マンゴ行きか?」

「ああ。そうしてくれた」

「相変わらず生ぬるいな」

「ハリーを人殺しにするわけにはいかないだろ」

「ポッターはそれを知っているのか?」

「ダンブルドアが話した。ハリーは納得していたみたいだよ」


サラはそれを聞いてふんと鼻を鳴らした。


「それにしても、ダンブルドアもいいタイミングでしたよね」

「俺としてはもう少し早く来てくれると嬉しかったんだけどな」

「ロンドンに居たんだ。あの時間帯になっても無理はないだろう」

「まあ、なんにせよ。梟は無事に受け取ってくれていたみたいだな。俺が差出人か聞かれたよ。とぼけたけど」


暖炉の上にある絵画を見上げる。この絵画は表はただのホグワーツ城の絵だけれど、これを外した裏側には実は鏡が入っている。ただの鏡ではない。この城の中ならどこでも映すことができる鏡だ。


それで俺たちについてきていないながらも、サラたちは状況を判断してもらっていたのだ。本当に遊び半分で作ったものでしかなかったのだが、まさか転生してから役に立つとは思わなかった。


「賢者の石はどうなるのかしら?」

「壊したらしい。まあ、ニコラス氏ももう御年……、何歳だっけ?」

「685歳ですよ」

「そうそう。それだけ生きているんだからもう十分なんだろう」

「あとは、やはり全てダンブルドアの掌の上ってところが癪に障るな」


そう。つまるところ、全てダンブルドアの掌の上で転がされていたのだ。それについては、ハリーたちも同じ見解のようだった。透明マントも、溝の鏡も。おそらくハグリッドを合わせたことすら、計算のうちだったのではないだろうか。


ハリーがいる前でハグリッドにお使い”を任せたことも、4階にハグリッドの三頭犬を置いたことも、全て。だとしたら、やはり食えない爺さんだ。


「まあ、なんにしても、ハリーに命の危険が迫るような事態になったら、俺は動く。ハリーだけじゃない。この学校の生徒すべてだ」

「ええ。それは同感です」

「当たり前だな」


三人で顔を見合わせ、しっかり頷き合った。


俺たちは今、ただの生徒でしかない。しかし、前世をしっかり覚えているため、ただの生徒ではいられない。俺たちは俺たちの考えの元、動くしかないのだ。


「とにかく、一年が終わったな」

「すぐに進級だろう。夏休みなんてあっという間だ」

「そうですね」

「祐希は日本か?」

「そう。だから、気軽に遊びに来ることはできそうにないな。金もないし、姿現しもするわけにはいかないし」

「手紙、書きますね」

「ありがとう。アリィ」

「まったく。遠いところに転生したものだな」

「本当だよな」


今は黒い髪をいじりながら同意する。なぜ日本なんて辺境の地の生まれになったのだろうか。せめて英語圏の生まれにしてくれればいいのに。


そのあと、俺たちは各々の寮に戻った。


生徒を見送る側から見送られる側になるのはなんだか気恥ずかしいものがあった。


大手を振って見送るハグリッドに振り返しながら、ロンたちと同じコンパートメントに納まる。


帰りはあっという間だった。キングズ・クロス駅につき、プラットフォームに出ると、ロンの家族が出迎えてくれた。


ロンの妹がハリーを見て興奮したように金切り声をあげたが、ウィーズリーおばさんがそれを諌めていた。


そんな時に声をかけてきたのは、恰幅のいい赤ら顔をしたおじさんだった。彼がハリーの親戚らしい。たしかに、偏屈そうな人だ。これは苦労するなとハリーに苦笑する。


「じゃあ夏休みに会おう」

「ハリー、上手くやれよ」

「もちろんさ!」


ハリーはどこかすがすがしい笑顔でおじさんたちについて行った。


「祐希は誰か迎えに来ているの?」

「まさか。遠すぎるからな。俺一人で帰るよ」

「まあまあ!そんなこんな子供だけで!」

「難しい道のりではないですから、大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます。それでは、俺も飛行機の時間があるので」


ウィーズリーおじさんが詳しく話を聞きたがっていたが、それをさらりと流してみんなと別れた。


ふと、目に入ったのはサラだった。家族らしい人につれられて歩いている。サラはお母さん似らしい。目鼻立ちがそっくりだった。そして両親ともに美形だった。


目があったために軽く手を振ってその場を歩き出す。


さて、無事に一年が過ぎたが、俺の問題はここからだ。無事に日本にたどり着ければいいんだけど。


俺はカートに乗った大荷物を見てため息をついた。


今度は拡張魔法をかけた鞄でも作って、手荷物をもっと軽くすることにしよう。来年なら、多少無茶なことをしても許されるはずだ。


そう心に誓って、駅を出た。


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