「ペトリフィカス トタルス」
ハーマイオニーが唱えた呪文がネビルにあたると、彼は全身が一本の棒になったように気を付けをしたかとおもうとどさりと後ろに倒れた。
「お見事」
俺の言葉にハーマイオニーが苦笑を浮かべるなか、ハリーがネビルをひっくりかえし仰向けにする。
全身金縛りの呪文は、金縛りにあうだけで本当に石になるわけではない。つまり、耳も聞こえていれば、目も見えていて、思考もできる。ただ、金縛りにあったように体が動かなくなるだけだ。
結構、酷な呪文だと思う。
3人がネビルに謝っていく中、俺はそっとネビルに近寄り、彼の顔を覗き込んだ。恐怖の色を浮かべ、目玉だけを動かすネビル。
彼の頭を撫で、そっと言い聞かすように語りかける。
「きっと、お前の勇気が一番正しい。そうやって立ち向かえるネビルは本当にすごいと思う。だけど、その正しさを跳ねのけてでもやらなければいけないことがあるんだ。ごめんな?」
彼の目を片手で覆い、そっと呪文を唱えた。再び手をどかした時、彼の瞳は閉じられ、その表情に恐怖のこわばりはなくなっていた。
「良い夢、とは言えないけれど、せめて何も夢を見ることのないといいな」
「祐希?」
「終わった。行くぞ」
「祐希、いったい何したの?」
「少し、緊張を解いてやっただけさ」
ハーマイオニーの言葉に適当に返し、俺たちは透明マントを被り夜のホグワーツを歩き出した。
そして、ようやく4階の廊下にたどり着くと、扉はすでに少し開いていた。
「ほら、やっぱりだ。スネイプはもうフラッフィーを突破したんだ」
どんだけハリーはスネイプが嫌いなんだろうか。まあ、毎回毎回授業でいびられていれば嫌いにもなるだろうが、それにしても、こうも疑われているのかと思えば同情も禁じ得ない。
扉は軋みながら開き、低いグルグルという普通のいびきの何倍も大きな音が聞こえてくる。呑気に寝ているらしい犬の足元にはハープが置かれあり、ひとりでに音楽を奏でている。
しかし、その曲も終わりそうで、犬の鼻がピクピクと動き出した。
俺は呪文を口に出しながらハープに魔法をかけると再び音楽を奏で始めた。
「君、なんでそんな魔法が使えるんだい!?」
「この前、図書館の本で読んだだけだ」
「へえ…」
「とにかく、これで、しばらくは起きないだろう。今のうちにやろうぜ」
4人で犬の足元にある隠し扉を開けるために、犬の足を押してどかし扉を開いた。
「何が見える?」
「何も…、真っ暗だ。下りていく階段もない。落ちていくしかない」
ロンが告げると、さあ、誰が先に行くかという話になった。
「僕が行く。もし、僕の実に何か起きたら、ついてくるなよ。まっすぐ梟小屋に行って、ダンブルドア宛にヘドウィグを送ってくれ。いいかい?」
「了解」
「じゃ、後で会おう。できればね」
ハリーは仕掛け扉の中に飛び込んだ。しばらくして、舌から大丈夫だという合図がきて、俺たちも次々に飛び込んだ。
着地したのは何かの植物の上だった。それがクッション材の変わりをしたらしい。
しかし、すぐに異変に気づき立ち上がろうとすると、それは絡んできた。
「ラッキーですって!?二人とも自分をみてごらんなさいよ!」
ハーマイオニーもはじけるように立ち上がり、ジトッと湿った壁の方に行こうともがいた。
俺はようやくこの植物がなんだったのか思い出した。
「ハーマイオニー落ち着け。これがなんだかわかるか?」
俺はじっとしていると、俺に絡んでくるツタが下へ下へと引っ張っていこうとする。すでに腰までツタの中にうまっていた。それを見て、顔を真っ青にしてハリーとロンが叫んでいるが虫をしてハーマイオニーを見る。
「ハリー、ロン、動かないで!これ、『悪魔の罠』だわ!」
「対処法は覚えているか?」
「待って、スプラウと先生が…、そうよ!動かないこと、それか…」
「じゃあ、お先」
俺はそれだけつぶやいてさっと地面に降り立った。
上はびっしりツタが張られている。なんとも奇妙な光景だな。
やがて、ハーマイオニーが思い出したのだろう。ハリーがハーマイオニーに魔女であることを思い出させ、炎を出した。すると、3人共どさっと落ちてきた。
「祐希!ひどいじゃないか!対処法をしってるなら言ってくれよ!」
「言うほどの時間もなかったんだ」
憤慨しているロンに肩を竦めてみせる。それでも怒りは収まらないらしいけれど、軽く謝るとまったく、という小言だけで怒りをおさめてくれた。
その次の試練は箒に乗って羽がついた鍵を捕まえることだった。その鍵がまたすばしっこいこと。これはハリーじゃなければ難しかったかもしれないな、と下で見上げながら思った。いつみても、ハリーの飛行術は素晴らしい。
そして、次の部屋は巨大チェスだった。
なるほど、うまくできている。駒の向こうへ行こうとすると、それは動きだし行く手を遮った。勝負して勝たなければ通れないらしい。
「なら、ここはロンに任せるべきかな」
「僕もそう思う。何をしたらいいのか言ってくれ」
そうして俺たちはロンの指示通りにチェスをおこなっていく。自分が駒になるというのはなんとも奇妙な体験だった。
すぐそばで砕かれる駒。最後はロンが犠牲になることで、ハリーがチェックメイトをした。
すると、駒が左右に分かれ、一つの道をつくる。振り返らずに進めと言われているようだった。俺たちはロンを心配しつつも、次の扉に進む。
「次は何だと思う?」
「…残るはクィレルかスネイプね」
扉の前で、ハリーが俺たちを振り返って確認する。それに、うなずき返すと、扉が勢いよく開かれた。
酷い匂いが鼻をつく。衝撃はそれだけではなかった。
そこにいたのはトロールだった。以前学校に侵入したトロールよりもさらに大きい。それが頭を押さえ、首を振っていた。どうやら頭が痛むらしい。
鼻をローブで覆いながら俺は二人の前に躍り出た。
トロールが気づく前に、棍棒を浮かしそれをトロールへめがけ投げつける。棍棒は見事トロールの額に命中し、頭を揺らしたトロールがバタリと倒れた。
「……君、こういう時躊躇しないよね」
「ためらってたら、やられるだろ?」
「……とにかく、起きる前に行きましょう」
次の部屋はおもしろかった。テーブルがあり、7つの瓶が並んでいる。扉の敷居をまたぐと、俺たちが通ってきたばかりの入り口にたちまち火が燃え上がった。それも紫の炎だ。前方のドアも黒い炎が立ちふさがっている。
これはただの炎ではないらしい。何か魔法がかかっている。
思わずうずいた好奇心に苦笑した。こんなきれいな使い方は見たことがない。
瓶の横には巻紙があり、そこには謎解きがあった。
「すごいな。これを読んでいるとスネイプとゆっくり話してみたくなったよ」
「バカなこというな!あいつはヴォルデモートの手下なんだぞ!」
ハーマイオニーがその名に体をこわばらせたのを視界の隅に見た。俺は肩をすくめただけで、それ以上は答えなかった。
瓶は右から丸い瓶、次が一番大きな瓶、四角い瓶、円柱の瓶、一番小さな瓶、それより一回り大きな瓶、最後は平べったい形の瓶だった。
ハーマイオニーがぶつぶつつぶやく隣で俺もこれを解読していく。できたらペンと紙がほしいところだが、一つずつ紐解いていくと意外とわかるものだ。
「わかったわ!一番小さな瓶が黒い炎を通り抜けるのよ。それで、右端が戻る瓶ね」
やっぱりハーマイオニーは頭の回転が速い。
「どうする?おっと、俺は何が何でもついて行くぜ?ハリー」
「でも…、ここから先にいるのはヴォルデモートかもしれないんだぞ」
「だからこそ、だろ。一人より二人。一口分しかないとはいえ、まあ、一滴ずつにしたら二人通れるんじゃないか?」
「でも…」
「大丈夫。俺は死なないさ」
「……わかった。ハーマイオニー。君は、これを飲んでロンと合流してくれ。それで、ヘドウィッグを使ってダンブルドアに知らせてほしいんだ。やっぱり、きっと僕じゃかなわないはずだ」
だったら、最初から助けを呼んでおけばいいのに。それが、ハーマイオニーを危険から遠ざけるためのものだとしても、そう思わずにはいられない。
はたして俺たちが書いた手紙は今はどこにあるのやら。ちゃんとダンブルドアの元にたどり着き、彼がこっちに戻ってきてくれているのならいいのだが。
そして、ハーマイオニーが紫の炎をくぐていったのを見送った後、ハリーと二人で液を分け合い、黒い炎をくぐった。そして、その先に居たのはヴォルデモートでも、もちろんスネイプでもなかった。