テストは、結果としては上々だった。
ただ、ところどころゴドリックの時の知識として答えてしまった部分があり、そこは減点されていそうだ。
終わってからハーマイオニーに確認すると全然違う答えが返ってきた。やはり千年前の知識は古いらしい。これにはまいってしまった。
ハリーは額の傷跡が痛むらしい。最近よくそこを抑えている。ということは、そろそろか、と嘆息した。
先日、ハリーたちが処罰を受けた日。驚くべきことにハリーのベッドの上に透明マントが置かれていた。
これは、本格的にダンブルドアが関与しているとみていいだろう。
これで俺は本当に傍観に決め込むことにした。
湖までぶらぶら降りていき、木蔭に寝転んだ。ちょうどいい天気で、暖かな浅瀬ではあの大イカまでもが日向ぼっこしていた。
その足をフレッド、ジョージ、リーがくすぐっていたが、見て見ぬふりをすることにした。
こんなにリラックスしていても、やはり額の痛みは続くらしい。額をこすりながら、怒りをあらわにしている。
ハリーとハーマイオニーのやりとりをうとうとしながら聞くともなしに聞いていると、突然隣でハリーが立ち上がったために眠気がどっかにいってしまった。
「どこ行くんだい?」
「今気づいたことがあるんだ。すぐハグリッドに会いに行かなくちゃ」
そういって駆け出していくハリーの顔は真っ青だった。
俺は欠伸を一つして立ち上がる。ぐっと伸びをして、背中についた芝生を払った。後ろでフレッドたちの笑い声が聞こえた。振り返ると大イカが、フレッドたちのイタズラに気づいたらしく、大きな水しぶきを上げて湖の中へ帰っていくところだった。
その水しぶきでフレッドたちは水浸しになっていたが、この天気だ。すぐに乾くだろう。
俺はのんびりとハグリッドの小屋に足を向けた。
俺がつくころには話が終わったのかハリーたちが去っていくところだった。ハグリッドがみんなを呼び止めているが、振り返ることなく城へ駆け上っていく。
「ハグリッド」
「ああ、祐希か。お前さん何しとったんだ」
憔悴しきった顔で俺に振り返ったハグリッドに苦笑する。まったく。あいつらも気のいいハグリッドを利用するなっていうの。
「ちょっとね。それより、随分ひどい顔しているけど大丈夫か?」
「あ、ああ…。そうだ。祐希。ハリーたちに言っておいてくれ。忘れてくれと。俺は言っちゃいけなかったんだ。なんてことだ」
ぶつぶつとつぶやきながらハグリッドはその巨体を揺らしながら小屋の中へ入っていく。これは相当参ってるな。
その背中に伝えておくよとだけ言って俺も城へ歩き出す。
寮に戻ると、談話室にハリーたちはいた。
「でも、もし見つかったら君たちも退校になるよ」
「それはどうかしら。さっきフリットウィックがそっとおしえてくれたんだけど、彼の試験で私は百点満点中百十二点だったんですって。これじゃ私を退校にはしないわ」
「へえ。どうやって追加点を取れたのかぜひ今度教えてくれよ。ハーマイオニー」
「祐希!」
後ろから声をかけると、三人が一斉に振り返ってびっくりした。
「君どこいってたんだい!?」
「おいおい、ひどい言い草だな。お前たちが置いていったんだろう?おかげで探し回った」
本当はのんびりまっすぐ談話室に来たのだが、それをいうと責められそうだったのでごまかした。
「それどころじゃなかったんだ!大変なんだよ!今日はダンブルドアがいないんだ!きっと、動くなら今日だよ。僕たちはあの扉を開く。退校性分になってもだ」
ハリーの決意の籠った目。そしてその後ろでうなずく二人も、怖気づいてはいるようだがハリーについて行くことを決めたようだった。
「……死ぬかもしれないんだぞ?正直、ダンブルドアが施した術だ。そう簡単に敗れるとは思えない。ダンブルドアが帰ってくるのを待った方が賢明に思える」
「君までそんなことを言うのか!?そんな腑抜けだとはおもわなかったよ!僕たちは行く。君が止めてもだ」
ロンが憤慨したように言う。
「俺は、何もお前たちがやる必要があるのか?って聞いてるだけだ。誰も止めてない」
「ホグワーツがなくなるよりましだ。ダンブルドアがいつ戻ってくるかわからない。証拠がなくて誰も信じてくれない。気づいているのは僕たちだけだ。僕が、やらなくちゃ」
深く、深くため息をつく。まったく。11歳でするような決意じゃないだろう。
俺たちの時代では、子供たちにこんな顔をさせることなんてなかった。だいいち、まだ魔法自体が主流じゃなかった。魔力を持っているが使いこなせる人間の方が稀。
変に暴走させ、人々に畏れられる子供が多かった時代だ。
だからこそこの学校を作った。そのころはこの閉鎖的な空間で、外界と遮断され同じ力を持つ者たちで切磋琢磨するためにみんな生き生きしていたものだ。
こんな、年端もいかない子供に死を覚悟させるなんて、なんて時代だろう。
「わかった。でも、俺は一つ確認したいことがある。今日の夜、行くんだろう?」
「うん」
「もし間に合わなかったら三人で行ってくれ」
「祐希、貴方の確認したいことって?」
「確信は持てないんだ。ハーマイオニー。二人を頼んだよ」
「え、ええ」
「君の知識がきっと役に立つ」
「わかってるわ」
「じゃあ、夜。会えたら」
「うん」
三人に別れを告げて俺は踵を返した。
なんだか、むなしい気持ちでいっぱいだった。なぜこんな世の中になっているのだろう。この学校をつくったのはそんな覚悟をさせるためではないのに。
未来への希望でいっぱいになってほしいだけだったのに。
歩いていたはずの足はいつのまにか早足から駆け足になり、廊下をある場所に向かって一直線に向かって言っていた。
途中フィルチが何か叫んでいた気がしたけどそんなの気にしていられない。
勢いよく開いた扉の先には、金の髪をきらめかせ、デッキウッドに腰掛け本を読むサラがいる。
なだれ込むようにして入ってきた俺を見てサラが本から顔を上げた。
「……祐希」
俺はそのまま駆け込みサラに抱きついた。
「サラザール…。俺は、俺は…」
俺を支えきれずにサラが座り込んだ。それに合わせて俺も膝をつく。なおも彼の首に腕を回してすがりつく。サラは戸惑いながらもそっと俺の背に手を回した。
「…ゴドリック。お前がそんな顔をするなんて珍しいな」
「サラ、俺は、死を覚悟させるためにこの学校を作ったんじゃない。そんなことのために魔法を教えてきたんじゃない」
「ああ」
「俺はっ、持っている力を正しく使うためにっ!そのためにこの学校をつくろうと言ったんだ!俺はっ」
「わかってる。ゴドリック。わかってるさ」
「サラザールっ!なぜ、この時代で、なぜ、同じ場所で、なぜっ!あの子たちにあんな目をさせなければならない……」
ヴォルデモートが生き返るぐらいなら死を覚悟していたハリー。それはやはり一度ヴォルデモートの脅威にかかっているからだろう。
彼の呪いを受け、誰よりも彼を身近に感じることができるからだろう。
ハリーの言っていることは愚かではあるが、間違ってはいない。誰かがやらなければいけない。気づいている人が止めなければならない。だが、なぜそれがあの子たちなのだろう。こう考えるのは唯のエゴなのだろうか。
「ゴドリック。お前は誰だ」
「……だれ?」
「祐希。お前は何だ?」
「……祐希・赤司。日本人。ホグワーツ一年生」
「フッ、そうだな。俺たちはまだ一年生ではある」
「でも、俺はゴドリック・グリフィンドールだ」
「ああ。俺もだ。サルヴァトア・クリフデンであり、サラザール・スリザリンでもある」
サラが俺の背中をたたき、体を離した。サラの顔が見える。
サラザールの時とは違う顔だ。それでも、そのまなざしも物言いもサラザールの時と同じであり、そして違うともいえる。彼はサラザールであるが、サラザールではない。それはきっと俺にもアリィにも同じことが言える。
前世の記憶を持っている。でも、俺たちは生まれ変わっている。
「わかるな?過去の俺たちの想いまで背負い込む必要はない」
「…しかし」
「今のお前がどうしたいのかというのが一番重要だ。学校がとか規律がとかなんのために造ったのかなんて今は考えるな。俺たちがつくったこの学校はすでに俺たちの手を離れて成長している」
「……まるでわが子のような言い方だな」
「変わらないだろう」
そうだな。とうなずく。
「俺は、ポッターやグリフィンドールの奴らがどうしようと関係ないと思っている。でも、お前は別だ。お前は友であり前世から共にしている同志でもある。お前のためなら協力も惜しまない」
まっすぐに見つめてくる目。
「お前は、どうしたい?」
「俺は…」
グリフィンドールとしてではない。俺が、どうしたいか。
「……ハリーたちを守りたい。あいつらは、俺の友達で、ここの生徒で、俺は…俺の大切なものを奪わせたりはしない」
「なら決まりだな」
「サラ。でもどうするつもりだ」
立ち上がったサラに手を差し出される。その手をとるとぐいっと引っ張られるがままに立ち上がった。
「そうだな。ついて行くのもいいと思うが…。とりあえず、現状を聞かせてくれ。今夜あいつらは行くんだろう?」
「ああ。今日ダンブルドアがいないらしい。するなら今日だろうって」
「なるほど。だが浅はかだな。今日とは限らないだろう」
「ハリーの額の痛みが最近強くなってる。闇の力が強くなってきているらしい。ハリーとのつながりを考えると、ハリーの勘を信じてもいいと思う」
「祐希。直接手は出すか?」
「……それは、さけたいな。俺たちに前世の記憶があるというのはあまりばれない方がいいと思う」
「それは同意見だな。俺たちはよくてもアリィや、これから会えるかもしれないヘルガに危険が及ぶのは避けたいな」
二人で顔を見合わせて黙り込んだ。
こうなってくると、できることはとても少ない。
「…とりあえず、敵の特定と行くか。一番怪しいのはスネイプ教授、か?」
「スネイプかあ。何か質問でもしに行ってみるか?」
「それか、クィレル、だな。ハリーたちによれば脅されていたんだ。相手の顔も知っているだろう」
「これで、クィレルが真犯人だったら笑えるな」
「そもそも、ホグワーツの先生にそんな人がいることがまずいだろう」
「ごもっともで」
俺たちは顔を見合わせてニッと笑いあう。
さっきまで不安定だった心がウソのようだ。持つべきものはサラだと思う。