ロンとハーマイオニーがチェスの対戦をしている横で、俺はおとなしく本を読んでいた。ハーマイオニーは難しい顔をしながらチェスの駒を動かしている。ゲームなんだから、もうちょっと肩の力を抜けばいいのに。
ハリーがクイディッチの練習から帰ってくると、俺たちのそばに座った。ハリーを見ると、随分難しい顔をしている。
「ハリー、どうかしたのか?」
「うん、実は次のクィディッチの試合の審判をスネイプがやるらしいんだ」
「なんだって!?」
「試合に出たちゃだめよ」
「病気だって言えよ」
「足を折ったことにすれば」
「いっそ本当に折ってしまえ」
ロンから始まり、二人が矢継ぎ早にハリーを止めにかかる。
その二人の勢いに少し身を引いたハリーだが、ハリーは首を振るだけにとどめた。
「できないよ。シーカーの補欠はいないんだ。僕が出ないと、グリフィンドールはプレイできなくなってしまう」
その時、ハーマイオニーの向こう側で談話室の扉からネビルが倒れ込んできた。その両足はぴったりくっついていて、「足縛りの呪い」を賭けられたことがすぐに分かった。どうやってここまで這い登ってきたんだか。
そんなネビルを見たみんなが笑い転げたが、ハーマイオニーだけはすぐに立ち上がって呪いを説く呪文を唱えた。両足がぱっと離れ、ネビルが立ち上がろうとするのに、手を貸した。
「大丈夫か?ネビル」
「ありがとう…」
「どうしたの?」
ハリーとロンのそばに座らせると、ハーマイオニーが訪ねた。
聞くと、マルフォイにやられたらしい。まったく幼稚なことをする。相変わらず、グリフィンドールを目の敵にしているらいし。もしサラザールがグリフィンドールのことも、マグルのこともどうとも思っていないことを知ったらスリザリン寮生はどうするだろうか。
いや、変わらないか。
根付いた価値観を払しょくすることほど大変なことはないだろう。
「僕が勇気がなくてグリフィンドールにふさわしくないなんて、言わなくってもわかってるよ。マルフォイがさっきそういったから」
「それは違う!」
思わず声を上げていた。
組み分け帽子はそんなことを選別して寮生を分けているわけじゃないんだ。俺たちはそんなことを望んでいない。そう叫びそうになったのを必死で押さえた。
「祐希?どうしたんだよ」
ロンが目を瞬かせる。ネビルやハリー、ハーマイオニーも突然声を荒げた俺を不思議そうに見ていた。
「ネビル。聞いてくれ。それは違うよ。あの組み分けは、自分がどうありたいかの本質を見分けるためのものだ。組み分け帽子は間違えたりしない。それに、ことを荒立てないようにするのも相手を許すこともまた一つの勇気だよ。勇気がないと入れないわけじゃない。勇気があるからって選ばれるわけじゃない。わかるか?」
「…でも」
「ようは、このホグワーツで、何を得たいと思っているかなんだ。たとえ今、ネビルがネビルの中に勇気を見いだせていなくても、その素質は必ずネビルの中にあるんだよ。俺が保証する」
「そうだよ。マルフォイが十人束になったって君には及ばないよ」
ハリーが蛙チョコレートをネビルに差し出した。
「組み分け帽子に選ばれて君はグリフィンドールに入ったんだろう?マルフォイはどうだい?腐れスリザリンに入れられたよ」
おい、腐れはいいすぎだ。
蛙チョコの包み紙を開けながら、ネビルは微かに微笑んだ。
「祐希、ハリーありがとう。僕、もう寝るよ…。カードあげる。集めてるんだろう?」
ネビルが寮へと入っていくのを見送る。
組み分けがこんな風に寮同士での諍いを生んでしまうなんて。いつからゆがんでしまったのだろう。
俺たちが、寮をつくろうと思ったのは、教え子たちが増えたからだ。4つに分けたのは、それぞれが担当する生徒を決めるため。
そして寮対抗にしたのは、対抗意識を持つことで、勉強への意欲を高めるためだった。そりゃあ、ヘルガは争いを好まなかったから最初は反対していたけれど、惰性になってしまうよりはと最後は納得してくれた。
点数は当初はなかったために、最後にどの寮が一番よかったかなどをすべての先生を交えて話し合ったものだ。
「見つけたぞ!」
思考の渦にはまっていた俺を引き上げたのはそんなハリーの声だった。ハリーは、蛙チョコについているおまけのカードを見つめている。
そこにフラメルの名前があったらしい。
「ちょっと待ってて!」
ハーマイオニーが飛び上がって女子寮の階段を脱兎のごとく駆け上がっていった。あんなに興奮しているハーマイオニーを見るのは最初の宿題が採点されて戻ってきたとき以来だった。
3人で顔を見合わせながら待っていると、巨大な古い本を抱えてハーマイオニーが戻ってきた。
「この本を探してみようなんて考えつきもしなかったわ。ちょっと軽い読書をしようと思って、随分前に図書館から借り出していたの」
この学校の図書館って、管理が結構ずさんだよな。いいのかよ。そんなに長期間貸し出して。
古く大きな本をめくるハーマイオニーを眺めながら、でも、と思う。こんな本を借りるのはよっぽど物好きな奴しかいないだろう。
そして、この子たちはあの三頭犬が、ダンブルドアが、何を守ろうとしているのかを知った。