「おかえり。サラ」
「…ああ、ただいま」
創始者の部屋で暖炉に火をつけて、本をよみながらのんびりしていたところで、扉が開いた。そして入ってきたのはサルヴァトア・クリフデン。彼のネクタイはスリザリンカラーだ。
冬休み終了一日前に、ホグワーツに戻ってきたらしい。
「サラ、休暇はどうだった?」
「毎年と変わらないな。この精神年齢で父や母にどうこうというものでもないだろう」
「ははっ、確かに。それは難しい問題だな」
「その点では、お前は楽だな」
羨ましそうに見られて苦笑する。
確かに、前世の記憶を持つ俺たちからしたら、今更両親に甘えるというのも変な話だ。見た目はともかくとして、中身はすでに成人以上に成熟しきっている。
そうなると、彼らは幼少時代はとても大変だったのではないだろうか。
孤児院にいる俺ですら、周りと馴染まず、大人にも甘えない子供だったために奇異の目で見られていたというのに。
これで両親がいたら、想像したくないな。
「サラが、ご両親に甘えている姿というのも見てみたいものだね。やっぱり、あれか?子供っぽくふるまって見せるのか?」
「バカなこと言うな」
「じゃあ、そのままなのか。それは…、可愛げがない子供だな」
「お前が言うな」
「これでも、周りには馴染めてると思うけど?」
「だったら、ここに来るのをやめたらどうだ。ポッターたちはどうした」
「ハリーたちは今日は図書館でフラメル探し」
「ああ。まだ探していたのか」
「そ。どうしても見つけらんねえみたいだな。で、俺は、お前のお出迎え」
「出迎えなら、玄関ホールでやったらどうだ」
「サラなら俺に会いに、ここに来てくれるだろうと思ってさ」
実際に来ただろう?と笑ってみせると、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「まあ、それともう一つ、気になることがあったからさ」
「気になること?」
「冬休み中にいろいろあったんだよ。こっちも」
苦笑する。冬休み中、というよりここ数日中といったほうが正しいかもしれない。
とりあえず、動かないと決めたはいいものの、現状の把握ぐらいはしておきたい。でないと、いざという時に後手に回ってしまうからだ。
だからこそ、俺はハリーたちの周りをうろうろしているわけだけど、ハリーたちはトラブルほいほいなんじゃないかと思う。
以前は3頭犬に出くわすし、トロールとも戦うし、挙句の果てには溝の鏡だ。
普通に過ごしていたら、こんなにもトラブルには会わないだろうけれど、いかんせんあの子たちは正義感と好奇心が強すぎる。
こっちとしてはいつ危険に飛び込むかと気が気じゃない。
「いい感じに振り回されているようだな」
「わかるか?」
「ああ。憔悴した顔をしている」
「まあ、話はロウェが返ってきてからにしよう」
「ロウェナは明日か?」
「いや、今日くるはずだよ。手紙が来た」
「そうか。なら、待っていよう」
俺の隣に腰を下ろしたサラは、俺が持ってきていたいくつかの本のうち、一冊を手に取る。
「寮にいかなくてもいいのか?マルフォイとか」
「問題ない」
「前から思ってたけど、うまくやってんの?寮で」
「貴様は何の心配をしているんだ」
「いや、なんとなく」
サラが子供ときゃっきゃと騒いでいるところを想像できない。
「あいつらは、選民意識は強いが、一度、内に入れたものに対しては好意的だ」
「うん、そんな感じ。そこはちゃんとサラザールの意志を継いでるよな」
「…そうか?」
適当にページをめくっていた本から顔を上げ、きょとんと俺をみるサラ。
「そうだろ。サラだってそうじゃん」
「………」
「え、自覚なし?サラも、基本的に周りに興味ないけど、一度内に入れたらすごく大事にしてるだろ?」
なかなか思い当たらないのか、なんなのか、首をかしげるサラ。
「少なくとも、サラもスリザリンの奴らも、冷酷ではないよ。あとは、マグルに対する意識もそのまま受け継がれてれば文句なしなんだけどな」
「貴様に文句を言われる筋合いもないだろう。それに、それは無理だな」
「なあ、やっぱり正していこうぜ?俺たちがいる間に」
「面倒くさい」
やっぱりだめらしい。
「お久しぶりですね。祐希、サラ」
「お帰り。アリィ」
サラは読んでいた本から顔を上げただけだった。でも、アリィは気にしていないようで、家族旅行で行ったというイタリアのお土産をくれた。
「久しぶりのホグワーツでのクリスマスはどうでした?」
「結構充実してたな。変わってるところや変わってないところなんか探せたし、まあ退屈はしなかったよ」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「イタリアはどうだった?」
「素晴らしいところですよ。イギリスとはまた違った様子で、建物なんかも、さすがというか、美しかったです。ぜひ、祐希にも行ってきてほしいですね」
「ああ。行ってみたいね」
にっこりと笑って答えると、なぜかアリィは顔をしかめた。
「祐希。クリスマス休暇中何かありました?」
「ほら、いっただろう。アリィにだってすぐにわかる」
「そんなに顔に出てる?」
「ええ。ずいぶん疲れた顔をしています。あまり眠れていないんじゃなりません?」
「ハリーたちにはばれなかったんだけどな」
自分の顔に手を当て、もみながら首をかしげる。鏡を見ても、大した隈があったわけでもないし、今朝あったハリーやロンもそんなことひとつも気づかなかった。
最近、満足に眠れていなかったことは確かだが、それでどうこうなるほど繊細な心の持ち主ではないと思っている。
「あいつらには無理だろうな。お前はポーカーフェイスだからな」
「私たちは長年あなたを見てきていますから」
「ははっ、この姿であったのはまだ半年もたってないはずなんだけどね」
「姿が変わろうが関係ありませんよ。貴方が私たちを一目見てわかったように、私たちも貴方の姿が変わろうがわかりますから」
「そういうことだ。で、いい加減話したらどうだ。そのために、あいつらと離れてここにいるんだろう」
読んでいた本をパタリと閉じ、聞く体制になったサラ。アリィも何かあったと感じ取ったのか、居住まいを正した。
姿が変わろうが、たったそれだけ。他は何も変わっていない。確かにそうだ。性格も思考も、多少いろいろな影響を受けていようと、前世の記憶がある以上この命はあの人生の延長線上にある。
「ああ。いくつか気になることが分かった。二人にも知っておいてほしい」
「ダンブルドアがらみですか?」
「一つは…、いや、一応二つともそうか。…そうだな。軽い話題から行こうか」
「なんでもいい。さっさと話せ」
促すサラに、苦笑して俺は口を開く。
「実は、俺の透明マントがハリーの手に渡った」
「透明マントって、あの?」
アリィが目をぱちくりさせる。何度もロウェナたちの前でも使ってきたのだから、彼女たちももちろん知っている。
「そう。あのマントも随分と世の中を渡り歩いたらしい。まさか、またこの手で触れられる日がくるとはおもわなかった」
「そうですか。それを生き残った男の子が…。それもまた、運命という奴なのかもしれませんね」
「それのどこにダンブルドアが関わっているんだ?」
「おそらく、あれを保管していたのがダンブルドアだ。ハリーの父親が持っていたものを預かっていたらしく、クリスマスプレゼントとして返してきたってところかな」
メッセージに送り主の名はなかったけどな。と付け足す。
「ほう、面白い巡り合わせだな」
「だよなー。俺も見たときはびっくりした。さすがに予想してなかったからな」
「あのポッターが持つとなると、また厄介になりそうですね」
好奇心旺盛そうですし。と続けたアリィに同意する。まさしく、好奇心の塊といえるだろう。現に、もらってすぐにそれを使って寮を抜け出しているし。
あの歳のころだと、向う見ずなところがある。言ってしまえば、慎重さにかけるのだ。いつか、あの透明マントで何かしらやらかしてしまいそうでいまから不安だ。
一緒に行動しているようなものだから、もれなく俺も巻き込まれていくのだろう。今からどうやって回避していこうか悩みどころだな。
「それで、もう一つの方なんだけど、ロウェナの言うとおり、さっそくハリーがマントをつかって夜中に寮を抜け出したんだ」
告げると、二人そろって白けた視線を俺に向けてくる。俺が抜け出したわけでも、そそのかしたわけでもないのに、なぜだ。
「で、そこで、あるものを見つけた」
「あるもの、ですか?」
「溝の鏡だ」
博識なロウェナはその名称に思い当たるところがあったのか驚きに目を見開く。対して、サラは知らなかったのだろう。眉をしかめ首をかしげた。
「なんだそれは」
「鏡を見た人の、心の底にある望みを映し出す鏡です」
「それが?」
「あの鏡はマヤカシです。見たものを虜にする。なぜって、鏡の中には自分が一番望む姿が映っているんです。目を、離せなくなってしまう」
「マヤカシ、か」
感慨深げにつぶやいたサラは、腕を組んで、深く息をつくと目を閉じた。その内側で何を思い浮かべているのか俺にはかわらない。
あの鏡なら彼の願いというものも映すのだろうか。
部屋に沈黙が訪れた。誰も何もしゃべろうとはしなかった。
それぞれが、己の望みを考えていることはわかった。将来、かなえようと思えば叶えられる望みならいい。どうあがいても叶えられない望みなら?たたえば、失ったものを取り戻したいというものなら……?
俺にはきっと…。
「ハリーには、両親が見えたらしい。両親に囲まれている自分だ…。まったく、ダンブルドアも酷なことしてくれる」
「…その言い方だと、ダンブルドアが故意にハリーに見せたように聞こえますが?」
「さあね。どこまでが計算かなんてあの人の考えていることは俺には計り知れないけど、あながちそれも間違っちゃいないだろうな。空き教室にあんなものポンと置いておくほうも置いておくほうだ」
「で、お前は、それを見たのか?」
「………見なかった。囚われる自信がある」
「それが正しい選択ですよ」
私も見たくありませんね。ロウェナが目を伏せる。
「今は物思いにふけるのは止そう。それより、お前がなぜこのことを俺たちに知らせたのかというところだ。これも、賢者の石がだみか?」
「さあ、わからないから、ロウェナに聞こうと思ったんだ。ダンブルドアが関わってるのは確か。なぜなら、ハリーを止めにダンブルドアが来たらしいからね」
「アヤツが俺たちの時代に生きていたら、創設者は5人になっていたかもしれないな」
「おや、サラザールが人を褒めるなんて珍しいこともありますね」
「今はサルヴァトアだ」
「これは失礼。それにしても溝の鏡ですか…」
「何か知っているかい?」
「少し、調べてからでも構いませんか?思い当たることはありますが、本当に可能かどうか…。なんせ、幼少時に読んだ書物の記憶ですから」
「お前は幼少のころからなんてものを読んでいるんだ」
「あら、サラだってあまり変わらないでしょう?」
「まあ、俺たちみんなに言えることだろ」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。
彼らといるときはそんな違和感はないが、やはりハリーたちを見ていると、幼いと感じてしまうのだから、きっとハリーたちから見ても、俺は妙に大人びて見えるのだろう。
「では、何かわかったら、知らせます。祐希はこれで心置きなく寝てくださいね。心配事も、私たちと共有したら4分の1ですよ」
「今は3分の1だがな」
「そうですね」
クスリと笑うアリィは立ち上がると、寮の子たちにも挨拶をしてくるといって出て行った。
「意味を説明する必要はないな?」
「ああ…。溜め込むなってことだろう?」
「この学校の問題を俺たちがすべて請け負う必要はないだろう。今の時代の者たちにまかせればいい」
「一応俺たちも、今の時代を生きてんだけどな」
「それでも、だ。一生徒に徹していくのもまた一つの道だ」
「確かに。あまり首を突っ込んでいると、ダンブルドアにばれそうだしな…」
「ここのことは、校長室だろうと察知できないようになっているだろう?」
「ここの外でのことだ。ちょーっと、へましたかもしれない」
サラを見ると、盛大に眉をしかめていた。その目はありありと何をしたんだと問いかけている。
「鏡に張り付くハリーを無理やり引きはがすために、ちょこっと無言呪文を」
「服従の呪文か?」
「まさか!そんなことしたら、退学になるだろ」
「だろうな」
「じゃなくて、物音を立てさせただけだよ。それでも、時間外に抜け出しているんだから、十分、焦らせる要因になる。ただ、その場に、もしかしたらダンブルドアがいたかもしれない」
「監視、か?」
「いろいろと、気をとられてたからわからないけど」
「……今のところは保留にしておけ。わからないことに囚われて墓穴を掘っては、まさに本末転倒。今日はもう帰って寝ろ」
サラの手が俺の頬に触れる。その瞬間、魔法が取り払われたのがわかった。顔色の悪さをごまかすためにかけた魔法だ。
そして、サラの親指が俺の目の下に触れる。
「ロウェナも気づいていただろうな」
「やっぱり?」
「俺たち相手に無駄なごまかしはするな。面倒だ」
「…ああ。ごめん」
謝りながら、俺は緩む頬を抑えられなかった。そんな俺をサラはいぶかしんでいたけれど、おとなしく帰って寝ると告げると、満足したようだった。