クリスマスの食事は相変わらず素晴らしいものだった。大砲のような音を立ててクラッカーは爆発するし、蒼い煙が立ち込めたかと思うと、中から海軍少将の帽子と生きた二十日ネズミが数匹飛び出したりした。なぜ、生きたまま閉じ込めてるんだ、というか本物を食事の席で出すなよ、とか思わないでもなかったが、先生たちが、クラッカーから出てきた様々な帽子をかぶりあいっこしているのはとても見ていて楽しいものだった。
昼過ぎには、ハリーやウィーズリー兄弟に誘われて雪合戦を楽しんだ。びっしょり濡れてかなり寒かったが、こんなに体を動かしたのはいつ以来だろうかと思うほど運動をした。
それから、ハリーたちと交互にチェスをやる。チェスの駒が好き勝手に話すのはいただけないが、これまた久しぶりである頭脳戦は意外と楽しかった。
ハリーは、まだまだだが、ロンとは接戦だった。戦略を練るのがうまいんだよな。
そして、夜は、ロンは七面鳥とケーキで満腹になり、すぐに眠ってしまった。しかし、ハリーは何やら気になることがあるようで、ベッドに入ってからも何度も寝返りをしていた。
俺はベッドで目を瞑ってじっとしていると、ハリーは意を決したように起き上がると、ベッドの下から透明マントを取り出した。
それを肩から羽織ると、ハリーは、一瞬俺たちの方をみたが、すぐに全身にマントをかぶって部屋を出て行った。
「…透明マントでも気配は消えないこと、教えた方がいいのか?」
足音と、ドアの開閉音が響いた部屋の中で思わずつぶやく。
あれじゃあ、透明になっていても鋭いやつにはすぐにバレる。おそらくスネイプあたりなら勘づいてしまうんじゃないだろうか。ハリーがスネイプに見つかり減点どころか退学にならないことを祈りながら、俺は眠りについた。
次の日、ハリーは昨夜のことを語って聞かせた。なんでも、ハリーの両親が映る鏡があったらしい。ロンはハリーが一人でそんな冒険をしたことにすねていた。
俺は黙って二人の会話を聞いていた。いや、正確にはハリーを凝視していた。
ハリーはロンと話しながらもどこか上の空になっている。現に、ハリーの前にある取り皿にはソーセージとサラダが乗っているが、ハリーが手を付ける様子は一切なかった。
「大丈夫かい?なんか様子がおかしいよ」
終いにはロンにまで心配されていた。
その夜は俺も、透明マントの中に入ってその鏡を見に行くことにした。どうにも、ハリーの様子が気になったからだ。食欲がないだけではなく、何に対しても無気力なようだった。まるで、恋する乙女のように、その鏡に心を奪われているらしい。
男三人でマントの中に入るため、いくらなんでも狭くて、のろのろ歩きだった。ハリーはそれに苛立ちを示したが、ロンはそれ以上に寒さに耐えられない様子だった。
冷えて、足の感覚がなくなり始めたとき、ハリーがようやくそのドアをみつけた。
中に入ると、ハリーはマントをかなぐり捨てて、鏡に走った。
その部屋にはいくつもの柱があった。今は使われていないらしい教室は、壁際に机と椅子が積み上げられている。
そして、机とは反対側の壁に、この場には不釣り合いな大きな鏡が存在した。天井まで届くほどの大きな鏡だ。それは、まるでここにあってはならないかのように不自然に見えた。
金の装飾が施されている。枠には二本のかぎづめ状の足がついている。枠の上の方には字がほっていある。
すつうを みぞの のろここ のたなあ くはなで おか のたなあ はしたわ
「わたしは あなたの かお ではなく あなたの こころの のぞみ をうつす」
左始まりで書かれた文字を小声で読んでみる。そして、戦慄が走った。
“これは、見てはいけないものだ”
頭の中で警鐘が鳴る。鏡を見ると、俺の位置からはハリーとロンしかみえない。当たり前だ。これは本人のみにその望みを見せる。
ハリーに両親が見えたのは、ハリーが両親を見たことがないからだ。そして、会いたいと望んでいるからだ。
ハリーにうながされて、ロンが鏡の前に立った。そして、ロンには監督生になり、クィディッチなどで活躍するさまが見えるらしい。
いつも兄たちと比べられているからだろう。自分が主役になり、注目されたいということだ。
俺には何が見えるだろう。
そんな考えが頭をよぎったが、軽く振ってその考えを振り払った。下らないまやかしだ。望みが見えたところで、叶うわけではない。心の底から望んでいる夢というのは、決して、実際に目にしてはいけないものだ。
「ハリー、ロン。ここを離れた方がいい。この鏡はダメだ」
「ダメなんかじゃない!だって僕の両親が見えるんだ!」
「ハリー。お願いだ。今日は帰ろう。この鏡は…いや、話はあとにしよう。今日はもう寮に戻らないと」
「嫌だ」
がんとして鏡の前を退こうとしないハリーにロンと顔を見合わせる。その執着はあまりにも異常に見えたからだ。いや、ある意味通常なのだろう。
子供が、死んでしまった親に会えるとしたら、きっとどんな方法にでもすがる。親の愛情というものは、親にしか与えられないものなのだから。
俺は仕方なく杖をドアに向けてふる。
ガタンと物音がして、二人が飛び上がった。
「誰か来たのかもしれない。帰ろう」
俺がいうのとほぼ同時に、ロンがハリーにマントをかぶせて俺もその中にいれた。それでも、まだ居座ろうとするハリーに、ロンと二人ががかりで部屋から引っ張り出した。
次の日、ハリーは昨日にもまして無気力になっていた。ロンがいくら話しかけて気を逸らそうが、無駄だった。
「ハリー。鏡はハリーの両親を見せてはくれるけれど、それに囚われてはダメだ。現実を生きなきゃ。あれは幻なんだ」
「祐希は幸せだからそんなことが言えるんだ」
「そうじゃない。ハリー。そうじゃないんだ。ハリー、ハリーのご両親も心配しているよ」
「パパとママには今日も会えるよ」
「あれは、まやかしに過ぎない。本当のご両親じゃない。わかってるだろう?生きるのを忘れてはダメだ」
「ほっといてくれ」
11歳に現実とは何かを説いても、両親に会いたい欲望を振り切れと言っても無理なことはわかっている。しかし、どうにかしなければいけない。あれは、心の望みを映すだけのものだ。未来でも過去でも真実もない。ただの望みを視覚化しただけにすぎない。
そして、人は自分のもっとも望んでいる姿を目の前に見せられると、それから目を離せなくなる。現実を見れなくなる。現実は、望んだら叶うことばかりではないから。
「ハリー。頼む。心を強く持って。ご両親に褒めてもらえるような人間になるんだ。だから、今、囚われていてはだめだ」
「祐希には僕の気持ちなんてわからないよ!」
バンと机をたたいて立ち上がったハリーは談話室を出て行ってしまった。
大きく息を着く。幼い心に言うにはあまりにも酷な話だ。それでも、ここで見過ごすわけにもいかない。
「祐希、大丈夫か?」
「…ああ。俺は大丈夫。でも、ハリーはどうにかしないとな…」
「あの鏡、いったいなんなんだろう」
「そのままさ。望みを映す。でも、映すだけだ。それは現実でも、ましてや未来でもない」
「やっぱり、未来じゃないのか…」
「ハハッ、ロンは何が見えたんだっけ?」
あまりに落ち込んでいるから思わず笑ってしまった。
「僕は、監督生になってたよ。あと、寮の最優秀寮杯とクィディッチ優勝カップを持ってる。あ、クィディッチのキャプテンもやってたっけ。あれが、本当に起こることだったらいいのになあ」
夢見がちにつぶやくロンに苦笑する。
「ロンの夢は、これからのロンの努力次第で叶うかもしれないな」
「本当に?」
「ハーマイオニー並みに頑張れば、ね」
「げっ、それじゃあ叶いっこないよ」
「わかんねえよ?クィディッチだって、来年から挑戦してみればいい。練習したら、うまくなるだろうし、キャプテンも、優勝も夢じゃない」
「えー、そうかなあ。っていうか、前から思ってたんだけど、祐希って時々すっごく大人びたこと言うよね」
「そうか?」
まあ、精神年齢で行ってしまえば、ダンブルドアに近いものがあるからな。
「さっきのハリーの説得だってそうだしさ」
「説得しきれてなかったら意味ねえよ」
「そうかな」
「ま、諦めずにまたあとで言ってみるさ」
しかし、それはかなわなかった。ハリーはとうとう消灯時間がすぎても戻ってこなかったのだ。
そして、ハリーが戻ってきたのは、丑三つ時も過ぎたあたりだった。布団から顔をだし、ベッドに座って動かないハリーに声をかける。
「おかえり」
驚いて顔をあげたハリーを見ると、あのうつろな目ではなくなっていた。
「…祐希。言うとおりだったよ…。ダンブルドアにも諭された…」
「そっか…」
「あの鏡、もう別のところに移すんだって。もう、パパとママには会えない」
「…ハリー知ってるか?」
「何?」
「親の愛情って、不滅なんだ」
「どういうこと?」
「この世で一番強い魔法が、愛情だ。ハリーはご両親からの愛情で守られてるよ。ハリーが覚えていなくても、感じなくても、ハリーのご両親はいつだってハリーのことを天国から見守っていて、危ない時には守ってくれてる」
「…そうかな」
「そうだよ。だって、あのヴォルデモートからも守ってくれたんだぜ?最強だろ」
「うん…。そうかもしれない」
「もう、寝ろ。明日は、ちゃんとご飯食えよ。ロンも心配してたから」
「……うん、ありがとう。あと……、昼間はごめん」
「気にしてねえよ」
俺は、おやすみ、とつぶやいて、布団をもう一度体にまきつけなおし、目を閉じる。しばらくして、ハリーもベッドに入る音が聞こえ、やがて寝息が聞こえてきた。