クィディッチ競技場の観客席にはすでに多くの人が集まっていた。双眼鏡を持っている生徒もいる。俺たちは最上段を陣取った。
ロンたちが、「ポッターを大統領に」とシーツに書いた大きな旗を掲げる。その下には、ディーンによって、シンボルのライオンが書かれている。これがまたうまくて感動した。
にしても、なんで大統領なんだ?
ハーマイオニーによって絵がいろいろな色に光るようになっていて、魔法の正しい使い方だよな、と感心する。
興奮冷めやらぬ周りとは違って、おとなしく座っていると、ロンに怪訝な目を向けられた。
「祐希、もっとテンション上げろよ」
「これでも最高潮に上がってる」
「それで!?」
反応したのはハーマイオニーだった。トロール事件があってから、ハーマイオニーは大分丸くなり、いろいろなことに寛大になっていた。やっぱり女の子の成長って早いよな。
「クィディッチの試合は初めてなんだ。興奮だってするだろ」
「だから、それを表にだそうぜって!」
「試合が始まったら、出るって」
ロンにほんとかよ、という目で見られたが肩をすくめて返した。
しばらくして、グラウンドに両チームの選手が出てくる。大歓声が巻き起こった。
そして、フーチ審判の合図により、試合が始まった。十五本の箒が空へと舞いあがる。高く、さらに高く。クアッフルを最初に取ったのは、グリフィンドールだった。チェイサーが敵をかいくぐりパスを出しながらゴールを目指していく。
リー・ジョーダンの解説が競技場内に響く中、競技は瞬く間に進んでいく。
本当に一瞬も目を離せない。ブラッジャーは思わぬところから飛んでくるし、クアッフルを持っている選手は妨害に会ったりして。想像していたもの以上に激しい競技だった。しかし、胸が高揚してくるのを感じる。
こういうの、昔もあったら面白かっただろうな。まだ箒なんてなかったけど。
グリフィンドールがなんとか先取点をとった。グリフィンドール側から大歓声があがる。スリザリン側からはヤジとため息が上がった。
「ちょいと詰めてくれや」
「ハグリッド!」
「俺も小屋から見ておったんだが」
言いながら、俺たちがなんとか開けたスペースにどかりと座るハグリッド。本当にでかい。
「やっぱり観客の中で見るのとはまた違うのでな。スニッチはまだ現れんか、え?」
金のスニッチ。最近、ハーマイオニーによってハリーに渡されていた「クイディッチ今昔」を俺も読ませてもらっていたため、ルールはあらかた理解していた。
審判が試合中に消えてしまうっていったい何があったんだよ。絶対妨害だろ。とは思ったが、突っ込みどころが満載でおもしろかった。
金のスニッチをとらなければいけないハリーはというと、空高くこちらからは豆粒にしか見えないほど高い場所で巻き込まれないようにしてスニッチを探しているようだった。
俺も、スニッチを探してみると、金色に輝いたものがあった。
「あ、スニッチだ」
つぶやいた言葉が隣にも聞こえていたらしい。ハーマイオニーが耳元でどこ!?と大声で叫ぶ。それに頭を揺らされながら、指をさす。
ほぼ同時にハリーがスニッチめがけて急降下した。スリザリンのシーカーもスニッチを追う。誰もが、その二人に注目していた。しかし、それは、スリザリンのシーカーによる妨害でブーイングに代わる。
「フリントはグリフィンドールのシーカーを殺しそうになりました。誰にでもありうるようなミスですね、きっと」
マクゴナガルに注意されて、冷静な言葉遣いだが、言っていることは完璧嫌味だった。誰にでもありうるミスって。
試合が再開される。ハリーがブラッジャーをかわし、玉がハリーの頭上すれすれを通り過ぎたちょうどその時、ハリーの箒が不自然に揺れた。
最初は操作を誤ったのかと思ったが、また、不自然に揺れる。今度ははっきりと。まるでハリーの意志を無視して暴れているかのようだ。
箒はやがて、まるで闘牛のように暴れまわり、ハリーを振り落とそうとする。しまいには、ハリーが片手だけでぶら下がっているような状態になって、思わず立ち上がる。
「そんなこたぁない。強力な闇の魔術以外、箒に悪さはできん」
ハグリッドのその言葉にはっとなって教員席に目をやる。遠くてはっきりとは見えない。
ハーマイオニーがハグリッドの双眼鏡をひったくり、観客席の方を狂ったように見回した。
「何してるんだよ」
「思った通りだわ。スネイプよ…みてごらんなさい。何かしてる。箒に呪いをかけてる」
ロンが双眼鏡をもぎとるより早く、ハーマイオニーから双眼鏡をひったくり教員席に目をやる。スネイプの少し後ろ。そこにクィレルもいる。あいつもハリーから目を離さず、絶え間なくぶつぶつとつぶやいている。
「チッこれじゃわかんねえな」
双眼鏡を下ろすと、ロンにひったくられた。隣を見るとハーマイオニーの姿が消えている。おそらくスネイプを妨害しに行ったのだろう。
俺も席を立ち、ロンたちから少し離れる。こちらを注目している生徒がいないことを確かめてから、ハリーに向けて反対呪文を唱え始める。
双子のウィーズリーがハリーの舌で輪を描くように飛んでいる。落ちたら下でキャッチするつもりらしい。
俺が反対呪文を唱え始めたことで、箒の揺れはわずかに収まった。その隙を見て、ハリーが両手で箒をつかむ。
もう少し強く唱えるとさらに箒の揺れは収まった。その瞬間、抵抗感が消えた。教員席を見ると、なぜかスネイプが立ち上がっている。その後ろではクィレルともども、数人の教員がひっくり返っていた。
何があったんだ?
ハリーがその隙に箒に乗り直し、急降下した。
ハリーがスニッチに向かってとびかかる。地面に転がったハリーは口を手で覆うと、何かを吐き出した。
「スニッチを取ったぞ!」
ハリーが叫んだ。試合は大混乱の中、終わった。俺に残ったのは、ものすごい疲労感だった。
試合後、ロン、ハーマイオニー、ハリーに連れ立って、ハグリッドの小屋へ行く。何気に初めてハグリッドの小屋に入った気がする。いつも、何かと用事がかぶっていけなかったからだ。
ハグリッドの小屋に行くと、巨大な黒いボアーハウンド犬が待ってましたとばかりにハグリッドにとびかかった。それを撫でて宥めてやりながら、なんとか押し入り、俺たちを招き入れる。
「ファング!よーしよし、いい子だ。さあ、さがれ。下がるんだ」
ハグリッドでも手をやいているらしい。中は一部屋だけだった。ハムやきじ鳥が天井からぶら下がっている。部屋の隅には大きなベッドがある。俺たち4人なら平気で入れるぐらい大きい。
簡単な自己紹介をしたあと、濃い紅茶を入れてもらった。
「スネイプだったんだよ。ハーマイオニーも僕も見たんだ。君の箒にぶつぶつ呪いをかけてた。ずっと君から目を離さずにね」
ロンがハリーに力説する。しかし、ハグリッドは顔をしかめて否定した。
「なんで、スネイプがそんなことをする必要があるんだ?」
「僕、スネイプについて知ってることがあるんだ。あいつ、ハロウィーンの日、三頭犬の裏をかこうとしてかまれたんだよ。何か知らないけど、あの犬が守っているものをスネイプがとろうとしたんじゃないかと思うんだ」
ハリーが今までのことを説明すると、ハグリッドがティーポットを落とした。
「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」
あの犬、ちゃんと名前がついてたのか。っていうか、ハグリッドとサラって話が合いそうだよな。サラは魔法生物には目がない。特に俺たちからしたら危険な生物をこよなく愛している。
昔、どこからともなくドラゴンの卵をもらってきたときはどうしてやろうかと思った。しかも、孵すと言って聞かない。しょうがないから、孵したらちゃんとしかるべき施設へ預けることを条件に、生徒には内緒でホグワーツで飼ったものだ。
あの時は、ゲップと称して炎を履いて俺のコートが燃やされた。なのに、サラは謝罪の一言もなしだ。ドラゴンにしか目がいかないらしい。本当に親ばかだ。これにはさすがのロウェナもヘルガもまいっていた。
「俺がダンブルドアに貸した。守るため…」
「何を?」
「もうこれ以上機関でくれ。重大秘密なんだ、これは」
「だけど、スネイプが盗もうとしたんだよ」
「バカな。スネイプはホグワーツの教師だ。そんなことするわけなかろう」
確かにそうだけど、クィレルも怪しいと思っている俺はその言葉には賛同できなかった。
まあ、今回はただ黙っていると決めているんだけど。
「ハグリッド。私、呪いをかけているかどうか一目でわかるわ。じーっと目をそらさずに見続けるの。スネイプは瞬き一つしなかったわ。この目で見たんだから!」
この場合、もしスネイプが呪いをかけているとしたら、クィレルが反対呪文を唱えていたことになる。でも、サラの証言からすると、これは逆だと考えるべきだ。
でも、それだと、ハリーを普段から恨んでいるっぽいスネイプがハリーを助ける図というのはなんとも受け入れがたいものがある。教師だから、という一言で片づけられるものだろうか?
「お前さんは間違っとる!俺が断言する」
ハグリッドも譲らない。俺は、紅茶に口をつける。すごく濃くて、思わず顔をしかめたが、誰にも見られなかった。そっとカップを置く。
「俺はハリーの箒がなんであんな動きをしたかはわからん。だが、スネイプは生徒を殺そうとしたりはせん。4人共よく聞け。おまえさんたちは関係ないことに首を突っ込んどる。危険だ。あの犬のことも、犬が守っているもののことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生と、ニコラス・フラメルの…」
ハグリッドって、口が軽い、っていうか、考えなしなところがあるよな。
「ニコラス・フラメルっていう人が関係してるんだね?」
ハリーたちの目がきらりと輝いた。