大広間に行くと、すでにハリーとロンがいた。しかし、いつも一緒に食べているはずのハーマイオニーが見当たらない。
「ハーマイオニーは?」
「あんな奴知るか」
言い捨てたロン。ハリーを見ると、肩をすくめるだけだった。ロンとハーマイオニーの間に何かあったらしい。そういえば、今日の「妖精の呪文」の授業でこの二人は組んでいた。その時も険悪ムードだった気がする。
この二人はなぜこうも合わないのか。
ため息をついて、ハリーの隣に座る。
「ハリー、ロンとハーマイオニー何があったんだ?」
ロンに聞こえないように気をつけながら、問いかける。幸い、ロンは目の前のチキンに食らいついていて、こちらを気に掛ける様子もない。
「ちょっと…、その、ロンが言いすぎちゃって、ほら、ハーマイオニーって口うるさいところがあるから、それで…。パーバティの話だと、トイレで泣いてるらしい」
「…男が女を泣かせるなよ」
呆れた視線を向けると、ハリーは苦笑をこぼした。
確かに、ハーマイオニーは口うるさいところがある。というより、頭ごなしに怒鳴ってくるから、それが正論だろうとなんだろうと、むかついてしまうのだ。
もう少し言い方を変えれば、きっとロンでも彼女の言い分を飲んでくれると思うのだが、それを11歳に言ってもしかたがない。
こういうところで、自分と彼らの精神的な年齢の差が出てくるなと思った。
「あとで、ちゃんと謝るようにしとけよ」
「う、ん。でも、聞いてくれるかな」
「さあな。で、何言ったんだ?」
「…悪魔みたいな奴だって」
ハリーがロンを気にしながら、こそっと教えてくれた。
まったくもって低レベルな暴言ではあるが、彼女にはぐさりと刺さる言葉だったのだろう。
どうも、ハーマイオニーの気質上、うまくまわりとも馴染めていない節はあったし。
ハロウィンの食事に夢中になっているロンを見て、仲直りは難しそうだとため息をついた。
少し離れた場所にあったサラダをとろうと腰を浮かせたとき、クィレル先生が全速力で大広間へ駆け込んできた。ターバンは歪み、とれかかっているのか、いつもより長く後ろでなびかせている。彼の顔は恐怖で引きつっていた。
静まり返った大広間。全員の視線がクィレルへ向けられている。ようやくダンブルドアの机の前にたどり着いたと思うと、ここまで聞こえるあえぎ声で、とぎれとぎれ言葉を紡ぐ。肩は大きく上下して、運動不足なのは目に見えた。
ダンブルドアの表情も険しい。
「トロールが…地下室に…お知らせしなくてはと思って…」
クィレルはその場でパタリと気を失ってしまった。
さっと視線を走らせる。スリザリンのテーブルにいるサラとレイブンクローのテーブルにいたロウェナと目を合わせる。
一泊おいて生徒が恐怖に叫びだした。ぞくぞくと立ち上がり大広間を出ようとする。大混乱だった。
俺は混乱に乗じて大広間の入口へと駆け足で向かった。
とたん、爆音が数発鳴り響く。生徒がピタリと止まった。振り返ると杖を掲げたダンブルドアがいた。
「すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に帰るように」
ダンブルドアの重々しい言葉の後、監督性たちが各寮に呼びかけ始める。俺は大広間を出たところで、後ろから腕をとられた。振り返ると険しい顔をしたサラがいた。
「どこに行く気だ」
「ハーマイオニーが…」
「ハーマイオニー?グレンジャーがどうかしたのか?」
「喧嘩したらしくて、どこかのトイレで泣いているらしい。この事態を知らないはずだ。トロールに出くわす前に保護する」
「お前一人で行ってどうする!それに、どこにいるのかもわからないのだろう?」
「でも、探さねえと!危ない生徒がいるのに、俺に大人しく寮に戻れとでもいうのか!?」
「そんなことは言ってない。俺もともに行くと言っている」
「え?」
「いいから、動きながら話す」
考えている暇はない、と言わんばかりに強い力で引っ張られる。列をなして寮へと向かう一団からは離れて近くのトイレへ向かう。妖精の呪文の教室もほど近い場所だったから、おそらくここだと思うのだが、もしいなかったら、当てがなくなってしまう。
「おそらくこれは作為的なものだ。トロールごときが侵入できるわけがない」
「だが、なんのために!」
サラが走りながらサラもトロールのもとへ向かう理由を話しはじめる。
「この混乱に乗じて何かをするためだ」
「まさかっ、4階の廊下か!でも、あそこには3頭犬がいる!」
「3頭犬!?」
「それはあとで話す。とにかく、あそこは厳重に守られているはずだ。この混乱の間には無理だ。ダンブルドアもいる」
角を曲がったところで、女子トイレが見えた。
「いいか。俺はその4階へ向かう。何があるかは知らないが、それだけ厳重なら守らなければならないものだ。他にも教師が行くだろうが念のため見に行く」
「だから、一緒に来たのか」
「トロールがどこに向かうか知らんが、出くわしたらわかってるな?」
「先手必勝一撃必殺。お前も、下手に見つかるなよ」
「俺様を誰だと思ってる」
「世紀の大魔法使いサラザール・スリザリン様」
フンと鼻で笑い、走っていくサラを見送ってからトイレに入る。
個室は一つだけ閉まっていた。ここであっていたらしい。俺の勘すごい。
「あー、ハーマイオニー?」
耳を澄ませると、すすり泣く声が聞こえる。今までずっと泣いていたのだろう。声をかけると、ピタリと音が止まった。
「…その声…ヒッ、祐希?」
しゃくり声をあげながら問いかけられる。それに肯定を返す。
「なっ、ここ、女子トイレよ」
「ハーマイオニーを迎えに来たんだよ。何があったかはロンから聞いたけど、ハーマイオニーは間違ったことは言ってねえよ」
「……でも、私のこと悪夢だってっ。私、ロンのためを思ってっ」
「あー、あの年頃は頭ごなしに言うと反発したくなるものなんだ。ようは、ロンの方がずっとガキなんだ。ハーマイオニーはいつも、勉強もちゃんとしてて、偉いよ」
「……なんだか、祐希がとても年上に聞こえるわ」
「ハハッ、まあ、人生経験が違うからな。ほら、出て来いよ。一緒に寮に戻ろう」
「でも…」
「俺は、ハーマイオニーのこと大切な友達だと思ってるよ。だから、出てきてくれないか?ハロウィンは楽しまなきゃな。それで、あとでロンに二人でイタズラしてやろうぜ」
「……そんなことしたら、またロンを怒らせちゃう」
「怒られるなら、今度は二人で、だろ?」
「ふふっ。祐希って不思議…」
鍵が外される音がして、中から目を真っ赤にはらせたハーマイオニーが出てくる。
しかし、その顔は少しだけ晴れているようだった。
「目が腫れてる。かわいい顔がもったいない」
「祐希って思ったよりキザなのね」
「女性に優しく、はどこの国でも一緒だろ」
ハーマイオニーの目を両手で多い、癒しの魔法を使う。
掌に温かいぬくもりが伝わったころに手を離すと、腫れはきれいに消えていた。
「よし。いつものかわいいハーマイオニーだ」
「今、何をしたの?」
「企業秘密」
唇に人差し指をあてて、内緒のポーズをすると、祐希って不思議だわといってそれ以上言及してくることはなかった。
と、その時、異様な匂いがトイレの中に入り込んできた。二人で顔をしかめる。そして、耳に、ズルズルと何か重いものを引きずるような音と、ブァーブァーといううなり声が聞こえてきた。トロールがすぐそばにきているらしい。
「何の、音?」
「ハーマイオニー。落ち着いて聞け。今、学校内にトロールが入り込んできてる」
「トロール!?」
「シッ。おそらくすぐ近くだ。外に出て見つかるよりは、ここで隠れてやり過ごす。いいな?」
「…うん、わかったわ。でも、どうしてトロールが」
バタンとドアが閉まる音に、振り返った。
トロールの顔がこちらを覗き込んでいる。ハーマイオニーの腕を引っ張り俺の後ろに引っ張る。背で隠す方が早いか、ハーマイオニーが叫ぶ方が早かったのか。
トロールはハーマイオニーの叫び声で俺たちの存在を認識してしまったらしい。
4メートルほどもあるであろう体を小さくさせながら中に入って来る。墓石のような鈍い灰色の肌や、岩石のようにゴツゴツのずんぐりした巨体が特徴的だった。
「ハーマイオニー。後ろに下がれ」
俺の後ろで震えているハーマイオニーに声をかけるが、足が震えていて動けないようだった。
ドシンという音を盾、中に入り込んでくる。
トロールが棍棒を振り上げた。その棍棒に向けて魔法を放つ。
棍棒は衝撃に負けて壁の方へとそれていった。タイルが飛び散るが、それも障壁を張って回避する。
そこへ、ハリーとロンが飛び込んできた。
「祐希がなんでいるんだ!?」
「こっちにひきつけろ!」
ロンが俺に気づき声を上げる中、ハリーが勇猛果敢に近くにあった吹き飛んだらしい蛇口をトロールへ投げつける。
「無茶だ!外に出てろ!」
俺が叫ぶが、二人には聞こえていないらしい。トロールが目をぱちくりさせながら、その標的をハリーたちに変えた。
トロールを倒すことはできる。それはもう簡単に。
でも、そのあとが問題だ。おそらく、もうすぐ教師が駆けつけてくる。そのときに、なぜその呪文をつかえたのか、とか、俺がどうして倒すことができたのかとかを説明しなくてはいけなくなると、とても面倒くさい。
理由は俺がもともとここの創設者だから、なのだけど、それを説明するつもりはない。つまり、日本人で今まで魔法に触れてこなかった子供がどうやって?ということになる。
面倒だ。創設者であったことがバレるのは、まあ、時間の問題だと思っているのだけど、まだ方針を決めていない今ばれたくはない。
特別視されると、動きにくくなるしな。
ということで、なんだかんだ、反射神経がよかったり度胸がある二人がとてもよく応戦しているので、危なくなる以外は手助けはしないことにした。
そうこうしている間に、ハリーが無謀にもトロールに飛びつき、腕をトロールのくびに 巻きつけた。そして、ハリーの杖が鼻に突き刺さる。思わず自分の杖も見て、顔をしかめた。
痛みに悶えるとローるが棍棒をめちゃくちゃに振り回すのを見て、ハーマイオニーを抱えて、少し距離をとる。
そろそろ、やばいか、と杖を構えなおしたとき、ロンも杖を取り出した。そして、呪文を唱えた。
「ウィンガーディアム レビオーサ!」
その呪文はトロールの棍棒にあたったらしく、奴の手からすっぽ抜けた棍棒は空中高く上がって、トロールの頭の上に落ちた。そして、ふらふらしたかと思うと、ドサっと音を立てて倒れてしまった。
どうやら脳震盪を起こしたらしい。その、思いつかなかった対処法に思わずその場で笑いそうになる。
「…これ、死んだの?」
ハーマイオニーが俺の腕にしがみつきながら聞く。
「いや、ノックアウトされただけだと思う」
立ち上がったハリーがトロールの鼻から杖をぬくと、何とも言えない音を立てて鼻くそと一緒に抜けた。
「ハリー、綺麗にしてやるから、ズボンで拭こうとするな。汚い」
なぜかズボンで拭こうとするハリーを呼び寄せ、その杖にスコージファイと唱える。
たちまちもとの姿に戻った杖をみて、ハリーに笑顔でお礼を言われた。いくら汚いからって、洋服で拭こうとするのもどうかと思うぞ。
また、勢いよく扉が開き、入ってきたのは教師陣だった。マクゴナガル、スネイプ、クィレルと入ってきたが、クィレルは倒れるトロールを見た途端胸を押さえてトイレに座り込んでしまった。
「いったい全体あなた方はどういうつもりなんですか」
マクゴナガルの目は冷静だった。しかし、その奥には激情を宿して目が燃えていた。厳しい顔をしているマクゴナガル。スネイプも、ハリーの案でここにいるのだとでもいうようにハリーに鋭い視線を向ける。
「あのっ。聞いて下さい。3人共私を探しに来たんです」
「ミス・グレンジャー!」
「私が、トロールを探しに来たんです。私…私一人でやっつけられると思いました。あの、本で読んで、トロールについてはいろんなことを知っていたので」
必死に言葉を紡ぐハーマイオニーに、ロンが杖を取り落す。その口はぽかりと開いて、ハーマイオニーを凝視している。
ハーマイオニーが必死につく嘘にハリーとロンも便乗した。
「ミス・グレンジャー。グリフィンドールから5点減点です。あなたには失望しました。怪我がないなら、グリフィンドール塔に帰った方がよいでしょう。生徒たちがさっき中断したパーティーの続きを寮でやってます」
ハーマイオニーはうなだれながら、帰っていく。マクゴナガルは俺たちに向き直ると、運が良かったといって、一人に五点ずつ与えてくれた。
「三人で十五点は少ないよな」
しばらく階段を上がって、ロンがようやく口を開いた。
「四人で十点だろ。ハーマイオニーの五点を引くと」
ハリーが訂正した。
「でも、なんで祐希があそこにいたんだ?僕たちよりも早いなんて!」
「お前たちよりもはやくハーマイオニーのことが浮かんだだけで、思ったことは一緒だ」
「でも」
「それより、本当によく倒せたよな」
それ以上、こっちに話を振られてはまずいと思って、適当に話をそらすと、ロンはその話に乗っかってくれた。太った婦人の肖像画を抜けると、談話室は人がいっぱいで騒がしかった。
ハーマイオニーだけが一人ぽつんと扉のそばに立っていて、待っていてくれたみたいだ。三人は気まずそうにしたが、互いにありがとうと言って無事に仲直りが終了した。
「祐希…本当に、ありがとう」
食べ物をとりに行くとき、こっそりハーマイオニーが俺に囁く。
「いや、結局ノックアウトしたのはロンだからな。それに、ロンが魔法を成功させたのは、ハーマイオニーの助言のおかげだろ」
情けは人のためならずって、こういうことだよな、と思った。