飛行の授業
「上がれ」
芝生の上に転がる放棄は、俺の一言に吸い込まれるようにして手の中に納まった。
隣に並んでいたハーマイオニーが一発で手にとった俺をみて、その顔を悔しそうにゆがめる。再度、挑戦する彼女の神経質そうな声を耳にしながら、箒の柄の感触を楽しんでいた。
周りをみると、飛び上がった箒は少なかったらしい。いまだにまわりから上がれというかけごえが響いてくる。
全員が箒を手にとったところで、マダム・フーチが鷹のように鋭い黄色い目を全員に向ける。その外見通りのきびきびした声で説明を始める。
「箒はぐらつかないように抑え、二メートルくらい浮上して、それから少し前かがみになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ。一、二の、」
先生が三を言う前にネビルの体が浮き上がった。
フライングだ。
ネビルの顔は真っ青になって箒にしがみついている。
「こら、戻ってきなさい!」
先生の大声が飛ぶ。そんな声など聞こえていないかのようにネビルはどんどん高く飛んでいく。そして、声にならないネビルが体をガクンと下げたのが見えた。
次の瞬間、箒からまっさかさまに落ちるネビルに、気づいた時には手になじんだ杖を手に取りネビルの落下地点へ向けていた。
ネビルが草むらにまっさかさまに落ちるが、地面に到着する前に不自然に体がはねた。そして、ふわりと浮いたかと思うと、まるでそこに丸い何かがあるかのように、ネビルが体を逸らしてすべりおちた。
恐怖で腰がぬけてしまったらしいネビルが真っ青の顔のまま茫然と地面に座り込む。
先生が慌てて駆け寄り、彼に怪我の有無を確かめていた。どうやら大けがは免れたらしい。しかし、あまりの恐怖に顔を真っ青にして震えているネビルを
、先生は医務室へと連れて行くことにした。
先生がいなくなって、騒然となる生徒たちを見ていると、ふと、隣から強い視線を感じた。そちらを見ると、ハーマイオニーがなぜかいぶかしげに俺を見ている。
「あー、ハーマイオニー?何かな?」
あまりに強い視線に、無視することもできず、苦笑しながら問いかける。ハーマイオニーはなんて言おうか迷ったのち、直球で聞くことにしたらしかった。
「あなた、今なにか魔法をつかった?」
「…いや、使おうと思って思いつかなかったんだよ。でも、ネビルが無事でよかった」
あの騒動の中でネビルではなく隣の俺に目を配れていたらしい。彼女は随分視野が広いようだ。
適当にごまかして肩をすくめると、釈然としないながらも、それ以上追及はしてこなかった。
「ごらんよ!」
何度か聞いたことのある声が耳にとどき、彼女から視線を逸らす。
そこには、毎度お騒がせのマルフォイがネビルが落としたらしい思い出し玉を手にしていた。
「ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ」
「マルフォイ。こっちへ渡してもらおう」
ハリーが彼の前へと歩み出た。みんなおしゃべりをやめ、二人に注目する。
どうも、この二人はそりが合わないらしい。いや、マルフォイがハリーを毛嫌いしていろいろなことを仕掛けているように見える。それは、構ってほしいといっている子供にも見えるのだが、それは俺の精神年齢故だろう。
マルフォイがにやりと笑った。
そして思い出し玉をめぐる対決になる。ハーマイオニーが止めるが、ハリーは聞く耳を持たなかった。
前の俺なら、止めただろうな。
ふと、そう思った。教師としてホグワーツにいた時代なら、こんな争いは無駄だといって、止めていただろう。しかし、今はそんな気もおきない。これが責任の差だろうか。
マルフォイを追いかけて飛んだハリーが、マルフォイによって投げられた思い出し玉を猛スピードで追いかけてキャッチした。それは、箒が初めてだと授業前に不安そうにしていた生徒と同一人物とは思えなかった。
ハリーが草の上に転がるようにして軟着陸すると、マクゴナガル先生が厳しい顔で走ってくる。パチルとロンがハリーを擁護しようとしたが、マクゴナガルはそれを一刀両断し、ハリーを連れ出した。
マルフォイたちは勝ち誇った顔をしていたが、わかっているのだろうか。マダム・フーチが帰ってきてこのことを知れば、おそらく彼らもただでは済まないだろう。
彼女はグリフィンドールとスリザリンに対しての寮贔屓は少なくとも見られなかったのだから。
大広間に入ると、ハリーたちの前にはなぜかマルフォイご一行がいた。
「魔法使いの決闘なんて聞いたこともないんじゃないの?」
マルフォイが小ばかにすると、ロンが言い返す。
「もちろんあるさ。僕が介添え人をする。お前のは誰だい?」
話しの断片を聞く限り、決闘の話らしい。
昔はサラと随分と杖を向け合った。俺たちにとっては喧嘩にもならない程度だったけれど、そのたびにロウェナた飛んできて怒り、ヘルガが俺たち三人の間でおろおろしていた。
「クラッブだ、真夜中でいいね?トロフィー室にしよう。いつも鍵が開いてるんでね」
「へえ。決闘なら俺も相手になろうか?」
マルフォイの後ろから抱きつくようにして、耳元に息を吹きかける。
大げさなほどにはねたマルフォイが顔を真っ赤にさせて俺のほうに振り返った。
「なっ!お前はっ」
「決闘をご所望なら、俺も相手になるぜ?」
「離せ!お前なんか僕の足元にも及ぶわけないだろう!」
耳を抑えながら俺から離れたマルフォイは、最後にハリーにトロフィー室だぞと言い置いて去っていった。
ありゃ、嘘だな。きっと来ない。
肩をすくめながら、ハリーたちの隣に座る。
「祐希!遅かったね」
「ああ。ちょっと友人と話し込んでたんだ」
「へえ?あ、そういえば、祐希も魔法使いの 決闘って知ってるの?」
「あー…まあ、本で読んだ程度にはね」
「大丈夫さ。死ぬのは本当の魔法使い同士の本格的な決闘の場合だけだよ」
ロンが不安そうなハリーをフォローするのを聞きながら、食事を勧めていく。孤児院にいたころは、こんなにもたくさんの料理が出ることはなかったから、育ち盛りにはとてもありがたい。
ただ、太っちまいそうだから、運動もしなきゃいけないよな。
「ちょっと失礼」
3人で顔をあげると、今度はハーマイオニーが俺たちの前に立った。
「聞くつもりはなかったんだけど。あなたとマルフォイの話が聞こえちゃったの」
「聞くつもりがあったんじゃないの」
ロンがつぶやいた。
「夜、校内をウロウロするのは絶対にダメ。もし捕まったらグリフィンドールが何点減点されるか考えてよ。それに捕まるに決まってるわ。まったくなんて自分勝手なの」
ハーマイオニーは言いたいことだけいいきると、フンと鼻を鳴らして去っていく。
寮に戻った後は、ロンの決闘講座を右から左に聞き流しながら本を読んでいた。
「祐希も来る?」
ハリーが不安げに聞いてくる。その声は、来てくれるよね?と言っていた。
「俺はいいや。眠いし、ガキの決闘見ても面白いものはないだろ」
「でも…」
「それに、たぶんマルフォイは来ないんじゃないか?あのお坊ちゃんが夜中にこのために抜け出してくるとは思えない」
「祐希なんてほっといて行こう。ハリー」
随分な物言いだな。と思いながら苦笑して、立ち上がった二人を見送る。
でも、本当に一年生の決闘なんて見ても、じれったくなるだけだ。それだったら、サラでもつれてきて実戦したほうがよっぽど充実しているだろう。
ベッドの中に横になり、ふと、思う。
そういえば、ネビルのベッドがもぬけの殻だけど、どこいったんだ?