人生幸福論 | ナノ


06:創始者の部屋  




目の前の扉の中心には、手のひらサイズの模様が入っている。その模様は、王冠と、その王冠を囲うようにしてライオン、ヘビ、アナグマ、ワシが鎮座している。


その扉を前にして、俺はまだこの扉があったことに頬をゆるめた。


「汝の名は、ホグワーツ」


唱えてみても何も起こらない。さすがに、ゴドリックの姿でも声でもないために反応しないらしい。


一つため息をついて、再び口を開く。


「我、ここに帰還したものなり。汝をつくりしこの声を聞き届けよ。我は金の獅子より授かりし勇気と牙を持ち立ち向かう騎士なり」


王冠の周りにいたうちの獅子が目を開く。こちらを見ると大きく吠えている口を動かした。ライオンの遠吠えがしたかと思うとカチャリと鍵の開く音。


獅子は再び眠りについた。


扉を押し開く。


木戸は軋んでいたが、まだしっかりしている。


中に入ると懐かしい部屋がそこにはあった。


中央に備え付けられた丸テーブルには、四つの椅子が置かれている。


奥には暖炉もある。そんなに広くはないが、一人暮らしぐらいにはちょうどいいぐらいの大きさだろう。暖炉の上には大きな絵画があり、そこにはホグワーツ城が描かれている。


思ったよりほこりっっぽくなかった。


杖を一振りして部屋のほこりっぽさを払う。


定位置に腰を下ろすと、天井を見上げた。


天井は中央に向かって伸びるように円錐になっていて、実際より天井が高く見える。


この部屋は寮をつくったのちの、われら四人による会議をするために設けられた部屋だった。


職員室は別にある。校長室もある。しかし、そのどちらも利用されることは少なかった。


まず、校長室は職員も出入りできる。それに、誰が校長と決められていたわけでもない。一応の目印のために校長室を作ってはいたが、そこに4人がいることは少なかった。


この部屋は、ゴドリック、サラザール、ロウェナ、ヘルガのみが入ることのできる部屋。共通した合言葉が一つと、その合言葉を忘れたとき用にそれぞれで秘密の合言葉がある。


といっても、だいたい4人は4人共の合言葉をなんとなく把握しているのだが。


この場所はわれら4人だけの場所であり、何物にも犯されることのない場所だ。生徒ですら立ち入らせたことはない。


そして、再会するならこの場所だろうと思っていた。


この場所に入れたものこそ、彼らの生まれ変わりなのだ。


「……でも、短縮できないのは面倒だな」


あの長ったらしい合言葉を言うのは面倒で仕方がない。


しかし、仕方がないかもしれない。ゴドリックとして生きたのはかつてであり、今は祐希という名前で生をうけている。そのどちらも自分自身だといえる。


「誰か、来ないかな」


よくここでいろんな話をした。


ここはいつしか俺たち全員の憩いの場になっていた。自身の部屋以外で唯一気を張らずにくつろげる場所だった。


サラと呼んだ時、少しだけ緩む目元。


赤い瞳を生徒たちは怖がっていたけれど、俺にしてみればとても綺麗で、グリフィンドールカラーだよなとか思ったりした。


ただ、言えばきっと気分を害してしまうから言わなかったけど。


それでも、下らないことにもなんだかんだで付き合ってくれたりするサラが好きで、呆れつつも助言してくれるロウェナが大切で、なんでも受け入れて笑ってくれるヘルガが可愛くて、ここにいることがとても好きだった。


ここでの日々が大切だった。


来世でも彼らに会いたいと思うほどに。


唐突に扉が開いた。


そこには息を切らせた女性が立っていた。


ブロンドの髪は走ってきたからだろう、乱れている。その瞳はハリーのようなエメラルドグリーンだった。座る俺に目を向けると、彼女は目を見開いた後、くしゃりと顔をゆがめた。


ほら、やっぱり会えた。


「久しぶりだね。…ロウェナと呼んでもいいのかな。この場合」


首をかしげると彼女は息を大きく吸い込んだ。彼女の怒鳴り声が久しぶりに聞くことになるのかと思ったら、彼女は逡巡したのち、肩を落とした。


そして、苦笑する。


「久しぶりですね。ゴドリック、と呼ぶべきですか?それとも祐希?」


椅子から立ち上がる。そして、彼女に手を広げた。


今は俺よりも少しだけ背の高い彼女が俺の腕の中に飛び込んでくる。


髪がふわりと触れる。


腕の中に舞い込んだ女性の姿にああ、変わっていないなと思った。その物言いも、彼女の雰囲気も。


「またあえて嬉しいよ。ロウェナ」

「私もです。ゴドリック。私だけ先に入学して、会えるか不安だったんですよ」

「行っただろう?来世でも絶対に会えるって」

「それを言っていたのは貴方だけでしょう。私たちは本当にまた会えるとは思っていませんでしたよ。前世の記憶なんて持って生まれるとはおもわなかった」

「ハハッ、でも、俺は覚えていられてうれしいよ」

「…そうですね。こうして貴方にまた会えたのです。私も、再会できてとてもうれしいです」


少し俺より背の高いロウェナに微笑む。


ロウェナも微笑みを浮かべた。おそらく彼女も、今は血族とはまったく関係ない家に生まれているのだろう。


「ロウェナ、今の名前を聞いても?」

「ええ。ロウェナとこの学校で呼ばれるのはいささか不味いですからね。今は、アルウィーン・キンスといいます。アリィと呼んでください」

「アリィだね。俺は知ってるみたいだけど、祐希・赤司だ。一応日本人かな」

「ああ、日本なんですね。アジアのようだとは組み分けをみて思っていましたが」


にこにこと話すロウェナ、いや、アリィに俺も笑って返す。


「俺も、まさか日本に生まれるとは思わなかった。一時期は、こっちには来れないんじゃないかと思っていたんだ。俺は、孤児だったからね」

「孤児?」

「そう。でも、体は子供で、頭は大人と同じ考えができるから、別に苦ではなかったかな」

「…そうですか」


眉を下げるアリィ。やはり彼女は優しく聡明であるらしい。


「そういえば、アリィはもちろんレイブンクローだよな?」

「ええ。もちろん。グリフィンドール寮はどうですか?」

「なんだか不思議だね。俺たちがつくった学校にこうして生徒として授業を受けるなんて」

「ええ。本当に。しかしいい復習にもなりますし、あのころにはなかった魔法がたくさん増えていて楽しいですよ」

「そうだな」


相変わらず勤勉なようだ。


あのころとはお互い容姿は変わってしまったけれど、こうして話せばやはり変わらない。変わらずに話せることが、とてもうれしかった。


二人でしばらく抱き合ったまま話しに花を咲かせていると、再び扉が開かれた。二人して振り返ると、扉にはサルヴァトアが扉を押し開いた格好のまま立っている。


「……邪魔したか」


その言葉を理解するよりさきに体を突き飛ばされた。


「痛っ」

「サラザール!違います!これはっ!」


顔を真っ赤にして必死に弁解するロウェナにしりもちをついたおしりをさすりながら苦笑する。


「ちょっと、ロウェナ。俺にも謝罪の言葉が欲しいんだけど」

「それより誤解を解く方が先です!」

「…サラもロウェをからかうなよ。彼女そういう冗談通じないんだから」

「そのようだな」


不遜な態度で入ってきたのはサルヴァトア。


金髪に、深い蒼い瞳を持っていた。あのころとは正反対の色だ。


いまだに痛むお尻をさすりながら立ち上がる。


そして彼の前に歩み寄った。


「わが友サラザール。久しぶり」


彼を静かに抱きしめた。


わずかにこわばっていた体から力が抜ける。ゆるりと彼の腕が持ち上がり俺の背に回された。


「まさか、貴様の言うとおりになるとはな」

「ハハッ、でもうれしいだろう?」

「フン」

「俺はうれしいよ。こうして君たちにまた出会えたことが。サラ」

「…そう呼ばれるのも久しぶりだ」


体を放して、彼の顔をみる。碧眼がわずかに細められる。変わっていない。容姿は変わってしまったが、彼の表情も、雰囲気もやはり変わっていないようだった。


「サラザール。私も、貴方にまたこうしてあえて嬉しいです」

「ロウェナか。まさか先に生まれているとはな」

「もしかして、サラも帽子から聞いた?」

「ああ。お前のこともな」

「でも、聞く前にわかっただろう?」

「当たり前だ」


フンと鼻を鳴らすサラだが、その目元は若干赤く染まったのを見逃せなかった。きっと彼の表情は、長年連れ添った相手でなければ見分けることは難しいだろう。しかし、見分けられるようになってしまえば、彼の言葉以上にその感情を伝えてくれる。


「さて、あとはヘルガなわけだけど…」

「まだ入学していないようですね。私も二年間探したのですが…」

「あ、そういえば、アリィはよく俺がここに来たってわかったね?」

「アリィ?」


疑問を口にしたのはサラだった。


「私のことですよ。サラザール。今はアルウィーン・キンスという名になっているんです」

「なるほど。俺はサルヴァトア・クリフデンとなっている。そのままサラでいい」

「あ、本当だ。変わらないんだな」

「お前は容姿もまったく変わったな。アジア系か?」

「そう。日本人。俺も生まれたときは驚いたよ」


肩をすくめる。


日本人で、しかも孤児だとわかったときの衝撃は半端なかった。


しかし、孤児だったからこそ、好きにさせてくれたのはよかったのかもしれない。


「それで、私がどうしてここに祐希が来たことがわかったかといいますと」


ロウェナことアリィが話を戻した。


「一昨年この学校に入学した際に、ここに入ったんです。でも、埃をかぶっていてとても、誰かが来た痕跡は見当たりませんでした。一応掃除をして、あとは、扉に魔法をかけておいたんです。この扉が開いたらわかるように。それで、今日、反応があったんで急いできたんですよ」

「なるほど。ロウェから来てくれてよかった。どうやって探そうかと思ってたんだ。組み分け帽子は二学年上のレイブンクローにいるとしか教えてくれなくてね」


本当に、よかった。これで探す手間が省けたのだから。


「それで?あなたたちはこれからこの学校でどう過ごすつもりなんですか?」

「どうって?」


サラと顔を見合わせる。突然本題に入ったロウェは真剣な面持ちだった。


「私たちは、もう創設者ではありません。ここの教員でもなければ、今はなんの責任もない。自由だということです」

「…そうだね」

「それが?」


サラが早く話せと言外に促す。


「ハリー・ポッターとヴォルデモートの戦いを知っていますか?」

「ああ、そういえばヴォルデモートってサラの末裔らしいね」

「………」


サラはむつりと黙り込んだままだ。


「ダンブルドアとヴォルデモートは長きにわたり戦っていました。その戦いに一時的に休止符を打ったのがハリー・ポッターです」

「そうなの?」

「知らないんですか?」

「言っただろう?俺はずっと日本にいて、しかもマグルの孤児院にいたんだ。こっちのことなんて風の噂にも聞かなかったよ」

「孤児なのか」

「そう。俺もびっくりさ。サラの家系は?」

「貴族だ」

「ってことは、あまり立場は変わらず、か」


サラザールはもともと、貴族の出だった。そのため、城での立ち振る舞いなど一番様になっていたといえよう。俺なんかは農民の出だから、そういう意味ではサラとは正反対な。


「話を戻しますよ?」

「ああ、休止符を打ったのがハリーだっけ?休止符ってことは、ヴォルデモートは死んでないんだ?」

「おそらく。そして、ダンブルドアは必ず彼の人の息の根を止めるために画策するでしょう。なぜなら、彼の人に対抗できるのは私たちをのぞき彼しかいない」

「ロウェがそこまで絶賛するなんて、ダンブルドアってすごい人なんだな」

「彼ほど食えない人間に会ったことがありませんよ」


ダンブルドアを見たのはカードの中と、大広間だけだ。その時でも、ちょっとした注意事項の他は変な爺さんという印象しか抱かなかった。たしかに、抜け目のない目をしてはいるが、聡明なロウェナをここまで言わせる人物というのはひどく稀だ。


「うーん。サラはどうするんだ?」

「なぜ俺に振る?」

「だって、そのヴォルデモートって君の末裔だろ?つまり君の親戚だ」

「…死んだあとのことにまで責任は持てん」

「そりゃそうだけどさ」

「俺は関わらんぞ」

「えー、そうなのか?」

「そいつがホグワーツを崩しにかかるというなら話は別だが、そのポッターとやらを殺そうが、ダンブルドアとどうしようが俺には関係ない」

「まあ、ホグワーツに関しては同意見かな。創設したのに、簡単に崩されるなんて、むかつくよね。ロウェはどうするつもりだったの?」

「私は…。私もおそらくダンブルドアがいる限りありえないでしょうが、もしこのホグワーツが崩れるような事態があれば、最善をつくして動きましょう。ですが、今は新しい知識をいれることに精を出しています」

「貴様はまだ勉強するのか」


サラが呆れたようにロウェを見る。


「いつになっても知識は最大の宝ですよ」


ロウェナが誇らしげに胸を張る。


「んー、じゃあ、とりあえずこの話は保留ってことで。ダンブルドアの出方もうかがいつつ、ホグワーツに危害がない限りは各々自由に」

「そうですね。それにヘルガもいませんし」

「そうだよ。ホグワーツのことを決めるならば全員賛成じゃないといけないからね」


ロウェナににやりと笑えば、彼女もおかしそうにわらった。


それからしばらく談笑して、夕飯の時間になるため3人で部屋を出た。鍵は自動的に閉まるようになっている。


一緒に行くと、寮の問題などでいろいろややこしいため、一応三人共別々に行くことになった。堂々と行動するにはまだ早すぎる。ちょっと寂しくはあったが、今後のことまで考えると今は別行動の方がいい。


そして、俺たちは別々に大広間へ向かった。


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