寮部屋は、ハリーやロンと同じだった。ちなみにネビルもいる。
食事が終わったあと、よくわからない校歌を歌い(以前はそんなものなかった)、帰り際にサルヴァトアを探したが見つけられなかった。
仕方がないと、その晩はすぐに眠った。
次の日からは大変だった。
ゴドリック・グリフィンドールであったために、魔法の勉強のほとんどは終わっているのと同じだった。特に、一年生の授業は初歩も初歩なため、暇でしょうがなかった。
動く階段もロウェナがかけた仕掛けであり、昔と変わっていないため癖もしりつくしている。
ただ、壁にかかっている絵画は、やはり知っているものもあれば知らないものもあり、たまり、扉のふりをしている壁なんかもあったりして、これには参ってしまった。
それと、なんといってもピーブズだ。ポルターガイストのピーブズはとんだ悪戯好きだった。他のゴーストとはちょっと違い、物を動かせるために余計に面倒だった。
授業も以前よりは格段に多くなっていた。
創設時は、4人で先生をしていたのだが、生徒も増え、寮をつくり、先生も増やした。そのころから、少しずつ教科も増やしてはいたのだが、魔法史なんかはあのころはなかった授業だ。
先生がゴーストというのにはさすがに驚いたが、彼の口から語られる創設者たちの話は、気恥ずかしいものがあって聞いていられなかった。
聞きながらあのころは若かったんだ。と誰にともなく言い訳をして、自分がそのころよりずっと若いことを思い出し苦笑した。
呪文を使う系の授業は、いかに下手に見せるかに気をつかった。かといって壊滅的ではなく、ちょっと直せばできるような間違い程度にとどめ、周りをみながら成功させていくことに神経をつかっていた。
もう一つ、魔法薬学も手を焼くことになる。
あのころより、薬学の研究が進んでいるため、教科書をよむかぎりでも、薬の作り方や、薬草の特効などが記憶とは全然違うのだ。
こういうのは何十年何百年かけて日々進歩していく。
さまざまな研究者が、何百と失敗を繰り返し一つの薬をつくっていくために、進化していくことはわかっているが、一度覚えた効能などに上書きして新しいことを覚えるのは思った以上に困難になりそうだった。
しかし、一つ、うれしいことがあった。
この授業はスリザリンと合同なのだ。
やっとサルヴァトアと話ができるかもしれないと思うと、魔法薬学が楽しみになった。
魔法薬学の授業は地下牢で行われた。ここは城の中にある教室より寒く、壁にずらりと並んだガラス瓶のなかでアルコール漬けの動物がプカプカしていなかったとしても十分気味が悪かった。
なんで、地下牢なんてつくったんだっけ?と思い出そうとして、この地下牢はもとからあったことを思い出した。
地下牢なんてそうそう使わないためすっかり忘れていた。
確か、昔肝試しなどで夜に仕掛けを施してイベントを開いたっけ。
あの時はサラザールがSっ気を発揮してしまって、いやにリアリティのある肝試しになって大変だった。
いやはや、懐かしい。
地下牢に行く途中、サルヴァトアを見かけた。彼もこちらに気づいたが、すぐに視線をそらされてしまった。
スリザリンとグリフィンドールはいつの間にか深い確執が生まれたらしい。聞くところによると、それは俺とサラザールの不仲が招いた結果だとかなんとか。
そんな不仲だったか?と首をかしげたが、最近分かったのは、あの大ゲンカの時だ。俺とサラザールで大ゲンカして、サラザールが城を出て行った。
あれが一番長い喧嘩だった。ロウェもヘルも何度もわけを訪ねてきたし、何度も連れ戻しにサラのもとへ赴いていたが、連れ戻すことはできなかった。
でも、歴史には記されていないが、俺たちはちゃんと仲直りを果たしている。
一度、二人で学校に顔を出すべきだったな。と思ったが、すでに後の祭りだ。
スリザリン寮は選民意識の強い純潔主義者になっているし、グリフィンドールは勇気あるものであるがゆえの傲慢さも垣間見え、そりがまったく合わないらしい。というより、先入観からくる固定観念にとらわれて双方ともに歩み寄ろうともしていない状態だということが、ここ数日ではっきりわかった。
そんな状態で話しかけに行けば、俺もサルヴァトアも視線によって針のむしろにされることだろう。
しかたなく、グリフィンドール生が多く座る席にいき、ネビルの隣に座った。
魔法薬学はスネイプ教授の担当だった。彼はスリザリンの寮監督らしい。ねっとりした黒髪に、鉤鼻が特徴的だ。彼は、マグルの中で育った俺に魔法界のこととホグワーツのことを説明しにきた教師でもある。だから、顔も、彼の性格も少しだけ知っていた。
彼はヴァリトンボイスで次々に生徒の名前を呼んでいき、ハリーのところでちょっと止まった。
「ああ、さよう。ハリー・ポッター。われらが新しい、スターだね」
スリザリンの一部が冷やかし笑いをした。先生も同じように薄笑いを浮かべている。しかし、眼は全く笑っていない。ハリーをみつめる黒い双眼は冷たく光っている。
「このクラスでは魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん」
スネイプが教室内を見回す。ゆっくりした歩調で生徒の合間を歩きながら、その声は静まり返った教室で大きく響いた。
「フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這いめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解することは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰にし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」
ああ、この教師はとても“できる”教師だ。
直感でそう思った。
よく魔法薬を理解し、そして好いている。そうでなければこんな演説などできやしない。ハリーの名前に反応したところや、周りの噂を聞くに、根っからの今のスリザリンにふさわしいと言えるかもしれないが、彼は立派な教師のようにうつった。
何より、久しぶりに授業でわくわくしたのだ。
はやく彼の教えで魔法薬をつくってみたい。
「ポッター!」
突然スネイプがハリーを呼んだ。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えるとなんになるか?」
ハリーが目をぱちくりさせる。
あたりまえだろう。教科書の最後の方にちらっと乗っているだけだ。
スネイプを見ると、至極楽しそうだった。彼はハリーに何かしら恨みがあるのだろうか。そう思わせるほどに彼の表情は生き生きしているように見える。
それからも、スネイプはいくつか難しい問題をだし、手を上げるハーマイオニーを無視したあと、答えられなかったハリーに丁寧に答えを教えて差し上げていた。
なんとも陰湿な。
思わず呆れていると、ふと、サルヴァトアと目があった。
苦笑を浮かべると、彼は無表情のままスネイプへ顔をむける。
サルヴァトアの前にすわるドラコ・マルフォイたちはにやにやとスネイプを見ていた。その顔はもっといじめてやれと言っている。
「ポッター。君の無礼な態度でグリフィンドール一点減点」
スネイプの容赦ない言葉が飛んだ。
そのあと、スネイプは二人組にさせ、授業を開始させた。おできを治す簡単な薬の調合だった。
おでき薬に関しては、以前と変わらないらしい。作り方をよく読んでから、ネビルと作業を始める。ネビルの手つきはたどたどしく、見ていて危なっかしかった。
「あ、ネビル。ストップ」
山嵐の針をつかんだネビルの腕をつかむ。
「え?」
「まず大鍋を火からおろさないと。おできまみれになるのは嫌だろ」
「そ、そうなんだ…」
呆然と自身の手の中にある山嵐の針をみつめるネビルにちょっと笑ってから、大鍋を火からおろす。そして、山嵐の針をいれるように指示をして、二人でなんとか作り上げた。
途中、見まわってきたスネイプに、角ナメクジの湯でかげんが悪いとか注意されたが、ほぼ全員が注意されていたため気にもしなかった。
薬品を見せに行くと先生は眉をしかめたが、それ以上は何もいわなかったため、とりあえず大丈夫なのだろう。
ネビルと、出来上がったことに安堵の息をつき、地下牢教室をあとにした。
「祐希。今からハグリッドの小屋にいくんだけど、祐希も行かない?」
「ハグリッドの?」
「そう。今日誘われたんだ」
禁じられた森の近くにあるというハグリッドの小屋。気にはなったけれど、それよりも行きたい場所があった。
「ごめん。今日はやめておくよ。また、誘って」
「そっか」
「ごめんな」