病院の周りに生えてる木に、チカチカと光るイルミネーションがぐるりと巻かれていた。ここのところは真面目にサッカーの練習をしているので病院に来る回数が減っていて、いつもと違うその光景に目を見張らせた。何故だろうかと考えながら院内に足を踏み入れると、メリークリスマスと子供の字で書かれた大きな画用紙が貼られていた。それを見て漸く納得する。そうか、今日は12月25日だったか。
壁に貼られたそれは普通の内容に見えたが、よく見るとサンタへのお願いに「元気な体」や「強い心臓」、「自由に動く体」「学校の友達」という事が書かれていて、ここが病院であることにはっとさせられる。

正面玄関を通り抜け、いつものようにエレベーターを使って兄さんのいる個室に足を向ける。扉の前に立ち、ノックをしようと拳を出したところで、中から笑い声が聞こえてきた。それが誰かわかってしまったので入りづらいと思いながら、兄さんの顔見たさに控え目にノックをした。

「京介。」
「京介くん!久しぶり!」

やっぱりな、と思って軽く会釈をし、扉の側に置いてあるパイプ椅子をベッドサイドにいる先客の隣に広げて座った。兄さんは室内なのに、マフラーをしていた。

「京介、どうかな。これ、なまえがくれたんだ」
「…赤か。似合ってるよ、兄さん」
「だって、なまえ。」
「ふふ、ありがとう!」

マフラーの似合う兄さんを褒めただけでお前は褒めてねぇと心の中で悪態をつきながら視線を床へ落とした。
なまえと言うのは、3ヵ月前まで兄さんと同じ成形外科に入院してた患者のこと。兄さんとタメの女。それだけならどれだけ良かった事か。

「今日も調子いいし、外に出ようかな」
「…やめなよ優一。何かあったらどうするの?外、すごく寒いし…」
「なまえがくれたマフラーがあるから大丈夫だよ。それに俺、脚以外は結構元気だし」
「もう、優一…」

なまえの前じゃ兄さんはずっと嬉しそうな顔だ。何てったって、自分の彼女なんだからな。なまえは兄さんの彼女。俺はそれに納得がいってなかった。兄さんと関係が出来てから自分は腕の骨折を早々に治して退院した。ずっと病院にいる兄さんの気持ちを考えた事がないのだろうか。
コイツが退院してから兄さんが何度「なまえと並んで街を歩きたい」と言っていたかわからないぐらい、兄さんは自分の動かない脚を悔やみ始めた。それは、俺の罪悪感を増長させ、暗い気持ちにさせる。

単刀直入に言うと、なまえが大嫌いだ。そんな事は、もちろん兄さんには言えないけど。

しばらく兄さんとなまえの会話を横で聞き、楽しそうな兄さんを見てほっとしたので俺は途中で帰ると言って立ち上がった。するとソイツも一緒に帰ると言うので俺は2人に聞こえないよう舌打ちをする。一緒に帰るなんてまっぴらごめんだ。なまえと病室を出て、兄さんから見えなくなった途端引き離すように早足で歩けば、後ろから待ってよ!と言う声がする。それがふざけた口調なら無視したが、それは至極真剣な声で、俺は思わず立ち止まってしまった。追い付いたなまえが俺の顔を覗き込んで、言う。

「…一緒に帰ろう、京介くん。」

今度は目を見て舌打ちをしてやった。するとなまえは不気味にも笑ってみせた。ここで立ち話もなんだからと言って、とりあえず並んで病院から出た。なんとなく振り切れる雰囲気じゃなく、ついて行くしかなかったのでそのまま自然とソイツの背中を追うと、俺と兄さんがよく話す木の下に辿り着いた。

「メリークリスマス。これ、京介くんに。」
「あ?」
「…お兄さんにだけあげるのは、京介くんに失礼かなと思って。」
「いらねえよ。俺の機嫌取りだろ?」
「君はとことん私が嫌いなんだね」
「あぁ嫌いだよ。わかってんなら絡んでくるな、胸糞悪い。」

丁寧にラッピングされた袋は、なまえの鞄の中で揉まれたのか少しよれていた。受け取る気はさらさらないのでどうでもいいと思った。

「…機嫌取りじゃないよ。だってどんな機嫌取りをしても京介くんは私がお兄さんと絡んでる以上嫌いであり続けるでしょ?そんな不毛な事しないよ」
「よくわかってんじゃねえか。じゃあ何でこんなもん…」
「これは、謝罪…かな。」
「謝罪?」

眉を顰めてそう返すと、なまえは困ったように笑った。よく見せるその顔も、俺は嫌いだった。それからすうと息を吸って、なまえは言葉を紡いだ。

「京介くんからお兄さんを奪ってしまった謝罪。」

その一言は、なぜかとてもはっきりと俺の耳に届き、脳に深く刻み込まれた。ただぼんやりとなまえの目を見つめていると、ソイツは俺に無理やりプレゼントを押し付けた。落ちそうになったそれを思わず掴んでしまい、結果的にはもらってしまう形になる。

「ごめんね。中に手紙入れたから、できれば読んで欲しいな」
「…」
「じゃあね。今年はもう多分会わないよね…よいお年を。」

それだけ言ってなまえは背中を向けて帰って行った。俺は何も言えなかった。

姿が見えなくなってから、俺は袋を開けた。中には言うとおり四つ折りにされた手紙と、もう1枚紙に包まれたプレゼントの中身が入っていた。手紙だけを取り出し、あとは脇に挟んだ。
手紙には、色々な事が書いてあった。

兄さんの脚が不自由になった理由を聞いたときに俺がどうして兄さんに尽くすのかがわかっただとか、俺は悪くないから罪悪感を背負う必要はないとか、兄さんと関わった事で兄さんの発言が変わり、更に俺を苦しめる事になっていることの詫びとか、私の事は嫌いでも仕方ないとか、わかってるよ、とか、色々。そして俺は最後の一文を読んで、手紙を握り潰した。

『色々書いたけど、最後に言わせてね。京介くんの大好きなお兄さんを奪ってしまって本当にごめんなさい。』

どうしてコイツは俺の全部が見えてんだよ。どうして俺の言って欲しい事を言うんだよ。だから嫌いなんだ。あの見透かしたような目や表情、笑顔。腹が立つんだ。俺はなまえが嫌いだ。全部わかってるみたいな顔して、本当に全部わかってるから。
最後の言葉は、ただ恥ずかしかった。兄を奪われて感じた嫉妬心を見透かされていたことが。今すぐ泣き出したいような、走り出したいような、複雑な気持ちが俺を襲う。落ち着くために数回深呼吸し、渋々もらってしまったプレゼントも開封した。
中身は、指先のない真っ赤な手袋だった。挟まれていたメッセージカードが地面に落ちたので反射的に拾ってそれを読む。

『お兄さんとお揃いのイメージで買いました。あと、前に手袋をはめて携帯を打つ姿を見たときに不便そうに見えたので。これならメールも簡単に打てるよ。気に入ってくれたら嬉しいな!』

兄さんとお揃い、そう聞いた途端捨ててやろうと言う気持ちが無くなった自分が嫌になる。なまえがまた、笑った気がした。

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