ご近所の山野さんちにお父さんが帰って来た。亡くなったと聞かされていたのでとても驚いたのだけれど、バンが嬉しそうに父親の話をするので、詳しい事はどうでもよくなった。
そして山野家に新しい家族も増えた。養子とかなんとかで、あの海道グループのジンくんが引き取られたらしい。そこの詳しい話もよく知らないけど、以前の母子家庭だった頃の山野家に比べて笑顔が増えたので良しとする。

山野家のインターホンを押すと、はい、という低めの男の子の声が答えた。バンじゃないと言う事はジンくんだろう。

「あ、なまえですけど。真理絵さんいらっしゃいますか?」
『今夕飯の買い物に出掛けてます』
「そうですか…」
『すぐ帰って来ると思うので中で待ちますか?』
「そうですね、お願いします」

そう答えると、玄関の扉が開かれた。控え目にどうぞ、と言うジンくんは随分山野家に馴染んだような気がする。
お言葉に甘えてお邪魔すると、ジンくんはお茶を入れてくれた。バンは?と聞くと父親と出掛けてると答えてくれた。軽く雑談を交わしていると、間もなく真理絵さんが帰ってきた。

「お帰りなさい」
「ただいまー。あら、なまえちゃんじゃない、どうしたの?」
「こんばんは。今年のクリスマス会の話がしたくて」
「あぁ、もうそんな時期なのね」

この地域では毎年ボランティアを募って様々な行事を行っている。主に子供に楽しんでもらう事が目的で、お母さん方を中心に活動している。私も幼い頃このイベントで楽しませてもらったので、高校生になった時から楽しませる側に回っている。今では立派に運営するまでになった。

「今お時間平気ですか?」
「ジンくん、夕飯少し遅れても大丈夫?」
「はい、おやつも頂きましたし平気です」
「そう、じゃ少し話しましょうか」
「はい」

作成した書類を広げて真理絵さんに説明をする。毎年同じような形なので基本は固まっているが、今年は小学生以上にも楽しめる工夫をしたいという旨を伝えて意見交換を求めた。
そんな話をしている横でジンくんが珍しくそわそわしている。ちらりと見やるとジンくんは気まずそうに視線を反らした。

「ジンくん、気になるの?」
「あ、いや、その」
「クリスマス会。知らない?」
「…クリスマスは、毎年知らない大人に囲まれる、つまらないものでしたから…いい思い出がありません」
「そっか。今年はいい思い出が作れたらいいね。ジンくんのためにも頑張るよ!」

今日はこれぐらいで、と30分ほどで切り上げて私は立ち上がった。主婦は忙しいので長い時間を裂かせる訳にはいかない。その代わり長期的に、じっくりと企画を進めていく。ジンくんのためにも今年は今まで以上に楽しい企画にしたい。ジンくんの白と黒の頭を撫でると、少し恥ずかしそうに笑った。







真理絵さん以外にも川村さんの奥さんや、近所のお母さん方、お父さん方の協力を経てクリスマス会の企画はほとんど固まった。新しい嗜好も取り入れ、今年は楽しくなりそうだ。
クリスマスを1週間後に控えた今日、私は一軒一軒クリスマス会の招待状を配っている。ほとんどポストに入れるだけだけど、協力してくれているご家庭にはインターホンを鳴らして手渡しで渡すようにしている。私は山野家のインターホンを押した。

『はい』
「バン?なまえだけど…」

名乗るやいなやブツリと切られ、ありゃ?と思うとバタバタという音と共に勢い良く扉が開かれた。

「なまえさん!久しぶり!」
「わっ!ちょっとちょっと!」

バンが私に向けて走ってきてぎゅうと抱き付いて来る。抱き締めかえすよりも早く離れ、手を引っ張って家に引きずりこまれた。バンのこの懐きっぷりには理由があり、バンが幼い頃どうしても真理絵さんが家を空けなきゃいけない時によく面倒を見てあげたから。私もバンは弟みたいな存在だし、バンも姉のように懐いてくれている。中学生になってもそれは変わらないようで嬉しいような、そろそろ私離れした方がいいとも思うような。少し複雑だ。

「この前うちに来たってジンから聞いてずっと会いたかったんだ!」
「あの時バン出掛けてたからねー」
「もー、タイミング悪すぎだよ」
「あはは、家近いんだからいつでも会えるよ?」
「けど全然会えてない!」

玄関からさらにずるずるとリビングまで引っ張られバンとあれこれ話していると音を聞いて気になったのか上からジンくんが降りてきた。

「なまえさん、こんにちは」
「こんにちはジンくん」
「なまえさん今日は何の用事?!俺に会いに来てくれたの?」
「半分そんなものかな?」

鞄からクリスマス会の招待状を出してバンに渡すと目をキラキラと輝かせて楽しみだなぁと言う。そんなバンから視線を外し、招待状をジンくんにも渡した。

「…僕にも、ですか?」
「当たり前じゃない、だって山野ジンくんでしょ?参加できるに決まってるじゃない!」
「クリスマス会……」
「きっと楽しい思い出作れるよ!色々頑張って考えたからね!」
「ありがとうございます…っ」

ジンくんは私の手をぎゅっと握って微笑んだ。よしよしと頭を撫でてあげると、くすぐったいような笑顔を零した。

「あっずるいジン!なまえさんだけは絶対に譲らないから!」
「いや、そんな訳じゃ…」
「はいはいバンもよしよーし」
「もうっ変な子供扱いはやめてよ!」

バンが頬を膨らませて拗ねるので、つんとつつくとぷすすと空気が漏れ出す。可笑しくてクスクス笑うとバンも恥ずかしそうに笑った。
今年はバンともう1人、ジンくんと言う新しい男の子が増えた。2人は、この町の子供達はみんな楽しんでくれるだろうか?来週のクリスマス会、とても楽しみだ。


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