自分のペースでゆるりとした毎日を過ごし、ラーメンを作って客に出す。地元密着型と言うか、あまり流行ってはいないが顔を見知ってしまった常連客がほとんどという営業スタイルだ。
そんな常連客の中の1人、若い女の子がいる。そいつは毎週決まって火、木の午後8時に現れる。いつも一言二言交わすだけだから彼女の日常生活は全く見えて来ないのだが、左手の薬指にきらりと光る物を見る限り、既婚者か恋人がいるかなんだろうなぁと思う。

「ご馳走様。今日も美味しかったわ」

12月22日の木曜日、チャーシュー麺を食べ終わった彼女はふきんで唇を拭いながら発言した。「あぁ、いつもどうも」と返すとにっこり笑った。

「大将、今何か欲しい物とかありますか?」
「え?」
「欲しい物です」
「…急にそんな事を聞かれてもなァ」

キッチンからカウンター越しにやり取りをする。彼女以外にも客は数人居て、ちらちらとこちらを伺っている様子だった。

「何でもいいんです」
「そう言われると逆に難しいってもんだ」
「はは、確かに」

髪をかきあげた左手に、今日は指輪が光らなかった。「指輪、」そう思ったらそのまま口に出てしまい、彼女は頬杖をついて俺を上目遣いで見上げた。

「この間彼氏と別れたんで、近くの川に投げ捨ててやりました」

言ってる事と上品な笑顔が釣り合ってなくて、俺はぷっと噴き出す。

「ははは、男前だな、お嬢さん」
「私の話はどうでもいいですよ。大将、欲しい物。」
「そうさなぁ…正直な所、人から貰ったもんは何でも嬉しく感じるなァ」

そう答えると、ソイツはそうですかぁと物憂げに溜め息をついて見せた。

「ありがとう。また来ます」

お代を丁度置いて彼女は帰った。今までこんな風な雑談をしたことが無かったから少しばかり驚いたが、俺は常連客との交流を素直に喜んだ。







「いらっしゃ……珍しいな。日曜日だぞ?」
「こんばんは、大将」

ガラリと扉が開かれ、冷気と共に入って来たのは火、木にしか現れない彼女だった。

「今日は何日でしょうか」
「…25日だが」
「12月25日ですよ?」
「あぁ、クリスマスか」
「はい」
「通りで今日は客が少ない訳だ」

忘れてた、と頭を掻いて呟くと彼女はクスクスと笑った。これだけ長く生きてたら誕生日もクリスマスも正月でさえもどうでもよくなってくる。彼女はまだ、そういう行事が楽しめる年なのか…女性だからなのかはわからないが、何やら嬉しそうな顔をして俺の真正面に立った。

「メリークリスマス、大将」
「………なんだ?」

ガサリと持っていた紙袋をカウンターに置き、俺に差し出した。

「やだなぁ、プレゼントですよ」
「…はぁ。俺に?」
「はい。いつも美味しいラーメン食べさせてくれるお礼です。」
「…受け取れねぇよ」
「えぇー…折角大将のこと考えて買って来たのに…」
「俺みてえなオッサンにやるより、もっと若くてハンサムな男にプレゼントしてやれ」
「何言ってんですか大将。私は大将がいいからこうしてプレゼント買って来たんじゃないですか」
「何だそりゃ」
「案外鈍いですね?」
「あ?」

そこまで言うとはぁと盛大な溜め息をついて俺をじっと見つめた。

「何のために私が社長の息子と別れたと思ってるんですか?」
「…んん?」
「指輪に気付いてくれた時、嬉しかったのに」

その発言を聞いて俺はハッとする。それじゃあ余計に俺はこのプレゼントを受け取る訳にはいかねえ。こんな先のねぇ俺より、社長の息子の方がよっぽど幸せになるし将来がある。

「お前さん早まっちゃいけねえよ…今からでも遅くないから元彼とヨリ戻しとけ…」
「嫌です。じゃ、プレゼントは渡しましたからね。よかったら使って下さい」
「おい待て、」
「また明後日!」

俺の言葉を聞くより早く店を出て行った。えらく押しの強いお嬢さんだこった。

「…どうすっかなァ」

とりあえず残された紙袋からプレゼントやらを取り出し、徐に開けてみる。中身は健康サンダルで、思わず噴き出した。
床にぺたりと放り投げ、長靴を脱いで足を置いてみる。ぎゅうぎゅうとツボを刺激するそいつは結構気持ち良くて癖になりそうで。少し悔しいと思う俺が居た。そして、これを履いた俺を見て喜ぶお嬢さんの顔が容易に想像出来た自分に、困惑した。


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