はぁ、と息を吐くとそれは白く濁る。外はそれほどまでに気温が低く、手も悴むものだと1人納得した。右手には少し重量感のある紙袋、左手には携帯電話。繰り返されるコール音を聞きながら、ぼんやりと呼び出している相手の事を想った。 知り合ったきっかけは何だったろうか。そうだ、紹介だ。紹介と言っても恋人を作りたいがために頼んで紹介してもらった訳ではなく、その場に居て説明を受けたと言う紹介だ。大学時代に肉屋でアルバイトをしていた時の後輩が世良くんと言う浅草をホームにしているサッカーチームの選手と友達で、よく一緒に飲んでいるような仲らしい。後輩と世良くんと私とで数回飲んだ事もある。そしてある日、そのサッカーチームの数人と大学生達の飲み会に誘われた。私は既に就職をした社会人だったから気が引けたのだけれど、サッカーチームには年上も居ると聞いたので参加し、世良くんに紹介してもらったのが彼であった。年齢を聞いた時にとても驚いた記憶がある。 『はーい、もしもーし』 「もしもし、丹波さん?」 そんな彼、丹波聡さんは、今の私の片思いの相手である。 『おう、どうした?』 「今どこにいますか?」 『今?六本木ののんでこで飲んでるよ?』 「六本木…。今から行っても大丈夫ですか?」 『え?おう!ETUの奴らと一緒なんだけど大丈夫?』 「はい、大丈夫ですよ。」 『そっかそっか、んじゃ待ってるよー』 「あ、あの!」 『んー?』 「丹波さんに、渡したい物があるんです」 『へー?なんだろ、楽しみにしてる!』 「今から向かいますね」 『うん!』 私は携帯を閉じ、鞄にしまう。六本木まで今いる銀座からは4駅ある。Suicaの中身はまだ十分あったはずだと頭の隅で考え、改札をくぐった。 ☆ 丹波さんが言う居酒屋は、以前みんなで飲みに行った事があったので迷わずに行く事ができた。店内に入ると店員が接客してくれ、先に人が入っていると言うとすんなり通してくれた。 「あ、なまえちゃーん!こっちこっち!」 「丹波さん!こんばんは!」 入り口の近くの座敷から丹波さんに呼び掛けられ、机の端に座っていた彼に寄り添うようにして座る。 「よー、久しぶりだなー」 「こんばんは石神さん、お久しぶりです!今日は世良くん達いないですね?」 「なに、若い子居てほしかった?」 「そういう訳じゃなくて…」 「はは、今日はベテランの集まりだよ。若いのはコンパじゃね?クリスマスだし!」 石神さんはジョッキを仰ぎながら私をからかって答えてくれた。揃っているメンバーを見ると、丹波さん、石神さん、堺さん、堀田さん、緑川さん、杉江さん、黒田さんと言う本当にベテラン達が集まっていた。机の上にはジョッキがごろごろ転がっていて、クリスマスと忘年会を兼ねているようにも見えた。 「そうそう、クリスマスで思い出しました…丹波さんにクリスマスプレゼントを渡したくて」 「おー!渡したい物ってこれかー!」 「どれどれー?」 「なまえちゃんからのプレゼント?」 「へぇ…」 「だぁっ、お前らあっち行け!これは俺のー!」 みんなの前で彼だけに渡すのは少し気恥ずかしい気もしたけど、2人きりで渡すのより緊張しなくて逆に良かったと思う。丹波さんは嬉しそうな顔で、開けていい?!と訪ねるので私は肯定を笑顔で示した。 「おっ!これ黒松剣菱じゃん!!」 「ふふ、丹波さん辛口が好きって言ってたんで」 「覚えててくれたんだー…やべー、嬉しいなぁ……」 そう言って丹波さんはまじまじと日本酒の瓶を見つめる。丹波さんの喜んでくれた顔が、とてもくすぐったい。喜んでもらえて良かったと心底感じる。色々調べて取り寄せた甲斐があったというものだ。 「なまえちゃんはこれ飲んだ?」 「え、飲んでないですけど…」 「じゃあ今から一緒に飲もう!俺んち来る?」 「………えっ?!」 ちらりと丹波さんの後ろの人たちに視線をやると、みんなこちらを見てにたにたした笑みを浮かべていた。 「丹波、お前の分は俺が立て替えといてやるよ」 堺さんがそう言って丹波さんの肩を叩いたのを皮切りに、丹波さんは「決まり!」と言って私の手を取って立ち上がった。つられて私も立ち上がる形になり、より注目を浴びる。こんな事になるならやっぱり呼び出して渡せば良かったと今更後悔する。 「わ、私は何も言って…!」 「んじゃーな、お先に!」 丹波さんは有無を言わさず私を連れ出す。何が何だかわからないけれど、どうやら私は今から丹波さんの家に行く事になったらしい。くるりと振り返ると、みんなが手を振って「メリークリスマス!」と揃わない声で言ってきた。丹波さんの手はとても温かくて、これなら外に出ても私の手が悴む心配はないだろうなぁとか、そんな事を考えた。 |