#5 懸想



強くなりたい。
強くなって、自分の大切な人を守りたい。

姉である津美紀が呪われてから、伏黒はそんな考えを抱くようになった。


夜9時、街頭がぽつりぽつりと灯る校舎の中を、伏黒は歩く。当たり前だが、この時間にこんな場所をほっつき歩く人間など伏黒以外には居ない。
ここはいつも通る歩き慣れた道だが、昼間と夜では少し景色が違う。また、制服ではなく身軽な私服を着ている伏黒自身も、いつもと違うと感じる要因の一つであるのだろう。

伏黒は今、武道場へと向かっている。
そこで1人、式神の調伏の修行をする為に。

基本的に高専校舎内での呪力の使用は禁止されている。しかし、武道場のみ、夜から明け方にかけて呪力の使用が黙認されるいるそうで。それを五条からこっそり聞きつけた伏黒は、早速修行に励むべく武道場へとやって来たのだ。

街頭の灯りを頼りに武道場の扉を開き、中に通ずる廊下を進む。
その途中、奥から凄まじい呪力が放出されているのを感じ、伏黒は思わずその場に佇んだ。

どうやら、伏黒の他に先客がいる様だ。それにしても、なんだこの呪力の量は。これまで感じたことのないほど異様な感覚に、伏黒は自然と息を潜め構える。
今夜は高専所属の上位の術師が来ているのだろうか?武道場は学生や教員しか利用しないと思い込んでいたが、たしかに、高専所属の術師が来ている可能性も無くは無い。
何も考えずにここまで来たが、失敗だった様だ。
こんな呪力の隣で式神の調伏など、とてもじゃないが出来そうにない。

仕方がない、明日もう少し遅い時間に出直そう。そう考えた伏黒は、そのままの足で自室へと戻った。


そして明くる日の深夜、先日よりもだいぶ遅い時間に伏黒は武道場を訪れる。いくら何でもこの時間に修行する人など居ないだろう、そう確信をしながら武道場の扉を開く。そして、奥へと通じる廊下を進むが、その途中で昨日と同じ凄まじい呪力を感じてドキリとなる。
まさか、今日も同じ奴とバッティングした言うのか。昨日より3時間以上も時間をずらして来たのに、一体どうなっているのだ。
それに昨日から思っていたが、この異様なほどに濃い呪力を操るなんて、奥にいる人間は絶対に只者ではない。
このまま自室へと引き下がる前に、自分の修行を邪魔する奴の顔を一度拝んでやろう。そう考えた伏黒は、静かに気配を消したまま奥の扉を少しだけ開き、中を覗いた。

だだっ広い部屋の中には、幾つもの呪具が並べられていて。その真ん中に、ちょこんと座る人影が1つだけあった。
そこにいた人物は、伏黒の知る人物であった。
しかし、まさかそこに居るとは全く想像もしていなかったため、思わず呆気にとられてしまう。

そこには、額に汗を浮かべながら苦しげに歯を食いしばり、幾つも並ぶ呪具へと呪力を注ぐ名前の姿があった。
彼女の顔には、いつもの涼しげな表情など何処にもない。
その姿を目の当たりにした伏黒は、頭の中が真っ白になる。

これまで伏黒が見てきた彼女は、1級術師という高い階級を持ち、自信のある堂々とした態度で何事にも物応じしない、そんな姿ばかりで。才能に満ち溢れた自身の能力で颯爽と呪霊を祓う、言わば、努力とは全く無縁な人間、そういう印象だった。

しかし、今目の前で歯を食いしばり辛そうにしているのは、間違えなく伏黒の知っている名前で。
こんな彼女の姿など、伏黒は知らない。

何が本当の事実なのかが分からず混乱する伏黒は、ただ彼女が膨大な呪力を呪具へと注ぐのを引き込まれるように眺めていた。


伏黒が覗き見を初めてから数十分が経過したところで、彼女の呪力のコントロールに徐々にムラが出てくる。集中力が途切れてきたのだろう。波打つ呪力に耐えかねた呪具は、溜め込んだ呪力を一気に解放し名前へと襲い掛かる。
危ない、一瞬のことで動けずに居た伏黒の拳に力が入る。
解放された呪力を自らの呪力を盾に受け止める名前だが、強大な力を受け止め切れず、彼女の体は弾け跳ばされてしまう。

呪力の保護なしに激しく身体を壁へと打ちつけた彼女からは、小さな呻き声が聞こえてくる。

あの普段は涼しげな顔で何事にも動じない名前。そんな彼女から放たれたその声に、伏黒は心臓をぐっと掴まれるような感覚を覚える。

その場で身体を丸め、苦痛の表情を浮かべる彼女に、伏黒は思わず助けに入ろうと扉を手にかける。
しかし、それも束の間、彼女は直ぐにのろりと立ち上がり、そして元いた場所へと座り直す。まさか、と伏黒が驚くのと同時に、彼女は呪具へと呪力を流し出す修行を再開させる。

彼女は一体いつまでこれを続けるつもりなのだ。
先程の対応からして、吹き跳んで身体を壁や床に打ち付ける事など頻繁にある様だ。彼女は毎晩何度もあんな目に遭っているのだろうか。
そうだと言うのなら、一体どうしてそこまで…。

彼女は才能に恵まれた優秀な逸材。それなのに、どうしてここまで必死に頑張るのか、伏黒には何一つ理解できなかった。

そしてこの時、自分は今までとんでもない思い込みをしていたのではないだろうか、という疑問を脳裏に浮かべた。







次の日も、その次の日も、彼女は毎日欠かさずあの滅茶苦茶な修行に励んでいた。
最初は自分の修行のために武道場を訪れていた伏黒だが、最近は兎に角彼女が心配で仕方なく、自分の都合などそっち退けで武道場へと足を運んでいる。
勿論、昼の間に彼女と仲良くなったという話はないし、寧ろ2人きりになると今も変わらず彼女の事を苦手だと感じてしまう。
だが、気になってしまうものは仕方がない。
ここ最近の自分はどうかしてしまっている、そう頭では思いながらも、今日も武道場へと足を運ぶのだ。


そんなある日、いつもと同じように彼女を眺めていれば、気づけば背後に五条が立って居た。
いきなり後ろに立たれて驚いたが、それ以上に、最悪な人に見つかってしまったという後悔が伏黒を襲った。

「ヤだな恵くん〜、先輩の覗き見なんてほんとムッツリスケベなんだから!」
「…別にそんなんじゃないです。」

ニヤニヤと笑いながら伏黒を人差し指でツンツンと突く五条。そんな彼の指をバッと払いのける。
実際は本当に覗き見をしていたのだが、そんなややこしい事を言えば目の前の男はどんどん図に乗っていき収拾がつかなくなる。
偶々です、と適当に誤魔化していれば、伏黒が先程まで覗いていたドアの隙間を今度は五条が覗き出す。

「彼女さ、ちょっと頑張りすぎだと思わない?」

軽い口調で放たれたその言葉。
しかし、何やら含みがありそうな表情で伏黒を見る五条に、ああ、この人は随分前から彼女のことを知って居たのだと悟る。

「…恵も知ってると思うけどさ、名前はあの歳で1級術師になれる技術と才能を持ってるんだよね。僕も含め、皆がそれを認めている。」

去年1級になったのに、もう特急術師に推奨する人が現れちゃうくらい、彼女は人気者なんだよ。
そう自然な流れで彼女のことを語り始める五条。
自分からは何も語らないであろう名前のことを、きっと色々と伏黒に教えてくれるのだろう。随分と前から気になっていた彼女の事を今ここで知れるなら、と伏黒は黙って五条の顔を伺う。

「でもね、どうやら名前はその評価が身の丈に合ってないと思ってるみたいで、周りとのギャップを埋めようとこうして必死に努力してるんだよ。本当健気だよね。」

五条のその言葉に、伏黒は素直に驚く。
普段は自信家と言っても過言ではない態度で周りを牽制している彼女。自信がないから夜な夜な1人で努力をしているなんて、誰も1ミリたりとも想像しないだろう。しかも、こんな無茶苦茶で身を滅びしかねない努力を1人で。

「なら、どうして五条先生は先輩を止めないんですか?」

まるで他人事の様な五条に、伏黒は少し苛立ちを覚える。
自分を禪院家から救った時の様に、なぜ彼女を救ってやらないのか。この男ならそんな事簡単にできる筈だ。
まるで自分のことを棚に上げているみたいで良い気分ではないが、それでも、少なくとも伏黒よりずっと前からこの男は彼女の事を知っていたのだ。何か彼女を救う行動ができた筈なのに、なぜ。

言葉よりも幾分か鋭い視線で五条を見る。
だが、目の前にいる五条はどうしようも無く困った顔を浮かべていて。

「僕が言えば、彼女は絶対に辞めると思うよ。」
「なら、」
「でも、それをしたらきっと彼女、死んじゃうんだよね。」
「な…ッ!」

五条の口から出て来た衝撃的な一言に、伏黒は目を丸める。
今、この人は何て言った?
彼女が死んでしまう?
なぜそんな事を思うのか。
何も理解できない五条の言葉に、伏黒の表情は益々険しくなる。言葉の声色は軽いが、五条の顔は決して不真面目ではない。どちらかと言うと、かなり参っているようならしくない顔だ。一体彼女に何があると言うのか?

少し考える素振りを見せた五条は、口を開いた。

「名前はさ、五条家の分家にあたる家の出身でね。僕のはとこ?なんだけど。彼女の親、君の父親と同じで本当にろくでなしでさ。まあ方向性は違うんだけど。五条家本家と何とか繋がりを持とうと、才能ある彼女をこれまで散々利用して来たんだよね。」

本当、非術師のお偉いさんは呑気で良いよね。皮肉たっぷりな五条の言葉に、伏黒は顔を顰める。
所作の美しい名前が良いところ出身だということは想像していたが、まさか五条家の分家ので五条悟のはとこだったなんて、伏黒は知らなかった。衝撃の事実を呑み込みながら、伏黒は黙って五条の話を聞き続ける。

「んで、名前はそのクズな親から、僕のお嫁さんになる為に然るべき立場…特級術師になる事を強いられてるんだよ。」

吃驚でしょ?僕たち未来の夫婦になるかもしれないんだってさ、本当ウケるよね。
先程までとは比べ物にならない程の驚愕の事実に、伏黒は思わず固まってしまう。彼女は目の前の男の婚約者の様な存在だったとは。
一瞬にして目に浮かぶ、美しく冷たい視線の彼女と目の前の美男が肩を寄せ合う姿に、伏黒は何故か重く冷たい気持ちになる。
それに、五条と結婚をするために特級術師になれなんて、子供への期待にしては目茶苦茶過ぎる。特級術師になんて成りたくて成れるものではないし、特級術師までの道は険しく命を落とす者も少なくはない。それを、そんな理由で。
無意識のうちに、伏黒の拳にぐっと力が入る。

「彼女は本当に真面目だからさ、親の期待に応えるために、弱音一つ吐かずに努力してきたみたい。
…それを簡単に辞めろなんて僕に言われたら、彼女はどうなると思う?」

その問いに、伏黒は言葉を詰まらせる。
五条悟との婚約のために努力を重ねて来た彼女が、その五条悟から努力をやめろと言われる事は、五条悟からも親からも見捨てられてしまうという事。
可笑しな目標だったとは言え、呪術師として指標にしてきたものを失った彼女は、残った1級術師という階級を背負って呪霊と戦い続けなければならない。
そうなった彼女が一体どうなってしまうかなんて、聞くまでもない。

彼女が死んでしまうという先程の五条の言葉を、伏黒は胸が痛くなるほどに理解する。

「そこで恵の出番ってわけだ。」
「いや、なんで急に俺の出番が来るんすか。」

さっきと打って変わった声色で伏黒を指さした五条。そんな五条の言葉に全くもって理解不能だと言わんばかりに、伏黒は冷たく返事をする。

「恵が辞めさせてよ。」

アイマスクをくっと押し上げた五条は、青く光る綺麗な瞳を伏黒へと真っ直ぐに向ける。
はとこだからか、彼女とよく似た目元の五条に、一瞬彼女の影が脳裏に浮かぶ。

「彼女はほんの少しの心の支えがあるだけで、きっとこんな無茶な修行をするより何倍も強くなれる。別に恋人になれって言ってる訳じゃない。せめて、気の許せる友達になってあげて。」

揺るぎのない五条の瞳が伏黒に突き刺さる。
まるで、今こんな状態の彼女を救えるのは伏黒だけだ、と言われているような気がして、少し戸惑う。自分が彼女の心の支えになれるなんて、そんな烏滸がましいことを貫き通せる自信はないし、伏黒はそんな柄でもない。

「そういうの、俺よりパンダ先輩とか禪院先輩とかの方がいいんじゃないですか。
大体、俺は先輩と殆ど関わりないし、向こうが俺に気を許すとか考えられません。」
「2年の皆は彼女にとって今更な感じがするしね。それに、こんなに毎日熱心に彼女を見つめている恵だからこそ、1番適任だと僕は思ったんだけど。」

ね、とウインクをする五条に、何だか上手く丸め込まれている気がしてならない。
それより、どうして五条が伏黒が毎日先輩を見ているのを知っているのだ。…今思えば、そもそも伏黒にだけ武道場の事をこっそり教えてきたのも怪しすぎる。もしかして、この人は最初からこうなるのが分かっていて伏黒に武道場での修行をお勧めしたのではないだろうか。いや、絶対にそうだ。
完全に確信犯だ。
やられた、と悔しい思いを抱く一方で、五条の予想通りに名前に興味を持ってしまった自分にも苦笑が溢れる。

「ちなみに彼女、普段はあんな態度だけど、実は押しに弱いから。諦めずにどんどん押していけば、きっと仲良くなれる筈だよ。」

じゃあね、頼りにしてるよ恵。そう言って颯爽と目の前から姿を消えてしまう五条。
言いたいことだけ言って去っていった五条に対し、伏黒は未だに何で自分なのだと呟き続ける。
伏黒には彼女と同い年の姉が居るものの、性格は全く別で、津美紀が喜ぶ事を彼女が同じように喜ぶなんて考えられない。

伏黒は自分が彼女を支える適役だとは思わないが、それでも彼女にこれ以上無理をして欲しくないという気持ちも持っていて。
彼女を守るためにも、自分のできる範囲で彼女と関わり合っていくことを伏黒は選んだ。







早朝、今日こそは何が何でも修行をするぞと意気込んだ伏黒は、1人武道場を訪れる。
いつも廊下の途中から感じ始める名前の呪力は、今は感じない。流石の彼女もこの時間は自室で休んでいるだろう、そう思えば少しだけ心は軽くなる。

あの晩、五条に名前の事を教わった時から、伏黒の中で彼女を怖いとか苦手だとか思うことが無くなった。寧ろ、今までそう思っていたのが嘘みたいに、彼女を見つけると少しラッキーだと思ったり、近くに寄って話しかけてみたいと思うようになった。
それは五条が語った彼女の生い立ちに同情したとか、心の支えになれと言われた事を気にしてとか、そういうことではない。
ただ単純に、彼女に対する自分の理解が間違えていて、それを正すとそう思うようになっただけだ。

いつも1人で居る彼女を見つけるのは難しいが、見つけてしまえば話しかけるのは簡単だ。周りには誰もいないのに、周りを見て自分に話しかけているのかを毎回確認する彼女を見ると、可笑しくて思わず笑ってしまう。

彼女と2人で話をするのも、最初のうちはまあ色々あった。伏黒が話しかけた話題に返事がない事もよくあり、彼女に無視されているのだと思っていたが、彼女は実は目線や微かな会釈で返事をしてくれていることに気づいたり。
何気ない会話を何度か繰り返していくと、彼女は徐々にちゃんとした返事をしてくれる様になった。
そして、実は彼女は極度の人見知りだったという呆気のない事実を、最近になって知った。

口数は少ないし基本的に無表情なのだが、驚いたり戸惑ったりするのが微かに表情に出ている事に気づいた伏黒は、ああなんだ普通に可愛らしい人だなという印象を抱いた。
彼女のあの冷たい視線は、彼女の表情がいつも固いので受け手が勝手にそう感じているだけで、彼女が人を拒んで睨んでいる訳ではない事も知った。

正直、彼女の中で自分がどんな位置に居るのかはよく分からないが、少なくとも悪い印象を持たれていない筈だ。最近は順調に距離を縮めている手応えも感じていて、とにかく伏黒の気分は最高にいい。

いつも彼女の修行を覗いている扉を大きく開けて、中へと入る。
やっとここで自分も修行ができると思った伏黒だが、それも束の間、冷たい床に横たわる姿が目に飛び込んで来て、心臓が嫌な音を鳴らし始める。

まさか、嘘だろ…。
すぐ様その場へと駆け寄り、床へと倒れている彼女の顔を覗き込む。

すると、彼女の口元からは小さな寝息が聞こえて来て。
それをしっかりと耳にした伏黒は、安堵のあまり盛大なため息を溢す。

「こんなところで寝るなよ…」

あんなに毎日辛そうに身体を壁や床に打ち付ける彼女を見ているのだ、何か不慮の事故で…なんて事を考えるのは容易い。ひとまず外見は何も悪いところはなさそうだ、と伏黒は無意識にかいていた冷や汗を裾で拭った。

今、伏黒の目の前で小さな身体を丸めながら寝ている彼女は、眉間の皺も無ければ、凝り固まった表情もない。心なしか柔らかい表情を浮かべて心地良さそうに眠っている。
無防備で可愛らしいその寝顔に、思わずキュンとなる。
このギャップは反則だろ、くそ。

閉ざされた瞼からは長いまつ毛が生えていて、柔らかい髪が掛かる頬は思わず触ってしまいたくなるほど滑らかで。まじまじと見ると、あの五条悟のはとこだけあってかなり美しい顔立ちだ。
いつまでも見ていたくなる様な彼女の寝顔に伏黒が気を取られていれば、名前はごぞごぞと寒そうに一層丸くなっていく。
春先で朝晩はかなり冷え込む。こんなところで寝ていると絶対に風邪をひくだろう。
だけど、幸せそうな寝顔の彼女を起こすのは忍び無い。

仕方ない、そう小さくつぶやいた伏黒は自分が羽織っていたジャージの上着を彼女に被せてやった。
脱ぎたての上着は暖かく心地が良かったのか、くっと上着に身を寄せて眠る名前。なんで寝てる時だけそんな可愛い事するんだこの人は、と片手で顔を覆いながら湧き上がる熱を静かに抑える。

もう修行どころではなくなった伏黒は、結局この日も何もせずに自室へと帰還した。


次の日、伏黒が授業から寮室へと戻ると、自室の扉に紙袋が掛かっているのを見つける。
何だろうか、五条先生のお土産か?と中を覗き込めば、そこには昨日の朝、名前へと掛けてやったジャージの上着が入っていた。
伏黒の不在の間、彼女はここまで訪ねて来てくれたのだと思うと、かなり嬉しい気持ちになる。
彼女は伏黒のジャージの色を覚えてくれていたのだとか、彼女は伏黒の寮室をどうやって探して来たのかとか、色々思うところはあったが、今はとにかく嬉しくて堪らない。

軽い足取りで自室へ入り、ベッドの上で紙袋を引っくり返す。
中からはいい匂いのする上着の他に、何個かキャンディが落ちてくる。あの人こんな甘い可愛らしいキャンディ食べるのかと思うと自然と笑いが込み上げる。

残念ながら彼女からの手紙は入っていなかったが、それでも彼女からの好意が死ぬほど嬉しい伏黒は、自分が彼女に恋をしている事を潔く自覚した。




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