#6 壮途



いつだって、暗闇の中から私の手を引き導いてくれるのは貴方だった。

「名前!」

酷く暗澹とした闇の中で、しっかりと私を呼ぶ声がして。その声のする方へと重い足を一歩ずつ前へと進めれば、見知った大きな白い背中がそこにあった。
もう大丈夫。彼と、銀時と一緒なら、この暗闇の先が何であっても大丈夫な気がして。

「今度は、一緒にいたい。そばに居させて。」

ずっと口にできずにいたその言葉を、その希望を、彼の背に向けて言い放つ。
すると彼はこちらへと振り返り、その逞しい腕で私を強く抱きしめた。

そんな夢を見た。


目を開ければ、夢の余韻で心臓が千切れそうなほどに波打っていて。最初こそ最悪だったが、後半はとても幸せな夢だったなと思っていた最中、身体中に激痛が走った。
波打つ心臓どころでは無くなってしまった私は、此処はどこなのか、何故こんなにも身体中が痛いのかを考える。そして、最後の記憶にあった拷問部屋とあの憎たらしい笑みの男を思い出せば、こんな事をしている場合ではないと痛む体に鞭打ち、起き上がる。

「あ!名前さん!まだ起き上がらないでください!」

襖の向こうから見えた眼鏡の少年が慌ててこちらへと駆け寄り、私の体を布団へと戻す。どうやら私は今、あの記憶の続き…あの男の手の内にいる訳では無いようだ。思い出しただけでも不快感で吐きそうになる程の拷問から解放された安心感。それと同時に私を襲ったのは、桂くんや八二郎がどうなったのかという更なる不安だった。

「桂くんは…?それに、八二郎さんは?」

次々と脳を巡っていく憂いごとの数々。隣で私に付いていてくれるこの少年に思わず訊ねてしまう。
私が失敗をしたから。私があの時、春雨を止めることが出来なかったから。その身を焦がす不安心と後悔が少年に伝わってしまったのか、少年は優しい手つきで私の握った拳の上に手を重ねる。

「桂さんと八二郎さんなら元気ですよ。今頃、京都の復興作業で街に行ってます。」

その少年の言葉に、渦巻いていた不安が一気に消えていくのを感じる。
京都の復興作業ということは、我々は春雨を追い出すことが出来たのか。あの長く苦しい戦争で傷ついた人々を、解放することが出来たのか。

よかった。本当によかった。
思わず安堵のため息がこぼれた。

私に色々と教えてくれ、安心させてくれているこの少年は一体誰なのだろうか。「そう言えば、貴方は?」なんて今更な事を口にすれば、彼の方も、あまりにも自然に私と受け答えをするがあまり自己紹介を忘れていたようで、慌てて名を名乗る。

「あ、すみません。初対面なのに…僕、銀さんと一緒に江戸で万事屋をしている、志村新八と言います。」

新八くん…銀さん…。
それは桂くんがあの日の晩に教えてくれた、銀時のところの従業員の名前。ということは、銀さんとは、銀時…坂田銀時の事を指しているのだろう。
本当にそうだとしたら、近くに銀時が居るのだとしたら。

先ほどまで夢の中で抱き合っていた事を思い出すと、胸の中で言葉にならない感情がぶわっと溢れ出してくる。

「銀時、本当に京都に来ているの?」
「あ、そっか。覚えてないんですよね。実は…」
「うおおお!名前!起きたアルか!」
「ちょ、神楽ちゃん!!」

突然飛び込んできた謎の大声の少女に、声が出ないほど驚いてしまう。その「神楽ちゃん」と呼ばれた元気なチャイナドレスの少女は、これまた銀時のところの従業員だと記憶している。
思い切り飛び込んできた神楽ちゃんに対して、新八くんが説教をしていて。それをあまり気にする様子もなく、神楽ちゃんは私に「食べたいものはないか?」「缶蹴りは好きか?」など聞いてきて。
その平和で暖かくて、とても賑やかな感じが、すごく好きだった。
こんな環境で銀時は毎日を過ごしていると思うと、とても羨ましくなる。
彼の周りはいつもそうだ。彼を取り囲む人たちは、皆んないい人で、皆んな面白い。とても大好きだ。

神楽ちゃんに食べたいものを告げれば、「すぐ持ってくるから、首洗って待ってろヨ!」なんて言い、すぐさま走り去っていってしまった。そんな神楽ちゃんが部屋から出て行けば、「すみません、騒がしくて。」と申し訳なさそうに謝ってくれる新八くん。
「いいの。私、こういうの好きよ。」と笑顔のまま新八くんに告げれば、少し慌てながら、真っ赤な顔をした新八くんがもう一度謝った。

そして、私が眠っている間に起きた出来事を分かりやすく簡潔に説明してくれた。
ああ、結局私は桂くんや銀時の足を引っ張ってしまったのだ、と。銀時に傷を負わせてしまったのだ、と遣る瀬無い気持ちになる。
強くなりたい。強くなって、守りたいものを守るのだと誓ったあの日から、何も変わってはいない。銀時や桂くんはこんなに素敵な仲間の元でとても強いままでいられているのに。

そんな事を考えている私に対し、新八くんは優しく「名前さんのおかげで、この戦いが終わったんです。」と励ましてくれた。

そんな時。襖の向こうから大勢の足音がどこどこと聞こえてきて。すぐに襖がスパッと大きく開いた。

「名前!!」
「名前さん!!」

そこには、走ってきたのだろうか、額にぽつぽつと汗を滲ませる桂くんと八二郎、そのほか見慣れた京都の仲間たちが立っていた。
ああ。皆んな無事でよかった。本当に。
溢れそうになる涙をぐっと堪えて、近寄り私の布団を囲うように座る皆へと笑顔を送る。

そして、私の枕元に腰を低く座った八二郎は、深々とその頭を下げた。

「本当に、本当に我々を救ってくれて…ありがとう!何と御礼を申したら良いのだろうか…」

そんな彼に続いて、私の周りを囲う皆も頭を下げる。

「八二郎さん、御礼なんてしないで。結局、私は何一つあなた達のためにできなかったのに。」
「そんな事ない!名前さんは、酷い事言って突き放した我々のために、こんなになるまで戦ってくれた。」

そんな事ない。そんな、褒められるようなことなど何一つできていないのだから。
でも、首を横に振り続ける私の否定など誰も受け止めてはくれない。皆が皆、一人足を引っ張った私に対して、感謝をしていて。

「本当にありがとう。本当にすまなかった。」

そんな感謝なんて素直に受け取ることが出来ず、黙って首を振り続けた。
私は皆が生きていることに、京に美しい明日が来たことに対して、心の中で皆それぞれに必死に感謝をした。

そしてその後、皆は京の復興状況や今後の取り組みについて色々教えてくれた。
他の地よりも明らかに遅れてしまった京に対し、皆前向きに発展を願っていた。

そんな時、バタバタと廊下を走る足音が一人分、聞こえてきて。
ああ、この足音は聞き覚えがある。こちらへと近づいてくるその足音に、ドキドキと鼓動が速度を上げていく。

「名前!!」

その懐かしい声とともに、私がずっと待ちわびていたその人物は部屋の中へと入ってきた。
夢に見るほどまでに、恋い焦がれた。
5年もの間、ずっと会いたいと願っていた愛しい人。

「銀時…っ」

髪、少し短くしたのね。少し大人な顔つきになったね。洋装も似合うのね。いつも変わらない素敵な声ね。相変わらず綺麗な色の髪ね。
彼女はできた?お金は溜まった?まだ甘いものは好きなの?お化けは怖いの?

言いたいことや聞きたいこと、話したいことが沢山溢れて、結局何も出てこない。なんでだろう。
気を使って立ち退いてくれた八二郎と立ち代わりに銀時がその場に座れば、自然な流れで私の頬へと手を当てた。私はその手に自分の包帯だらけの手を重ねた。
銀時の手は、いつもとても暖かい。

「よう、調子はどうだ?」
「とってもいい。…ここ数年の間で一番いいよ。」
「バカヤロウ。」

瞳に溜まっていた涙が静かにこぼれ落ちた。




◇◆◇





感動の再会…、というよりも、少し恥ずかしい再会からもう一週間が経った。銀時や桂くん、みんなに支えてもらい、私は立ち上がり色々な所へと顔を出せるまでに回復した。
相変わらず右腕の骨は折れたままだが、幸いなことに利き手の左手は重症ではなかったたため、今となっては元気に動かせる状態まで回復した。

そして、元気に動かせるようになったが為に、今、縁側で銀時との晩酌に付き合うこととなったのだ。
お酒好きなところは昔と何も変わっていない。お猪口に入った日本酒をぐっと飲み干すその様は男らしく、何故だかとても色っぽく感じてしまう。
だめだ。きっと、再会して間もないから、そんな事を思ってしまうだけだ。きっとずっと一緒にいれば、大した仕草ではなくなるはず。そう思いつつも、つい見てしまう。
そんな私の視線を感じたのか、銀時は揶揄うような目で私を見た。

「何?さっきからジロジロこっち見ちゃって。もしかして名前ちゃん、銀さんに惚れちゃった?」

悔しいことに、もうとっくの昔から惚れてる。だけど、そんなこと口が裂けても言えない。

「惚れちゃいそうね。」
「………、え?」
「…なんてね。変な顔。」

お酒が回ってきたからか、ついそんな返事をすれば、銀時は口を開けたまま固まってしまった。
もう、冗談だから。冗談だとして受け止めて欲しい。だから、わざと変な顔と言って笑ってやる。そうすると、揶揄い返されたことに気付いた銀時が不服そうに文句をこぼす。

「っるせーよ。何なの、お前。随分と俺のこと弄ってくれるじゃねーの。」
「ふふ、久しぶりに会って、なんか安心しちゃったのかな。」
「なにお前、安心したら安心させてくれた相手のこと弄んじゃうの?俺言っとくけどSだから、弄ばれたら倍にしてお返ししちゃうけど大丈夫?」

えらくよく喋る銀時の空になったお猪口に、お酒を注ぐ。そして焼けになった銀時はそれを一気に煽った。
こくり、と動く喉仏。月に照らされる太くて白い首。そしてシャツの隙間から見える勇ましい胸板。意識せざる終えないこの状況が辛くて、でもとても楽しくて。

ん、ともう一杯目を催促する銀時のお猪口にお酒を入れれば、空になった私のお猪口にも銀時がお酒をついでくれて。
二人でお酒を煽れば、「いい飲みっぷりだねぇ。」なんて銀時が冗談げに笑っている。
なんだか少しあの頃に戻った気がして、そんな何でもない時間が好きだと思った。だけど、そんな時間は長くは続かない事を、私は誰より知っていて。


「明日、江戸に帰るんだってね。八二郎さんから聞いたよ。」

そう。もうすぐ、またあの別れの時がきてしまうのだ。
「ああ、そのことね。」なんて軽く返事をする銀時。私にとってはこんなにも重たく辛い別れであるのに対し、明るく楽しい仲間のいる彼にとっては、私との別れなど然程大きな影響がないのであろうと切なくなる。

「もう依頼も終わったし、いつまでもうちのペットを他所に預けてるのも何だからな。つーかズラが明日、飛行船出してくれるみたいだから一緒に乗っけって貰わねーと。帰るのに金掛かっちまうし。」

何やら色々と事情があるようだが、徐々に銀時の声が遠くなっていくようで。
思いつく返事もなかったので、「そっか。」なんて適当な相槌でこの感情を誤魔化す。

「お前は?次、どっか行く予定とかあんの?」

不意に訊ねられた問いに、「うんん、特には決めていない。」と正直に返事をする。
もう、どこへ行ったって大して変わらない。江戸に行かなければ、銀時とも桂くんとも会うことはできないのだから。

「んじゃあ、お前も来るか?江戸に。」
「えっ?」

まるで私の心を読んだかのような銀時の提案に、不覚にも驚いてしまう。
まさか、顔に出ていたのであろうか。そんな私の焦りなど御構い無しに、銀時は言葉を続ける。

「江戸は…特に歌舞伎町はな、お前みたいな変な奴がいっぱい居るからな。まあ、お前も気に入ると思うけど。」

私みたいな変な奴。
何とも失礼な言い様だが、否定はできない。実際に少し変わっているところもあるから。
これは何かの冗談なのだろうか。「嘘だって。お前みたいな奴連れて行くわけねーだろ」なんて一言で崩れ去ってはいかないだろうか。慎重に、冷静に銀時へと問う。

「私、実はとびっきり変な奴だけど、大丈夫?」
「知ってる。」
「私、実はご飯にナポリタン乗せて食べちゃう人だけど、大丈夫?」
「知ってる。江戸の警察にはご飯にマヨネーズをかける妖怪もいる。」
「私、実は明け方とか夜遅くに一人でピザ食べちゃう人だけど、大丈夫?」
「知ってる。俺も配達中のピザと俺のジャンプがすり替えられた時、夜中にピザ食った経験あるわ。」
「私、実は…」
「知ってる。」

「そんなの、全部知ってら。」

そう言った銀時の瞳は、とても真剣で。私の方が戸惑ってしまう。

何で。あなたは、本気なの?
あの時、五年前に私へと別れを告げた、あなたが。私を江戸へと連れて行ってくれると言うの?私を、貴方の住む直ぐそばに置いてくれると言うの?
思い切って、絞り出すように、長い間思っていた思いを吐き出す。

「私、実は…銀時と桂くんと一緒に居たいって思ってたのも、知ってる?」

「そんなの、五年前から知ってたっつーの。」

何年一緒に居たと思ってんだよ、ばーか。
そんな言葉を浴びせられ、私は正気ではいられなかった。
彼には全部、お見通しだった。あの時から、私は一人あの時間をとても恋しいと思い過ごしてきた。

胸が、張り裂けるように痛い。

「意地悪な人。」

本当に、意地の悪い。
私を遠ざけたと思えば、また手を引き近くに引き戻す。

「言っただろ、弄ばれたら倍にしてお返しするって。」

少し体を前のめりにさせた銀時は、その大きな手を私の後頭部へと回し、顔を近づけてくる。
そして、軽くその唇を私額へと押し付けた。

その一瞬の出来事に何が起きたのか理解できない私を見て、仕返しだと笑っている銀時がいた。







京都解放編 完




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