#3 硝煙

それはつい3ヶ月前の話。静かな京丹後の海辺で一ヶ月ほど町医者をしていた時の事だ。とある患者から「都の方ではまだ天人と侍が争っとるらしい。毎日沢山の人が死んどるみたいや、怖わいわぁ。」なんて噂話を聞いた。攘夷戦争の終わった後はしばらくそんな噂が絶えなかったが、もうあれから数年が経った。今ではどこも天人と争っている噂など殆ど聞かない。
それなのに、今でも天人と争っているところがあるなんて。しかも、それなりに大きな都で。

別に噂を確かめに行くつもりはなかった。だけど、私の足は自然と京都の都の方へと向かっていた。
いまだに攘夷戦争をしていると噂される戦場へと足を運ぶなど愚かなこと。だけど、どうしても気になってしまっていた。

───私は本当にどうしようも無い人間だ。
戦争が終わり、平和になった世の中に一人取り残されている自分の居場所を探して旅を続けていた。たった今、そこに私の居場所であった戦場が広がっている。沢山の仲間を失ったそこへは戻りたくはない気持ちと、私の居場所がやっと見つかったかのような少しの期待が頭の中で押し合っていた。
戦争が終わり、それぞれの道を歩んでいった仲間と離れて、結局孤独になってしまった自分の居場所が欲しいと、いつからか強く願っていた。


噂で聞いていた話よりも、実際はもっと残酷な光景が広がっていた。
京都には人の気配などなかった。あるのは、天人の冷たい視線と切り捨てられる人間の亡骸。雨が降り続く中、傘など持たず裏路地をこっそりと歩く、孤児たち。

「貴方、怪我をしているの?」

不意に目に留まったのは、大柄の男だった。
大きな体を屈めて、大通りを歩く天人の目に止まらないように顔を背けて蹲っていた。見れば、腕や足には痛々しい切り傷が沢山ついている。しかもまだ新しい傷だ。

「立てる?...ここはあまり綺麗ではないから、別のところに移動しましょう。その傷、私に診せて。」
「放っておいてくれ。俺は…」
「何があったのかは知らないけど、生き延びれるチャンスを無駄にするものではないわ。」

「私こう見えて医者なの。」そういって、ボロボロになった男の肩を掴み、立ち上がらせた。男はゆっくりとその体を一歩ずつ前へと進める。そして、ポツリポツリと、自分のことを話し始めた。
彼の名は八二郎。天人と今もなお戦っている侍で、ついこの間起きた大きな戦いで仲間の半分を失ったのだと言う。正義感の強い彼は その事実から目が背けられず、一人背負い込んでここで蹲っていたと言うのだ。
驚くべきことに、彼の帰る場所は地下にあるのだと言う。八二郎を拾った場所から数キロ以上離れた場所へ案内され、私は初めて京都の地下へと足を踏み入れたのだ。



その後、私は傷ついた彼らの治療をしたり、軍議にも参加した。私が攘夷戦争に参加していたことを知った皆は、私を快く受け入れてくれた。
地上の大半は天人に支配されており、通行手形や刀の持ち込み規制があり非常に不自由だった。そんな彼らとは別に、私は「旅人」「医者」のニつを掲げることにより、地上でもうまく生きていく事が出来た。そして地上の情報を持ち帰り、八二郎たちに話した。
彼は本当に熱い人間で、失った仲間のためにもと次の戦いについて綿密に企画をしていた。あまり戦に関わることはしない方がいい、そう分かっていたが、八二郎には死んでほしくない思いで、私は八二郎の目的に対して戦略を立てた。

「名前は女子であるのに剣術に長け、頭も切れ、医術も心得ている。おまけに美しいときた。お前さんにないものはないな!」

はははと笑う八二郎には、もはやあの時のような悲しい表情はなかった。彼の周りにはいつも、彼を慕う沢山の侍たちが囲っていた。
それが、何故か羨ましかった。
私にないものはないと皆は言うが、私には人として一番大切な、この暖かい何かが足りていない。そんな感情に当てられていた。



八二郎の傷も徐々に癒えた頃、私はいつものように地上へ出かけた。最近は、密かに怪我をした天人の治療もしていた。路地で蹲った侍も、お金がなく十分な治療を受けられない天人も、見捨てることなどできなかったからだ。
天人の治療の経験など殆どなかった故、必死に勉強した。

そしてある時、それが八二郎の部下に知れたのだ。
八二郎は私を悲しい瞳で追い出した。「もう二度と来るな。」と。





「何か策があるはずだ。そのために八二郎殿は俺をここへ呼んだのだろう。」
「そんなに心配するな、きっと大丈夫さ。」

桂くんの最後の言葉を不意に思い出す。
八二郎が桂くんをここへ呼んだのは、私を地下街から追い出してしまったから。天人と戦える戦術を持った人間を味方に付けておきたかったからだ。私が桂くんを戦場へと送り込んだ要因のようなものだ。
如何しようも無い焦りに胸を押し潰されながらも、必死に島原を目指す。

桂くんも八二郎も、死なせるわけにはいかない。

春雨一団を一人でこの京から追い出すことなど到底できない。何千もの天人に立ち向かうなど無謀だ。
だけど幸いなことに、密偵からの情報によれば、今この京には春雨の幹部はその殆どが宇宙へ出ているそうだ。島原に残っている幹部の炭大祇さえ抑えれば、そのあとは何とでもなるだろう。

いつもの通り、通行手形で敵陣の中心地である島原へと入り込む。夜の街である島原は明け方になると人も武装も薄くなる。
大量に所持した睡眠薬を一本一本、武装している天人へと刺していけば、簡単に春雨の拠点へと進入ができた。



「君、こんな所で一体何してるの?」

気配のないところから突然した声に、はっと後ろを振り返ると、そこには大きな傘を持った黒いチャイナ服の青年が立っていた。
反射的に抜いた刀を彼へと振れば、ひょいと軽い身のこなしで避けられる。

「あーあー、炭大祇の兄さんも、こんなネズミに入られちゃってるんじゃダメだねえ。」

ニコニコと笑みを浮かべた青年は、素早くその手にある傘を振りかざす。間一髪、その傘を刀で受け止めようとするが、あまりにも重い一撃にくらりと足元が眩んでしまう。その一瞬の隙を見た青年は、私の懐へと拳を入れた。
鋭い激痛とともに吹っ飛んで行く身体。幸いなことに、吹っ飛んだ先にあった柔らかい藁のような荷物のおかげで、大した怪我には繋がらなかった。
ひょろりとした青年なのに、恐ろしい力の持ち主だ。見れば、殆ど日に焼けていない肌に、その丈夫そうな傘。

「あなた…夜兎ね。」

重い体を持ち上げれば、感心したように私をまじまじと見つめる。

「そう言う君は、男じゃなくて女なんだ。その姿だから、てっきり男かと思っちゃったよ。」

動きやすく目立たない、地味な袴を纏う私に、ふーんと上から下まで舐め回すように見つめる青年。その視線から早く逃れたくて、地面を強く蹴り上げ、力強く青年に斬りかかる。

「いいね、その目。お姉さん、俺の好みだよ。」
「悪趣味ね。」
「そうかな?」

キィンと金属がぶつかり合う音が何度も何度も鳴り響く。
この男、やはり最強の戦闘部族の夜兎というだけあって、かなり強い。隙が全くない上に、まるで遊ぶ様に手加減をしながら私の剣を見定めている。それに、この背筋の凍る様な只ならぬ殺気が無意識に私の精神へと襲い掛かる。
気を緩めてはいけない。殺される。

再び飛んでくる彼の拳。再度受けてしまっては、かなり致命的になることは明白であったため、くるりと体を逸らして何とか回避する。

「わお、やるじゃん。」

死の瀬戸際を味わう私とは対象に、何とも楽しそうに私をじりじりと追い詰める彼は、青年とも言えどかなりのS気質な様だ。綺麗に決まった私の膝蹴りも何ともない様な顔をして弾き飛ばすこの男に、もはや勝てる気などしない。

そう、私には逃げるという選択肢しか残されていないのだ。
必死に隙を探しながら、彼の攻撃に当たらない様に逃げ回る私を踊らせる様に攻撃を仕掛ける青年。攻撃の切れ目に、不意に彼は自分がやって来た方を振り返り、「あーあ。」と小さくため息をついた。

「もう少し遊んであげたい所なんだけど、もう終わりみたいだ。」

その一言を言い残し、物凄い速さで私の両腕を片手で掴み上げた。そして、私の体を勢いよく地面に叩き付けた。

「いたいた。団長、ったくアンタって人ァまたこんな所で油売って………って、誰だよそいつは。」

打ち付けられた痛みに体が麻痺してしまった様で、足を動かし逃げようにも体が重く動かない。彼が振り返った先からは、大きな傘を持ったもう一人の大柄の男がノロノロの歩いて来た。

「阿伏兎、悪いけどこの女、炭大祇の兄さんの所に持ってってくんない?」
「何言ってやがんだ、このすっとこどっこい。こちとら迷子の団長を探すのにかれこれ一時間歩き回ってんだ。また逸れる訳にはいかないの。」
「えー。じゃあ俺もあの胡散臭い兄さんのところへ一緒に行こうかな。」

そう言って、私の腕を掴んだまま、引きずるように歩き出す団長と呼ばれる青年。

「君、名前は?」

私の両腕を高いところに持ち上げ、私の顔を覗き込むようにニコニコな顔を向ける。

「何もとって食おうって訳じゃないよ。あ、ちなみに俺は神威って言うんだ。」

そして、こっちの大きい方が阿伏兎ね。なんて、恐らくもう二度と会いはしない男からの一方的な自己紹介を受ける。
こんなの聞いていなかった。夜兎が、しかも2人もこの島原にいるなんて。今朝、半ば勢いでここへと乗り込んでしまったことに少しだけ後悔してしまった。せめてこの男に出会わずに炭大祇の元へ向かえるよう、策を立てておくべきだった。

黙り込む私に「おーい?生きてる?」と呼びかける神威。
何か隙ができ、逃げられるタイミングを見つけなければと、徐々に感覚の戻って来た体をまるで動かない様に振る舞う。

「そちらの別嬪さんはな、名字 名前さんっていいはるんやで。」

黙り込む私の代わりに私の自己紹介をしたのは、神威の歩く少し先に立っていたひょろりとした男だった。

「よう調教されてるさかい、中途半端に痛ぶってもなんも喋らんと思いますよ。」

組んでいた腕を解き、私の顎をぐいっと自分の方へと向ければ、またもやニコニコとした笑みを貼り付けた胡散臭い男の顔が目の前に広がった。

「へえ、知ってるんだ?結構有名なの?」
「知る人ぞ知る、有名人ってところですわ。ちなみに僕は彼女の物凄いファンなんで。」
「物凄いストーカーの間違えじゃなくて?」
「神威団長、ほんま勘弁してくださいって。最近そう言うのごっつ厳しなってきてるんですから。すぐパワハラとかセクハラになる世の中なんですから。」

訴えられたら職失ってまうわあ。なんて冗談げにいうこの胡散臭い男───炭大祇。
団長、もう時間だ、また提督に叱られるぞ。という阿伏兎の言葉に、神威は仕方なさそうに私を炭大祇へと投げつける。

「じゃあまたね、炭兄さんと名前ちゃん。」

そう別れの挨拶を簡単に済ませ、二人の夜兎はその場を去っていった。
せめてこのタイミングで乗り込めば良かった、と大きな後悔に見舞われる。それと同時に、これは大きなチャンスでもあるのではと辺りを見渡した。
幸いなことに、ここは倉庫のような広い空間で出口が幾つもある。逃げ出すなら今しかないと力一杯男から離れようと踏みしめた時、何か針のようなものが私の首元に刺さっていた。

「ぎょうさん麻酔持ってたみたいやから、一つ使わせてもろたで。」

その言葉を最後に、私の意識はプツリと途絶えた。




◇◆◇





目を覚ませば、そこには拷問道具がぎっしりと並べられてた。
体を動かそうとすると、天井から垂れ下がる鎖が両手の自由を奪い、また、足首に繋がる鉄球が足の自由を奪う。
私が目を覚ましたことに気づいたのか、目の前の胡散臭い男は手元の拳銃へと向けた冷たい目を私の方へと向け、ニコリと「おはようさん」と微笑んだ。その一連の彼の動作に、虫酸が走った。

「さてと、思いもよらん収穫やわあ、これは。」

私へとゆっくり近づき、先ほどまで拳銃を握っていたその手で、今度は私の頬を鷲掴みにする。放せと言わんばかりに、彼を睨みつける。

「その反抗的な目、神威とちゃうけど結構そそられるわ。どうやって調教したろかなあ。」

何が面白いのか、くすくすと笑い出す気味の悪い男。私の頬から手を離し、後ろの拷問道具を鼻歌を歌いながら選んでいる。
昔、厳しかった幼き頃に教えられた。敵に捕まり、ひどい拷問を受けても口を割ってはならないこと。決して感情的にはならないこと。危ないと感じた時には、すぐに意識を手放すこと。

「ほんまは適当に嬲ったあと、他の遊女みたいにどっかに売り飛ばそうと思ってたんやけどなあ、」

そう言いながら、鞭を片手にじりじりと私へと迫り寄る。

「あんたがどっかやったんやろ?昨日子供に盗ませたあの電池。」

無表情のままの私に、彼は少し焦りを見せるように鞭を叩き付けた。

「あれの場所吐いてもらわな、俺も立場が結構やばいんやって。ほんま協力してや。」
「………」
「だんまりかいな。ええで、吐くまで虐めたるわ。」

私の太ももへと銃を突きつけ、引き金を引く。
その大きな音にさえ反応しないほど、体は徐々に鈍くなって来ていた。

随分と長い時間がたった気がした。もしかしたら、そんなに時間は経ってないのかもしれないが。過酷な時間はきりきりと私の神経をすり減らしていく。
彼は私にしつこく尋問を繰り返していたのだが、途中からラチがあかないことに気付いたのか、ふと入り口の横にある椅子に座り、何かの画面を操作し始めた。

そして、意識の朦朧とし始めた私へと、その画面を見せつける。

「なあ、こいつら殺したってもええねんで。」
「!!」

そこに映ったのは、綺麗な遊郭の座敷で眠る桂くんと、そして久しぶりに見た銀時の姿だった。
そんなはずはない。桂くんはともかく、銀時は江戸にいるのだから。これは嘘だ、彼が用意したまやかしだと自分に言い聞かせるが、追い打ちをかけるように男は優しく私へと語りかける。

「本当はな、この2人を戦わせるために、わざわざ江戸から白夜叉を呼んでん。まあ、お仲間の2人も一緒やったけどな。」

神楽ちゃんと、新八くん、っつったかな。なんて私の様子を伺うように話しする男。
江戸に住んでいる、2人の従業員がいる、その名前も、昨晩桂くんから聞いた名前であって。

徐々に、これは嘘だと信じ込める自身が無くなってくる。

そして、画面の中で眠る銀時と桂くんの枕元に、刀を持った黒い影が忍び寄る。


「…やめろっ」
「めっちゃええ表情できるんやんか。ほら、どっちから首跳ねたろか?選んでくれてええねんで?」

「黙れ、...銀時と桂くんに指一本でも触れてみろ…っ」

殺す、そう低い声を零す。唇を噛み締めながら男をこれでもかと言うほど睨みつけた。

あの頃と同じ、あの幼い寝顔の銀時が今、画面越しに私の目の前に現れて。どんなに会いたいと願った事か。どれだけ夢に見た事か。
声も掛けられないこの距離でも、目に写したいと願っていたのに。

昨晩と同じ寝顔の桂くんの首と、愛し焦がれた銀時の首が、その画面の中で跳ねられた。






「おや、漸く効いてきたみたいやな。」

いつの間にか部屋に充満していた甘ったるい香の匂い。それを避けるように、男はマスクをしながら私に問うた。

「電池の場所、はよ教え。」



「…エリザベス。」
「はあ?」

そして私は意識を手放した。




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