#1 邂逅



京都三条の外れにある、廃屋となったとある寺院。
そこは京都を生きる人々の秘密の───


十数年前、突如地球に現れた謎の生命体───通称天人。我々の国は、この天人達からかつてないほど大規模な侵略を受けた。
自分たちの国を守るため、誇り高き侍たちは武器を手に取り戦った。しかし、兵士の数も戦の技術も敵軍とは圧倒的な差があり、それらは簡単に埋められるものではなかった。強いられ続ける悲惨な戦況と積み重なる仲間の屍に耐え兼ねた侍達は、ついには敗北を喫した。
それから人は天人の存在を受け入れて、そしてその文化を取り込むことで、互いに地球で共存することになったのだ。

だが、ここ京都だけは違っていた。
京で戦う侍達には戦争敗北や廃刀令といった概念はなく、未だに天人達を追い出さんとばかりに戦っている。
その戦火は極めて激しく、飛び交う刃や銃弾に毎日沢山の人や天人が命を落とし続けている。その屍を超えた先に終わりなんて見えないけれど、それでも必死に希望を求めて戦い続ける侍達の姿は、もはや攘夷戦争の亡霊のようにも思えた。
そして昨今、そんな侍達の希望を突き落とすように、天人達の援軍がどんどん送り込まれ、京の空を灰色に埋め尽くす。

つい三ヶ月前、流浪の医者としてこの地にたどり着いた私は、その悲惨な実態を目の当たりにしてしまい、旅を進められずにいた。



───Core



生々しい鉄の匂いがする。それを運んでくるかのように、大人数の足音があちこちから聞こえてくる。

「いたぞッ!こっちだ!!」

一斉にこちらへと向かってくる数人分の足音に、袴に隠している短剣をぎゅっと握った。静かに路地裏へと身を潜め、息を殺して辺りを見る。どうやら私ではない他の誰かが奴らに見つかり、追われているらしい。ブーツでもスニーカーでもない、草履を擦って走る足音が、そう遠くはない小道から微かに聞こえた。
こんな夜更けに、花街でもない怪しい路地を出歩けば、天人に襲われる。そんなことはこの街では当然のことだ。それでも外を出歩く奴は、よっぽど腕の立つ侍か、それとも相当な馬鹿、もしくは私のような旅人で土地勘のない人間だけだ。

いつの間にかすぐそこまで迫ってきた足音が、突然ぴたりと止む。すると、次の瞬間には金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。
どうやら応戦しているらしい。それも、多数の天人を相手に一人…いや、二人で。そこそこ腕の立つ人達のようだが、このままでは不味い。例えこの場を切りのけられたとしても、無傷では済まないだろう。またもや犠牲が出てしまう…。そう思うと居ても立っても居られなくなるのは、きっと私の悪癖だろう。気付けば懐に忍ばせていた煙玉を握り、路地裏から一気に走り出していた。



灯りの漏れる路地の角を覗き込めば、編笠を深くかぶった大人の男一人と、大きな白い天人一匹が、背に子供を隠しながら複数の天人達と応戦していた。
編笠の男は、切り掛かってくる天人達の剣の間をするりと抜けて刀を振るう。白い天人の方も、まるで侍のような見事な太刀捌きで敵の懐へと斬りかかる。どうやら本当に、かなり腕が立つ人達のようだ。
しかし、安心するのも束の間で、傍に身を潜めていた一人の天人が、その刃を予期せぬ方向から差し向ける。背後に隠れていた子供へと真っ直ぐに伸びるその刃に、思わず路地の角から飛び出すけれども間に合わない。
もうダメだ…そう思った瞬間に、編笠の男は目の前の天人の刃を器用に逸らし、子供の前に立ち塞がった。鋭い刃が、男の右肩を切り裂く。肩から吹き溢れる赤い血を、斬りかかった天人は浴びる。口角の上がったその顔は、まるで子供を庇った男のことを愚弄しているようだった。
勿論それで終わりではなく、更に追い打ちをかけるように天人達は編笠の男に向かって次々と刃物を振り上げる。

勝利を確信したような余裕を見せる天人達。その急所ともいえる股間を、背後から思い切り蹴り上げてやる。

「ぐあ…っ」

悲鳴に似たうめき声を上げてしゃがみ込んだ天人、その陰から隣に立つ天人の足を短剣を差した。
なんだ…!?と混乱する天人達の隙を狙い、編笠の男と白い天人へと目配せをする。

「今のうちに走って、早く。こっちよ。」

膝をついていた子供の手を引き、傷付いた男と白い天人を誘導する。
その背後を追ってくる天人達に、特製の睡眠誘導効果のある煙玉をお見舞いして、その場を後にした。






迷路のような京の民家の間を駆け抜ける。傷付いた男の肩を組み、白い天人は無言で私の後を追いかける。
あの編笠の男は、早く治療をしなければ危険だ。滴り落ちる血の量から、その傷口はそれほど浅いものではないことが伺えた。
私に手を引かれながら何とか走る子供の方は、とても顔色が悪い。間近であんな斬り合いが起きれば、どんな子供だってそうなるだろう。しかも、自分を庇って目の前で男が斬られたとなると、その心情の酷さは計り知れるものではない。
俯く子供の手をぎゅっと握り直し、とにかく近くの隠れ家まで急いだ。



【危ないところを助けてくれて、ありがとう。】

何とかして隠れ家に入ると、白い天人はプラカードを掲げた。なんとも奇妙なそのスタイルに少し驚かされるが、「いいえ、気にしないで。」と首を横に振って微笑んだ。手早く蝋燭に火を灯し、彼の肩に担がれる血だらけの男を受け取ると、編笠を取って茣蓙の上にゆっくりと寝かせた。
手当ての準備をするために簡易医療セットと水を汲んだ桶、タオルを数枚揃えて男の元へと戻った時、私ははっと息を飲んだ。

白い天人が、男の顔色を伺おうと蝋燭立てを近づける。淡い燈に照らし出されたその顔は、とても懐かしいものだった。

「まだ危ないことばかりしてるのね。」

胸の奥底に眠る尊い記憶を手繰り寄せるように、美しい桂くんの頬へと触れた。彼はいつも温かい。それでも今は血を流しすぎた所為か、心なしか冷たかった。朦朧とする意識の中で、浅く息を吸っている。早く治療をしようと彼の着物に手をかけた。
それを隣で心配そうに覗き込む子供と白い天人に、隣の部屋に布団があるから そこで休むようにとお願いをした。とても休めるような心情では無いだろうけど、これ以上子供に血を見せる真似はしたくなかった。


大きな傷口を手早くかつ丁寧に縫い上げて、所々にある小さな切り傷には薬を塗ってガーゼを付ける。その勇ましい体つきは、戦争を終えて随分経つのに昔と何も変わらない。きっと彼もまだ戦っているのだろう、大切なものを守るために。
血や汗で汚れた体を濡れたタオルで綺麗にして、手当ての済んだ場所に包帯を巻いていく。途中、子供を寝かせつけ終えた白い天人───もといエリザベスがこちらへとやってきて、包帯を巻くのを手伝ってくれた。


桂くんを子供の隣に寝かせた後、後片付けをして、様子を見るために再び彼の元へと戻る。すると桂くんは薄っすらと目を開けて、エリザベスと何かを話していた。
戸を開いた音に、首だけこちらへと向けた桂くんと視線が絡まる。相変わらず長くて美しい髪が布団の上に散らばっていて、それすらも何故だかとても懐かしく感じた。


「久しぶりね、桂くん。」

その一言に、桂くんはその目を大きく見開いた。そして、勢いよく上半身を起こすけれど、さっき縫ったばっかりの傷口が痛んだのか、うっと傷口を抑えて再び布団へと倒れ込んだ。
「もう、まだ縫ったばかりだから、あまり動かないで。」と彼の隣に座り込み、そして乱れた布団を静かに掛け直した。

「名前………お主、名前なのか?」

恐る恐る投げかけられたその問いに、しっかりと頷く。

「…本物か?」
「本物だよ。桂くんこそ、本物?」

私の偽物なんかより貴方の偽物の方が沢山いるはずでしょう、だって貴方は有名人なんだから。なんとも腑抜けた掛け合いに、お互い穏やかな表情になる。
とても懐かしい幼馴染。小さい頃からずっと一緒に学び、戦った友。俺はこの国をより良いものに変えていきたい、そう言って離れ離れになってしまった彼との再会に、思わず胸が熱くなる。

「本当に久しぶりだ。」
「そうだね。」
「まさか名前が京都にいたとはな。便りの一つぐらい寄越してくれてたなら、もっと早く会いに行けたというのに。もう、お母さんそんな薄情な子に育てた覚えはありませんよ。」
「うん、私もつい3ヶ月前にここに来たばかりで。それまでは色んな所を転々としていたの。」

お母さんこそ、住所も教えずに薄情なんだから、もう。そう言って桂くんの整った鼻を摘めば、鼻声の桂くんが「お父さんが転勤族だから、決まった住所はないの。」と茶番を続けてくる。
結局どうしたってお互い連絡が取れないことに気付いたため、もう今ここで会えたから何でもいいという結論に至った。


「桂くんこそ、今は江戸で攘夷活動をしているって聞いてるよ。」
「ああ、名前も良ければ我々と共に戦おうではないか。あいにく銀時には断られてしまったのだが、お主が仲間になってくれればきっと彼奴も首を縦に振るだろう。」

何かを確信するような自信に満ちた顔つきで、うんうんと桂くんは頷いた。

銀時───桂くんの口から発されたその名前が、やけに心の奥底に反響する。とても懐かしく、愛おしいそのひとの姿が、不意に瞼の奥に浮かび上がった。
あの強くて逞しい背中に、力強い腕、大きな手、優しい眼差しに、わたしを呼ぶ低い声。
全部全部が、愛おしくて堪らなかった。しかし、その全てを押し殺し、背中を預けあって戦った。ふと思い出すと、自然と切ない気持ちに襲われる。


「銀時も、江戸に住んでいるの?」
「ああ、今は従業員2人と1匹を連れて万事屋をしている。」

下の階の大家に家賃を滞納していることや、よく呑んだくれて自動販売機に頭を突っ込んでいること、万事屋での愉快なエピソードを桂くんは話してくれた。
そこには私の知らない銀時や桂くんが沢山いて、離れて過ごした時間を埋めるようにその話に聞き入った。

私と離れ、戦争を終えた銀時達の生活はとても充実したもので。
同時に、私一人だけが、この懐かしい記憶に取り残されたままになっているという、孤独感を感じざるを得なかった。
それでも愛するひとの今を知りたいという気持ちが強く、怪我人にも関わらず私を気遣いながら話してくれる桂くんの厚意を受け入れた。


「そういえば、桂くんはどうして京都に…こんな時間にあんな所にいたの?」

そう、普段江戸で活動している彼がこの京都へ来るということは、何か理由があるのだろう。
そう尋ねれば、ああ、それなんだがな。と思い出したように話し出す。

「名前は、八二郎と言う攘夷志士の男を知っているか?実は、何度か文通をやり合っていたことがあったのだがな、此度は京都で大きな行動を起こす計画をしているので、ぜひ手伝って欲しいと頼まれたんだ。それでここへ来たのだが、丁度この子供も八二郎殿を尋ねる予定だと言うんでな。一緒に行くことにしたんだ。」

そういって、隣でぐっすりと眠りにつく子供に目をやる桂くん。
それとは裏腹に、桂くんから「八二郎」という聞き慣れた名前が出てきたことに、少し不安がよぎる。

「八二郎は、こっちでは有名な攘夷志士ね。」

八二郎はこの京都の侍を取りまとめる唯一の存在だった。
桂くんのいう通り、近日、八二郎は天人へ大きな戦争を仕掛けるつもりでいた。だから私は、

「再会した所で申し訳ないんだけど、まだ八二郎と会ってないのなら、このまま会わずに江戸に帰って。」

桂くんは、大きく目を見開いた。思いがけない言葉を告げられたからだろう。
静かに言い切った私も、負けじとばかりに桂くんをしっかり見つめ返す。

「なぜだ。我々の同志がわざわざ助けを求めて頼ってくれたと言うのに。」
「ここは───京は、まだ攘夷戦争の最中なの。」

「攘夷戦争」その単語に、桂くんは口ごもってしまう。それはそうだ、あの時、大切な仲間を何人も失ったのだから。たくさん涙を流した記憶が、私にも彼にもあるのだ。

私は、桂くんをまた、あの悲惨な争いに巻き込みたくなかった。
せっかく温厚派として攘夷活動をしている桂くんに、また命をかけて刀を振るってくれなんて、言えなかった。また仲間を失う悲しみを、味わわせたくはなかった。

「この子も、攘夷志士よ。」

スヤスヤと年に似合った寝顔で深い眠りにつく子供。先程までの不安そうな顔など一つも残さず、幸せそうな顔を浮かべる。
刹那、眠る子供の懐に手を入れれば、予想していた通り、懐から青白く光を放つ電池のようなものが出てくる。
その異様な光に目を顰めて「これは」と問う桂くん。

「これはきっと、天人から盗んできたもの。」

この電池はきっと、天人が戦艦を動かすのに使うエネルギー体のようなもの。ついこの間、天人の元へ密偵を送り込んだ時に得られた情報のなかに、とある戦艦を使い、人々がまだ多く住む北の街を殲滅させる計画があった。それを阻止するため、この子は戦艦のエネルギーを盗む作戦に駆り出されたのだろう。
非常に値が張る代物であろうこの電池を探し、きっと天人は総力を挙げて明日から人探しを始めるであろう。

「ここいらを支配している天人は、宇宙海賊春雨の1師団。戦場で人を捕まえては、奴隷のように働かせている。」

青白く光る電池を、私は自分の懐へとしまい込む。
これを怪我人の桂くんと小さな子供が持っていては、皆殺しに合ってしまう。それに、この子供が八二郎の遣いであり、もし八二郎の手にこれが渡ってしまっても、この膨大なエネルギーを用いて八二郎が天人に戦争を仕掛け、また多くの犠牲が出る。

「八二郎は春雨と戦おうとしている。京を争いから解放するために。...だけど、もう刀では太刀打ち出来ない。人の手では勝てないほどの差が生まれてしまっている。」

だが、もう手が引けない所まで来てしまっている…八二郎には、後がないのだ。
あの頃の銀時や桂くん、高杉くんなどといった優秀な戦力は京都にはいない。人々の希望を背負いこんで、破産寸前なのだ。

「しかし、せっかく頼ってくれた同志を見殺しにしろと言うのか?」
「私も桂くんを、大切な友達を見殺しにするわけにはいかない。」

だから、何も言わずに帰って欲しい。
あなたをこれ以上巻き込むわけには行かない。こんな負け戦で、桂くんを失ってしまうのであれば、いっそのこと関わらないでほしい。

「何か策があるはずだ。そのために八二郎殿は俺をここへ呼んだのだろう。」

そういって、布団の中から大きな手を出し、私の手へと重ねる。

「そんなに心配するな、きっと大丈夫さ。」

私を安心させるように、戦いに対して真っ直ぐに向き合う桂くん。いつだってそうだった。彼はリーダーという大きな立ち位置で皆をまとめてきた。戦況が芳しくない中でも、仲間とともに切り抜いてきた。

そんな桂くんに、八二郎に策なんてない。そんなことを私の口からは言えなくて。
八二郎らはおそらく、桂くんを味方につけたという強い気持ちだけで戦おうと思っているのだ。だけど、戦の状況はそんなに簡単に翻されるものではない。非常に厳しいのだ。白夜叉も鬼兵隊も、坂本くんのバックアップもない状態で、過去と同じように戦えるほど戦況は甘くはない。

それでも、彼はとても優しくよくできた人間だから、同じ志を持つものと一緒に戦う。この間出会ったこんな子供を身を呈して庇える人なのだ、困っていると頼られれば、大きな心で受け入れてしまう。
先生によく似た懐の持ち主だ。



「八二郎は、この京都の地下にある地下街にいる。天人も知らない、京都で唯一の人の街。ここから東に向かった三条の外れにある廃寺院に、地下への入口がある。」

すぐそこにあった紙に、簡単な地図をかいた。
それをエリザベスに手渡す。

「私は夜が明けたら、行かなければならない所があるの。だから、今回はここでお別れ。」

切なそうに、そうか。とだけ返事をする桂くん。
桂くんを失うわけには行かない。
大事な仲間を、また起きるかもしれない戦争で失うのが怖い。

「気をつけてね。」

そう桂くんとエリザベスに告げれば、その場を立ち上がる。
窓の外は薄っすらと明るくなっており、夜明けが来たことを告げていた。

八二郎が動き出す前に、やらなければならない。
懐にしまい込んだ電池を着物の上からなぞれば、不意に攘夷戦争時代に守った仲間の顔が思い浮かび、私に勇気をくれるのであった。




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