#11 玉響


「なあ、姉ちゃん。ちょっと俺たちとお茶しない?」

そう言いながら突然私の行く手を塞いだのは、袴の袖をギザギザにカットした三人の男達だった。
揃いに揃って流行らないモヒカンを靡かせながら、不躾にもこちらを舐め回すように見てくる。
ああ、この道が近道だとGooglo先生が教えてくれたので、帰りは大通り沿いの道ではなく細い道を行こうと決めたのだが、それが失敗だったみたいだ。こんなゴロツキに絡まれるなんて。思わず心の中で溜息が溢れる。
一刻も早く男達の下品で不快な視線から解放されたくて、一度止めた足をまた前へと進める。

「先を急いでいるので、失礼致します。」

そう言って何事もなかったかのように男達の間を素早くすり抜けようとするが、世の中そう上手くは行かないもの。
男達のうちの一人に、やや乱暴目に肩を掴まれ引き止められる。

「おいおい、つれねーな!…そんな事言わずに、ちょっとだけで良いからさ。」

掴まれている手を振りほどくように肩を振るが、力強い男の手はビクともしない。ああ、どうやら私は本当に面倒なのに捕まってしまったようだ。ニタニタと気持ち悪く笑う男達に、心底不快な気持ちになる。どんどん自分の顔が歪んでいくのに気が付いていたが、特に隠しはしなかった。

…ここでこの男達と遊んでいるほど、私は暇では無い。
朝から「臨時外出中」にしてしまっている診療所が心配だ。もしかしたら、今こうしている間にも急患が来ているかも知れない。最近は、爆発傷を負った桂くん、打撲傷を幾つも負った近藤さん、車に轢かれたマダオ…長谷川さんなどが、よく治療をしてくれと訪れて来る。彼らはヘラヘラと笑いながら診療所へとやって来るが、複雑骨折していたりと普通に重傷な状態で。直ぐに処置が必要な場合だって少なくは無い。
それに、治療以外でも、お腹を空かせた神楽ちゃんや、料理を学びたい月詠さんが時折顔を出してくれる。
そんな彼らが来てくれているかも知れない診療所に、私は一刻も早く戻らなければならない。

攘夷戦争時代に銀時から教えてもらった、心底不快でダルそうな顔を見せつけ、男達が「なんだこの女可愛くない」と言って去って行くのを待つが。

「姉ちゃん、よく見りゃすんげー美人じゃん。」
「ヤベェな、おい!こんな美人初めて見たわ。」

男達から溢れた想定外の言葉に、私は唖然となる。
ちょっと銀時、この顔全然使えないんだけど!!あの時、銀時は私のことを散々「不細工」だと褒めていた(馬鹿にしていた)と言うのに、これではまるで意味がない。
あの時は真剣に私の身を案じて教えてくれていたと思っていたのに、実際はただ揶揄っていただけだったのか。何年か越しにその真実に気付き、無性に銀時を問い質したくなった。
本当に、あの男は…。

目の前の男達を不快に思う気持ちに拍車をかける様に銀時の悪戯が発覚し、私は不愉快のあまり行く手とは反対側の男達が立っていない方向へ歩き出した。

「おい、どこ行くんだよっ!」

焦った男達は声を荒げ、すぐに私の周りを囲み直す。そして、逃げないようにと医療道具の入った鞄を持つ私の手首を力強く掴んでくる。

「離してください。」
「ちょっとお茶してくれるだけで良いからさ、な?」

茶目っ気の混ざった言い方とは裏腹に、男は懐に隠していた刃物をこちらにチラつかせる。
ああ、ご丁寧にこんな物まで用意して。本当に心底溜息を吐きたくなる。

もしこの男が刃物をこちらに振るってきても、躱せる自信はあった。だけど、掴まれた手には医療道具の入った鞄があり、そこそこ高価なものが沢山入っているこの鞄を乱暴に扱うわけにはいかない。
つまり、男の手を力尽くで振り解くことは今の私にはできないのだ。
諦めて怯えたふりをして手を離してもらうのを待つか。そう考えていれば、不意に後方から低い声が響く。

「おい、お前ら何してんだ。」

それは、聞き覚えのある声だった。
誰だ俺たちの邪魔するのは、と苛立ちながらその声の方へと向いた男達の目が丸まる。

「土方さん?」

私の目が彼の姿を捉え、そして彼の名前を発した途端、男達は刃物を懐に仕舞い、慌ててその場から立ち去っていった。
そんな呆気なく立ち去った男達の後ろ姿を眺める。
流石、真選組鬼の副長ともなれば、現れるだけで悪者を散らす事が出来るのか。ここ最近は、屯所で喜んでマヨネーズを食べる姿や、総悟くんに悪戯される姿しか目撃していなかったので、恐ろしいという印象がすっかり薄れてしまっていた。だけど、本来の土方さんは、今まさに私の目の前にいる姿なのだと改めて思い直す。

「大丈夫か?怪我は?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます。」

逃げていったゴロツキどもには目もくれず、真っ直ぐに私の元へと駆けつけてくる土方さん。私を気遣ってか、まだ長いタバコの火を消してくれる彼は、実は紳士的なところが多くある魅力的な人。だが、そういうのを表に出さないところが、どこか自分に幼馴染に似ている。

「アンタ、そう言えば江戸には最近来たって言ってたな。ここいらの道はアイツらみたいなのが多いから気を付けろ。遠回りでも大通りを抜けたほうが良い。」

ああ、やっぱりそうだったのか。
私が江戸を知らなさ過ぎるのか、それとも土方さんがお巡りさんだからそういう事を知っているのか。どちらなのか私には検討も付かないが、普段のマヨネーズな姿から一転、何処かお巡りさん染みた忠告をしてくれる彼が、少し可笑しく思えてきて。

「ふふ。」
「…なんだよ。」
「なんと言うか、本当にお巡りさんなんですね、土方さん。」
「ああ?舐めてんのかコラ。」
「いえ…とても素敵ですって意味です。」
「絶対違ェだろ、今の!明らかに面白がって笑ってやがっただろッ!!」

込み上げて来る笑いに耐えきれず、思わず吹き出してしまった私に、彼は丁寧にツッコミを入れてくれる。
多少口が悪いところはあるが、慣れてしまえば暖かい人だと思う。
くすくすと笑い続ける私を不機嫌そうに見る土方さんに、ああ何か言ってあげなければと、弁明の言葉を探し出す。

「だって、いつもの土方さんは、総悟くんに悪戯されたり、マヨネーズご飯にかけたり、タバコ咥えながら凄い目つきで会議に出席されているんですもの。本当にお巡りさんっぽいところ、初めて見ました。」

普段の土方さんは、世間一般の人がイメージするお巡りさんの姿とは到底かけ離れている。そんなニュアンスの言葉を口にした私に、焦ったように否定する土方さん。

「な…マヨは良いだろう、マヨはッ!!」

どう考えてもマヨネーズが一番異常なのだが、土方さんの中では、他はともかくマヨネーズだけは絶対に否定してはいけないらしい。
すらっと伸びた背に、シュッと引き締まった顔、そのどこにもマヨネーズの存在など見せない彼なのだが、では三度の飯に過剰摂取するマヨネーズは一体どこに消えてしまっているのか。医者としてその謎に迫りたいところではある。だけど、今はこっそり胸の内にしまっておく事にした。

ごほんっと咳払いし、先ほどまでの顔を引き締めた土方さんは私に訊く。

「今から診療所に戻るのか?」
「はい。」
「ついでだ、送ってく。」

そう言って、私の手から医療道具の入った鞄をサラリと取ってしまった土方さん。
隊服を着ていることからして、きっとこの人は今お仕事中なのだと察する。新選組の、それも副長さんという偉い立場の人に、何でもない一般市民の私が送ってもらっても良いものなのだろうか。そんな事を考える私とは裏腹に、行くぞと先へと進む土方さん。彼が良いならいいのかな…と、ここは素直にご厚意に甘えることにした。


「アンタ、最近江戸に来たって言ってたが、何か理由でもあんのか?」

ニ人並んで歩き出せば、土方さんからそんな突拍子のない質問が飛んで来て、驚いてしまう。
私が江戸に来た理由…そういえば、近藤さんや総悟くんには話したが、土方さんには話してなかったか。普段あまり土方さんとニ人きりで世間話をすることはない。屯所で土方さんはずっと忙しそうに仕事をしているし、致命的な怪我を負わない限り医務室へは来ない。そんな人だ。
こうやってゆっくりお話しできる機会を新鮮に思いながら、土方さんの問いに答える。

「幼馴染が、江戸に住んでいたからです。」

何度も誰かにしたその話を、どこか遠くを見つめる様な瞳を空に向けながら口にする。

「その幼馴染とは家族のように、ずっと一緒に生活してたんです。だけど五年前、私は医者の資格を取るためにその幼馴染と離れてしまったんです。」

家族の様な存在。表向きには、そんな言葉がぴったりな私達。彼もきっとそう思っている筈だ。
私だけが、彼を恋しいと思っている。家族への愛情以上のものを胸の内に秘めて彼と過ごし、そして、別れた後何年経とうとも未練がましくずっと慕い続けた。
叶いもしないこの想いを、どうしたって捨て去ることなど出来なくて。
辛い人生を送ってきた彼には幸せになって欲しいと願っているのに、心のどこかでは、私以外を選んで幸せそうに笑う彼を否定する。
彼が、こんなに醜い私など選ぶ筈はない。本当の私は最低な人間で、とても家族みたいな存在とは言えないかもしれない。

私の話を静かに聞いてくれている土方さんを盗み見れば、パチリと目が合う。彼にとっては興味の惹く面白い話ではないと思っていたが、まるで話の続きを待つかの様なその視線に温かさを感じる。

「その後、私はずっと旅医者として各地を転々としていました。…そしてついこの間、旅の途中に寄った京都でその幼馴染に偶然再会したんです。」

それは真新しい記憶。だけど、この先一生忘れることはないだろう。
再会しても変わらない彼は、私を闇の中から掬い上げ、温かい場所へと導いてくれた。それが嬉しくて、つい涙が溢れ出た。益々彼が恋しいと思えてしまった。

でも、この恋しさは決して土方さんへ悟られてはいけない。土方さんは銀時と知人で、仲が悪いとは言え何かと縁のある人物であることを私は知っている。

「ちょうど旅に疲れを感じていた私に、彼は歌舞伎町を紹介してくれて。それで、最近ここに住み始めたんです。」

本当にあった事実は違えずに、要所要所を掻い摘んで経緯を伝える。そんな着色不足な味気ない私の話を、思いのほか真剣に聞いてくれていた土方さん。こちらに向けられたその真剣な眼差しに、少しだけ驚いてしまう。

「で、また一緒にその幼馴染とは住み始めたのか?」
「いえ。彼には今、大切な家族と自由な暮らしがあって…私は、彼の近くで生きて行けるだけで、もう十分なので。」

ふと無意識に零した笑みが、どこか諦めた様な、困った笑みになっていたかもしれない。直ぐに顔を引き締めようとするが、それも中々上手くいかなくて。

彼の近くで生きて行けるだけで十分だと、ちゃんと思わなければならない。誰にでも優しい仲間思いの彼が、私を特別に想うことなどこの先何があっても無いのだから。彼の自由な生活の邪魔をしないように、陰で想い続けるのが良いに決まっている。

だけど、側にいると、どうしようもなく欲しくなってしまう。
愛されることを、望んでしまう。
いつからこんなに卑しい人間になったのか。
本当に自分には呆れてしまう。

「すみません、なんか私、ぺらぺらと自分のことばかり喋ってしまって…お恥ずかしい。」

口下手で、普段自分の事は多くは話さない私にとって、こういう話題を振られると正直ドキドキしてしまう。
少し喋りすぎたかな?変なところや怪しいところは無かったよね?幼馴染が銀時だなんて分からないよね?
えへへと、全てを誤魔化す様な笑みを土方さんに向ければ、土方さんは今まで見たこともないくらいに穏やかな顔で私を見つめてきて。思わずドキリとなってしまう。
私が誤魔化せば、こうやって優しい顔をして何もかも受け止めてくれる。こんな反応をする人を、私は知っている。

「土方さんは、その幼馴染に少し似ています。」

私がそう言えば、土方さんは一瞬だけ驚いた様に目を丸くする。
そして、呆れた様な笑みを浮かべながら言った。

「とんでもねー野郎だな、その幼馴染ってヤツは。」
「ええ、本当に。」

そんなお茶目な冗談を発する土方さんに、思わず笑ってしまう。
幼馴染、もとい銀時がとんでもない人間だというのは、正にその通りなのだが。果たして銀時には、土方さんのようにとんでもない人間だという自覚があるのか。
私のことを引き寄せたり、手を離したと思えば、ケロッとした顔でもう一度引き寄せたり。本当にとんでもない人間だと自覚しているのであれば、きっとそんなケロッとした顔はできないはずだ。
きっと、銀時は土方さんより何倍もタチの悪い男だ。

「そんなヤツ、辞めとけって。一緒になったって絶対いいことねー気がするわ。」
「土方さん、自分に対して言ってるんですか?」
「馬鹿、違ぇよ。ただ何と無く、俺と似てるヤツはいいことねー気がするってだけだ。マヨを愛するならまだしもだな…。」
「残念ながら。」
「ほら、絶対やめとけって。」

そんなことを自信満々に言ってのける土方さんに、おかしくて笑ってしまう。
土方さんの基準はどこまでもマヨネーズでできていて、それを何も可笑しいと思っていない所を見ると、彼もまた銀時と同じではないかと思ってしまった。




◇◆◇





「センセー、ちょっとそこで転けたんで手当てしてくれないですかー。」

無事に土方さんに診療所まで送り届けてもらい、そのまま帰ってしまいそうな土方さんへお茶を出そうとしていた正にその時。耳馴染みのある間の抜けた声が、診療所の扉が開く音とともに聞こえて来て。
土方さんと私がほぼ同時に振り向いた先には、身体にいくつものクナイを刺した幼馴染が立っていた。

「転けた人間にクナイは刺ってません。」

相変わらず適当なことを言う銀時に呆れながらも、彼を受け入れる。
どうしてそんなに痛々しい状態で、平然とそんな冗談を言ってのけるのか。最初こそそう躊躇っていたものの、彼との長い付き合いの中、彼のそんな言葉遊びに躊躇ったりする事はなくなった。そして、本当の事実を尋ねることもしなくなった。
きっと言いたくないから冗談を言っているのだろう、といつからかそんな風に思うようになったから。

痛そうな見た目とは違い、軽い足取りでこちらへと近づいてくる銀時。そんな彼を目にした土方さんは、あからさまにその綺麗な顔を歪ませる。

「いや、それがさ、転けた先が運悪くクナイの売り切りセールをしてるワゴンの中でよぉ。って、アレ?多串くんじゃねーの?なに?白昼堂々と先生のことナンパしてんの?公務員はいい御身分だなオイ。」
「んな訳ねェだろ、ふざけんな。お前こそ白昼堂々、近所の診療医口説きにきてんじゃねーよクソ天パが!」
「違いますー、俺は怪我をしたから先生に診てもらおうと来た善良な患者ですー。」
「こんな傷でわざわざコイツの手を煩わせてんじゃねーよ、迷惑患者!」
「ああ?こんな傷でもばい菌とか色々入って悪化する可能性だってあるんですー。先生に診てもらう方が良いに決まってますー。なに?多串くん馬鹿なの?」
「馬鹿はお前だッ!お前こそ社会のばい菌みたいなもんだろうが、この金欠ニート野郎ッ!」

一息も付かずに、息ピッタリにお互いの嫌味を言い合う彼らは本当は仲が良いのではとさえ思えてくる。
睨み合う彼らの仲裁をするのは少し骨が折れる話だが、このままでは銀時の身体中の血が抜けきるまで終わらない気がして、仕方なく銀時の腕を掴んでこちらに引いた。

「銀時、土方さんはね、ここに来る途中で私のこと助けてくれたの。」

土方さんから目を離してこちらを見た銀時にそう告げる。二人の言い争いに横やりを入れた私の言葉が届いたようで、そのままお互いが大人しくその身を離した。
なに、なんで多串くん?ってか多串くんなんか役に立ったわけ?など、また言い争いが始まってしまいそうな挑発を仕掛ける銀時の声にかぶせながら、土方さんへ頭を下げてお礼を言った。

「土方さん、ここまで送ってくれて、ありがとうございます。」
「ああ、じゃあな。また水曜日に。」
「さっさと帰りやがれ、この税金泥棒が。」
「あァ?お前こそこんな所で人の仕事の邪魔せずに、自分の仕事でも探しやがれ。」
「だーかーらー、俺は患者なんだっつってんだろーがッ!」

二度と来んじゃねーよ、と去っていく土方さんへ見送りの言葉を送る銀時。ここは銀時の家でもなんでも無いのに、と思いつつ白衣を羽織って銀時に刺さったクナイを抜き、消毒して止血していく。麻酔も何も無いその荒治療に、銀時からは「いてて…」とか「あれ、わざとやってる名前ちゃん?」とか「絶対わざとしてるよね?」とか言う声が聞こえてくるが、気にせずに続ける。「ナンパされた時の断り方、ブサイクな顔作り編」で教えてくれた顔は役に立たず、当時の私を揶揄ってくれた仕返しだ。尤も、それを私に教えた記憶が銀時に残っているのかどうかさえ怪しいが。


一通り傷の処理が済めば、リビングへ銀時を迎え入れてお茶と甘味を出す。そんな私をジロジロと見つめてくる銀時。いつもなら私になど目もくれずに目の前の甘味に飛びつく銀時が、なぜ黙ったままこっちを見ているのか。銀時が座る横に腰を下ろし、その緋色の美しい目と視線を合わせながら「どうかしたの?」と首を傾げる。すると、銀時は無表情のままボソリと言った。

「…なに、今日はやけに綺麗めな格好してんじゃねーの。」

なんだかいつもと違って様子が可笑しい銀時が一体何を言い出すのかと思えば、何でもない私の服装のことで。少しだけ呆気に取られる。
確かに今日の私は普段の地味な袴姿ではなく、質の良い美しい着物姿をしている。それには理由があった。

「ああ、これね。流石に九兵衛さんのお家に、いつもの格好で行くのは気が引けちゃって。」

今朝方、久兵衛さんから電話があり、お爺上がギックリ腰で歩けなくなったので少し診てほしい、名前ちゃんに治療して欲しいそれ以外は受け付けないと言って聞かないんだと、困った声色で診察のお願いをしてきた。
勿論、知人の頼みともなればと二言返事で了承したのだが、よく考えてみればあの豪邸にこの見窄らしい袴で訪れるのは流石に失礼に値するのではないか、と。そして、襖の奥底に大切に眠っていた、嘗て京都で八二郎さんから頂いた着物を着て、診察に行った。
その一連の流れを説明すると、聞き終わった銀時は何かが腑に落ちたようで、「ふーん」と言いながら目の前の甘味を食べ始めた。

「あのエロジジイのギックリ腰なんざ診に行かなくてもいいだろ。世界で一番どうでも良いわ。」
「もう、そんなこと言わないの。」

先ほどまでのおかしな様子は全く無くなり、いつもの銀時に戻った様子でほっとする。
そんなに綺麗な着物を着た私が見慣れなかったのか。…いや、もしかしたら全然似合ってなかったのかもしれない。こんなに高い着物、私如きが似合うはずなどはないのだが。それにしても、銀時の甘味の手が止まる程に似合わなかったとは思っても見なかった。自分では、まあ少しは様になっていると勝手に思っていたが、勘違いだったのか。
無意識に自分の着物へと視線を落とす。銀時に綺麗だとか、素敵だとか、そんな言葉をかけて貰えるとは元々思ってなかったけど、ちょっとは良い風に見えるかなと自惚れしていた。
なんだか落ち込んでいく自分の心を表に出さないように平然としていれば、銀時は全く別の事を口にする。

「俺ァてっきり、名前と多串くんが良い仲になって、デートでも楽しんでたのかと思ったわ。」

甘味を食べながら、こちらを向かずにそんな事を言い放つ銀時。その言葉を直ぐに理解できず、締まりのない声が溢れる。

「え、私が土方さんと?」

良い仲で、デート?
全く想像もできないそのシチュエーションが一体どこから浮かび上がって来たのか、付いていけない頭で必死に考える。
確かにさっきまで私と土方さんは一緒に診療所まで歩いていたのだが、良い仲…つまり、恋人のような甘い雰囲気などは全く無かった。それに、デートに行くような綺麗な召し物を纏っていたのは私だけで、土方さんはいつもの隊服を着ていた。如何にも仕事中だと言わん隊服姿の土方さんと甘い雰囲気になるなんて、考えられない。
ぶっきら棒で硬派なあの土方さんが…と頑張って想像をしてみるものの、ないない絶対ない!と可笑しくなって笑いが込み上げる。

「あり得ないよ、私みたいな女が あんな素敵な方とデートなんて。」
「おいおい、あの野郎のどこが素敵だってんだよ。マヨとニコチンの塊じゃねーか。」
「そこ以外は大体完璧でしょう?」
「え、なに?お前、ああゆうのがタイプなわけ?」
「…さあ、どうだろう?」

そんな私の意味深な返事に、思いっきり顔を顰める銀時。それほどまでに土方さんのことが気に食わないのか、と呆れてしまう。
土方さんは、少しだけ銀時と似ているところがある。ぶっきら棒だけど根は凄く優しいところとか、実は頼りになるところとか。銀時のそういうところが好きな私にとっては、土方さんのそれもとても好ましく思える。だから、タイプかと聞かれれば、それなりに当てはまる気がする。
でも、だからと言って、いつか私の中で土方さんが銀時と同じ位置に来ることなどは、絶対にあり得ない。ずっと長い時間をかけて愛しいという気持ちと向き合ってきた私は、そんなに簡単に他の誰かを愛することなどできない。
私の全部が、目の前のこの男に奪われているというのに。呑気なことに私のタイプを自ら聞くなんて、本当に馬鹿な人だと言ってやりたい。
口いっぱいに甘味を含ませた銀時は、フォークをこちらに向けながら反論する。

「趣味わりーわ、それは。絶対やめとけって。」
「それ、土方さんにも言われた。」
「え、なに?どういうこと?アイツにアイツのことタイプって言ったの?名前ちゃんは既に振られちゃってたわけ?」

土方さんがタイプなのではなく、土方さんと所々似ている銀時が私は好きなんだけど。そんなことを、絶対に言えない。
ハテナマークを頭上に沢山散りばめる銀時には、よく分からないままでいて貰おう。

「うーん、土方さんに言っても振られちゃうんだろうね、きっと。私のこと、タイプじゃなさそうだし。」

土方さんには、もっと大人でセクシーな美女が似合いそうだ。私のように綺麗な着物一つ似合わない女には目もくれないだろう。「どいうい事だよコノヤロー。」なんて不満を零す銀時にあえて言葉を捕捉せず、この話を終わらせる。

いつしか空っぽになっていた銀時のマグカップにイチゴ牛乳を注ぐ。それを待っていましたと言うかのように、注ぎ終わったマグカップを手にとり、イチゴ牛乳を飲む。ごくり、と飲み込むたびに、男らしい喉仏が上下する。
不意に、その喉や太い首筋をそっと触れて、そして撫で下ろしてみたい…なんてことを考えてしまう。
きっと私が触れたって、なに?なんて驚きもせず普通の顔で返事をしてくるのだろう。だけど、もし恋人が触れれば?愛しそうな顔をして、銀時も同じようにその骨張った大きな手で首筋を撫で返すのだろうか。優しい手つきで頬に触れたり、耳たぶを指で撫でたり…。
土方さんでは考えられなかった甘い雰囲気は、銀時では幾らでも簡単に浮かび上がる。ずっと欲しかった、今も欲しいと思っているのだ、そんなことは当然だ。

だけど、どんなに望んだって叶いはしない。ずっと長い間こんな距離感でいると嫌でも気付く、私が彼の恋人になれる事はないのだと。もし私に銀時が欲しがる魅力があったなら、銀時はとっくの昔に私をその懐に閉じ込めている筈だと。

イチゴ牛乳を飲み干した銀時は、マグカップを握ったまま私の方へと差し出して「ん。」とだけ発する。もう一杯注げ、という事だろう。本当にどうしようもない大人になったものだ。そう思いながらも、イチゴ牛乳を注いでしまう私も相当どうしようもない大人なのだが。

「今日もお仕事だったんでしょう?ご苦労さま。」

クナイが刺さる仕事がどんな仕事かは分からないが、銀時が朝から起きている事は珍しいので、きっと仕事だったんだろうなと簡単に想像がついた。
それを肯定するように、銀時は「本当に朝からご苦労なこったぜ、二度と忍者屋敷の草むしりの仕事なんか受けるかよ!」と半日のうちに銀時を襲ったエピソードを語り始める。何だか訳の分からないどんちゃん騒ぎに巻き込まれ、気付けば身体中が痛くなってここに駆け込んだ。なんで俺がこんな目に…と、さらにイチゴ牛乳を煽る。そして、差し出されるマグカップに、またイチゴ牛乳を注ぐ。

なんだかんだで色々話し込んでいれば、気付けば銀時の次の依頼の時間になっていて。行きたくないと駄々をこねる銀時の手を引き、ソファから立たせる。

「なァ。そう言えばお前、明日休みだろう?」
「ええ。」
「今晩、ガキどもに飯作りにうちに来ね?」

今週は神楽の当番で、本当に献立が毎日卵かけご飯なんだって。ボソボソと頭を掻きながらそう言う銀時。ガキどもに飯作りに、と言っているが、彼の本意は「卵かけ御飯以外のご飯を自分に作ってくれ」という事だろう。
久しぶりに賑やかな坂田家の食卓にお邪魔するのは私も大賛成だ。いいよ、何が食べたい?と今晩の献立を伺おうとしたその時、背後からサッと出てきた大きな太い腕に、ぐいっと引き寄せられる。
何も構えてなどいなかった私の身体は、ぐらりと傾きそのまま銀時の胸板へとぶつかる。
直ぐに太い腕が首元にしっかりと巻き付けられて、驚いて離れようとする私の身体を拘束する。

「ついでに一泊してけよ。明日の朝も神楽の当番だから飯作って。」

耳元で低く囁く銀時の吐息が温かくて、ドクドクと心臓が悲鳴をあげる。
なんで、そんな頼み方なんだ。いつも不意にそんな風に揶揄ってくるこの男は、本当にタチが悪い。
この力強い腕が、まるで私の事を離したくないと言っているようで。この寄せられる顔が、今にも触れ合ってしまいそうで。変な勘違いをしてしまいそうになる。

意識しまくっている私の心など悟られないように、困った声色で銀時へと返す。

「もう、本当に困ったお家ね。」

その言葉を肯定と受け取ったらしく、卵かけご飯地獄からの解放が約束された銀時は、嬉しげに私から腕を離して「しゃあ!今日は御馳走だ!そうと決まれば仕事なんかさっさと終わらせてくるか。」と言いながらリビングを去る。
本当に困った人。

嵐のようなその男の見送りをして、次の患者が来るまで一人で今晩の献立を考えた。





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