#8 端緒


春、とても暖かい陽気は歌舞伎町にいる私たちの元へと降り注ぐ。

一週間ほど前、私は居候させて貰っていた銀時の住む万事屋からこの平屋の一軒家へと引っ越してきた。
平屋は大通りからニ本ほど中に入った場所にあり、万事屋からは徒歩10分程度の場所だ。目立たない場所とは言えど歌舞伎町のど真ん中に位置するこの物件を破格で紹介してくれたのは、この歌舞伎町で顔のきく、頼もしい私の幼馴染の銀時だった。きっと彼はあのよく回る口を巧みに利用し、沢山価格交渉をしてくれたのだろう。あまり多くは語らず、偶々ゲットしちゃったわ、なんて間の抜けた顔で私を喜ばせてくれた彼だが、実際はそんなに上手くいかないことぐらい私にでもわかる。
でも、それを上手いことやってのけて格好が付いてしまう、彼は本当に魅力的な人間だと改めて思ってしまう。


家屋の一部を診療所へリフォームするため、銀時と神楽ちゃん、新八くんは毎日のように私の家へと足を運んでくれる。そして、せっせと四人で一生懸命に働いては、みんな揃って私の家でご飯を食べる。その以前とあまり変わらない生活っぷりに、銀時の家を出た後も私は寂しさを感じずに過ごすことが出来た。
この町に来て、たくさんの人の温かさに触れ、愛おしい人の優しさに触れてしまい、本当に毎日が楽しくて堪らなかった。だけどそんな幸せに慣れていない私は、臆病なことに、いつかこのしあわせな日々も壊れしまうかも知れないと心の何処かでは怯えていて。
それが募るたびに万事屋やお登勢さん達の温かさに触れ、大丈夫だと自分を安心させる日々を送ってきた。


「銀時、そのペンキ少し借りても良い?」

古くなった家の塀のペンキを塗っている銀時へと声をかける。作業着の首元に白いタオルを巻いた銀時は、そのタオルを手に取り額の汗を拭いながらこちらに振り返った。手に白いペンキが付いていたのか、汗を拭い終わった銀時の頬には白いペンキが付いていて。付着したての今なら強く擦らずに取れるのではと思い、「ちょっとじっとしてて。」と銀時の頬へと手を伸ばしてそのペンキを親指で拭う。
男のひとらしからぬ、きめ細かい白い肌。本当に羨ましいほどの綺麗な肌に惹かれ、ペンキが取れた後も少し見入ってしまう。中々離れない私に、「とれた?」と確認する銀時。その声に、思わずパッと離れて「伸びた。」と返せば、「え?嘘?なに、今の親切心じゃなくて嫌がらせだったの?」と私の触れた頬を乱暴に擦る銀時。「うそ。もう付いてないよ。」と笑って言えば、何だかちょっと不貞腐れたような表情で笑っている私に小言を言いながらペンキを私へと差し出してくれた。

銀時から受け取ったペンキを持って、すぐ横の看板の前に立つ。看板には診察時間や定休日などを記載していて。
その診察日を示す箇所の、水曜日の午後の枠に記載している丸印を、私は受け取った白いペンキで塗りつぶした。

「あれ。なになに、真面目な名前ちゃんとは言えども、やっぱり水曜日の午後はお休みしたくなっちゃったわけ?」

ペンキと一緒に付いてきた銀時が、私が塗りつぶした場所を見ながら言ってきた。

「いや、ちょっと専属の患者さんができたから。」
「え、なにそれ。なんで まだ診療所も開院してないのにオファーが来てるわけ?お前どんだけモテモテなんだよ、羨ましいな、おい。」

俺にも少しは分けてくれよ。なんて心にもない事を言う銀時だが、私の言う「専属の患者」というのに少し興味がある様子で、詳しく聞きたそうに「で?何でそうなったわけ?一体誰がうちの名字先生を水曜日の午後独り占めしちゃうわけ?」と話題を広げて来る。

「実はこの間、深夜に飛び込みで患者さんが来られて。とても酷い刀傷を負っていてたから、他を当たって下さいなんて言えなくて…治療を引き受けたの。」
「ああ…まあ、大体想像つくな。お前のその感じ。」
「そう?それで、まあ、その人を一生懸命手当てしたんだけどね。実はその人、警察の局長さんをされてる方だったの。」
「へー。って、え?今なんて?警察って言った?税金泥棒の局長さんって言った?」
「それでね、その方が目を覚ました後少しお話をしていたら、屯所に週一で来てくれてた大病院の先生が歳で引退しちゃうみたいで。これも何かの縁かも知れないので、代わりに来てくれないかってお願いされちゃった。」
「おいおい。ちょっと待って。なにそれ、俺聞いてないんですけどー!なに知らないところでゴリラ助けしてゴリラの縄張りに案内されちゃってるわけー!?」

私が助けた方はどうやら銀時の知り合いのようで、先程の穏やかな声色のやり取りから一転、激しく驚きを表す。
私が助けた、近藤さんと言う方は確かにゴリラのような容姿の方だったが、もし違っていたらまずいので、「銀時、近藤さんと土方さんとお知り合いなの?」と名指して尋ねる。そうすれば、どうやら同じ人だったようで、「え、まあ。何つーの。世界で一番どうでも良いお知り合いって言うか、何て言うか。」と、言葉を濁しながら言った。銀時がそこまでムキになって仲を否定すると言うことは、きっと本当は結構仲が良いのだなと想像がつく。
本当に顔の広い人だ。改めて思った。



そう、それは四日前の晩のこと。
一仕事を終えた万事屋一行が帰宅した数時間後の出来事だった。日中動き回って汚れてしまった身体を風呂で綺麗にした後、論文や参考書を読み漁っていたその時、不意に表の方からドアを叩く音が聞こえて心臓が跳ね上がった。
こんな時間に、一体誰だと言うのだ。まだ万事屋以外の客など入れた事のないこの家を尋ねるなんて、もしかしたら前の住人の知り合いなのかも知れない。だが、もう時刻は深夜一時を回っていて、とても良識あるお客をは言えない。
ドアを叩く音はすぐには止まなかったので、少し悩んだ挙句、素振り用に持ってきた竹刀を片手に表へと足を進めた。

緊張に包まれながらドアへと近づけば、男の人の切羽詰まった声が聞こえてきた。

「すまない!急患なんだが診てくれないか…っ?」

急患、その単語にすぐさまドアを開く。
そこには黒い洋服に身を包んだ男が二人いた。一方は酷い傷を負っているのか、足元に血を溜めながらもう一人のに方を抱かれて立っていて。もうほとんど意識のない様子だった。そんな傷だらけの男を抱えた黒髪の男は、本当に心から私に治療をお願いしているような真剣さが伝わってきて。

残念ながらここはまだ開院していない診療所で、設備が整っているわけではない。だが、この人を助けたいと言う気持ちが私を強く突き動かす。

「こちらへお願いします。」

表のリフォーム中の診療所ではなく、裏の勝手口から自宅の方へと彼らを通した。
そして、今まで旅の最中に使っていた治療セットを引っ張り出し、タオルを数枚鷲掴みして、急いで彼らを通したリビングへと戻る。彼の傷はかなり深くまで開いており、すぐに治療を行なった。

幸い、黒髪の男がすぐに運んできてくれた事もあり、傷を負った男は無事だった。
傷を縫い終え、緊張感から解放された私はふうっと一息着いた。それを合図に、黒髪の男はこちらへと近づいてきて、眉間にしわを寄せながら心配そうに尋ねた。

「近藤さんは…っ、この人は無事なのか…?」
「大丈夫です。命に別状はありません。」
「そうか…よかった。」

私の一言に安心したように、男は深い深いため息をついた。
そして、私の座るすぐ横へと腰を落とし、その額をリビングの床へと付け、彼の仲間を助けたことに対する感謝と夜分遅くに訪ねたことに対する謝罪を述べた。今まで苛立ちを滲み出した態度でこちらを見ていた彼の想像もしていなかったその誠実な態度に、私は柄にもなく呆気にとられてしまった。

そして彼は静かに「救急車を呼んだのだが、来るのに30分以上掛ると言われた」ことや「昼間ここの看板を見たから、決死の思いで駆け込んだ」ことを話してくれた。
昼間看板を見たと言う彼の言葉に、塗りたてのペンキを乾かすため、昼間少しの時間だけ看板を表に掛けてあった事を思い出す。
もし今朝看板を書き終えていなければ看板を表に出して乾かすことなど無かったし、そうすればこの傷の男も助からなかったかも知れない。看板を偶々乾かしたことと、その乾かしている看板を偶々見たと言う奇跡が今回の幸いを呼んだ事を彼に伝えれば、彼はその整った顔を少し驚かせ、そして穏やかに微笑んだ。

改めて自己紹介をすれば、この黒髪の端正な顔立ちの男は真選組の副長をしている土方十四郎さんだと言うのだ。
そして更に、この傷の男は、真選組の局長を務める近藤勲さんだと言うことを聞かされ、心底驚いた。

真選組というのは、江戸の警察みたいなものだと銀時が言っていた。
いくら平和な江戸とは言えど、その警察は今も昔も変わらず死と隣り合わせで働いている事を、今の彼らを見て改めて認識させられる。

客間に二人分の布団を用意し、「客間をご用意したので、そこで今日一日は安静にさせてあげて下さい。」と言えば、更に深々と礼をする土方さん。夜分遅くに、しかも女性が一人暮らしをする家にお邪魔してしまうのは本当に面目ないと意外と律儀な性格の彼に、思わず笑ってしまう。
つべこべ言わずに近藤さんを運んで下さいとお願いをすれば、彼より大柄の男を問題無さそうに持ち上げ、客間まで運んでくれる。近藤さんを布団へと寝かせた土方さんの腕を引き、言った。

「さて、では貴方の傷も診せて下さい。」

驚いた土方さんは私の手を振り払い、「俺は大した事ねぇから平気だ。」とだけ告げるが。所々に切り傷の見える彼を放っておけるわけもなく。

「平気かどうかは私が…医者が判断します。」

そう言って力ずくで傷の手当てをすれば、土方さんも疲れていたのだろう、それ以降私に特に抵抗する事もなく手当てを受けた。



「と言う事があってな!俺の傷がこの通り綺麗に塞がっているのも、名前さんのお陰と言う訳なんだ!」
「なるほどな。…ってお前、今どこから出てきてんだよ、このストーカーゴリラ!!」

どこからともなく聞こえた声が、四日前の出来事を語っていて。気づいたら、私が修正していた看板の裏からひょっこりと顔を出す、話題の主である近藤さんがいた。
本当に、この人は愉快な方だ。

「あら、近藤さん。こんにちは。もう傷は大丈夫なんですか?」
「ええ、お陰様で!今日は、その時のお礼の粗品をお渡ししに参りました。」

まあ、お礼なんていいのに。あの後、治療費だと言って多過ぎるぐらいのお金を届けてくださったのに。今日はお礼の粗品なんて、こちらの方が申し訳なくなる。
受け取れない、と粗品を断っていると、横から銀時が「そりゃ、受け取ってやるのが男への礼儀だ。」と一言私に告げる。

「本当に気を遣って頂き、ありがとうございます。後でみんなと頂きますね。」
「いえ、とんでもない。こちらこそ、あんな夜更けに治療して頂いた上、座敷にまで上がらして頂き…あの時は、本当に有難うございました。」

綺麗な姿勢で私に頭を下げた近藤さんに、慌てて頭を上げるようにお願いをする。あの後、起きた後に私へ何度も謝罪と感謝を述べてくれたのに、こうやって事後も感謝を伝えられては、何だかすごく悪い気持ちになってしまう。
私なんて、ただ当たり前のことをしただけなのに。土方さんといい近藤さんといい、彼らはとても律儀で他人想いの優しい人なのだと心底思った。

そして近藤さんは「まずい、パトロールの時間だ!」と呟けば、仕事熱心なことに「では、また屯所で!」とだけ言い残し、走り去ってしまった。


「いやぁ、名前がゴリラ共にモテモテだったとはな。俺はこの先、お前が江戸でやっていけるか心配だわ。」

鼻に小指を突っ込みながら、短いため息をついた銀時。
銀時は少しばかり悪く言うけど、きっと本心ではあの人の事を悪い人だなんて思っていない。ずっと一緒に居たから…ずっと好きだったから分かる、彼の放つ雰囲気が、近藤さんは味方だと言っているみたいで。

「税金泥棒どもには、くれぐれも気を付けろよ。」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だっての。」

副長の土方はニコチンマヨラーで近づいたらマヨネーズをぶっかけられるから気をつけろ、とか、局長ゴリラはあんな感じだが新八の姉のストーカーが本職だ、とか、もう一人若い沖田って野郎がいて、そいつはマジなドSで変なプレイとか強要されるから近づくな、とか。何とも酷い物言いで色々と教えてくれる銀時は、心なしか少し楽しそうで。ほら、やっぱり本当に嫌っている訳ではないのだ。
そんな銀時に「よく知ってるね?」なんて意地悪な事を言えば、「それは、あれだ。偶々なんかの時に知って…」とバツの悪そうな返事をしてきて。
本当に分かりやすい人。仲、良いんでしょう?そんな事を言えばまた不貞腐れてしまうので、黙っておいた。

近藤さんは帰ってしまわれたが、何だかこのまま作業を再開する気にもなれないなと考えていた最中、不意に銀時が私の手元を覗き込む。

「ところでそれ、中身なに入ってんの?もしかして甘いものとか入ってたりする?」

まるで自分が貰った物かのように嬉しそうな顔で「早く開けてみようぜ。」なんて言う銀時。
こう言う時に頂くのは大体お菓子が多いとは思うが、この男は甘い物だと確信した瞳で私の手元を見る。

「アップルパイだね。」

私のその一言を待ってましたと言わんばかりに、煌く瞳をした銀時はガッツポーズをする。

「よっしゃ!なあ、ガキどもには内緒でちょっとだけ休憩しようぜ?俺もう甘いもん食べないと死んじゃいそうだわ。」

甘えるように私に擦り寄り、アップルパイを目に射止めながらそう提案する銀時。

「本当に、とんでもない大人ね。」

銀時の甘いものへの執着は相変わらずで。
一緒に頑張っている、自分たちより10歳以上年下の子供達に内緒に甘味を食べようとするなんて、なんて大人気ない人だ。
そして、こんな高級そうなお菓子をこっそりと食べているのがバレたとき、神楽ちゃんや新八くんが黙っているとは思えない。

「名前が今まで俺のこと甘やかしてきたのが悪い。」

そう意地悪そうな顔を浮かべて私をみた銀時。
確かに寺子屋時代は、困っている銀時に宿題を写させてあげたり、甘いものが好きな銀時に饅頭を分けてあげたり、夜厠に行くのが怖そうな銀時に付いて行ってあげたり。思えば、私は彼を今まで散々甘やかしてしまっていたのかもしれない。
その銀時の言葉にはっと気付かされた私だが、惚れた弱みか、その甘やかす事を急に辞めることはできなくて。

アップルパイを皆んなの分に切り分ける時、一つだけ大きめに切り分けてしまう自分は馬鹿な女だと、つくづく思ってしまうのであった。




◇◆◇





あれから数日。万事屋の皆のおかげでリフォームが順調に終わりを迎えた。
神楽ちゃんは定春の散歩に、新八くんは今日はお通ちゃんのライブがあるからと早めに帰ってしまったため、今ここでは残された銀時と私がテレビを見ながらお茶を飲んでいて。
そんな穏やかな時間に終焉を告げるかのように、何の前触れもなく鳴り響いたインターフォンの音。そして、中からの返事を待たずに、「ごめんくださいー。」と、よく聞きなれた声が玄関から聞こえてきた。

「あはははは、久し振りじゃのう、名前!金時!」
「坂本くん!」

声の主は、想像していた通りの人物だった。
つい2週間前に万事屋で再会を果たした私達だが、やはり会う度にその元気そうな姿を確認できて嬉しくなってしまう。
そんな何でもない感動を覚える私とは別に、銀時はまるで面倒臭いやつが来たと云わんばかりに顰めた顔になる。そして、いつものように両手を広げて私にハグを求めてくる坂本くんの腹部へと渾身の一撃をお見舞いする。

そんな過酷な出迎えにもまるで屈することのない坂本くんは、ニカッと笑って親指で、玄関先に積まれた荷物を指差した。

「頼まれておった荷物、おまんさんのためにと超特急で調達してきたぜよ!」
「ありがとう、坂本くん。本当に嬉しい。」

すぐさま荷物へと駆け寄り、中を見てみる。そこには、ずっと到着を心待ちにしていた、この診療所には必要不可欠な医療物資が沢山入っていて。嬉しさのあまり思わず笑顔で坂本くんの手を握りお礼を言えば、愛しい愛しい名前のためならばこんな事お安い御用ぜよ、なんて随分と男前な事を言ってくれる。
本当に、こう言うところを含めて彼は一流の商人だ。昔、銀時や高杉くんはこの人の事を「人間タラシ」だと言っていたが、本当にその通りだと失礼ながらにも共感してしまう程の才能だ。

一通り頂いた荷物を中へと運び込んだ後、「そう言えば、」とつぶやいた坂本くんは、何やら自らの胸元をごぞごぞと探り始めて。

「これ、途中寄ってきたムツゴロウ星のお土産じゃ。」

そう言って渡されたのは、長細い筒のようなもので。
渡されるがままに受け取ってみるが、筒に書いている文字が別の星の言語で読めなくて。

「何これ?」

とりあえず中身を確認しようと蓋を開け、手の上で筒を逆さに向ければ、中から透明のドロッとした液体が出て来た。
それに思わずびっくりしていれば、そんな私をあははと笑いながら、坂本くんはお土産の正体を口にした。

「これはな、何とムツゴロウ星の王族御用達のローションぜよ。」
「何と、じゃねーよ、ふざけんな!何つーもんを名前へのお土産にしてくれてんだ、このモジャモジャ変態野郎!」

ムツゴロウ星の王族御用達のローション、その言葉を聞くや否や、銀時が突っ込みを入れる。
手に取った液体は確かにすごくヌルヌルしていて、私の手をつやつやと輝かせていた。

つーか王室御用達のローションって何だよ!あのバカ皇子が使う所なんざ想像したかねーよ!何の罰ゲームなんだよ一体!そう言いながら銀時が坂本くんの肩を掴み、ブンブンと揺さ振る。

「やめんか、金時!わしゃ、そろそろおまんらが上手い具合にヌルヌルできるようにと思てじゃな、」
「俺の名前は銀時だ!いい加減覚えろ!つーか何?お前の頭では誰が誰といい具合にヌルヌルする予定だったんだよ!この変態セクハラ野郎!」
「何じゃ金時!おまんがこの間キャバクラで安いローションと高いローションは全然違うと言うとったきに、わしゃ遠路遥々高いローションを買いに行ったっていうのに!お礼の一言もないんか薄情じゃのう!」
「お前、絶対俺の名前わざと間違えてんだろ!そんでもってローションの話はコイツの前で言わない約束だったよな?おい、どうしてくれんだよコノヤロー!」

色々よく分からない銀時と坂本くんだけの会話が繰り広げられるのを、ただ聞いていれば、何やら所々気になる事を言っていて。
私に言わない約束というのは、一体どんな約束なのだろう。確かに、攘夷時代は私に黙ってこっそりと皆んな遊郭へと行っていて、残された私と桂くんは皆んなに黙って美味しいものを食べていた思い出はあるのだが。

それより、坂本くんは「おまんら」と言っていて、しかも銀時が欲しがったものを買ってきたと言うことは。

「えっと。じゃあこれは、銀時へのお土産だったの?」
「…まあ、厳密に言えばそう言うことになるわけじゃのう。」
「ならねーよ!何勝手な事言ってんだよ!」

どう言う事なのかあまり理解ができなかったが、まあ、銀時は否定していたので、きっとこれは私へのお土産なのだろう。
手に取ってしまったローションを眺めていれば、穏やかな笑みの坂本くんが、ローションを持った私の手の手首を優しく掴んで言った。

「オススメのローションじゃき、ぜひお試しあれってことじゃ。」
「うん、じゃあ、いつか機会があった時にでも使うね。」
「おう、そん時わしも呼んでくれたらバック射撃するきに、いつでも…」
「呼ぶわけねーだろ!もう、お前、マジで何なの!」

そう言って私の手首から坂本くんの手を乱暴に剥がす銀時。でも、手のひらに溜まるローションが溢れないようにちゃんと気を遣いながら手を剥がしてくれている所が、意外と紳士であって。
坂本くんの代わりに私の腕を掴んだ銀時の手は、さっきまでの激しい突っ込みのせいか、少し汗ばんでいるのを感じた。

結局、その後坂本くんは彼を呼びに来た部下の睦さんに連れられ、宇宙へと帰ってしまった。
本当に忙しないひと時を過ごした私たちに訪れたのは、坂本くんが来る前と何ら変わらない静かな家だった。


「相変わらずだね、坂本くんは。」
「ほんと、マジで疲れたわ。何アイツ、あんなに名前にセクハラする奴だったっけ?昔は絶対ローションとか渡さなかった気がすんだけど。」

そうボヤきながら、相変わらず破天荒な坂本くんを相手にどっと疲れたような顔をした銀時。
少し卑猥な面もあるが、面白い冗談や思い切った発想で場を賑やかにさせてくれる坂本くんは、今も昔も変わらずとても魅力的な人で。銀時も、何だかんだ言って坂本くんをとても大事な仲間として思っているのを私は知っている。
こんなに疲れた顔をしているけど、きっと私がいないところでは、ニ人が大好きな卑猥な話か高杉くんの悪口で盛り上がることが出来る、気の合う仲間なのだ。


ひと段落ついたところで、ローションを洗い流すために洗面所へと向かおうとすれば、先ほどの疲れた顔など一つも残さない銀時が私の目の前に立ち塞がっていて。
意地の悪い笑みを浮かべながら私に尋ねた。

「で、機会があったらこれ、使うんだ?」

私の掌に溜まっているローションに、銀時は自分の人差し指から小指までの指を漬ける。
そしてヌルヌルとした感覚をまるで楽しむように、ゆっくりと私の指に自分の指を絡めてきて。
その透明のローションが絡みついた銀時の太くて長い指が色っぽい。くちゅりと音を立てながら私の指の間へと滑り込んでくるその温かい指に、変な気持ちにさせられる。

なぜかとても恥ずかしい気持ちになった私は、その指から目を離して銀時の顔を見つめるが。艶っぽい表情をして私を見る紅い色の瞳がそこにはあって、余計に羞恥心だけが膨れ上がる。

「銀時へのお土産でもあるみたいだから、銀時が使いたいならあげるけど…っ」

逃げようとする私の手を掴む銀時。私と銀時の手の間からこぼれ落ちたローションは、ツーっと床へと垂れ落ちていて。
いつもの様に私を弄って遊んでいるのであろうが、今回はとてもたちが悪い。
私はこの官能的なシチュエーションに耐えられないほど、銀時を意識しているのだ。

十分満足したのか、銀時は私の手から自分の手をゆっくりと離す。

「年頃のガキと住んでんのに、こんなもんホイホイ家に置いとけるかよ。」

年頃のガキとは、きっと神楽ちゃんのこと。
確かにあの家にこんなものを置いていては、子供の教育上よろしくない。そして色欲をそそる様な表情の今の銀時自身が、本当に教育上よろしくない。
先ほど私の指に絡まっていた艶々の指が残していった体温だけが、まだ私の手のひらに残っていて。その余韻に胸がドキドキと鳴っている。

つーかマジでこのローション凄いなおい。全然乾かねえ。
洗面所の前に立ち、先ほどの刺激的な悪戯など無かったかのようにローションの感想を述べる銀時に、少し腹が立つ。どうしてそうも平気でいられるのか。彼の中での私はただの幼馴染で、悪戯を仕掛ける相手でしかないのだろうと、少し切なく悲しい気持ちになる。
本当に酷い男だ。
そんな事を胸のうちに秘めている私も銀時と同じで、何事もなかったかのように銀時と接する。私も狡い女なのだ。




手を洗い終えた銀時は先程と打って変わって、とても優しい眼差しで私に言う。

「全然関係ねーけど、来週から診療所開くんだろ。頑張れよ。」

何気ないその言葉だけで、とても嬉しくなる。私はそんな単純な女であると言う事を、きっと銀時は知らない。
艶っぽい銀時を前に何も感じずに居られるほど、本当の私はただの幼馴染ではない言う事も、きっと銀時は知らない。

本当に困った人。
でもとても魅力的で愛おしい人。


そして私はこの一週間後、ここ歌舞伎町で開業医として新たな人生を歩み始めるのであった。





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