#7 回遊

ここは大江戸歌舞伎町。たくさんの人と天人が共存する街。
私はその美しい街で今、新しい生活を始めるのであった。

これまで自分の居場所を求めるように色んな所を旅してきた私は、ニヶ月ほど前に京都で春雨との戦争に加担し、絶体絶命となった最中昔の幼馴染と再会した。それは幼馴染であり、一方的に想いを寄せていた相手との再会だった。

彼は愉快な仲間ともう一人の活動家の幼馴染と共に、私を救い、京都を救った。

この最近起きた壮大なエピソードの後、私は彼と別れた後の五年間について話し合った。そして、別れの日が来る前日、彼は私へこう言った。「じゃあ、お前も来るか?江戸に。」と。
五年間、どれだけ会いたいと願ったか、彼には分かるだろうか。何でもない出来事から過去を思い出すたび、身を焦がすような想いが溢れ出て苦しい日も沢山あった。それなのに、彼は再会するなり、その一言をさらりと口にしたのだ。
少しの戸惑いと、彼と一緒にいきたいと言う強い願いの元、私は彼と彼の仲間と共に幼馴染の船で江戸へとやってきたのだ。


最初は住むところもなかったため、銀時のお家にお邪魔させて頂いていた。「万事屋銀ちゃん」と大きな看板の掛かった建物の目の前に立った時、柄にもなく緊張してしまった。ここが、空白の時間を銀時が過ごした場所なのだと。今まで十年近く一緒に住んでいたのに、今の銀時の家はまるで他人の家の様に落ち着かない。「お邪魔します。」と玄関へと入るや否や、昔よく入った銀時の部屋と同じ匂いがして。胸が騒ぎ出した。

「んな所でいつまでも突っ立ってんじゃねーよ。しばらくここはお前の家なんだから、遠慮なく上がれって。」

銀時は頭をぼそぼそと掻きながら私を中へと手招いた。何だか銀時の方も落ち着いていない様な素振りだったので、思わず笑ってしまった。そこから、私は特に緊張することもなくこの万事屋へとお邪魔することとなった。

最初に家の中を案内してくれたのは、胸を張った神楽ちゃんだった。

「家を案内する前に、まずは大事な家族を紹介するアル。」

そう言って紹介されたのは、神楽ちゃんの後ろで大人しく座り、こちらを興味津々に見つめる真っ白の犬。そう、途轍もなく大きな犬。
そして、神楽ちゃんが彼の名前を口にするのと同時に、彼は大きな口を開けて私の頭を丸々口にするのであった。

家の中を一通り案内してもらう最中、「ここが私の部屋ネ。」と居間の押入れを開いた神楽ちゃんを見た時、物凄い目つきで銀時を見た事を覚えている。年頃の娘の部屋が押入れであって良いのだろうか。私がこの歳の時は、しっかりとした部屋を松陽先生から頂いていたのに。
だが、まあ、私に部屋を案内している神楽ちゃんは上機嫌で、まるで自慢するかの様な言いっぷりに特に不満は感じていないのだろうと思い、物申したい気持ちをぐっと堪えて神楽ちゃんの案内に着いていくのだった。

「そういえば、名前さんはどこで寝るんですか?」

そんな新八くんの質問に対し、あの居間の押入れが頭を過ぎってしまった。まさか、私もあの押入れか別の押入れにお邪魔するとでも言うのか。そう不安そうな顔で銀時を見れば「え、なに?押入れがいいの?」なんて、あろうことか私を指をさしながらプププと笑って馬鹿にしてくる。この男。ここで怒れば彼はもっと私を揶揄ってくるのを知っていたため、「私、神楽ちゃんと一緒にあっちの大きい部屋で寝たいなあ。」と神楽ちゃんの興味を煽った。
そして「大きい部屋」と言う単語に過剰なまでに反応した神楽ちゃんは私の案に大いに賛成し、銀時の大反対を押し切った私と神楽ちゃんは、普段銀時が寝る部屋にニ枚の布団を持ち込み、銀時と一緒に寝るのであった。

そして、三晩ほど夜を共にした神楽ちゃんは急に「銀ちゃんのイビキがうるさくてぐっすり眠れないアル。私、やっぱり自分の部屋が一番ネ。」なんて言いながら押入れへと帰ってしまった。
そう、四日目から私は銀時と布団を並べて夜を共に過ごす事になったのだ。
不安と緊張で押し潰されそうな私とは裏腹に、毎晩ぐっすりと眠る銀時が少し腹立たしい。神楽ちゃんが出て行った次の日から 特にいびきもかかずに静かに眠る銀時。最初から静かに眠ってくれれば神楽ちゃんが出ていくことはなかったのに、とさらに不満を募らせるのであった。

そんなある日。ソファで座って新八くんと神楽ちゃんと談笑を楽しんでいた時、玄関の開く音と「たでーま。」と言う声が聞こえた。この言葉が懐かしくも新鮮で、とても好きである私は、声のした方へと振り返る。ガラガラと居間と玄関を仕切る扉が開けば、ニヤニヤした銀時がこちらを見ていて。「何アルか銀ちゃん、その顔気持ち悪いネ。」と物凄く汚いものを見る様な神楽ちゃんなど気に留める事も無く、銀時は真っ直ぐ私の隣へと座り、こう言った。

「名前の家、見つかったぞ。」

その一言に、私も皆んなも目を丸める。同時にこの賑やかな生活も終わりを告げてしまうのかと少し残念な気持ちになった。




江戸へ来る飛行船の中で、私は銀時と話し合っていた。

「江戸に、歌舞伎町に住んだら…私、自分の診療所を開きたい。」

そう。いつか叶えたかった願いだ。
私に医学に関する知識をくれたのは、昔 松下村塾の近所で町医者をしていたとある男だった。彼は奥さんと二人で診療所を切り盛りしていて、彼を頼って診療所に来る患者さんと、いつもとても親しげにしていた事を不意に思い出した。
私はその暖かい環境に、いつも憧れを抱いていた。

そんな私に対し、銀時は腕を組みながら難しい顔をした。

「診療所、ねえ。態々自分で診療所なんか開かなくたっても、江戸には大きい病院がいっぱいあるし、そっちの方が安定した給料とか貰えて良いんじゃねーの?」

「そして、同僚の可愛い看護師さんを俺に紹介してくれ。」なんて馬鹿な事を言う銀時に、思わず「看護師じゃ無くて悪かったわね。」と言ってやりたくなる。
そんな事を言ったって無駄だ。女好きのこの男のお眼鏡には叶わなかった 看護師でも何でもない私の皮肉など、彼にとっては耳障りな雑音以外の何でもない。
口をキュッと閉じた私を見た銀時は、先ほどの冗談気な顔を辞めて、とても穏やかで優しい表情をした。
不覚にも、その表情にドキッと胸を弾ませてしまう。

「ま、お前がお金とかにあんま執着ねぇ事ぐらい、知ってるけど。」

ああ、ほら。こう言うところが嫌なんだ。
ついさっき、私には興味のないふりをして突き放したくせに。

「住み込みで診療所ができる、安くて良い物件。帰ったら探してやるよ。」

結局、私が望んでいた事を、私が口にする前に全部察してくれて。そして、当たり前のように助けてくれる。

看護師じゃない自分が嫌になってしまうほど、彼が愛しい。
彼はきっと誰にでも同じように、同じ顔で手を差し伸べる。私に特別な所など何一つ存在しない。強いて言うなら、銀時の一番古い幼馴染ということぐらいだろう。

私の心をその表情一つで、その言葉一つで掻き乱してしまう彼。
再会して酷いほどに愛しさが増している私は本当に末期であると思いながらも、その優しく差し伸べられる手に暫くは甘えようと思うのだった。




そして銀時は、本当に安くて診療所のできそうな立地のいい平屋を、たった数日で探して来たのだ。
その家は、偶々 先月里帰りをしてしまった夫婦が住んでいた家だということで、家は傷んでおらず、庭も荒れてはいなかった。しかもこの万事屋から徒歩10分程の場所にあるという事に対し、とても安心感を抱いた。

ただ、家を診療所をするにはリフォームが必要で。
平屋の価格をローンで返済したとしても、リフォーム代、医療機器や医療用品などを揃えられる手持ちなどどこにもない。毎日のようにインターネットで何に幾らお金を使うかなどを計算していたが、最低限の医療機器や医療用品の購入だけで、三年間何にも使わずに溜め込んだ私の貯金は確実にスズメの涙となってしまう。量や重要度で買い物を制限しなければ等と考えていれば、そんな私の悩みを察してか、銀時はポンと私の肩に手を添えて言った。

「まあ、何だ。医療機器とか医療用品は坂本の馬鹿に言えば安く手に入るだろ。あと、リフォームの方は俺たちが受け持ってやるから、心配すんな。」

肩に添えられた大きな手は、本当に頼り甲斐のある暖かい手で。思わず胸が熱くなる。
私よりも私の今後のことについてしっかりと考えてくれていた銀時。
坂本の馬鹿とは、坂本辰馬くんの事だろう。宇宙で壮大な商いを行なっているとは聞いていたが、まさか銀時が連絡を取り合っている事に驚きだった。宇宙を絶賛漂流中の坂本くんに対して、「来週の火曜日うちに来るよう頼んどいたわ。」なんて物凄く身勝手なお願いを既に申し出ていた銀時。思わず口がポカリと空いたままになってしまう。

「ありがとう、本当に。」

私が一人で何とか悩んでいるうちに、こんなにも器用に銀時は色々な方法で問題を解決してしまう。
私なんか天才でも何でもない。

「その代わり、引退するまで俺らの怪我とか診て貰うからな。」

多分そっちの方がリフォーム代より高くつくと思うけど、なんて冗談気に笑う銀時。
そんなの、当たり前だ。こんなに私に色々与えてくれた人に対してお金なんて出して貰えない。お金を出して貰えば、どうやってこの感謝を貴方に返せば良いのか、私は感謝の返済方法を見失ってしまう。

「擦り傷でも致命傷でも、何でも診てあげる。」

大切な貴方のために私にできることがあるならば、何だってしたい。
私だけが貴方の傷を治す人間で在りたいとすら、思う。本当に私は褒められた人間ではない。




◇◆◇





万事屋での生活も残すところあとニ日となった。
お昼過ぎに家を出て行った神楽ちゃんが戻って来ず、銀時に「神楽ちゃんは?」と尋ねる。すると、神楽ちゃんはどうやら知り合いのお家へと遊びに行っており、今晩は泊まっていくらしい。
神楽ちゃんのためにと大量に唐揚げを揚げたが、今晩は新八くんもおらず銀時と二人きりになるため、この唐揚げは食卓に出ても半分以上余ってしまう。恐らく明日 帰ってきた神楽ちゃんが全てたいらげる事になるのであろうが。

食卓に唐揚げ、サラダ、スープとご飯。いつもより少ないお皿をせっせと並べていれば、ソファーでテーブルに並べられていくお皿を見届けた銀時が「なんか新妻みたいだな、お前。」と一言放った。
よく考えると、今ここに居るのは銀時と私の二人で、私が新妻なら銀時は言わずもの夫になる訳で。よく考えてしまえばこの状況は大変恥ずかしいものであり、咄嗟に別の言葉が口から飛び出す。

「なら銀時は新妻の配膳作業をチェックする怖い姑ね。」
「え?そこはお前、じゃあ銀時は無口でダンディな妻を愛する夫役ね!だろ!」
「ふふ、どこの世界に無口でダンディな銀時がいるの?」
「今まさにお前の目の前にいますけどー!!」

え?馬鹿にしてるもしかして?、なんて言いながら、銀時は大量に盛り上げられた唐揚げをやけ食いのようにいくつか一気に頬張った。そして、少し熱かったのか、涙目になりながらご飯を口へとかき込んだ。
無口でダンディでは決してない。お茶目なジェントルマンとでも言うべきか。そんなことを彼に言えば、きっと調子に乗って色々つけあがってしまうので、黙っておいた。

そんなこんなで二人きりの淋しくも楽しい晩餐が終わり、大量に余った唐揚げにラップをしていれば、後ろから銀時が「俺が片付けるから、先に風呂入れよ。」と空になったお皿を運びながら気を遣ってくれて。そのご厚意に甘えて、私は先にお風呂を頂くことにした。

湯船にゆっくりと浸かっていけば、あちこちについた治りかけの傷がピリピリと痛んで。思わず歯を食い縛りながら入浴する。折れた骨も順調に再生しており、完全に動かせるが、安静にしておかなければならない時期だ。
その他にも、腕や脚、お腹に胸元まで、刀傷を縫い合わせた傷がちらほら、さらに今回新しくできた赤みを帯びる傷口がいくつもあって、本当に醜い体だ。
とてもではないが、愛する男に晒せるような肌なんて私はしていない。
銀時や高杉くん、桂くんのように 戦う男の人の傷跡は、とても勇ましくて美しい。彼らの傷口を縫ってきた私が言うのも何だが、とても良い具合だ。
でも、私は彼らとは違う。同じように袴を身に纏おうが、同じように刀を振りかざそうが、私の傷はいつだって美しくなど何ともない。女性の身体は、やはり傷など一つもない方が美しいのだ。
江戸ではミニスカートの美しい脚の女性たちが街を歩いているけど、私にはそんな真似なんか一生できない。街で銀時の目にとまる、そんな美しい女性たちの真似などできない。
銀時が遊郭で抱くような美しい身体の女性には、どう足掻いたってなれはしないのだ。

そんな、今まで考えたことも無かったようなことを、最近考えるようになった。
攘夷戦争時代は、刀傷の有無なんて気に出来るほどの余裕なんてなかった。離れて暮らしている時には、とにかく会えればそれで良かった。それなのに。
会えるようになった途端、平和になった途端、そんな贅沢な悩みに犯される。銀時が私など選ぶはずも無いのに。幼馴染としてただ隣に置いてくれているだけなのに。絶体絶命のところを助けてもらって、家が見つかるまではと一緒に住ませてもらって、今日みたいに二人っきりの夜を迎えて。そんな期待を、勘違いをしてしまいそうな出来事が目ば苦しい速さで私に訪れ、困惑してしまう。

好きだと言えば、彼はもう二度と私を自分の近くに置かくなるだろうか。
愛していると言えば、彼はそう言うの無理だわ、なんて言って突き放してくるだろうか。

いっその事そうなれば、私はこの苦しみから解放されるのだろうか。
パシャりと顔にお湯を打ち付け、この答えのない悩みを断ち切る。
お風呂を上がり、銀時がテレビを見る部屋へと戻る。そして交代してお風呂へと足を進める銀時の背中をチラリと盗み見た。高い身長に、大きな背中。服の上からでもわかる、筋肉質な肩。
私では吊り合えない、魅力的な人。
それでも、私は彼が好きだった。


お風呂場の方から聞こえてきたドライヤーの音は、銀時がお風呂を終えたことを私に伝えてくれた。ソファの上で寛いでいた姿勢を少し戻し、銀時の帰りを待つ。
そうすれば、手に日本酒の瓶を持った上機嫌な銀時が「お姉さん、今晩どう?」なんてホステスみたいなお誘いをしてきて。今日はお登勢さんの所で飲むのではなく、うちで飲むのね。本当にお金さえあれば…いや、お金が無くともお酒を飲み歩くこの男は如何しようも無い人なのだが。
ここでの生活もあとニ日。まあ少しぐらい羽目を外したって大丈夫であろう。そう自分を甘やかしながら、銀時からお猪口を受け取る。「おつかれさま」と銀時のお猪口と自分のをゆっくりと寄せて合せた。

「あー、美味え。」
「本当に美味しい。見慣れない銘柄だけど、このお酒どうしたの?」
「ああ、下のババアがくれたんだよ。お前の引越し祝いにって。」

お登勢さんが?私の引越し祝いって、そんな。
歌舞伎町に住むようになって、右も左もわからなかった私にお登勢さんは色々と世話を焼いてくれた。口調は少し厳しめだが、とても相手想いの良い人だ。私の母親はもう他界してしまったが、きっとあの優しさは母親に似た温かいもので。
手元のお酒を眺めながらお登勢さんの顔を思い浮かべれば、とても恋しくなった。下にいるのに。

と言うより。

「それって、このお酒は私のってことよね?」

その問いかけに、銀時はお猪口に口を付けたまま私から視線を逸らした。その仕草は肯定を意味していると捉えた私は、笑いながら「もう、この呑んだくれ。」なんて言葉で銀時を責めれば、銀時も慌てて抵抗する。

「良いじゃねーか。名前はまあ、俺の家族みたいなもんだろ。家族の酒は家主の酒だっての。」
「お酒の権利はどっちでも良いけど。私がそれを知らなかったら、お登勢さんに御礼言いそびれちゃうところだったじゃないの。」
「良いんだよババアに礼なんざ。てか、じゃあこれ俺の酒ってことで良いんだよな?」
「良くない。」
「どっちが!?」

まあまあ飲めよ、とこの場を宥めるかのように、わざわざ向かいのソファから腰を上げて私の横へと座り、お酒を注ぐ。本当に調子が良いんだから。
お風呂上がりの銀時からは、ふわっと石鹸の匂いがして。どくんと心臓が跳ね上がる。自分と同じ匂いの石鹸なのに、どうしてこんなに意識してしまうのだろうか。
自棄になってお酒を飲もうとすれば、私の左側に座った右利きの銀時と、左利きの私の腕が当たる。幸いにもお酒は溢れずに済んだが、慌てて私へと振り返った銀時との距離が、とても近くて。目が合い、耐えきれずになった私は思わず視線をそらすが、その先には寝間着の銀時の色っぽい胸板が見えて。
目のやり場に困った私は、手元のお酒をぐっと飲み干す。
ああ、ダメだ。こんなペースで飲むのは絶対に良くない。良くないことは分かっているが、どうにもできない自分が悔しい。寝間着の銀時一人に対して、何故こんなに困り果てないとならないのだろうか。

「あとニ日だな。」

私の方を向いたまま、銀時は呟く。
それはきっと、あとニ日で私がここを出て新しい住まいで生活することを指しているのだろう。

「本当に、お世話になりました。」
「お世話しました。」
「お世話になったけど、朝起こすのとか、ご飯作るのとか、お掃除とか…私もお世話しました。」
「本当に、お世話になりました。」

あれ、何かおかしい。と笑い合う。
銀時がこんな調子だから、まるで当たり前のように私のことを受け入れ、生活の一部へと溶け込ませてくれるから。私も居心地が良くなってしまって、この生活から離れられなくなってしまう。
朝が苦手な銀時と神楽ちゃんに代わって朝食を作ること、彼らを起こすこと、皿を洗うこと、散歩から帰ってきた定春が汚した廊下を掃除すること、新八くんと買い物に行くこと、夕飯を作ること。
私なんかに出来ることが、この家には沢山あった。すぐに私の居場所として、溶け込めた。彼らがだらしないお陰なのか、彼らなりに私へと甘えてくれていたお陰なのかは分からないが。何にせよ、私にはとても幸せな時間だった。

笑い合った顔から一転、少し心配するような表情で銀時は私に尋ねた。

「淋しい?」

そんなこと、聞かないでほしい。
わざと聞いている。私のこと、何でも知っていると言った彼は意地悪で尋ねているのだ。

「神楽ちゃんと新八くんと定春くんが、恋しい。」

そう、私も問い掛けと同じぐらいの意地悪で返事をすると、「あれー?銀時くんの名前がないんだけど、気のせいかなー?」なんて態とらしい態度で欲しい言葉を催促してきて。その催促の通りに、少し意地悪い笑みを浮かべて銀時へと返答する。

「あと、銀時が…恋しい。」

私がその言葉を言い放てば、ふっと優しい笑みをこぼす銀時。

「なんで一番最初に出てこないかなあ。これでも十年は一緒に住んだ仲だろ?」

「…近すぎて見えなかったのかも。」
「いや、でも俺たち、この間までの五年間、離れて過ごしたよな?」
「…遠すぎて見えなかったのかも。」
「なんだよ、それ。」

本当は、五年前からずっと思っていた。銀時が恋しいと。
でも、それは十年も一緒に住んだ仲だからとか、単純な理由じゃない。そんな純粋な理由ではないのに、銀時の中では私はずっと幼馴染という立ち位置のままだから。
本当に幼馴染だけが恋しい理由なら、私は一番最初に銀時の名前を挙げていただろう。でも、実際はそうじゃない。もっと私は不純な動機を抱えているのだ。

そんな私の事など知りもしない銀時は、いつもとても優しくて。

「まあでも、今度はすぐそこだし。なんかあったらいつでも来いよ。」

いつも私を気にかけて、大事に思ってくれる。

「銀時もね。掛り付けのお医者さんだからね、私。」
「ああ。よろしく頼みますよ、大門未知子先生。」
「失敗したら、ごめんね。」
「なにこの子、なんか急に不安になってきたんですけど!」

とか何とか言いつつも、やっぱ名前に診てもらうのが何か良いわ。なんて嬉しいことをさらりと言ってくる彼がとても好きで。



お酒をある程度飲み終えれば、神楽ちゃんのいないこの家で、私たちは就寝を迎える。
ここに来て初めて、この家で二人っきりの就寝だったが、お酒の力を借りているせいか、お互いあまり緊張する様子もなかった。もしかしたら、銀時は私に気を遣ってお酒を持って来たのだろうか。この瞬間になるまで気づかなかったが、細やかな気配りができる彼のことだ、有り得なくはない。
普段はとてもだらし無いのに。お酒ですぐに酔っ払うのに。そういうところがあるから、好きだと思ってしまう。

「おやすみ、銀時。」
「ああ。おやすみ。」

寝室の電気を消して、自分の布団に入ろうと腰を下ろした時だった。
隣の布団から急に大きな手が出てきて、あろうことか私の手を引き自分の布団の中へと引きずり込んだ。

一瞬の出来事で、抵抗もできずに為すがままになる私を抱き込んだ銀時は、私の耳元で低く囁いた。

「今日だけ、このまま。」

その、色々と足りない言い訳だけを残した銀時は、夢の中へと旅たってしまった。
残された私は、急に布団へと引きずり込まれた驚きと、暖かく大きな身体の銀時に抱きしめられる胸の高鳴りで心臓がうるさくなっている。こんなの、寝られるわけがない。

「もう、この酔っ払い。」

これも幼馴染に求めることなのか、と疑問に思うけど。
酔っ払った銀時は、抱き枕があればそれが誰であったって構わないのかもしれない。これが神楽ちゃんであれば犯罪だが、神楽ちゃんならこんなことになる前に、おそらく銀時をボコボコに殴り飛ばしているだろう。

寝られるはずがないと思っていた私だったが、聞こえてくる銀時の鼓動の音と、私よりずっと暖かい体温が眠気を誘ってきて。
何故だかすっかり安心してしまった私は、銀時を追ってすぐに夢の世界へと旅たった。

ああ、明日は新八くんが来るより早く起きなければ。そんな難しいミッションを考えながら…。







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