白日を返す夢



「おはよう、名前。」

自然と目が覚め、薄く瞼を開いた私の視界に、甘く微笑む端正な顔が映り込む。まだ頭が冴えずにぼーっとする中、顔中の至る所に彼のキスが降り注ぐ。
カーテンからは眩い溢れ日がベッドルームに差し込んでいて、もうそんな時間なのかとふと思う。
温かい布団の中で揺蕩う私の頭を、彼は優しい手つきで撫でていて。その感覚が心地よくて、同じように私も彼の身体に手を回し、大きな背中を優しく撫でる。

「…おはよう、焦凍くん。」

そう言ってぎゅっと彼の身体を引き寄せれば、寝起きの私の力よりも遥かに強い力で抱きすくめられる。温かい。焦凍くんの匂いがする。もう何もかもが全部、愛おしくて堪らない。

彼の腕の中でたくさん息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出す。
とても幸せな、何の変哲もないいつもの朝がきたようだ。
そんな幸福な時間に一人浸っている私に、焦凍くんは不思議そうに声をかける。

「?どうした、まだ眠いのか?」
「…うんん、焦凍くんの大量のキスのおかげで、ばっちり目が覚めたよ。」
「そうか。なら、起きた名前にもキスしねぇと。」

嬉しそうにそう微笑んだ彼は、抱きしめる腕を緩め、私の顔の近くに腕をつき、そしてゆっくりと顔を近づける。重なり合った唇は、何度か近付いては離れてを繰り返し、やがて堪能するかのように深く口付けられる。
まるで溶かされてしまうような甘いキスに、せっかく冴えてきた頭がまたぼんやりとなってしまう。

そして、そっと唇が離されれば、焦凍くんのおでこが私のと重ねられる。彼の紅白の髪が私の額に散らばっていて、何だか不思議な気分になる。

「いま何時…?」
「さっき見たときは、7時だったぞ。」
「うそ…じゃあもう起きなきゃ、」
「ん、わかった。でもあと一回だけキスしてからな。」

そう言って彼はそのまま私の唇を奪う。
本当に、彼はいつもいつもそうだ。蕩けそうなほどの甘ったるい言動で寝起きの私を誑かし、ベッドから出る気力を奪ってしまう。ただでさえ彼は誰もが目を見張るほどの美人なのに、恥ずかし気もなく朝から熱烈な愛情を伝えてくる。こうして一緒に住み始めてもう何年も経つのに未だにそれは続いていて、その度に私は自分自身と彼と葛藤した後に、心残り満載のまま仕方なくベッドから起き上がるのだ。

今日も今日とて同じようにベッドから抜け出し、仕事に行く支度をする。今日は珍しく大人気ヒーローショートは完全に全日非番らしい。しかし、残念ながら私にはどうしても外せない仕事が入ってしまい、一緒に非番を過ごすことはできなくて。また今度非番が重なったらどこかに遠出しよう、なんて話を昨晩2人でしていた。それがいつになるのかは分からないが、画像を見て想像するだけでも凄く楽しくて、幸せだった。

出勤の支度が済んだ私を見送るため、一緒に玄関までついて来てくれる焦凍くん。緩い部屋着のまま、寝癖で跳ねた髪をもろともしない彼は、何だかとても愛らしい。

「今日は地方に出向くから、少し遅くなりそう。」
「そうか、わかった。気を付けて。帰ったらさっきの続きしような。」

そう言って、乱れた私の上着をそっと整えてくれる焦凍くん。さっきの続きとは、きっとベッドでのイチャイチャの続きの事だろう。少し思い出しただけで、何だか恥ずかしくなって来て、思わず彼から顔を逸らす。そんな私の反応を、優しく微笑みながら見つめる焦凍くん。

「も、もう行くね…!」
「ああ。名前、いってらっしゃい。また後で。」
「うん、行ってきます。」

いつも通り、ちゅっと軽く触れる口付けを交わし、笑顔で焦凍くんに手を振る。


そして玄関を扉をパタリと閉めた瞬間に、気が抜けた様に私は膝から崩れ落ちる。瞳からは、堪えきれなくなった涙がポロポロとこぼれ落ちていた。






−−その作戦が決まったのは、昨日急遽開催されたチームアップミーティングでのことだった。

近日世間を脅やかしている凶悪な国際的犯罪組織が日本に潜伏しているらしく、かなりの量の危険な兵器を保有しているという情報が警察に入った。その組織による一般人への被害は今も拡大しており、警察とヒーローは一刻も早くその組織を制圧する必要があった。しかし、敵の所有する兵器はかなり厄介で、今回の制圧による警察やヒーローの犠牲は計り知れない状況だそうで。
そんな中、犠牲を最小限に抑えられる一つの素晴らしい提案がなされたのだ。

「冗談じゃないわ…こんな作戦、到底受け入れられるものではありません…!」

普段は穏やかなリューキュウが、らしくなく声を荒げて反論する。上手く状況が飲み込めない私は、ただ唖然とそれを見つめていた。

「しかし、もうそれしか我々には手段が残されていないんだ…!」
「事は一刻を争う、今集められる人員で対応するにはこれしかない。…君もヒーローなら、理解してくれるだろ?」

緊縛した雰囲気の中、警察の偉い人の一人がそう私に問いかける。その瞬間、この場にいる全員の視線が私に集中する。
視線から伝わる、まるで僅かな希望にも縋り付きたいと願う気持ちや、憐れだと残念がる気持ち。
今まで向けられたことのないその瞳の数々に、思わず鳥肌が立ってしまう。

今ここで私に求められているのは、世界的犯罪組織を壊滅するために、類を見ない私の個性を使って作戦を遂行することで。
ただ、その作戦は、誰が聞いても明らかなほど私の生存率が限りなく低いものだった。

もし緑谷くんがこの場にいれば、もっと咄嗟に凄くいい作戦を思いついていたかもしれない。でも、私にはそんなものは浮かばない。今しがた提示された作戦が、最小限の犠牲で済む最も良い手法であることを、何となく理解してしまう。
こんな状況、私に残されている選択肢など1つしかないようなものだ。

「…分かりました。やります、その作戦。」

静かに息づきながらそう答えた私に、この場にいる全員が驚いたような顔をした。きっと私があっさりとその結論を出したことが、意外だったのだろう。私に期待を向けるくせに、いざやると言いきれば戸惑いを見せるなんて。何だかおかしくて苦笑が溢れる。

それに私は、自分の犠牲を顧みずに全力で戦うヒーロー達を、ずっと近くで見てきたのだ。私だけが命を惜しんで、救える命を救わないのは、どう考えたっておかしい。それは、私の目指すヒーローではない。
例えその行動の結末が決まっていたとしても、成し得るものが為すべきを為すのは当然のこと。沢山の人の幸せを守るためなら、その犠牲は無意味ではないのだから。

そうやって綺麗事を頭で語りながら、周りの警察やヒーロー達にふっと微笑んで見せる。

そうしていなければ、頭がおかしくなってしまいそうだった。

本当は作戦を告げられてからずっと、鳥肌が止まなくて。少しでも気を緩めれば、全身が震え上がってしまいそうになる。
不意に脳裏に浮かぶのは、柔らかく微笑む彼の姿で。全部終わってしまうのだと考えると、心臓が握りつぶされたみたいに痛くなる。

しかし、そうやって虚勢を張る私の事など、何年も一緒に活動してきたリューキュウにはお見通しの様で。

「あなた、自分が一体何を言っているのか分かってるの…?」
「はい、分かってます。…だから、そんな顔しないで、ボス。」

今にも泣きそうな顔で絶望を訴えかけるリューキュウに、胸が張り裂けそうになる。
ただひとり、この作戦に反対してくれているリューキュウは、本当に優しくて素晴らしいボスだ。短い間だったけど、この人のサイドキックとして働けたことは誇りに思う。
私の言葉に押し黙ったリューキュウは、俯きそれ以上何も言うことはなくて。
作戦はこの場の大多数と私本人の意思により決行が決まり、その日の立ち回りの詳細について綿密なプランが立てられた。

明日の夜、決行されるその作戦。
明日の朝までが、私に残された自由な時間。
その間、私は一体どうして過ごせばいいのか。最期に何をすべきなのか。必死に考えたって、納得のいく答えは何も見つからない。
そんなことを考えていれば、気付けば作戦会議が終わっていて。皆んなが私に一言声をかけて去っていく。

そんな中、最後に残ったリューキュウは、私にポツリと呟くように言った。

「名前、ショートにはこの事、一体何て説明するつもりなの…?」

その問いかけに、酷く胸が苦しくなる。
リューキュウは、私と彼の関係を知っている数少ない中の1人で。偶にショートとチームアップを組むことがある彼女は、この作戦を聞いた彼がどう思うのか、だいたい想像ができてしまうのだろう。
きっと彼なら、そんなことはさせないと私を何処かに閉じ込めて、自分が代わりにやると火の海へと飛び込んでいってしまうはずだ。私の個性でしか成し得ない作戦だと理解していても、きっと呑み込んではくれないだろう。そんな彼の姿が思いの外簡単に想像できてしまい、思わず苦笑を浮かべてしまう。そんな私の反応に、リューキュウはハッとなって謝罪する。

「ごめんなさい、嫌なことを聞いてしまって…」
「いえ……きっと私は、彼に何も言わないと思います…言ったら、私の覚悟が揺らいでしまうから。」

きっと彼は知らない方がいい。知ってもいい事なんて一つもないし、何より私は大好きな彼の悲しむ顔を見たくない。最期の記憶は幸せなもので在りたいからと、リューキュウに微笑もうとした時には、頬には涙が伝っていた。








『そうか、わかった。気を付けて。帰ったらさっきの続きしような。』

『ああ。名前、いってらっしゃい。また後で。』

今朝、出来るはずがないと分かっていながら、私は彼とそんな約束した。これが最期の会話だと分かっていたのに、何も言わなかった。
色んなことを沢山考えたが、最期にしておきたい特別なことなんて、何も思いつかなくて。それなら、いつも通りの幸せを一つ一つ噛み締めて、終わりたいと思った。
最期まで私の我儘に付き合わされた彼は、一体どう思うだろうか。自分勝手な私を優しく許してくれるだろうか。

私はもう二度とあの家に帰ることはない。
あんなに当たり前だった、彼との「おかえり」「ただいま」を交わす機会は、もう永遠に訪れないのだ。

きっと焦凍くんは、今晩は遅くなると言った私の言葉を信じ、ずっと夜通し私のことを待ってくれるだろう。朝になっても帰らない私を心配して、リューキュウ事務所に連絡をするかもしれない。
そして、その時に私がどうなったのかを知ることになるのだろう。

最新兵器の爆風に呑まれる予定の私は、きっと遺体すら粉々になって見つからないだろう。跡形も無く消えてしまうはずの私は、何一つ焦凍くんの元へは戻れない。別れの言葉を貰うことも、好きな花を添えてもらうことも、最後らしいことは何一つだって叶わない。
それがヒーローという職業なのだと知っていたつもりなのに、渦巻くのは未練ばかり。

本当は今すぐにでも彼の待つ家に帰って、今朝の続きをしていたい。優しく逞しい彼の腕に抱かれながら「おかえり」のキスを交わし合って、今晩は久々に2人で外食にしようと言って店を探したりして。
それは何でもないありふれた普通の幸せ。でも、今思えば、私は彼とのその日々ために生きているようなものだったのだ。

いくら私の犠牲が世界にとって正しいものでも、全てを受け入れることなど到底できるはずもなくて。

死にたくない、焦凍くんともっとずっと2人で一緒に生きていたかった。
彼の側で一緒に老いて、そして何十年間も積み重ねてきた幸せを噛み締めながら、最期は静かに眠りたかったのに。


兵器や敵の個性が降り注ぐ格納庫の中を、必死に走る。
身体はもうボロボロで、凄まじく響く音に正気を失いそうになる。それでも私が為さなければと、作戦通りの目的の場所へとひたすらに走り続けていった。








ピッ…ピッ……
気が付けば、定期的に響く電子機器の音が耳に入る。薄らと瞼を開けると、そこは眩しいくらい一面真っ白で。身体は重くてびくともしない。

ここは何なのだろうか。
そういえば私は一体、あの後どうなってしまったのだろうか。最期の記憶を必死に探るが、敵の倉庫に侵入した後の記憶は朧げにしか思い出せない。
あんな悲惨な状況で、助かる筈なんて無いのだ。多分私は死んでしまって、ここは死後の世界か何かだろう。そうぼんやりと考えるが、徐々にはっきりしてくる身体の感覚に、やけにリアルな激痛が全身に襲いかかってくる。痛みに思わず顔を背ければ、すぐ側には、椅子に腰掛けながらベッドに顔を伏せている誰かの姿が視界に入る。
さらさらな紅白の髪に、それが誰なのかなんて考えなくても分かる。

「しょ、と…くん…」

ずっと、意識が無くなる最期の瞬間まで彼のことを考えていた。もう二度と会えないのだと思うだけで、作戦中もずっと涙が溢れて止まらなかった。
彼と生きたい、死にたく無いと強く願った私に、神様は慈悲で夢を見せてくれているのだろうか。
眠っているのかピクリともしない彼は、あまり感覚のない私の左手をただぎゅっと握っている。顔は見えないし、言葉も交わすことはできないが、それでもこれは私にとって胸が張り裂けそうになるぐらい嬉しい夢だ。

私の全ては、もう終わってしまったのだ。
ちゃんと全部を受け入れなければと、深く息を吐き出そうとしたその時だった。

ん、と小さな唸り声を上げた焦凍くんは、そのままむくりと起き上がる。上がってきた彼の顔を眺めていれば、色の違う美しい瞳が私の姿を捉えて、そしてこれでもかと言うほどに見開かれる。

「…名前、」

静かな部屋に響き渡る、優しくて穏やかな彼の声。
あの日の朝、こうして何度も名前を呼ばれた筈なのに、なぜか酷く懐かしい事のように思えてしまう。

「気が付いたのか…?」

そう言って、きょとんとした顔で私を見つめる焦凍くん。しかしその表情は、みるみる内に崩れていって。端正な顔をぐしゃりと歪めた彼は「良かった…本当に良かった…っ」と何度も何度も繰り返す。
そんな彼の頬には、ポロポロと涙がこぼれ落ちていて。
何が起こったのか全く理解できない私は、ただ唖然と彼の姿を見つめている。

私は今、夢の中にいる筈で、今目の前にいる彼は私が都合良く作った虚像に過ぎない。まるで生きていることを喜ぶような彼の言葉が聞こえるのは、最期に私が生きていたいと願ったからだろうか。
しかし、僅かに感じる握られた手のひらの温もりが、何だかとてもリアルに思える。彼に少しでも近付こうと、動かない身体を必死に捩れば、激痛が身体中を襲う。
違う、きっとこれは夢なんかじゃない。温もりと痛みも全部本物なのだということに漸く気付く。

「…わたし、生きて…る、」
「ああ、名前は生きてるぞ…っ!」

呟くように言った私の言葉に、力強く返事をくれる焦凍くん。しかし、突然そんな奇跡のような現実を突き付けられても、ああはいそうですか、なんてことにはなれない。
だって、あんなに凄まじい爆発に巻き込まれたのだ、未だに生きているなんて、一体誰が信じられるというのだろう。
驚きのあまり飛び起きるが、痛みで直ぐにベッドへと崩れ落ちる。そんな私に慌てた様子の焦凍くんは「まだ動くな、」と私の身体を元の位置へと戻してくれる。

「全身、複雑骨折だそうだ。身体中の火傷も酷いし、肺とか臓器もやられてるらしい。昨日リカバリーガールが治癒しに来たけど、身体が弱ってるからって強い治癒はできてない。」
「……だから身体、動かないんだ…、」

あまり実感は湧かないが、そんなに身体のどこもかしこもが酷く傷付いているのなら、この激痛も納得だ。

どうやら、本当に私は生きているようだ。
生きて、彼の元へと帰ってきたんだ。
安堵で胸がいっぱいになって、何一つ言葉が口から出てこない。本当は嬉しくて嬉しくて堪らないのに、何も彼には伝えられなくて。頭の中が色んな感情でぐちゃぐちゃになる。

そんな何も言えないままの私に、焦凍くんは静かに口を開いた。

「…リューキュウから作戦のこと、全部聞いた。」

彼から紡がれたその言葉に、ずんと胸が重くなる。
ああ、やっぱり彼は全てを知ってしまったのだ。そんなのは当たり前だ、私がこんな状態なのにリューキュウが焦凍くんに何も話さない訳などないのだから。
彼がそれを知る頃には、もう私は生きていないと思っていた。だから、彼を欺いたまま最期の朝を過ごしたのに。
今彼がどう思っているかなんて、そんなの聞かなくたって分かる。分かるから、とても胸が痛くて堪らないのだ。

「なあ、何であんな名前を見殺しにするような作戦、引き受けたんだ…?」

先ほどとは打って変わって、悔しさをぐっと堪えるような声が聞こえてきて。彼の感情が直接的に伝わってくる。それに何も言えない私は、ただ彼の言葉を受け止める。

「どうして何も相談してくれなかったんだ…それにあの日だって、死にに行くって分かってたのに何であんな普通な顔して家を出て行ったりしたんだよ…!」

悲痛を訴え掛けるように、その美しい顔を歪める焦凍くん。
あの日全部を打ち明けたとして、きっと今みたいに酷く傷付いた顔が返ってくるのが何となく想像できていた。でも、そんな顔をした焦凍くんが最期なんて、絶対に嫌だった。
せめて最期は、いつもみたいに優しく笑う焦凍くんとお別れがしたかったのだ。

「作戦、引き受けたのは…わたしが、ヒーローだから…」
「ああ分かってる、ヒーローは皆んなを守る仕事だって…でも名前はヒーローである以前にひとりの人間で、俺の大切な恋人だ…誰かの命と比べたら安いとか、そんな訳絶対にねぇんだ。」

ぎゅっと握られている左手が、少しだけ熱い。
私一人の命で多くの命が救えるのなら、なんていうのはとても綺麗事だ。だが、ヒーローとは所詮そういうものなのだ。
しかし、それは私がヒーローという存在である前提の話で、仮に犠牲になるのが民間人の命だったとしたら、きっとその尊い命を犠牲にして、より多くの命を救えなんてことは誰も言い出さないだろう。
ヒーローも民間人も1人の人間に違いなくて、犠牲になれば誰かが悲しむことには違いないのに。

あの会議の提案から、私の命はとても軽いもののように思えてならなかった。彼はこんなにも私の命を重んじてくれていたのに、私はそれを躍起になって投げ捨てようとしていたのだ。そう思うと、とても居た堪れない気持ちになる。

「名前、頼むからもうこんな事は二度としないでくれ…どうしてもって時は、せめて相談し合って、2人でどうするのか考えよう。…何もできねぇまま名前を失うなんて、そんなの俺には耐えらんねぇ。」

そう言ってぐっと唇を噛み締める焦凍くんに、今回のことでどれだけ彼の心が傷付いたのかが伝わってくる。もしも今回の作戦で私が助かっていなければ、彼は一体どうなっていたのか。そんなの、想像すらつかない。
本当に辛いのは、きっと死んでしまった当人ではなく、その事実を背負って生きていく残された人の方なのだと、今更になって気付かされる。

「何も言わなくて…黙ってて、ごめんなさい…」

殆ど感覚の無い掌に力を入れて、必死に焦凍くんの手を握り返す。

「わたし…最期の最後に、もっと焦凍くんと生きていたいって…凄く後悔した…こんなの、カッコいいヒーロー、じゃないけど…」

肺が焼けているせいか、あまり上手く喋れない。そんな私の言葉に丁寧に相槌を打ちながら、何一つ溢すこと無く聞こうとしてくれる焦凍くん。こんなにも私のことを大切に想ってくれている彼との未来を、私は自ら閉ざそうとしていたなんて。酷い後悔が胸をぎゅっと締め付ける。

「おかえりのキスして、朝の続きも、したいって……だから、」
「する、何だってするから、もう俺の側から居なくなろうとしないでくれ…。」

そう言って、包帯だらけの私の手の甲に焦凍くんは口付ける。

「愛してる、ずっと一緒にいてくれ…名前。」
「…ふふ、なんか、プロポーズみたい…、」
「ああ、そのつもりで言ったんだ。悪りぃ…指輪とか何も準備してねぇけど、とにかく今言わなきゃいけねぇって思ったから。」

またこの人は…と冗談気に笑ってやれば、真剣な顔でそんな答えが返ってきて、思わず固まってしまう。
ああそうだ、彼はこういう人だったと妙に納得する気持ちと、その言葉の嬉しさに思わず胸が熱くなるのが一緒にきて、どうにかなってしまいそうで。
どんどん緩んでいく口元に、熱を帯びる頬。何だか恥ずかしさを感じるが、腕が動かないから隠せなくて。

「私も…焦凍くんと、ずっと一緒に…生きたい。」

そうしっかりと答えた私に焦凍くんは嬉しそうに笑って、今度は包帯の巻かれた額にそっと口付けを落としてくれた。



退院後すぐに入籍した私たちの関係は、大人気ヒーローショートの薬指に嵌まる指輪から瞬く間に世間に広がっていった。そして、ショートのプロポーズ話をメディアで取り上げる度に、この事件の話が世間に広まり、多くの視聴者を涙ぐませる事になるのだった。




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