あなたと揺蕩う優しい世界



過去の拍手お礼文


轟焦凍という男がどんな人間なのかと聞かれると、私は何て答えるのだろう。
容姿端麗で、性格も真面目で優しく、それでいて強個性を持って生まれた才能マン、世間では大人気のイケメンヒーロー。実家が金持ちでちょっと世間知らずな面もあるが、そのギャップすらも愛らしい。
考えれば考えるほど、彼の良いところばかりがノンストップで湧き出てくる。

ただ、彼の欠点を上げろと言われると、私は迷うことなくこう答えるだろう。

寝相が頗る悪いところ、だと。



「おやすみ」

そう言って、彼はいつものように私を腕に抱きながら眠りにつく。
時刻は深夜1時を回り、今日も夜遅くまで働いた彼は、その身体に沢山溜め込んだ疲れを発散させる様に、すぐさま深い眠りに落ちた。

そんな彼の温かい腕の中で、私も瞼を閉じて眠気を待つ。
頬を寄せる彼の胸からは、どくどくと心臓の音が聞こえてきて、何だか妙にドキドキする。こうして寄り添い合って眠る事自体は、もう何年も続けているのに、何故だか偶に無性に胸が高鳴り眠れなくなる日が訪れるのだ。

すっかり冴えてしまった頭は、暇を持て余すかの様に彼の身体に意識を向ける。厚い胸板に、大きくて逞しい腕、絡められている脚はとても長くて、私のつま先は彼の脛までしか届かなくて。私のそれとは全く異なるものなのに、私と同じ様に息を吸って、心臓を動かして、彼はその身体を動かしている。
それが何だか不思議で仕方がない。

もっと深く彼の身体が知りたくなって、そっと背中に手を回す。
背中から腰まで、温かい彼の背後をゆっくりと指先で触れる。服を着ると細身に見えがちな彼だが、こうして触れると沢山の筋肉がびっしりと隙間なく彼の身体を形作っているのに気付く。それはとても勇ましくて、きっと私の様な平凡な人間では考えられない程の努力を彼は積み重ねてきたのだろうと思うと、どうしようもない程の愛おしさが溢れてしまう。

寝ている彼の身体を一人愛でる今の私は、些か変態臭いけれど、誰も見ていないから平気だ。
彼のどこに触れても好きだとしか感じない私は、きっと本当は相当な変態なのだろう。

そうして彼の身体を堪能しているうちに、少し暑さを感じ始める。エアコンはいつも通りの温度設定な筈だけど、こうしてぎゅっと抱き締められていると腕の中で熱が篭ってしまうのだ。

丁度、喉も渇いてきたので、一度布団から出ようと彼の腕を擦り抜ける。
そして、そのまま身体を起こして布団から抜け出そうとした時だった。いきなりパシッと手首を掴まれて、思わずビクリと身体が飛び跳ねる。

「し、焦凍くん…?」

まさか、起こしてしまったのだろうかと慌てて彼の顔を覗き込むが、そこには月明かりに照らされた綺麗な寝顔があるだけで。
完全に、彼は寝ている。
と言うことは、これは寝惚けているだけなのだろうか。まるで逃げるなと言わんばかりに掴まれた、左手首をまじまじと見つめる。
かなり力は入っている様だが、振り解けない程ではない。そう思って空いている右手で彼の手を解こうとした丁度その時、不意に彼のTシャツが捲れ上がっているのに気付く。目の前に晒されているのは逞しい彼の腹筋なのに、何だか可愛らしいものを見てしまったと少し頬が緩んでしまう。仕方がないなと、彼に掴まれているのと逆の手でそっとTシャツを下げてやる。

これでよしと心の中で呟くが、すぐ側に布団から放り出された彼の枕が転がっているのに目が止まる。畳で眠る可哀想な枕を、またもや仕方がないなと呟きながら、そっと彼の首元へと戻してあげる。

するとその時、彼に掴まれていた左手が力強く引かれ、そのまま倒れ込む様に彼の胸板へとダイブしてしまう。
一瞬の出来事で、何が何だか分からないまま再びぎゅっと腕の中に閉じ込められれば、思わず「焦凍くん…!?」と声を上げてしまう。

いや、流石に今のは起きただろう。
そう思って恐る恐る彼の顔を盗み見ると、そこには何とも幸せそうに頬を緩めて眠り続ける彼の寝顔が見えて。
嘘でしょ、起きてないの…!?
あまりにも図太い…繊細さの欠けた彼の様子に、敵に寝込みを襲われたらこの男はどうなってしまうのだと別の心配事が浮上する。

このままでは、乾いた喉を潤そうにもキッチンへ行く事はできない。しかし、彼の腕を退かそうとしても、びくともしない。寝ている筈なのに、なんて力だ。
どうにかして彼の馬鹿力と闘っていると、彼は私を腕に抱えたまま、あろうことか寝返りを打つ。振り回される様にドアとは逆側へと着地すると、益々強い力で抱き締められる。

この男は、本当に人を抱き枕か何かと勘違いしているのだろうか。

このまま力尽くで彼の腕から逃げ出したいところだが、毎日夜遅くまで仕事を頑張る彼の睡眠を妨げたくはなくて。

仕方がない、もう飲み物は諦めてこのまま彼の腕で眠ってしまおう。
そう考え、ゆっくりと目を瞑った、丁度その時だった。

突然、首元にチクリと小さな痛みが走る。
一体何事だと閉じたばかりの目を見開けば、私の首に埋められていた焦凍くんの顔が、頬をすり寄せるように動く。髪が首に擦れて、擽ったい。

というか今、私の首、噛んだよね…?
これは絶対に起きているだろうと彼の名前を呼んでみるが、静かな寝息しか返ってこない。

いや、まさか、まだ寝ていると言うのだろうか。
そう言えば、偶に起きたら虫刺されみたいな変な痕が残っているのを思い出す。
ひょっとして、それはこうして夜な夜な寝惚けた焦凍くんに噛まれたり吸われたりして付いたものなのだろうか。いや、絶対そうに違いない。「何でだろうな」なんて真剣な顔で私に残った痕を摩る焦凍くんに、この一部始終を突き付けてやらなければ…。

というか、そんな寝惚けた彼の悪戯に気付かずに、これまで私は毎日のように惰眠を貪っていたのだろうか。そう考えると、自分も彼の図太さを笑える立場の人間ではないということに気付いてしまう。

そんなことを頭の中で考えていれば、ふと頭上からは何だか苦しそうな声が降ってくる。

「…早く帰りてぇ……今日も一緒にいる時間、減っちまう……」

まさか今度こそ起きたのかと彼の顔を覗き見るが、彼はぎゅっと目を閉じたまま眉を顰めていて。どうやら、寝言だった様だ。

早く帰りたいって、一緒にいる時間が減ってしまうって。
不意に彼の口にした寝言が胸に引っかかり、思わず彼の顔を見つめる。
一体どんな夢を見ているのかは分からないが、きっと夜遅くまで任務に明け暮れる日の夢なのだろうと想像する。

彼は自分の目標とするヒーローに向かって、今もなお己を磨き続けていて。どんなに仕事が大変でも、決して弱音を吐くことはしなかった。
私を心底大事に思ってくれる気持ちも、私よりも仕事を優先してしまう気持ちも、全部理解できたから、私は彼と一緒にいる事を決めたのに。
それなのに、今の彼の言葉はまるで、本当は仕事よりも私のことを大事に思っているのだと、そう言っているみたいで。
無性に、胸の中が熱くなる。

「こんなに一緒にいるのに、馬鹿だな…もう。」

どんなに仕事が遅くなっても、ちゃんと毎日私の待つこの家に帰って来て、こうして一緒に眠ってくれる。会える時間の殆どは眠っていて、話したり笑い合ったりできる訳ではないけれど、一緒にいることには変わりない。抱きしめ合って眠るだけでも、私にとっては大切な焦凍くんとの時間なのだ。

苦しそうに眉間に皺を寄せる焦凍くんの額に、そっと唇を押し当てる。
そして、ぎゅっと彼の身体を目一杯に抱き締め返す。

「焦凍くん…私は毎日焦凍くんと一緒に眠れて、幸せだよ。」

片時も私から離れまいと、眠りながらも私を求めてその腕に閉じ込めてしまう彼が、愛おしくて仕方がない。
ただ眠るだけの時間でも、私を愛しているのだと一杯一杯に伝わってくる。

すると、不意に「んん…」と唸る様な声を上げた焦凍くんは、掠れた声で言葉を紡ぐ。

「?……そうか…それは良かった。…でも多分、俺の方が幸せだ…。」

返ってくるとは思いもしなかったその返事に、心臓がドクンと跳ねる。
呂律の回りきらないその口調に、まだ寝惚けているのかなと首を傾げる。しかし、眠そうに少しだけ開かれた彼の瞳と視線が絡まり合えば、今度は起きているのだと理解する。

「起こしちゃったね…ごめん。」
「いや、寧ろ起きてよかった…何でか知らねぇけど抱き締められて、すげぇ嬉しい愛の告白が聞けたから。」
「あ、愛の告白だったかな…?」

そんなに喜んでもらえる様な事は言っていない気がするけれど、何だか嬉しそうな焦凍くんに私もつい嬉しくなってしまう。

「…このまま眠るの、何か勿体ねぇな。」
「眠っても焦凍くんはずっと私とイチャイチャしてるから、大丈夫だよ。」
「?…何か分かんねぇけど、楽しそうだな。」

何を言っているのか全く分かってないのに、ふっと楽しそうに笑う焦凍くん。
彼が眠っている間、私とどれだけイチャイチャしているかを、明日起きたらすぐに伝えてあげよう。きっと今後、私の首筋にできた謎の痕を見かけたら気まずそうに目を泳がせることになるのだろうけど。

「おやすみ、焦凍くん。」
「ああ、おやすみ。また明日な。」

そう言って、私をぎゅっと抱きしめる焦凍くんの優しい腕に、今度こそ心地の良い睡魔が私の意識を攫っていった。





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