だから花びらを撒き散らした



※プラスに掲載したお話に名前変換をつけてます。

 元々、釣り合いが取れているなんて思わなかった。世間で毎日のように取り沙汰される大人気ヒーローである彼と、何の取り柄もない平凡な自分と。誰がどう見ても、最初から不自然でしかない関係だった。
 だからこうなることはずっと前から分かっていたし、今更納得がいかないと怒り散らすような真似などできなかった。
 
 ネットニュースのトップ記事には、よく見知った私服姿の彼と、その隣を歩くスタイル抜群な綺麗な女性が映っていて。無意識のうちにため息が口から溢れ出た。
 最近やけに帰りが遅いと思っていた。どこか疲れたような笑みを向けられることもあった。でも、どうしたの?と尋ねてみても誤魔化すような笑みを返すだけの彼に、それ以上は何も聞けなくて。私はただ彼の事を信じて待つことしかできなかった。

 今日も今日とて夜遅くに帰宅する焦凍くん。うとうとしていた目を開きソファから腰を上げて、玄関へと出迎える。

「おかえり、焦凍くん。」
「ただいま、名前…まだ起きてたのか。」

 そう言って少し目を丸めた彼の服からは、甘ったるい香水の匂いがした。頭がくらくらしてしまいそうなその匂いに不意に脳裏に過ぎるのは、あの記事に映っていた綺麗な女性の姿で。こんな夜遅くまで彼女と会っていたのだろうか。態々私が寝ている時間に帰るくらい私とは会いたくなかったのだろうか。そんなことを考えてしまい、胸がちくりと痛くなる。

「うん…でも、もう寝るね。」

 気持ちを紛らわすように無理やり笑顔を作りながら寝室に逃げ込もうとする。すると突然、背後から伸びてきた腕に力一杯抱き締められる。

「名前…今日、いいか?」

 耳元で甘く囁かれ心臓がどくん、と跳ね上がる。まさか他の女の人に触れたその手で私を求めるつもりなのか。唖然とする私に追い打ちをかけるかのように「ダメか…?」と弱ったように尋ねる焦凍くん。そんな彼のお願いに、私は心底弱い。戸惑いでいっぱいの頭を上手く回せないまま首を縦に振ってしまえば、彼は嬉しそうに声を弾ませ「すぐにシャワー浴びてくるから、待っててくれ。」と言って私の側から離れていった。
 
 それからすぐに寝室へと戻ってきた焦凍くんは、いつになく私を激しく求めてきた。ただの言葉遊びに過ぎないのに、彼から甘く囁かれる「好きだ…愛してる、」という言葉に、まるで愛されているかのような気持ちになって、嬉しいのと同時に胸がズキズキとと痛くなる。
 彼のこの優しくて温かい腕も、低く囁かれる甘い言葉も、今だけは全部私のもので、誰にも渡したくなどなくて。彼の首筋に唇を這わせて、普段は付けない痕を残す。不慣れな所作で不恰好な痕を色んなところに作っていれば、いつの間にか彼の視線が私をじっと見つめているのに気付く。
 やってしまった、怒られる…。そう考えると、背筋がゾッとしてしまう。これから降ってくるであろう罵倒の言葉が恐ろしくて、思わず目を固く閉じる。
 しかし、いつまで経ってもそんな言葉は彼の口から紡がれなかった。それどころか、目の前には「もう終わりか?」と残念そうに眉を下げる彼がいて、思わず唖然としてしまう。そんな私の髪を優しく撫でながら「もっといっぱい付けてくれ」と強請る彼はとんでもないほど色っぽくて、顔中に熱が篭る。

「どうして、怒らないの…?」

 あの女の人とも、こういうことするんでしょ?なんて言葉を飲み込みながら、じっと焦凍くんの次の言葉を待っていれば、彼はきょとんとした顔を浮かべて言った。

「?何で怒ると思ったんだ?」
「だって、ほら…見られると、まずいでしょ…?」
「まずいのか?」
「そりゃ、まあ…あんまり良く思われないと思うけど…」
「そうか…でも俺は名前に沢山付けて欲しいし、何なら他の奴にも見せびらかして自慢してぇって思ってる。」
「な…っ!?そんな事したら彼女は多分悲しむよ…?」
「彼女…?」

 そう言って眉を顰める焦凍くんに、彼女のことをつい口走ってしまった自分に後悔する。ああ、折角焦凍くんが知らないフリを通してくれていたというのに、なんて事だ。これでは今すぐにでも振ってくださいと言っているようなものではないか。
 じっと真っ直ぐにこちらを見つめる彼の視線に居心地の悪さを感じて、思わず視線を大きく逸らす。

「ネットの記事で、偶々見たの…その、綺麗な彼女、だね…。」

 咄嗟に口から出てきたのは、そんな言葉だった。どうしてこんなにも嫌味ったらしい言い方しかできないのだろうか。容姿だけでなく性格も可愛くない女なんて、一体誰が恋人にしたいと思うのだろう。ぎゅっと握りしめたシーツは、ぐしゃりと皺を寄せていく。
 聞きたくない彼の次の言葉に耳を塞ぐ事もできなくて、緊張で身体は強張る一方で。
 そんな私の頬に、彼の冷たい右手がそっと優しく添えられる。

「…俺の彼女は、名前じゃないのか?」
「私はまだ、焦凍くんの彼女なのかな…?」
「まだって何だ。ずっと、彼女か奥さん以外は有り得ねぇだろ。」

 そんな耳を疑うような言葉が聞こえてきて、ハッとなって視線を上げる。するとそこには心底愛おしそうに私を見つめる瞳があって、胸がどうしようもなく熱くなる。

「記事のことは、何も言わなくて悪かった。あの女の人とはそう言う関係じゃねぇ。ただ任務で護衛を任された相手だっただけだ。」
「護衛の任務…じゃあその、本当に何も…」
「ああ、何もねぇから安心してくれ。…大体、俺にはこんなに可愛い恋人がいるんだ。浮気なんてどう考えてもあり得ねぇだろ。」

 そんな事をさも当たり前かのように言い張る焦凍くんに、恥ずかしさに似た気持ちが胸の中に湧き上がる。ああ、彼はこういう人だった。見た目も中身も全然可愛くなどない私を、ただ一人、大真面目な顔で可愛いと言ってくれるのが、轟焦凍という男で。
 そんな彼だからこそ、自分の身の丈に合わなくても大丈夫だと思えた。ずっと私のことを愛してくれる筈だと、確かに思えたのだ。
 
「これからもずっと俺の全部が名前のものだ。だから、遠慮なく沢山キスマーク、付けてくれ。」

 そう言って柔らかい微笑みを浮かべた彼は、私の唇にそっと自身の唇を重ねた。




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