#4 慫慂


時刻は午後2時過ぎ、与えられた担当地区のパトロールを無事に終えて事務所へ戻る。今日は運悪く昼食時に急な出動要請が掛かり、そのままパトロールに出てしまったため、完全に昼食を取り損ねてしまい、今はとにかく空腹で仕方がない。
近くのコンビニで買ったおにぎりを片手に休憩室へと足を運べば、そこには誰もいない静かな空間が広がっていた。

この時間に休憩室を利用する人間は殆ど居いない。もし居たとしたら、そいつは今の俺のように食事休憩が取れない事態に遭遇した奴だろう。ヒーローの仕事はあまり時間の管理ができない。どの仕事も急を要するものばかりで、入件したら直ぐに出動するのが基本的な流れだ。故に、例えそれが昼食のタイミングであったとしても、お構いなしに駆り出される。今日みたいに昼食を逃すことだってザラにあるのだ。

休憩室に並ぶテーブルに腰掛け、コンビニのおにぎりを頬張りながらHNを閲覧する。残念な事に、今日は至る所で良くない事件が起きているみたいだ。それらの殆どが爆豪や緑谷の活躍により解決していて、あいつらやっぱり凄ぇな…俺も負けてらんねぇ、なんて気持ちにさせられる。

そんな時間はずれの昼食を1人とっていれば、いつの間にやら休憩室の入り口には見知った人影が現れる。

「あ、ショートさん。お疲れ様ッス!」

俺を見るや否や、人懐っこい笑みを浮かべる男。相変わらず元気な奴だなと思いながらも「ああ、お疲れさま。」と一言返してやる。
彼は、去年この事務所に入ったばかりの後輩サイドキックだ。「ショートさんと休憩被るとか、今日の俺はツイてるな〜。」なんて調子のいい事を口にする彼は、雄英高校を主席で卒業しているそうだ。見た目によらず中々優秀なのだと、前に名字がボヤいていた。

そんな彼はすぐ側にある自販機から何やら甘そうな飲み物を購入し、そのままの軽い足取りで俺の横へと腰掛けた。

「今日は1人なんだな。」
「そうなんスよ。名前さん、今日はケイサツのお仕事の日みたいで。」

「また置いてけぼりにされて、俺寂しいんスよ〜。」なんて言いながらしゅんとした表情を浮かべる男は、何というか、まるで飼い主を待つ大型犬の様だ。勿論、彼女とコイツとの間に主従関係があるわけではない。だが、この男が異様なまでに彼女に懐いているのは、周知の事実だ。

こいつの上司である彼女は俺と同期であるが、同じ現場を一緒に任される事は殆ど無い。お互いヒーローとして個別に活躍する立ち位置になってからは、戦力が集中しないように、大きな案件ではない限り一緒の現場を任されることはないのだ。
一方で、彼はヒーローになってから日も浅く、仕事を学ぶために彼女のサポート役を与えられている。故に、今日の様な事情がない限り、基本的にはずっと彼女に付きっきりになる。
ああ、なんて役得なのだろうか。
できる事なら代わって欲しいぐらいだ。
この男と彼女が一緒に居るのを見かけると、ついそんな事を思ってしまう。

彼女はエンデヴァー事務所に所属するヒーローの中でも少し特殊な立ち位置をしていて、よく警察から潜入捜査や囮捜査などの依頼を受けて対応している。彼女の個性は隠密捜査に向いているのだ。一方で、俺やこの後輩のように火や氷を扱う個性は非常に目立つため、隠密捜査には向いていない。
故にこの男は今日の彼女の任務には参加できず、留守番を言い渡されているのだろう。

彼女に放って行かれることがいかに寂しいかを語り出す後輩。その話を2つ目のおにぎりを頬張りながら聞き流していれば、不意に話題は次のトピックスへと切り替わる。

「そう言えば、ショートさんと名前さんって雄英では同級生だったんスよね?」
「ああ…それがどうかしたのか?」
「いや、ほら!名前さんってミス雄英に選ばれるくらい人気だったって聞いたんスけど、やっぱ学生時代は格好いい彼氏とかいたりしたんスかね?」

思いもよらない方向へと転換される話題に、つい呆気にとられてしまう。
名字に彼氏が居たのかどうか。
そんな奴がいたとしたなら、俺が知りたい。

「…さあな。俺が知る限りだと、そういう奴はいなかったと思うぞ。」
「マジっスか?!あんな綺麗で優しい人なのに?彼氏いなかったんスか?!雄英は男子少人数だったんスか?!」
「そんなことねぇぞ、寧ろ男の方が多かった。」
「ですよね、ほんとショートさん真面目。」

あははと笑う後輩に、急に何の話だと首を傾げる。

雄英時代、俺は割と序盤から彼女のことが好きだった。
何をきっかけに好きになったのかは、今でもよくわからない。ただ、気付いた時には、もうどうにもできないほど好きになっていた。

穏やかで誰にでも優しい彼女は、確かにクラスや学年問わず人気者だった。在籍中は色んな奴から告白されてたのだって、知っている。彼女が誰かの告白を断る度に、上鳴や峰田が寮の風呂で話題にしていたからだ。

彼女は立派なヒーローになる為、許された時間は夢に向かって励みたいのだと、そう言っていつも告白を断っていたそうだ。
だから俺は、心のどこかで安心していた。
彼女は誰のものにもならないのだと。
勿論、自分のものになる事もないのだが。
だけど、彼女が俺にそういう気持ちを抱いてくれるとは思えなかったから、彼女が誰かの恋人にはならない事実があるだけで十分だった。

「今はどうなんスかね?」
「?」
「名前さん、結構色んな人とチームアップ組んだりしてますし、もしかして警察とかヒーローに恋人がいたりして。…ショートさん、何か知ってたりします?」

そんな問いかけと共にこちらに向けられのは、好奇心の垣間見える瞳で。

彼女は今、恋人がいるのかどうか。
そんな事、俺に聞かないで欲しい。

出会ってこの方、彼女に恋人がいるのかどうかを直接聞いたことは、一度だってない。
そんな事を聞く度胸があったとしたなら、きっと俺はこんなにも長い間彼女に片想いなどしていない。
もしも恋人がいるなんて言われた時には、一体どんな顔で何を彼女に言い返せばいいのか、そんな恐ろしい事など想像すらできない。

ただ、これまで積み重ねてきた何気ない会話の中からは、彼女が特定の人物と親しくしている様子は伺えない。
だから、恋人はいないだろうと勝手に想定している。

「どうだろうな。俺は別にあいつとそんな話しねぇし…そういうの、お前の方が詳しいんじゃないのか?」

何もないフリをしながら、淡々とそう返してやる。
すると、うーん、と後輩は難しそうに顔を捻らせながら唸る。

「いやそれが俺が聞いたら、くだらない話するなって直ぐに流されるんスよ。」

可笑しそうに笑いながら「まあそういう真面目なところも可愛いんですけどね。」なんて軽口を叩く後輩。5つ以上も年上の女性に対しその発言をするのは、如何なものか。もう慣れてしまったが、この男はそういう奴なのだ。
そんなことを思いながらチラリと後輩の顔を見てやる。

すると、ほんの一瞬だけ、彼が何か思い出に浸るような柔らかい表情を浮かべたことに気付く。

今のは一体、何だったのだ。
何だか嫌に胸が騒ぎだす。
この男は、大型犬だった筈なのに。
それはまるで、1人の男が愛する誰かのことを想っているかの様な表情で。
心臓がどくりと弾む。

「…ぶっちゃけ、ショートさんと名前さんって付き合ってないんスか?」

藪から棒に、そんな事を口にする後輩。
その唐突な質問に思わずドキリと胸を騒がせながらも彼の目に視線を向ければ、そこには真っ直ぐに此方を見つめる翡翠色の瞳があって。若干前のめりになっている彼に、何だか少し圧倒されてしまう。

さっきから、こいつは一体何なんだ。
いつも冗談気に軽口を叩くくせに、今は見たこともないほど真剣な眼差しでこちらを見ていて。彼が何を考えているのか、何ひとつ掴めやしない。

「…付き合ってない。俺たちはただの同期だ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ。」

すっかり焦ってしまった胸の内を隠しながら、いつも通りの声色でそう返す。
すると、それを聞いた目の前の男は、口角を上げてニッと微笑む。

「じゃあ、俺にもチャンスはあるって事っスね。」

男が口にしたその一言に、一瞬にして頭の中が真っ白になる。

「お前、まさか名字のこと、」
「狙ってますよ、勿論。そりゃあんなに素敵な女性なんてそういないですからね。」

まさかと思ったが、実際にそれを口にされると、どうしようも無く胸が騒つくものだ。
平然とした口調で彼女への好意を告げる男に、ドクドクと心臓が嫌に波打つ。

「でもショートさんと張り合うのとか絶対無茶だし、ショートさんが本気で名前さんのこと狙ってたら諦めようかなって思ってたんスけど……どうやら『ただの同期』だったみたいで、ホント良かったっス。」

態とらしい言い回しで敢えて俺の言葉を口にする男に、騒ぎ出す胸が抑えられない。
コイツは、完全に名字のことを狙っている。
そしてそれを赦すようなことを、どうやら俺はコイツに言ってしまったようだ。

いつか名字は、この男のものになってしまうのだろうか。
若くて、これから沢山の活躍を見せるであろうこの男に、俺が大切に積み重ねてきた彼女との10年間が崩されてしまうのだろうか。

そんなことを考えていれば頭が一杯になってきて。
先輩としての余裕なんて、もはやどこにもない。

「…俺が名字のこと狙ってるって言えば、お前は諦めるのか?」

焦る心を押し留め、静かにそう聞き返せば、後輩はスッと目を細めながら口にする。

「そうッスね、まあショートさんが本気なら、仕方ないっス。流石の俺も勝ち目のない戦はできないんで。」

いつもの冗談を言うトーンではない後輩の声色。ここでしっかり諦めてもらわないと本気で彼女を奪われてしまう気がしてならない。
もはやなりふり構っていられる状況ではなくて、目の前の男よりも遥かに真剣な眼差しを向けながら、はっきりと告げる。

「…好きだ。あいつのこと、俺は10年前から本気で狙ってる。だから今すぐ諦めてくれ。」

先輩らしい余裕のある言葉とか、気取った男らしい言葉とか、そんな格好いいものを口にできた訳ではない。
そんなものを考え言い淀むぐらいならと、兎に角、頭に浮かんできた言葉をそのまま後輩に投げ付けた。

本当に、彼女だけは誰にも譲ることはできない。
ずっと想い続けてきたのだ、今更諦めることなど出来やしない。
例え一生振り向いてもらえなくたって、すぐ側にいれるだけで良いとさえ思えるぐらいに、愛しているのだ。

何も飾る事のない、先輩としては本当に格好のつかない俺の言葉に、後輩は少しだけ目を見開く。
そして次の瞬間にはその真剣そうな顔を崩し、ぷはっと笑いはじめた。

「ショートさん、本当相変わらずっスね。」

先程の張り詰めた空気などまるで無かったかのように、いつも通りの冗談気な顔をする後輩。
何をトリガーにこうなったのかがイマイチ良くわからないまま首を傾げていれば、ニヤリとした後輩の顔が直ぐ近くまで迫り来ていた。

「てか、10年も前から好きだったんスか…?!」
「ああ、そうだ。…で、どうなんだ?あいつの事、諦めてくれるのか?」

そう問い詰めるように言えば、後輩は両手を振りながら少し慌てた様子を見せる。

「あー、いや、すみません…。実はさっきの、ショートさんにかま掛けてみただけなんスよ。」
「?」
「俺、本当は名前さんをどうにかしたいとか全く思ってなくて…ただそうでも言わないと、ショートさん何も言ってくれないんじゃないかって思って。」
「……そういう事だったのか。」

後輩の策略にまんまと乗せられていたことを知り、何だか唖然としてしまう。普通なら、あれが虚言だったことに怒りを感じるところなのかも知れない。しかし、それよりもあの会話が全て嘘であった事に対する安堵と嬉しさで一杯になってしまい、他のことはどうでも良く思えてしまう。
ああ、本当によかった。
ほっと胸を撫で下ろせば、何だか気が抜けてしまいそうになる。

「俺、ずっと2人は付き合ってるんだと思ってたんスけどね。ショートさんはいつも名前さんの周りをすごい顔で牽制してますし、名前さんもなんか最近は上の空って感じですし。」
「そんな顔してるのか、俺?」
「気付いてないんスか…」

気付くも何も周りを牽制した記憶なんてないし、普通にしているつもりだった。確かに名字のことは気付けば目で追っていたりしたが、ただそれだけのことだと思っていた。

「…じゃあ何で名前さんは心ここに在らずな時があるんスかね。」

そう呟くように言った後輩に、違和感を感じる。
名字が心ここに在らずだったことなど、最近あっただろうか。毎日少しずつ交わす会話の中で、彼女が可笑しいと感じた瞬間は一ミリもない。

「…なあ、それいつからだ?」
「う〜ん………あ!あれッスよ、先月名前さんが朝勤なのに飲みに行っていた、あの珍しい日からっス!」

先月、朝勤の名字が飲みに行っていた日。
それは間違えなく、例のあの日の事を指している筈で。

「それ、本当か?」

そう確かめるように尋ねれば、後輩は深く首を縦に振る。

「間違えないっス。だってあの日の名前さん、本当に見た事ないぐらい一日中挙動不審だったんスから。」

「まあ仕事の出来は文句無しの素晴らしい感じでしたけど。」なんて言葉を付け加える後輩は、間違えなく俺よりは彼女と一緒にいる時間が長い。つまり、俺の見えていない所での彼女の挙動を知っている訳で。

どういうことだ、一体どうして彼女があの日以降、心ここに在らずな状態になっているんだ。
そんなことをいくら考えたって、答えは何も出てこない。
しかし、あの日の朝、姿を消してしまった相手の女性が彼女だったのではないだろうか、なんて根拠のない推察だけが頭の中を駆け巡る。
そんな筈はないという事を、あの日の朝に確かめたと言うのに。

未だに音沙汰のない相手の女性。
それが一体誰だったのかを考えない日はなくて、あの日以降、誰彼構わず疑うようになってしまっている。

「俺、てっきり名前さんとショートさんとの間に何かあったんだと思ってたんスけど。…ショートさんのその反応を見る限り、本当に何かあったんっスね。」
「いや、俺のはアイツとは関係ねぇことだ…、」

そう、あの日の相手は彼女ではないのだ。
もし彼女だったとしたなら、あの日から彼女は俺のことを最低な人間だと軽蔑し、避けている筈なのだから。

彼女に身の入らない瞬間があるとすれば、きっと何か他の理由である筈だ。

「ま、俺はショートさんのこと本気で応援してるんで、何かあればいつでも相談に乗りますよ!」

そう言って眩しいくらいにニカッと笑う後輩は、何だかすごく心強くて頼もしい。俺よりもいくつも歳は下だが、こういう事に対する経験値は断然高いと思う。
何故だか気合の入っている後輩に「ああ、ありがとうな。」と軽く返事をしながら、残りのおにぎりの封を開けた。








ヒーローの仕事は街のパトロールや人助けだけではないというのは、雄英の授業で教わる通りだ。雑誌の取材やヒーローインタビュなど、直接誰かの救いになる訳ではない仕事だって多々ある。しかし、それも巡り巡って誰かの救いになることを知っている。
ヒーローの活動がしっかりと世間に浸透して、少しでも敵の活動が抑制されるような社会になれば、そんな思いを抱きながら俺はいつもそれらの仕事に取り組んでいる。

今日も雑誌の取材のために隣町へと足を運んでいて、その帰り道に偶々、偶然、奇跡的にも彼女の姿を見かけた。まさか彼女も隣町に来ているなんてと思いながら、何も躊躇うことなく後ろから声をかけた。

「あ、とどろ…ショート、今帰り?」
「ああ、お前もか?」
「うん。」
「…そう言えば、今日は警察と張り込みの任務って言ってたな。」
「うん、丁度この辺りでね。でも今日は目標が現れない日だったみたいだから、早めに切り上げてきたの。」
「そうか。」

そんな会話を交わしながら、自然と彼女の隣を歩き出す。

学生時代からの名残で、名字は普段俺のことを名字で呼ぶ。しかし、こうした街やオフィシャルな所では、一応周りの目を気にしてヒーローネームで呼ぶ。
それが何だか親しげに名前を呼ばれているみたいで、実は彼女にヒーローネームで呼ばれることが嬉しかったりする。こんなことは口が裂けても彼女には言えないのだが。

「ショートは、今日は撮影のお仕事?」
「ああ。なんとかって言う雑誌の撮影だった。」
「雑誌の、ね……、」

雑誌の撮影、その言葉に何故か不穏な反応を見せる彼女。何か気付かずに悪いことでも言ったのだろうかと思い返すが、特に引っ掛かるような事は言っていない。

「どうかしたのか?」
「え?あ、うんん!何でもないよ。」

そう言って誤魔化そうとする彼女だが、明らかに普通の反応ではない。色んな人から鈍いと言われる俺だが、彼女のことに関してはそれ程鈍くないと思っている。
何でもないことねぇだろ、そう言いたげな視線を彼女へと送っていると、それに気付いた彼女は、視線を泳がせながら少し小さめの声で言葉を紡ぐ。

「そ、そう言えばこの間、轟くんの載ってる雑誌を見たんだけど…その、凄かったなと…。」
「凄かったのか?」
「う、うん…そういう仕事もするんだって、ちょっとびっくりした。」
「?…あんま変なことした覚えはねぇけど。名字が見た雑誌、どんな奴だったんだ?」
「じょ、女性用の下着の、宣伝だったような…」

どうして彼女がこんなにも挙動不審になっているのかがイマイチ良く分からないまま、彼女が見たという雑誌の話が進んでいく。
女性用の下着の宣伝、そこまで聞くと、そう言えば一度だけ下着姿になれと言われて写真を撮ったことを思い出し、「ああ、あれか。」と呟いた。

「だいぶ前に撮ったヤツだな、すっかり忘れちまってた。」
「そう、なんだ。」

何だか居心地が悪そうに視線をあっちこっちにさせる名字。どうして彼女がそんな態度を取っているのかは分からないが、その記事に何か理由が隠されているのだと言うことだけは明らかで。
時間が経って朧げにしか覚えていないあの雑誌の依頼内容を、必死になって蘇らせる。

「確か、下着の売上の半分をヒーローを目指す学生へ学費として支援するって企画だったな。」
「!…え、そんな企画内容だったの?」
「?…ああ、名字はそれが凄かったって言ってるわけじゃないのか?」

企画内容に驚く彼女に、更にこちらが驚かされる。
この企画が凄いと思ったわけでないなら、一体どこに凄さを感じていたのだろうか。ますます分からなくなってしまう。
もう半分お手上げ状態になってしまっている俺だが、どうにかして彼女から理由を聞きたくて。
じっと彼女の方を見つめていれば、俺の視線に気付いた彼女は、少し戸惑うように口を開く。

「…だって、雑誌であんな風に轟くんが脱いでたら、そりゃあびっくりするでしょ。」

何だか恥ずかしそうに俯きながらそう言う彼女に、完全に言葉を失ってしまう。

その反応は、まるで俺が脱いでる姿を雑誌で見て照れてしまったのだと、そう言っているみたいじゃないか。

嘘だろ、と思わず口元に手を当てる。
勘違いかも知れないが、そんなことを確かめる余裕なんて何処にもない。ドクドクと高鳴る胸を必死になって沈めてやる。

「轟くんもモデルの女の人も凄く綺麗だから、なんか見入っちゃったよ。」

そう呟くように告げた彼女は、やっぱりこちらに視線を向けない。俺の考えは当たっていると思ってもいいのだろうか。例え雑誌の中であれ、彼女が少しでも俺を意識してくれているのであれば、何だっていい。

ヒーローの卵を育てる企画でなければ、おそらく引き受けてはいなかったあの仕事だが、今は引き受けたのは大正解だったとすら思えてしまう。

嬉しさに舞い上がってしまいそうな気持ちを抑え、今は彼女の前なのだ、冷静でいなくてはと己を制す。

「そんな感じの仕上がりになってんだな。あんま見てねぇけど、名字がそう感じたんなら、もしかしたら予想以上の額が学生に支援されるかも知んねぇ。」

そう、彼女が意識してくれるほどの仕上がりになっているなら、きっと売上も良好である筈だ。ヒーロー科の学費は決して安いものではない。これを機会に、ヒーローへの夢を叶えられる学生が増えてくれると嬉しい。
そんな事を考えながら彼女へ「安心した、ありがとうな。」と一言告げると、今まで全く感じなかった彼女の方から視線を感じ、思わず目をやる。
そこには大きな瞳がこちらを見ていて。あまりにも綺麗な色のそれに胸がドキリと跳ね上がる。

「本当、轟くんは轟くんだね。」
「どう言う意味だ?」
「予想以上に立派なヒーローで、私も安心した。」
「?そうか、それは良かった。」

何だかよく分からないことを言われた気がするが、褒められている様だったので言及しないことにする。
雑誌の話の真相が分かれば、いつの間にか彼女の挙動不審は消えていて。
ふと我に帰り、さっきの会話中に『轟くん』呼びに戻ってしまっていた事に気付いた彼女は、またやってしまったと小さく笑った。




「なあそう言えば、この間名字が言ってた変な形のチョコの店、この辺じゃ無かったか?」
「?…あ、この前見せた画像の…!よく覚えてたね!」
「ああ、いつか撮影の帰りに名字に買って帰ってやろうと思ってたんだ。寄って行ってもいいか?」

それは1ヶ月ぐらい前に食堂で雑談をしていた時に聞いた、彼女が食べてみたいと言っていたチョコで、ずっと買う機会を伺っていた。いつもはもっと撮影の終わりが遅いため、店が開いている時間に間に合わないのだが。この時間ならまだ店も開いているだろうと、これ見よがしに寄り道を提案する。

「良いけど、そんな、私が欲しいものだし私が買うよ!」
「いや、俺が名字に買ってやりたいだけだから、気にするな。」
「いや、気になるよ。」
「今度なんか名字のお勧めをくれたら、それでいい。」

少々強引な言い回しかも知れないが、此方としては買ってあげることをずっと前から決めているのだ。そこは譲るわけにはいかない。
戸惑うように申し訳ないからと言い張る彼女だが、全く引かない様子の俺に、遂に折れてしまう。

「じゃあ変な形の美味しいもの、探しとくね。」
「ああ、楽しみにしてる。」

そう言って何かを企むような悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女に、同じような笑みを返してやった。


=
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -