君も知らない深海で


暖かな昼下がり、今はまだお昼休みの時間だが、その後半に残った貴重な自由時間を潰してまで皆とわいわい過ごすには気が進まない。

カーテンから零れる陽射しにうとうとと微睡みながら、手元の本を少しずつ読み進めていく。

正直、はっきりしない頭では文どころか単語すら理解出来ず、ただ文字を読み取っているだけなのだが。それでも、こうした行為が眠気によって蕩けていくこの瞬間が好き。

ゆっくりゆっくり隅の方からそれは迫って来て、じわりじわりと私の思考を白く染めていく。何も考えられず意識の中に揺蕩う自分は酷く曖昧で、その瞬間だけは全てを手放せる。

友達に話せば意味が分からないと笑われるのだろうけど、私もそう思うのだから何を言われても仕方無い。

そんな自分でも理解し難い行為をする為、私は今日も此処に居る。

図書室の奥に有る一角、古くなった本が押しやられたこのスペースが最近のお気に入り。

静かだし、あまり人も来ない位置だし、何気に居心地良いし、


「***…また此処に居たのか」

「…暖かいし、良い場所だなんだよ」

「あんただけだろうな、そんな所で寛げるのは」


それに、斎藤くんが見付けてくれるから。

自分の意識の中で私が薄らぐという事、それは同時に恐怖でも有る。

溶け過ぎた自分を見失い、気が付けば冷や汗に塗れながら目を覚ました事も一度や二度じゃない。

その度に斎藤くんを心配させるものだから、一時は一人で此処に来るのを禁じられた。

何とか説得はしたものの、今でもあまり良くは思っていないらしい。でもね、此処を離れたくは無いんだよ。

だって、


「此処が一番見付け易いでしょ?」

「此処にしか居ないからだろう」

「此処なら斎藤くん、来てくれるから」


此処なら、ちゃんと私を見付けてくれるから。

目の前の彼に手を伸ばせば、少し冷たい指先で触れてくる。その僅かな温度差がもどかしくて自ら指を絡めれば、やっぱり引っ込めかけられる腕。

逃がさないとしがみつく様にくっついた斎藤くんからは、今日も大好きの匂いがした。彼越しに吸い込んだ空気は血液の如く身体の隅々にまで巡って、そこで漸く私は自分の輪郭をはっきりさせる。

あぁ、私は此処に居る。私は、斎藤くんの隣に居る。

それだけでもう、私は私の存在が愛おしくて堪らなくなるの。


2011/05/06***

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