空冥の泣き出した夜
――遠い。
あの人が、遠過ぎる。
どれだけ切望しても、どれだけ哀願しても、この手は届かない。こんな短い腕じゃ、彼の温もりは掴めない。
私の知らない所へ行ってしまった彼を幾ら想ったところで帰って来はしないし、幾ら泣いたところで此の涙を拭ってもくれない。また泣いてるの?、なんて小さく笑った貴方の指先はとても冷たくて、だからまた泣いたのを覚えてる。
貴方の前で泣いたのはその一回だけなのに、居ない時にはこんなにも脆い。
ねぇ、私はどうすれば良いの?
ねぇ、
「ッ…そう、じ……」
其処へ行く道が見付けられなくて、何時も探してた。私の後ろに伸びた赤い線が其だと云うのなら、此れを辿れば貴方の元へ行けるのだろうか。
逆に、漸く見付けられた道を間違い無く歩めているという印なのだろうか。
腹部を押さえても零れる血に塗れた片手を夜空に翳し、丸く浮かんだ月を掴む。此れが貴方の手だったら、今度はきっと温かいはず。
一歩、また一歩と踏み出す度に足下の砂利が鈍い音を立て、それに混ざって銃声が耳を劈く。霞む視界も、伸ばした指先を撫でる風も、腹から滴る血も、唇から零れる吐息も、全てが虚ろっていく。
こんな時まで会えないなんて、酷すぎる。
翳した五指から洩れ落ちる月の明かりは全然温かくない。違う、此じゃない。こんなんじゃ、ない。
何処へ、何処へ行けば、貴方に触れられるの。
何処へ行けば、あの日の様に貴方の背を追い掛けられるの。
何処まで行けば、貴方は笑ってくれるの。
「総、司…其処は、何処、…?」
嗚呼、貴方は未だ遠い。
2011/04/21***