愛情くらべ(Dear.MEIKO)
まさか、彼女が泣くとは思っていなかった。
リビングへと向かう廊下に漂うアルコールの匂いにまさかと飛び込んでみれば、そこには散乱した缶やら瓶やらに囲まれるメイコ。
その顔は涙なのかそれ以外の汁なのかで分からない液体でぐしゃぐしゃになっていて、何時もなら遠慮無く吐き出してしまう怒りの言葉さえ出なかった。
「…め、いこ?」
「ますっ、ます、た…!」
「どうしたのよ、ねぇ」
「マスターが悪いのよお、ぉ」
声を掛けるなり危うい足取りで立ち上がり、私の腰に腕を回してくる。
何かに塗れた顔を腹部に押し付けえぐえぐと嗚咽を漏らすメイコなんて初めて見るから、もうパニック。
しかも私の所為と言われては、混乱した頭で何処から手を付ければ良いのか分からなくなってしまう。
「なんで何も言ってくれないのよ、お」
「なに、を?」
「……!結局あたしなんて、ただの機械でしか無いってこと!?あたしなんて、ただのお遊びだったって、こと?あたしなんて、あたし、なんて」
「ちょ、っ…待ってよメイコ、お願いだから落ち着いて、落ち着いてから話してよ…!」
嫌々と頭を振りながら泣き声を上げるメイコにつられてか、どうしようも無い現状に対して自分まで泣きたくなってくる。
どうして、何が、なんで?
「あたしを一人にするなんて、酷いじゃない…大切な日だと思っていたのは、あたしだけだったの…?」
「………もしか、して」
遡れば六日前。
メイコの、誕生日。
仕事の都合で家にいれなかったのに、何日も過ぎてしまっては改めて言うのもどうだろうと考えていたその一言。
まさかそれが理由だと言うのなら、彼女には悪いが拍子抜けといった感じだ。
「去年も一昨年も、当日間に合わなくてもちゃんと言ってくれたのに、ぃ」
「だって六日も過ぎたら、さすがに申し訳ないかなって…!」
「日にちなんて良いの!あたしはマスターに言って欲しいだけ、なの、にっ」
此処まで彼女を傷付けてしまうのなら、電話の一つでも掛けて伝えれば良かった。
柔らかな髪に手を乗せゆっくり撫でてやれば、次第に嗚咽も落ち着いてくる。
自分もしゃがみ込み、アルコールと興奮で熱くなったその身体を抱きしめれば小さく鼻をすする音が聞こえた。
「……ごめんね、メイコ。帰ったら間に合わなかった分、いっぱいいっぱいお祝いしようと思ってたの」
「忘れてたんじゃ、ないの?」
「ううん、ちゃんと覚えてる。…だから、こんなに遅くなっちゃってもメイコは喜んでくれるかなって不安だったの」
「…マスターが言ってくれるからこそ、あたしは嬉しいに決まってるじゃない」
「……ありがとう。
大好きよ、メイコ。私のところに生まれてきてくれて、ありがとう」
「っ…、ますたああ、ぁ!」
こんなのメイコらしくないけど、私が悪いから。
だから、予定より沢山のごめんなさいと有難うを込めて、今日はいっぱい大好きを伝えたい。
(お誕生日おめでとう、メイコ)