銀色の秘密
目の前に重なるお皿の枚数を数えるのを止めてから、どれくらいたったんだろう。
未だ一枚また一枚と着実に数を増やしていく手を止めない彼女は、新たな一皿を二山目に重ねた。
「ほんっとに、馬鹿じゃない?あんだけアイス食べときながら脳みそにその一口分さえいかないなんて、そんなんだから何時まで経っても頭の中がすっからかんなのよ」
「いや、別にカイトの脳みそはアイスで出来てる訳じゃないんだよ」
「じゃあ何で出来てるっていうのよ。ほら、アイス以外浮かばないんだからそうって事でしょ?」
なんて強引な。
そんな短い会話の間にもミクの前には次々とケーキが現れて来ていて、でもそれが溜まらないのは彼女が信じられないスピードで片しているから。
学校が終わってから立ち寄る喫茶店の一角、そこで2時間のケーキバイキングを楽しむのが私達のお決まりコース。
初めは涙目だった店員さんも、最近じゃ慣れて来たのか黙ってワゴンごとケーキを置いていってくれる。
そんなに食べて良く太らないなと感心しながらストローを啣えれば、一息ついたらしいミクも傍らのココアに手を伸ばした。
「大体、***も***よ」
「…え?」
「嫌なら嫌って言えってこと!」
「……そんな事言ったら、」
「嫌われる?ばっかじゃない。言ったでしょ、そういう事も考えられないあいつにはそれ位言ってやんないと分かんないのよ」
「だって……」
ミクの言う通り、私がそうお願いすればカイトは分かってくれるかもしれない。
でも優しいカイトの事だから、本当は嫌でもそれに頷いて…他の女の子を、ただの友達である女の子達を、自ら遠ざけると思う。
それくらい私を思ってくれるというより、私がその優しさに付け込むみたいで口に出せないのだ。
「あんたも馬鹿よね」
「そんなに馬鹿馬鹿って言わないでよー!」
「これが本当のバカップルってやつ?」
にやりと意地悪な顔をして笑う彼女は、再び手に持ったフォークで手元のフルーツタルトを弄り始める。
器用にフルーツだけを取り除きながらお皿の隅にそれを寄せれば、残るのはカスタードが敷かれただけのタルト生地。
今まではそんな食べ方をしなかったのにと首を傾げて見ていると、次は苺だけをそこに戻し始めた。
「良い、あいつは頭に来るくらい根が良過ぎる奴だわ」
「う、うん」
「頭は年中暖かくて春真っ盛り、そりゃ脳みそであるアイスも溶けるわよ」
「う、ん…」
「余裕はたっぷり有るの。ならそのからっぽの頭を、あんたでいっぱいにしてやれば良いだけじゃない」
「…う、ん?」
つまり、
そう言いながら苺を詰め直していたフォークを私に向け、ミクはまた笑う。
「言葉で分からせるより、***以外の女が見えなくしてやれば良いってこと」
「……どうやって?」
「さあ?カイト兄の前で一回脱いでやれば?」
「ばっ…!ばばばばかじゃない!?」
「五月蝿いわよミラクル馬鹿」
行儀悪くもカチンと、タルトの乗ったお皿の縁をフォークで叩かれる。
それを見れば色とりどりだったフルーツタルトは苺の赤一色になっていて、其れが今話していたカイトの脳内を現す物だと言う事はすぐに分かった。
「冗談を抜きにしても、あいつは単純なんだから。難しく考えないでやりたい様にやりなさいよ」
カイトの妹であるミクには、付き合う前にもこうして背を押されてきた。
言葉遣いと言い方には何時も戸惑うけど、それが不思議とすんなり受け入れられる。
何とも無い様な顔をしてそのタルトを食べ始めた彼女にお礼を言えば、此方を見もしないで気持ち悪いと言われた。
学校が終わってから立ち寄る喫茶店の一角、そこで2時間のケーキバイキングを楽しむのが私達のお決まりコース。
そして、満腹だと言って2時間きっちり食べ尽くすミクにケーキを奢るのもまた、私のお決まりコース。
胸の奥にあったもやもやまでをも綺麗に食べてくれた彼女は、今日もご馳走様と席を立った。
2011/05/09***