昼ご飯を食べても相変わらず元気な赤木と猿飛にせがまれて、紅子は外へ遊びに行くことにした。
ずっとトレーニングルームに閉じこめているのもかわいそうだし、紅子自身も基地内に居ると緊張感で息が詰まりそうになる。
千鳥に相談した結果、午後三時までに戻る、場所は一番近くにある公園と言う条件付きで外出が認められた。
公園と聞いて大喜びの赤木と猿飛だったが青山は九楽のところでゼロと話をする約束をしているから行かないといい、黒峰は本を読んでいると言って立ち上がる気配すら見せなかった。
うららかな日差しの中、紅子は赤木と猿飛の手を引いて公園へと向かう。公園と言っても住宅街から一番遠い公園になるので人はいない。遊具も貸し切り状態だったので赤木と猿飛は歓声を上げながらジャングルジムへと走っていった。
にぎやかに遊ぶ二人を眺めていると紅子は暖かい気持ちになってくる。元々子供は嫌いじゃないし、いつも助けてくれる先輩たちだ。たまには恩返しをしたい。もちろん、一日でも早く元の姿に戻ってもらいたいがそれまでは自分が彼らを守らなくては、と紅子は思っていた。
目下、千鳥と九楽が幼児退行の原因と対処法を見つけるために様々な資料やデータを調べているが、これがジュテームの呪いならジュテームを捕まえて問いつめるしかないだろう。
メノスは気味悪いほどの沈黙を保っている。何を考えているのか全くわからない――と思っていると聞き慣れた声が聞こえたような気がした。
「あれ? 紅子やないか」
「あーっ、ホントだ!」
この声はまさか、と紅子は声の方に視線を向ける。公園の入り口付近には人の姿をしたダークとウルフがなぜか困惑した様子で紅子を見ていた。
紅子は内心焦りつつも平静を装って立ち上がる。遊具で楽しそうに遊んでいる二人に気づかれてはならない。
しかし、ダークとウルフは顔を寄せてなにやらひそひそと話をしており、紅子達に近寄ってくる気配はない。おきまりの工作員もいないし、一体何をしに来たのだろうと観察していると意を決したように二人が近寄ってきた。
とっさに紅子は身構えるが、ダークが力なく手を振る。
「あー……その、今日は休暇や」
「……休暇?」
何とも気の抜けた話に紅子は脱力する。ダークの隣ではウルフが満面の笑みで紅子を見ていた。
「そ。今日っていうか、メノスは長期休暇中だぜ!」
「長期……休暇……?」
突っ込みどころがありすぎて突っ込む気にもなれない。紅子はベンチに腰を下ろしてため息をついた。
メノスに休日が存在することは何となく知っていたが、悪の組織が長期休暇を取ったりするものなのだろうか。ある意味取引先とも言える自分たちJガーディアンズは年中無休でやっているのだから長期休暇をとるならその旨連絡すべきではないのか。
そもそも、メノスの構成員達は「雇用」されているのだろうか。
どうでも良いことが紅子の頭の中でぐるぐる回る。
「せや。今日は完全なプライベートってことや。せやから攻撃もしいひん。安心せえや」
「安心って言われても……」
メノスの幹部達の言葉を簡単に信じていいものかと紅子は警戒を解けないでいたが、ウルフは紅子の隣に座ってひょいと顔を近づけてきた。
「うわっ!」
「ちょ……ウルフ近すぎや!」
あまりの近さに紅子は慌てて顔を背け、ダークが素早くひきはがしにかかる。しかしウルフはベンチに爪を立てて紅子の隣から離れようとはしなかった。
「なにすんだよ! オレっちが先に座ったんだぞ?」
「近すぎるって言うてんのや!」
人気のない公園に子供の笑い声と怪人二人の言い争う声が響く。紅子は軽いめまいを覚えてため息をついた。この様子なら本当に休暇なのだろう。長期休暇を満喫しているようで結構な事だとやさぐれているとさすがに騒ぎに気づいた赤木と猿飛が駆け寄ってくる。
「このおじさんだれだ?」
「こいつ、犬のにおいがするー!」
言い争っていたダークとウルフもさすがに紅子の膝にじゃれついて騒ぐ子供達に気づいたようでぴたりと言葉を止めた。そして赤木と猿飛を凝視した後、ダークはがっくりと肩を落としウルフは紅子に食ってかかる。
「紅子っち、まさか結婚してたのか!」
「違う!」
「だってこの生意気なガキ、ハートイエローにそっくり……!」
「違います!」
「……まさか、隠し子っちゅうことか……?」
「だから、違うってば!」
ウルフとダークの追求を完全否定しながら紅子はきっぱりと言い切った。
「結婚もしてないし隠し子もいません。計算が合わないでしょ! そもそも彼氏がいないの!」
言い切ったものの、自分の言葉で深く傷ついた紅子が落ち込むのとは対照的に、ウルフとダークは頬をゆるませている。
「そこまで紅子が言うんなら、信じてやっても……なぁ?」
「そ、そーだよな! そっかー、紅子っち彼氏いないのかー……」
浮かれた声をよそにうなだれてため息をつく紅子の膝を猿飛がぺちぺちと叩いた。
「だいじょーぶ。紅子はオレがおよめさんにもらうからさ!」
「おれも紅子をおよめさんにする!」
わあわあと言い争いを始める赤木と猿飛をなだめる気力もない紅子は力なく二人の頭を撫でる。すると二人はうれしそうに笑って紅子にまとわりついた。
その様子を眺めていたダークがぽつりと呟く。
「なら、その子供……?」
公園が静かになる。何事かと顔を上げた紅子は唐突なダークの叫びにぎょっとして赤木と猿飛を抱き寄せた。
「ウルフ! やっぱりあいつ、失敗しよった!」
「……え? オレっちには話がみえねーよ」
「ジュテームや!」
きょとんとしていたウルフも、ああっ! と大きな声を上げる。
「だからかよー……紅子っちが子供じゃないのって……」
「紅子、その二人、ハートレッドとイエローやろ。いや、隠さんでもええで……わかっとるから……」
落胆したダークとウルフの会話から紅子はハートレンジャー達の幼児退行現象の原因と元凶を知ることができた。しかも本来のターゲットはハートレンジャー達ではなく自分だったらしい。
「もしかして、本当は私がこうなってたって事?」
「……せや。ほんまジュテームのヤツは」
ああもう、とぼやきながらダークはちらちらと赤木を見ている。ウルフは鼻をひくつかせて猿飛のにおいを嗅いでいるようだった。
「元に戻す方法は……ジュテームしかわからないのよね、きっと」
「薬物を使っているわけやないから、ワイらにはわからへんな」
紅子とダークが同時に深いため息をついた時、ウルフの悲鳴が響く。驚いて悲鳴の方を見た紅子が見たのは、ウルフの鼻をつまみあげている猿飛の姿だった。
「猿飛くん! そんなことしちゃダメよ!」
慌てて猿飛をウルフから引きはがすと猿飛はだってあいつが、と口をとがらせる。ウルフは鼻を押さえて涙を浮かべていた。
「オレとあかぎのにおいかぐんだもん。あいつ犬のにおいがするしへんだよ」
「だからってそんなことしちゃダメ。赤木さんを……赤木さんっ?」
赤木の姿が消えている事に気づいた紅子は猿飛を抱えたまま立ち上がる。遊具に向かった気配はないし、と周囲を見回すと思わぬ場所に赤木の姿を見いだした。
事もあろうにダークに話しかけている。
「おじさん、紅子とともだちなのか?」
「友達やない。あれや。運命の二人っちゅうやつやな……」
「……何が運命だよー。ハートレッドが子供だからって嘘は良くないだろ」
「やかましいわ! あとな、ワイはおじさんやない。お兄さんや」
紅子が否定する前にウルフが突っ込んでくれたがダークは動じない。
ダークは冷静に赤木を見下ろしていたがふいに優しげな笑みを浮かべた。
「お兄さんが遊んでやるわ。ありがたく思い」
「おじさん、あそんでくれるのか?」
「……お兄さんや、言うてるやろ。このダーク様が遊んでやるなんか滅多にないで」
止める間もなくダークは赤木を軽々と抱えて遊具へと歩いていく。メノスの幹部を信じていいものかと思ったが、ダークが本気なら紅子も赤木も猿飛も今頃無事ではいられない。長期休暇だと幹部もお休みモードに突入するらしい。
「しかたねーなぁ」
軽いため息と共にウルフが紅子の手から猿飛をつかみ上げる。猿飛は背中のあたりでぶら下げられてじたばたしていた。
「おろせよ! はなせー!」
「オレっちも遊んでやるよ。今日だけだからな!」
ウルフは元気良く紅子に手を振ると、猿飛を肩に乗せてダークと赤木がじゃれている方へと歩いていった。
もうなるようになれとやけくそな気分で紅子はベンチに座る。ぼんやりと遊具のあたりを眺めるとダークとウルフがお子さまにしては運動能力が高い二人を上手くあしらって遊んでいた。
「……平和だな」
人類滅亡を企む怪人と本来は地球を守るためのヒーローが楽しげに遊んでいる光景などそう見れるものではない。言葉でわかりあえるなら争いなんて起きないのにと何度か考えたことを改めて考えているとポケットに入れていた携帯端末のアラームが鳴った。
紅子は立ち上がり、遊具へと向かう。
「二人とも、そろそろ帰りますよー」
ジャングルジムに登っていた赤木と猿飛は紅子を見下ろし、元気よく嫌だと答えた。
「嫌だじゃないです、降りてください」
「いやだ! まだあそびたい!」
「あとすこしここにいるー」
足をぷらぷらさせて笑いあう赤木と猿飛は可愛いが、千鳥との約束がある、紅子は声に力を込めた。
「ダメです、約束したでしょう!」
こうなったらジャングルジムに登るしかない、と手を伸ばした紅子の頭上を何かがかすめる気配がする。顔を上げるといつの間にかジャングルジムのてっぺんにウルフが仁王立ちしていた。
「お前ら、紅子っちの言うことは聞かなきゃダメだろ!」
なぜか偉そうにふんぞり返っていたウルフは猿飛と赤木の襟首を捕まえるとひょいひょいと投げる。あまりのことに凍りついて動けない紅子をよそに、ダークは落ちてくる二人を片手で受け止めた。
赤木と猿飛はといえば喜んでもう一回とダークにせがんでいる。血の気が引いた紅子はジャングルジムに寄りかかってため息をついた。
「ウルフの言うとおりや、紅子を困らせたらアカン。それにな、男なら約束は守るもんやで」
声を上げて喜ぶ二人に怪人らしくない真っ当な事を説いたダークは赤木と猿飛を降ろす。
「わかった!」
「はーい」
あくまで元気な赤木と不承不承と言った様子の猿飛がジャングルジムに寄りかかっていた紅子に駆け寄ってきた。
「あ、ありがとう、ウルフも」
ダークは大したことあらへんと呟きながらそっぽを向き、ジャングルジムから飛び降りたウルフは満面の笑みを浮かべる。
「……でも、聞きたいことがあるんだけど」
駆け寄ってきた二人と手をつなぎ、紅子は並んで立つダークとウルフを改めて見た。
「今、長期休暇中なんでしょ? それなのにどうして二人揃ってこんなところにいるの?」
紅子の何気ない問いかけにダークとウルフは顔を見合わせたりあらぬところを見たりして落ち着きがない事この上ない。
「いや、まあそれは……」
「……たまたまや、たまたま! 偶然ってヤツや!」
挙動不審なダークとウルフはそんなことを呟いているが紅子にはとうてい信じられない。メノスはJガーディアンズの拠点を知っているはずなので「怪人」としての二人がここにいるのはある意味納得できるのだが、休暇中なら何の用事もないはずだ。
疑いのまなざしを向ける紅子にダークとウルフはじりじりと後ずさりを始めた。
「偶然って……あっ!」
尚も問いつめようとするとダークは目にもとまらぬ早さで逃げ出した。少し遅れてウルフもダークの後を追う。
「じゃーな紅子っち!」
脱兎のごとく、という言葉にふさわしくダークとウルフはあっという間に姿を消してしまった。後にはあっけにとられた紅子ときょとんとしている赤木と猿飛だけが残される。
「……帰りましょうか」
どうして休暇中の二人がこんなところまでやってきたのか、よくわからないままだったが何か問題を起こしていた訳でもないし、赤木と猿飛が楽しそうだったのでまあいいか、と紅子は思うことにした。
「紅子紅子!」
赤木はつないでいる手を勢いよく振りながらきらきらした目で紅子を見上げる。
「またあのおじさんたちとあそべるのか?」
「うーん……会えるとは思いますよ……」
無邪気な問いに紅子は苦笑いを浮かべて答えた。遊んでもらえるかどうかはわからないが、赤木がハートレンジャーを退任しない限りは確実にあの二人とは顔を合わせることになる。そんな返事に小首を傾げている赤木の反対側では猿飛が紅子の手を何度も引っ張った。
「猿飛くん、どうしたの?」
「オレ、やくそくまもることにする」
「そうだね。約束は守らないと」
ダークのお説教の事だろうと気軽に答えた紅子だったが猿飛が手をぎゅっと掴んでくる。
「はやくおとなになって紅子をおよめさんにするから」
「へっ?」
思わぬ言葉に紅子は思わず足を止めた。
「……いや、猿飛くんいろいろ大変じゃないほら。里の掟とかいろいろと……だから……」
猿飛の複雑な事情は紅子もよく知っているのでそれを口実に「およめさん」の話を終えようとしたが猿飛は子供なりに思い詰めているらしく真顔で紅子をじっと見つめている。軽薄に見えて実は重い男、猿飛はどうやらこのころから変わっていないらしい。
どうしたものかと考えているとひときわ大きな赤木の声が聞こえた。
「おれもやくそくはまもる!」
おそるおそる見てみると、赤木がなにやら決意を秘めた目で紅子を見上げている。これはまずい展開になると確信した紅子は二人を引きずるように歩き出した。
「早く戻らないと約束の時間に遅れちゃいますからね!」
赤木と猿飛が繰り広げる直接的な表現での言い争いを聞きながら紅子はひたすら基地へと歩く。ここでうっかり返事をしようものなら元に戻った二人がどんな行動に出るのか、考えるだけで恐ろしい。
元に戻ったとき、幼児退行を起こしていた時の記憶が消えてくれていればいいんだけど、と紅子はこっそりため息をついた。
−続く−
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